かつての同僚
気まずい沈黙が場を支配する。
そう感じているのは、森と彼女――すなわち木の精だったり、あるいはスズランだけなのかもしれない。
「……あなた、そんなキャラだった?」
スズランは、平然と頭の後ろで腕を組んでいる青年にジト目で問い掛けた。先の態度とは一転して横柄な口調となっている。
「たぶん?」
「たぶんて何よたぶんて! ……くっ。まさか、樹海にかこつけたコード解除がこんなところで仇になるなんて……」
樹海=逢引きの聖地という彼女の少々誤った解釈。わずかなチャンスすら逃すまい! とハラスメントに抵触するコードを事前に解除してあったのだ。ターゲットは言わずもがな。
疑問形の副詞で返す青年に対し、悔し気に唇を噛んだ。
「まぁ、少なくともキミが嘘を吐いてないのが分かったからいいじゃないか」
「どういいのよ!」
むしろ、アレでどうやって確かめられるのか。
そんな疑問が顔に浮かんでいたのだろう。彼女の意を汲んだように月天が言う。
「……勘?」
「それ、ただの触られ損じゃない――!?」
「冗談だよ。キミの目線の動きとか対応とか。まぁ色々と」
「……怪しいわ」
何かにかこつけて、ただ触りたかっただけではないのか。目線で訴えたものの、堪えた様子はない。
これが意中の相手であれば諸手を上げて受け入れるのだが。むしろ、捕まえて離さないところまでが請け合い。
「そう? だってほら。もしキミが嘘を吐いてたとしたら……その前に逃げるなり何なり、別の行動を取ってたんじゃない?」
「それは……」
そう言われればそうなのか。
こちらにやましい感情があった場合はどうしていただろうか。
少なくとも、言い淀んでしまったのは、指摘があながち外れていないと認識してしまったせいだ。
「……まぁいいわ。それじゃあ、少なくともわたしのことは信じてはくれた、と思っていいのね?」
「そうだね。というより、初めからキミが盗ったなんて思ってもないけど」
「ちょっ――」
信用されているといえば聞こえはいいが、それはあんまり過ぎやしないか。
「そりゃあね? 付き合いは短くても元同僚なんだし、見た瞬間に『あ。これアイツの剣だ』って思うでしょ? キミほど賢い人間ならわざわざ茨に手を出すような真似はしないと思うんだけど、違ったかな?」
「そっ、それは……」
まさにその通りだ――とスズランは心の中で頷いてしまった。
淡白な物言いはともあれ、言う通り短い付き合いのはずなのだが。どうしてここまで性格を理解されているのだろう――と、スズランは相手の洞察に困惑した。思えば、彼とは知り合った当初からこのようなやり取りを交わしていたかもしれない。
かつての“殺人機械”という二つ名や、月天が単独で動き始めてから付加された尾ひれ背ひれに、勝手に誇大恐怖を抱くようになっただけで。
元々油断ならない相手ではあったが、長らく会わぬ間により得体の知れない人物という印象が根付いてしまったのか。
「昔は、アレやコレやと手練手管を弄して剣を狙う輩も絶えなかったけどね。名が通った今じゃ、そんな命知らずもめっきり居なくなったよ」
“月天”の代名詞である金色の剣――【夜叉歌月】。
彼を月天足らしめているのは、一重に武器の能力といって過言ではない。それほどまでに彼が所有する剣は強力無比だった。
「そうね……そうだったわ」
その話は、彼が楓柳に入る以前のものだ。有名な話なので、情報をひとつの生業としている彼女が知らないはずがない。
月天の名が絶対的強者――恐怖の象徴と化すまで、彼の剣を狙うプレイヤーは後を絶たなかった。彼のネームカラーが焔天よりも深い藍色に染まっているのは、それが大きな要因のひとつ。彼が赤ネ嫌いと言われている理由の発端でもあった。
