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無名と名無し

2016/09/22

改稿しました

 



 立て続けの悪報に、少女は歯噛みした。


「一体、どうなっておるのじゃ――!」


 ネームレスの死亡。

 エルニドの死亡。

 そして、もげ太のダイブアウト――。


 スズランの復活を除けば、どれもが最悪の報せだった。

 足を止めた少女の元にエルフの女性が馳せる


「ようやく追い着きました。さすがは戦天です」

「銃のか……褒めても何も出んぞ、銃の」


 ラミナも、ここまで相当の銃撃を行っているのだろう。

 残弾がどれほどあるのか分からないが、彼女のような物理遠距離職は永劫に戦闘が続けられるわけではない。

 武器が強力で用途に富む反面、弾が尽きればそこまでだ。


「このまま戦闘を続行しても絶望的です。一度、戦術撤退を推奨します」

「……そなたの言う通り、我らの認識が甘かったことは認めようぞ」


 曲りなりにも、自分たちは“十二天”だ。

 だが、地位に甘んじて慢心をしているつもりは毛頭ない。

 自分たちは、常に下から追われる者――そう考え、日々の研鑽に努めていたからだ。


 ――しかし、それはあくまでもつもりに過ぎなかったことを痛感させられた。


 まさか、これほど強力なプレイヤーが雁首を並べていて、単体の敵にこれほど苦戦を強いられるとは想像もしていなかったのだ。

 どうにかなるだろう――そんな見解の緩さが招いた、当然の結果だ。今ある現実を受け入れ、戒めるしかない。

 残っているメンバーで、戦闘が可能なのはリリルとラミナのみ。

 その頼みのリリルはヒーラー装備。彼女と付き合いの長いキリュウがそれに気付かぬはずもなく、ラミナについても残弾が心もとないのだろう。

 この場は撤退し、体勢を立て直して万全の姿勢で挑む。

 それが最善の提案なのは、考察するまでもなかった。


「分かっておるのに……なにゆえそれを受け入れられぬのじゃろうのう、我は……」


 少女はぽつりと呟いた。

 知らず内に、拳を強く握っていた。


「それは――」

「――分かっておる。分かっておるのじゃ。そなたの言い分の正しさも、受け入れられぬ理由ものう」


 目が合ったスズランが、小さく言葉を発した。


「はい。わたしも同じ気持ちです。キリュウ様」


 そう言って、たどたどしく笑った。


 ――仲間を倒された怒り。


 もちろんそれもあるだろう。

 ただ、それ以上に受け入れられないのは、これまで彼女たちが積み上げてきた経験――誇りだ。

 数々の修羅場と苦行を乗り越えてきた身であればこそ、苦難を前に背を向ける行為を受け止め切れない。

 それは、キリュウもスズランも同じ気持ちだった。


「くく。決まりじゃな?」

「はい。決まりですね、キリュウ様」


 二人はアイコンタクトで互いの意思を確認し合う。――否、確認するまでもなかった。


「さて。我らはこれからシテンの討伐に向かう」

「……正気ですか?」

「正気じゃ。しかし、銃のまで我らの無謀に付き合う必要もない。光のを連れ、退散されよ」

「本気で言っているのですか?」

「くどい。別に敗北のひとつやふたつ、これまでの功績に比べれば痛くも痒くもないのじゃ。むしろ、敵に背を向けて逃走した方が我の名に障る」


 告げて、少女は己の心が晴れていくことを感じた。

 これまでの重苦しい感情が嘘のようだ。


「ああ――そうか。このように単純な理由じゃったのか。我は仲間を置いて逃げておったゆえ、そうまで自らを責めておったのじゃの……」


 目を瞑り、見えない空を見上げる。

 だが、そこに広がるのは青い空。

 大きく呼吸をし、瞼を開く。

 映る空は、目を瞑っている時と変わらない。


「神宝が使えぬという理由のみで後退しておったが、別に戦えなくなったわけではない。――なんじゃ、むしろスズランより万全に近いではないか」


 傍目には無茶苦茶な理屈に聞こえるだろう。

 だが、それが少女の本心だ。スズランのように瀕死に陥っているわけではない。

 いや、例え瀕死に陥っていたとして、それでも戦場に咲くのが“修羅姫”ではなかったのか。

 花月と舞った地は、そういう舞台ではなかったのか。


「我としたことが、危うくまたゲンマに笑われるところであったの。くくく……一死くれて一矢報いてくれよう」

「はい! 最後までお供します、キリュウ様!」

「むう? そなたも随分と活気付いてきたの?」

「えぇ、彼の仇を取らずに敗走なんてしてやるもんですか。ふふ……臓物(はらわた)のひとつくらい食いちぎってあげないと……」

「し、シテンより怖いのじゃ……」


 笑い合い、キリュウとスズランはもと来た道を戻っていく。


「では、達者での。銃の」


 そう言って手を振る二人の背中を、装天は見送った。

 これからどちらが死地に赴くのか分からないほどの気軽さがあった。




 ◇




 地に伏した身体が持ち上がっていく。

 そのような感覚があった。

 徐々に熱が戻り、隅々まで神経が行き渡る。


「…………っは」


 肺が活動を始める。

 同時に五感が情報を得ていった。

 触覚は、地面の硬さと起伏。その上に広がる草の柔らかさ。小さな振動。

 嗅覚は、草木の香りに交じり、生木が燃えたような刺激を。

 聴覚は、木々の擦れる音、鳥や虫の小さな鳴き声、遠くに響く低音。

