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ルウム地方

 



 少年は森を進んでいた。

 茂みをかき分け、樹々の間を縫い、道なき道を歩んでいく。

 わざわざ通りにくい場所を選ぶのは、危険の少ないルートを選んでいるせいだ。

 どうしようもない時のみ、魔物と戦闘を行っている。無論、二匹以上とは遭遇しないように細心の注意は払っていた。


「やっぱり……」


 少年はあることに気が付いていた。

 それは、後ろから誰かがこちらの後を付いてきているということ。こちらが手早く移動すると距離は少し離れるのだが、手間取ると距離が詰まってしまう。間違いなく、こちらを意識してのことだろう。しかし、一息に追い着いてこない理由は何か。

 少年は目を伏せ、最適解を導き出す。


 ……常にぎりぎりのところで、こちらを認識している?


 意図があって一定の距離を保っているのか、それとも別の理由があるのか。

 引き返して直接尋ねることもできたのだが、直感がそれを否定した。

 何となくではあるが、不穏な気配がある。


「うん」


 頷く。それは行動方針の決定だ。

 ひとりは心細いが、彼によって識別された色――“黒”は危険の兆候。

 黒――という存在は滅多に出会うことはない。が、森の中で出会った何かは一点の淀みもない黒だった。対峙した瞬間に心が折れてしまうほどに濃く、深い。

 その度合いでいえば、後方のふたつは黒ではない。灰色に近い白と、灰色。ひとつは知らない色だから距離を置いている。それだけだ。

 これが白であれば、少年の方から接触していただろう。


「このまま進もう」


 先。進行方向を見つめる。

 まだまだ距離はあるが、多くの色が、情報が、心が集まっている場所。

 もしかしたら、仲間がいるかもしれない。新しい友達がいるかもしれない。

 ならば、目指すのはそこ。


 道中に無色が存在したとしても。

 危険な森をひとりで歩くには、本当に危険な場所を避ければ良いのだ。




 ◇




「あなたが負けた? ……信じられないわ」

「そんなに掘り返さないでよ。これでも結構堪えてるんだ」

「そうは見えないけど……」


 ふたりの会話は、月天が剣を失った理由について――だ。

 もっと出し渋るかと思っていたのだが、まさかの口を突いて出たのは敗北の話ときた。

 有名どころを含めれば、これで通算二度目の敗北となるのだが……。


「絶対に負けられない戦いだったんだけどね……考えてみたら、昔、戦の彼女にも負けてるし。……はぁ。これで割と負け犬みたい」


 適当にディープウォルフをあしらいながらぼやく月天。本当に堪えているのかどうか量り兼ねない態度だった。

 戦の彼女――つまり、戦天こそが、初めて月天に敗北を与えたプレイヤーだ。その結果のみが先行し、戦いの詳細についてはやはり尾ひれが多数付いている。


「よく言うわ」


 満月時に最強――それが誰もが知り得る月天の最も有名な能力だ。

 逆に、満月以外を狙わなければ勝ち目はない。おそらくはそこを突かれたのだと推察する。

 といっても、満月時以外――半月においても並みの十二天すら上回るというチートっぷりな噂は耳にするし、中には「満月時のヤツを倒さなきゃ意味ねーだろ」なんて理由で、わざわざ最強モードの月天に挑んだ男もいる。某影の人だ。