では、実際に剣を失った月天は弱いのか――。
それが真実だと語られていたのは、もはや過去の話である。
後発である彼は、どうしてもプレイ時間の関係でレベルや他の装備で他のプレイヤーに引けを取っていた。しかし、件の武器を手にした彼は、他では真似のできないようなパワーレベリングを用い、怒涛の追い上げを見せたのだ。甲斐あって、彼の現レベルは二つ名持ちの領域にまで届いている。既にスズランを追い抜き、深雪――ベリガに迫るのではないかという勢いだ。
十二天の中でも最強の座を争う“三傑”に数えられる今や、過去の思い出だろう。
「まさかここに来て、剣を失くすなんて。思いもしなかったよ」
「あなたには気の毒な話だけど……わたしの疑いが晴れたんならもういいでしょ?」
早々に会話を切り上げようと切り出す。
彼曰く、元より疑われていなかったらしいのだが、彼女的にはこれ以上関わり合いになりたくもない相手だ。想い人とは違った意味で手玉に取ることのできない青年は、昔から苦手意識を持っていた。
生業上、失った理由が気にならないわけではない。だが、それを聞いてしまったらドツボに巻き込まれるのが目に見えている。よってここで別れるのが、彼女の頭脳が弾き出した最適解だ。
「しかし、そうは行かない」
「なんでよ!」
最適解は無情にも一刀両断されてしまった。
「考えてみなよ。キミじゃないとしたら、別の誰かが持って行ったってことになるじゃないか」
「そうだとして……それがどうわたしと関係あるの?」
誰が持ち出したとして、勝手に探せばいい。それが紛うことなき彼女の本心である。
しかし、続く言葉が本心の否定を余儀なくさせる。
「ここに居たのは、キミひとりじゃないでしょ?」
「……どういう意味かしら?」
「どうって、そのまんまの意味だけど」
月天の言う他の誰かとは、ともに激戦を駆け抜けた仲間たちを指しているのか。
もしそうなら、大切な仲間たちがあらぬ容疑に掛けられていることとなる。それを聞いて黙っているわけにはいかない。
「そんなわけがないでしょう! 彼らは、シテンとの戦いで手一杯だったのよ? あなたの剣を見つけて拾っている余裕なんて欠片もなかったわ!」
思い返すのは、シテン――黒い外套に包まれた強敵。自身を含め、いくつもの仲間の命を奪った死闘。少年の件についても、間接的にも、そして直接の要因すらシテンにあるといっていい。その最中に余裕などあるはずがないのだ。
「そう? ……うん。言われてみるとそうかもしれない」
疑惑を払拭しようと懸命に弁明をしたが、青年は思いのほかあっさりと引き下がった。
その様子が、返ってスズランを冷静にさせ、別の疑問が頭に浮かぶ。
「……そもそも、なんであなたがそこまで知ってるの?」
「ここにボクの剣があったってことはさ、ボクがここに居たってことじゃない? それくらいは分かると思うんだけど」
まるで当然、とでもいうように淡々と事実だけを述べた。
確かに、剣があったのに本人が居ないのでは話が始まらない。
「――って、そうじゃなくて!」
勢いのまま危うく言いくるめられそうになる心を律し、取られた揚げ足を取り戻した。
彼に対する疑問はまだまだ尽きていない。
「……質問を変えるわ。あなた、いつからここに居たの?」
「そうだね……ここに着いたのは、キミたちが戦ってる最中かな」
「理由は? 何の目的があって?」
「さてね」
「誤魔化さないで」
「……はあ。じゃあ聞き返すけど、それ、本気で言ってるの?」
「え……?」
「ボクの目的も何も、楓柳にいたキミならよーく知ってると思うんだけど?」
沈着な目を向けられ、スズランは頭を働かせる。
彼の言葉から思い返すのは、楓柳での記憶だ。
「あ」
そしてすぐに心当たりに行き着いた。