 味覚は、乾いた舌を濡らす唾液の味に混じった鉄の味。

 そして、視覚――。


「っ!!」


 見開き、上半身を跳ね上げた。

 最初に移ったのは、自分の下半身。それと無意識に曲げた腕と手の平だ。

 傷つき、抉れた土の上に座っている。


「俺は…………一体……」


 記憶を思い返す。

 ここは【ディフル樹海】で、シテンとの戦闘で――絶命したはずだ。

 復帰ポイントに帰還をしない間は、遺体は死んだ場所に安置される。

 仲間や周囲の人間と会話は行えなくなるが、その間の情報が一切入らなくなるわけではない。

 視界は暗転するが、ログだけは確認できるのだ。

 それにより、自身が死んだあと、おおまかに何が起きていたのかは把握をしていた。


「エルニド……それにもげっち……?」


 ネームレスは、二人の仲間の名を呟いた。

 視界の隅のPTリスト――エルニドには死亡状態を現す灰色表示、もげ太は非接続状態を示す黒色表示となっている。

 ログで確認した通りだ。


 ――ならば、自分は?


 装備もそのまま、足元には双剣――リルグリッターとハイベノンが落ちている。

 HPはニアデス状態にはあるが生存――赤色だ。


「なんで生きてんだ……いや」


 生きているのではない、生き返ったのだ。

 それ以上の状況を把握しようと思考を続けるが――分からない。

 死亡したプレイヤーは、帰還をするか他のプレイヤーから蘇生されない限り生き返ることはない。

 すぐに復帰ポイントに帰還をしようか迷ったのだが、ペナルティタイムを消化してたらすぐに樹海に走ったところで戦いに間に合うはずもなく、それならばログ情報だけでも得ておこうと保留をしていたのだが……。

 一体、誰に蘇生されたのか。

 蘇生が使えるのはキリュウだが、十種神宝がそうすぐに再使用できるとは思えない。

 他に考えられそうなのは光天、リリルだが、周囲に彼女の姿は見当たらない。

 そもそも自身と彼女との位置関係を鑑みれば、仇敵シテンを潜り抜けないことにはここに到達できないのだ。


 ならば、誰が――


 そんな思考遮って、眼前に移動する者が居た。

 はっと視線を顔の方へ上げ、相手の姿を確認する。


「どうも。こんにちは」


 場違いにも、気さくな挨拶を述べ会釈する。

 薄い茶色の髪の男だ。

 ほどほどの長さの髪を頭の上でひとつに縛っている。

 男は、人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「……テメーは?」

「ただの通りすがり、です」

「通りすがり? おいおい、こんな樹海の奥にか?」

「はい。まさに偶然って凄いですよね」

「……んな偶然があるかよ」


 本当に通りすがりであれば、辻リザ――気まぐれで蘇生を行っていくプレイヤーも全く存在しないわけではない。

 本気とも取れない言葉だが、信じるにも値しない弁明だった。

 相手の名を確認するため、視線をさらに上に移動する。

 が、


「ネームが……表示されてねー?」

「はは。すいません、名乗るほどの者でもないので非表示にさせていただきました」

「非表示だあ?」


 プレイヤーネームは、全プレイヤーに対する必須共有情報だ。

 装備やステータスとは異なり、オフにする機能など有りはしない。そういうはずだ。


「バカな。そんなのできるわけがねぇ」

「んー……説明をすると大変なので、省かせてください。一応、できなくはない――とそういうことで」

「んな話が信じられっか!」

「あ。でも、オフレコでお願いしますね?」

「って、話を聞けぇ!」


 会話が成立しているようで成立していない。

 どこかで感じたことのあるような、ちぐはぐなやり取り。

 ただ、相手に悪意の類は感じられない。


 ――この既視感はどこかで。


「おや?」


 無名の男が、首を傾げる。

 その理由はすぐに知れた。

 身体を揺るがす振動があった。


「衝撃音……? 戦闘か――!?」


 向きと方角を確認する。

 それは、もげ太らが居る方向と一致した。

 ならば存在を確認するまでもない――シテンだ。


「まさか……クソガキとクソ女か! クソっ、アイツら捕まりやがったのか、すぐ助けに行かねーと!!」


 剣を鞘にしまい、即座に駆け出そうとしたところを片腕を掴まれたことで制された。


「そんな状態で行ってどうするんですか?」

「どうするって……」


 言わんとするところは分からなくもない。

 HPは瀕死、かつ蘇生したばかりでPOTも使えない状態なのだ。

 助勢に赴いたところで、一撃死は免れまい。


「どーもこーもねーよ! ここで仲間がやられんのを指咥えて見てろっていうのか!」

「指……? いえ、そんなことは言いませんよ! 仲間…………うん、素敵な響きですよね」


 その言葉に刺や嫌味は感じられなかった。

 浮かんでいるのは、純粋な微笑みだ。


「そんな言葉が聞けるなんて……。では、こうしませんか?」


 無名の男は、柔和な笑顔を崩さないままに提案を述べた。


「僕も、少しだけですがお手伝いをしましょう。渡りに船――とか言うでしょう?」

「……おう?」


 そして、「あと――」という言葉を付け加える。


「困った時は、お互い様ってね?」


 男が指をかざすと、ネームレスは身体に力が戻っていくのを実感した。




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