「それで、本当にこっちで合ってるの?」


 行けども行けども、少年の姿が見えることはない。それどころか距離が詰まっているのかすら雲行きを危うしく感じるほどだ。


「方向はおそらくね。ただ……」

「ただ?」

「掴み切れない。正確な位置が特定できないんだ」

「それは、精度云々の話かしら?」

「そうじゃない。ギリギリ途切れ途切れの反応に対し、進行方向を予測して追従してる。そんな感じかな」

「どういうことなの?」

「うーん、そうだね……彼――えっと、彼でいいんだっけ? もしかして、ハイドとか持ってるんじゃ?」

「ハイド? 確証はないけど、そんな高等スキル持ってないはずよ」


 ハイドは、隠遁スキルの俗称だ。

 探知や索敵から逃れるだけのものもあれば、実際に姿を見えなくしてしまう上位能力もある。


「おかしいな。さっき謙遜したのは事実だけど……これでも長い間ひとりで渡り歩いてきた身だからね。気配探知と気配遮断はそれなりに得意なはずなんだ」

「……やっぱり謙遜だったのね」

「そこはスルーして。ま、影の人に劣るのは本音だよ。彼が本気で隠れたらボクでも見つけられる自信がないね。性格上それを実行するかどうかはともかく。はは、性格で能力損してるな」