まず最初に頭を過ったのは、ベリガ。彼とは犬猿の仲ともいえる間柄だ。
では、何故彼らは不仲であったのか。理由はすぐに浮かび上がる。
片やキリュウ――もとい、ギルドのことを第一に考えて行動する男。
片や自分の目的のためにそれを蔑ろにして突っ走る男。
思想の違い。そんな両者の仲が悪いのは当然の摂理だった。
そして、彼がギルドそっちのけにするほどの目的とは――。
「……そ、そういえば、あなたはずっと“シテン”を探してたんだったわね!」
それは、ギルドマスターであるキリュウも言っていたことだ。月天は月天の目的のために行動を共にしていると。
「だからずっと前からそう言ってたじゃないか。あの時は、まだ誰も本気にしてくれてなかったようだけど」
「うっ……」
思わず言葉に詰まる。
面と向かって本人から指摘を受けたのだ。胸中は後ろめたい気持ちでいっぱいだ。
「ひとり健気に怪異を追ってたつもりだったんだけどね。理解されなくていくらか悲しかったよ?」
「うっ!」
「でも、今になってようやくキミたちも追い付いてきたというか追い駆けてきたというか。どうやら同じレールの遥か後方を歩いてるみたいだけど、違ったかな?」
「も、もうやめてっ!」
これ以上は、心のHPがゼロになってしまう。
「だ、だって、あの時はまだ眉唾だったから……」
シテン――それはいまだどういう存在なのかはっきりしていない。が、敵と定めて間違いはない。
そういった意味では、彼は紛れもなく自分たちにとっての先駆者だ。
大半のプレイヤーの間で噂として騒がれていた存在だが、あくまでそれは噂の範疇を出ないものだった。都市伝説や七不思議など数えたところで仕方がない。
また、彼女に限っていえば、主の命令でシテンの情報収集を担当していた身。その上で手掛かりが一切掴めなかったのだから、所詮は噂話――と一蹴してしまったのも無理はない。
だがしかし、実際に遭遇してしまった今となっては、顔から火が吹き出るほどの黒い過去として錬成されてしまったわけで。つけ加えて言うならば、元同僚に対し、自身の無能っぷりを棚に上げて非難してしまった、とも言える。
「うん。そうだね。で? それだけ?」
「……ごめんなさい」
「あれ。随分と素直になったね? あの綺麗なトリカブトの花のようだったキミが」
「だっ、誰がトリカブトよっ!!」
綺麗な薔薇には棘があるともいうが、綺麗な花にある毒など彼女にとっても願い下げだ。荒れていた頃に付けられた毒花の忌み名は、返上したい想いで山々である。
「ははっ。ま、それはともかく」
こういうところをさらりと流せるのが彼のいいところであり、また面倒なところでもあった。気にしない代わりに、端的に言うと懲りない。
月天が会話を一度仕切り直す。
「……ボクの剣は、果たして何処に消えたんだろうね?」
話の戻る先はそこ――失われた月天の愛剣についてだ。
このUWOにおいて最強の一振りとも名高い【夜叉歌月】。始めは封印されていたという力も、今は彼の長い努力の甲斐あって解放されているという。それだけに深い愛着もあるのだろう。
「だから、わたしに言われても……誰かが持ち出したんじゃないかしら?」
「それだとまた話が振り出しに戻るじゃないか。別にいいけどね。じゃあ改めて尋ねようか。……こんな樹海の奥で? 誰が?」
「はいはい、わたしが悪かったわよ。……えぇ、それも考えにくいわね」
「そういうこと。――だけど、キミならひょっとして心当たりがあるんじゃないかなって思ったから聞いてるんだ」
「だから、わたしを含めてみんなはシテンと――」
無意識に大きくなる声で反論をしつつ、ふと彼女はひとりの人物に思い当たった。
「シテン……と……」
「シテン、と? なに?」
「…………」