 彼のネームレスに対する批評がどう聞こえたのか、スズランは無言で睨み付けた。


「……はぁ。これでも褒めてるんだよ? それに赤ネのソロなんて、ボクの苦行の非じゃないはずだ。きっとね?」


 単独の赤ネなど、正義感の高いプレイヤーあたり発見され次第ふるぼっこだ。そも人数バランスが赤ネ<青ネな時点でかなり肩身が狭く、多くは徒党を組んで行動している。

 有名どころなソリストなど、影天くらいのものだ。その本人も今やギルドに所属しているわけだが。


「でも、彼――おっと影じゃない方の彼ね。何となくだけど、何処に向かってるのか予測はついてきたよ」

「さすがね。わたしは、完全に座標を見失ってるからここが樹海のどの辺りなのかも分からないわ」


 VRにおいて、空間認識能力や把握能力は、戦闘を含め、ダンジョンやフィールドの攻略等、いかなる行動とも切って離せない関係があった。

 月天は、この能力がずば抜けて高い。


「そうなんだ? じゃあお楽しみにとっておこうか。到着するまで」

「言いなさい」

「OK」


 笑顔で睨まれるという矛盾に即答を返す。


「ルウム地方――ソアラの町だよ」




 ◇




 ソアラの町。

 リウマ大陸北西エリア、ルウム地方にある町のひとつ。大陸クエストを順当に進めていくことで到着する物語中盤以降の町だ。

 周辺に出没するモンスターの強さはセレンとは比較にならず、プレイヤー推奨レベルは100前後。もちろん、町に滞在するプレイヤーもその例に漏れることはない。


 そうした、ゲームに慣れたプレイヤーたちが拠点を置くソアラの町は、プレイヤーズギルドが非常によく目立つ。

 周辺の敵が強いこともあり、通りを歩けば左に工房、対面にショップと、自慢の手製装備が惜しげもなく陳列されていた。

 少年が居るのは、そこに立ち並ぶショップのひとつ。


「らっしゃい。入用か?」


 ショップの店主とも思しき強面の男。豊かな髭を口にたくわえ、太い腕は腰元の槌を振るうにふさわしい膂力を漲らせている。

 生地の厚い長エプロンをつけているところを見るに、裏の工房の主でもあるのだろう。販売されているものは、自作の金属装備に違いない。


「はい! そろそろ装備を更新しようと思いまして」

「なるほどな。ここいらの敵は強力だ。初めに来た連中は、まず装備を整えてから冒険に出る。じゃなきゃすぐに魔物どもの餌にされちまう」


 言って、店主の目が少年の装備を上から下まで眺め見る。


「って……本当にそんな装備でこの町まで来たのか?」


 そう勘繰ってしまうのも当然といえた。

 何せ少年の装備は、セレンで用立てたNPCの店売り品がメイン。適正レベルですらソアラの半分にも満たず、要求数値ならばそれ以上。

 この屈強の鍛冶師から見れば、スタート地点のライア地方からそのまま北上してきたのかと疑ってしまうほどの粗末さだ。


「はい。おかしいですか?」

「え? あ、いや……そ、そうだな」


 一体どう答えたものかと口籠る。

 まさかそんな返しが来るとは思ってなかったのだろう。


「で、何が欲しいんだ? 武器だろうが防具だろうが、俺の装備を使えばこれまでとは劇的に変わるぞ?」

「素材持ち込みでも大丈夫ですか?」

「おぉ、製作依頼か」


 工房によくある依頼として製作が挙げられる。

 ショップは、クラフターが作ったものを販売しているのに対し、工房または工房兼ショップの場合、交渉次第では新たな装備を作ってもらうこともできるのだ。その際は、必要な素材を調達した上で製作費を支払うことになる。

 クラフターは、何の出費もなく製作を行える上に経験値と報酬を得ることができるので依頼としては喜ばれることが多い。

 ただし、製作に失敗は付き物。失敗すれば素材を失ってしまうので、依頼する相手は能力の高い職人を選ぶ必要がある。


「込み込み、失敗時の補償は無し。それでいいか?」

「お願いします!」


 少年が所有している盾については製作依頼品だ。よって、依頼の流れについては大まかに理解している。


「それで、作るのは武器か? それとも防具か?」

「えっと……剣については手持ちがあるので防具でお願いします」

「いいのか? 防具がそれじゃあ、剣だってロクなもんじゃないだろう」


 比較的、防具よりも武器に重点を置くプレイヤーは多く、従って武器の方が高ランクなことが多いのだが、駆け出しに毛が生えた程度の少年の装備レベルではそれもたかが知れているだろう。というのが店主の見解だった。


「これなんですけど、どうですか?」


 言って、少年は入手したばかりの剣を店主の男に見せた。

 手を伸ばそうとした男の手が止まり、重苦しい瞼が豪快に見開かれた。


「こっ、こりゃお前さん……」


 男の手が震えている。


「この剣の銘は? 一体なんて名なんだ――!?」


 装備が公開されていない以上は、他のプレイヤーから装備を閲覧することはできない。

 神々しい輝きを放つそれは、一見して業物と分かる出来だ。それも、プレイヤーが製作できる代物ではない。

 掴みかかるくらいの勢いで少年に迫り寄る。


「や、夜叉歌月です。真打って付いてたかな……」

「夜叉歌月か……こりゃあ凄い剣だ。ここまでのものは、俺もいまだかつて目に掛かったことがない」


 ほぉ、と見惚れるような声を零す。


「いつかは、こんな剣が打てる職人になりたいところだ。………よっし、気合が入ったぜ!!」


 男は豪快に両手を打ち鳴らした。


「さっきは済まなかったな! 見た目で判断しちまうのは、職人(俺ら)の悪い癖だ。そんなナリだがさぞ有名な使い手なんだろう、お前さんもよ」

「い、いえ、そんなことは……!」

「はっはっは、謙遜するなって! んで、作るのは防具だったな? いっちょ俺に任せときな!」


 快諾されたことで、手持ちの素材を受け渡していく。


「ほう……さすがだな。こりゃディープウォルフの素材か」


 台に並べられたのは、爪と牙、そして毛皮。あとは、これまでに収集したものが少々。


「するってぇと、ディフル樹海を抜けてきたのか?」

「そうです」

「いやいや……もう感嘆の声しか出ないぞ。この剣がありゃあ、その防具でも余裕だろうが」


 素材を受け取った男は作れる装備を試算し、リストを少年に手渡す。

 リストに目を通し、軽鎧を上下セットで注文し、必要な料金を前渡しで支払った。


「あいよ。しばらくしたら、また取りにきてくれ」

「では、よろしくお願いします」

「任せときな。きっちり“塔の攻略”にゃ間に合わせるからよ」

「塔の……攻略ですか?」

「なんだ? この時期にソアラを訪れるってことは、塔攻略に参加するつもりで来たんだろう? 違ったか?」


 少年が首を傾げると、男は「まぁ、いいか」と素材を両手に工房の奥へと引っ込んでいった。


「じゃあ、30分後くらいにまた取りに来てくれ」




 ◇




 店を出た少年。

 賑やかな町は、陽気というよりは喧噪に包まれている。そこかしこからピリピリと張り詰めた緊張が伝わってきた。

 行き交うプレイヤーの多くは重装備。軽装プレイヤーも見かけるが、ひとめで分かるほどに高位の宝石などがあしらえてあった。

 逆に、少年のように装飾が施されていない簡素な防具の方が目を引いてしまうほどに。


 そんな中、聞こえてくる会話といえば、


「アタッカーの枠はないか? こっちは近接職がふたりだ」

「ないよ。うちが探してるのはヒーラーとタンクだ。他を当たってくれ」

「そうか。やっぱりアタッカー枠は乏しいな……」

「せめてひとりがヒラかタンクならまだ誘いようもあるんだがな」

「やはり、ダブルアタッカーでは参加も厳しいようだな。すまない世話をかけた」


 というものだったり、


「レベルは十分だが、もうちょっとマシな装備はないのか?」

「あ? 好きで使ってんだから別にいいだろ?」

「そりゃ単独なら何でもいいが、今はPTプレイなんだぞ。そこんとこ理解してくれよ」

「そういうのは実際の戦闘を見てから言ってくれよ。装備なんて持ち前の腕で跳ねのけてやる」

「実戦で何かあってからじゃ遅いだろう……本当に大丈夫なのかよ……」

「文句があるんだったら、ここで試してやってもいいぜ?」

「お、おいおい。落ち着いてくれ。こっちはバッファーなんだぞ?」


 というような物騒な会話だったり。場合によっては、小競り合いにまで発展しているものもあった。


「怖いなぁ……」


 至る所で行われているやり取りは、その大半がPTに関わるものだった。

 店主が言っていた“塔の攻略”とやらに際するものなのだろう。

 もし、この中に身を投じるとなれば相応の覚悟が必要になりそうだ。

 そんなありふれた光景の中で、ふと目を引くものがある。


「ね、ねぇ、アマさん」

「如何した、アラン?」


 男女のペア。

 アマさんと呼ばれた気の強そうな女性に対し、アランと呼ばれた男性は大きな背丈に似合わずおどおどとしている。


「ぼ、僕のことなら構いませんから……アマさんだけでも参加してくださいよ」

「何言うでござるか。せっかくソアラくんだりまでやって来たのでござる。一緒に参加せねば意味がなかろう」

「しかし、僕のせいでアマさんまでPTに参加できないだなんて……」

「そんなの知ったことではござらん。アランのことを見くびっておる向こうが全て悪いのでござる」


 終始、低姿勢な男に対し、独特な口調をした女性は毅然とした態度を崩さない。

 男性と並んで決して高くはない彼女の身長だが、背筋をぴんと伸ばし胸を張った姿勢は、実際の身長以上に彼女を大きく見せていた。


「では、次でござるぞ」

「は、はいっ……あれ?」


 少年の横を通り過ぎようとしたふたり。

 何か気になるところがあったのか、アランが立ち止まった。


「君は……」

「はい?」


 対面に立たれて分かることだが、身長だけならばエルニド以上。

 その身長に反し、耳に掛からない程度に真っ直ぐ切り揃えられた髪――いわゆる坊ちゃん刈りが印象を和らげている。


「そうか。君もPTを探してるんですね……」

「えっ」

「不遇の身ですけど、お互いに頑張りましょう」


 差し出された大きな右手を慌てて握り返す。

 大きいが、華奢な手指だ。


「何してるでござるか、アラン。あまり時間猶予がないゆえ、早く次を当たるのでござる」

「あっ! すっ、すいません!」


 そうして、大きな男は小さな女性を追うように駆けていく。

 何とも奇妙な光景だった。




翌週末更新予定です。

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