それは、不慮の事故に遭い仲間たちとはぐれてしまった人物。今、まさに自分が探している少年だ。
「ほら。やっぱり心当たりあるんじゃないか」
「べ、別に! 彼が持って行ったなんて思ってるわけじゃないわよ!」
「彼、なんだ? 可能性があるだけで十分だよ。このまま闇雲に歩き回っていたって見つかる気もしないし」
相変わらず淡々とした口調だが、不覚ながらもそのどれもかもが的を射た発言だった。
「案内、してくれるよね? 悪いようにはしない」
「……そうね」
小声で頷きつつ、スズランはある覚悟を決めた。
「実は、わたしもその子を探している最中なの」
どうして、自分ひとりここに残っているのか。
もしかしたら、彼も疑問に思い何かを察していたのかもしれない。
事情を掻い摘んで説明する。
「へぇ、そうなんだ。それ、ボクも知ってる人?」
「いえ。まだ始めたばかりの子だし……面識はないはずよ」
「それは残念。でも、そういうことなら、ボクも一緒に探そうか」
「……本気で言ってるの?」
その提案を予期していなかったわけではない。
だが、改めて本人の口から耳にすると脱ぎい切れない違和感があった。
「もちろんだよ。何かおかしかった?」
「おかしいわよ。楓柳に入るまで――入った後ですらも、ずっと単独で動いていたのが月天でしょう? 今さら誰かに同行するなんて……」
「そりゃ楓柳に入るまではずっとソロだったけど。ボクだって、かつて気を許した友人のひとりやふたりはいるさ」
それでも随分と少ない数字だ。
しかし、考えてみればスズランとて気の許せる間柄となれば……同程度かもしれない。
ひとりはもちろん主の少女、そしてもうひとりは……。
「……分かったわよ。あまりにも珍しい出来事だけに、雨の代わりに槍が降らないことを祈っておくわ」
「それはあんまりな物言いじゃないか」
言って肩を落とす月天だが、わざとらしさに本気とは取れなかった。
ともあれ、戦力としても探し手としても増えるのは非常に心強い。付け加えてひとつ尋ねておく。
「あなたは、気配探知は持ってるんだったかしら?」
気配探知は、索敵スキルのひとつ。主に一定の範囲内に居るMOBを探知する能力だ。能力拡張を行うことで範囲内のプレイヤーをも認識できるようになる。非常に有用ではあるが、習得難易度が高いため高ランクのプレイヤーしか手が届かいのが実情。
なお、スズランが尋ねたのは後者、プレイヤー探知についてだ。
「あるにはあるよ。ただ、影の人の方が精度は上だと思うけどね」
あっさりと答えるが、この辺りはレベル云々を差し引いてもさすがは十二天のひとり。もちろん、彼女の主、戦天であれば当然習得している。
実際の効果範囲を確認し、スズランは満足げに頷いた。
「それでも十分捗るわ。じゃあ、行きましょうか」
「相変わらず、そういうところは現金だなぁ……」
月天は苦笑を浮かべるが、からかいの色合いの方が強そうな言いぶりだ。
「当前でしょ? ほら、口よりも足を動かしなさい。さもないと、さっきの件通報するわよ?」
「はいはい。分かりましたよ、花の女王さま」
「花の女王って……。あと、剣を失くした理由についてもきりきり話して貰うわよ?」
こうなってしまった以上は、聞かないだけ損だ。時間ならある。じっくりたっぷり聞き出さない手はない。
「それは秘密です」
「どこの桂さんよ。っていうかきちんと話しなさい。通報するわよ」
「はいはい。ふざけて余計なことしなきゃよかったかな…………ま、別に大した理由じゃないからいいんだけどね」
談笑や言い合いを交えながら、青年は経緯を話し始める。
そうして、ふたりは少年が立ち去った方へと歩を進めるのであった。
次回更新は、次の週末辺りを予定しています。




