火神
2016/09/22
改稿しました
「キリュウ様。その……焔天は?」
スズランが心配を寄せるのは、彼の発言にあった。
使えなくはない――と。
問いに対し、使えるとはひと言も言わなかった。
「本当に扱えるのかどうかは定かではない。我らに対する気休めやもしれぬな」
「では、このままひとりにするのは……!」
二人は、駆けながら仲間のHPゲージに注意を向けていた。
今のところは、エルニドに大きなダメージはない。
しかし、影天のような回避手段には乏しいのか、徐々に削られていく。
いずれは目に見える蓄積となるだろう。
「そう不安がるでない」
「しかし――」
「あやつとて奥の手のひとつやふたつは持っておろう。敵の姿を思い出してみよ」
言われ、シテンの姿を思い返す。
これまでとは打って変わった蜘蛛の様な肢体は、スズランには大きな脅威に映ったが、
「随分と余裕がなさそうであったろ? 本体の方もボロボロじゃ」
言われてみれば、戦いの中で傷一つ受けなかったシテン。
だが、肢の奥にあった身体の外套は破れ、その姿を曝け出していた。
「影のがアレを追い込むのに成功したからこそ、様相が変わっておるのじゃろう。それに、焔のは“七天時代”からの襲名者じゃ。余計な心配は要らぬ」
「……分かりました。キリュウ様がそう言われるのでしたら」
足を止めるわけにはいかない。
移動していない限りは、光天ともげ太の居る場所までもうすぐだろう。
そんな二人の背後で衝撃波が轟いた。
「なんじゃ――!?」
咄嗟のことに後ろを振り返る。
見ると、煌々と燃え上る赤柱が立ち昇っていた。
これは――
「……焔のか?」
火柱から連想するのは彼を除きここには存在しない。
エルニドの能力と考えるのが自然だ。
その直後、森の中からゆっくりと立ち上がる何かが見えた。
――赤い、深紅の巨体。
全体的にのっぺりとしたフォルムのそれは、全身が赤い炎で包まれている。
その大きな腕が振り上げられ、森に向けて叩きつけた。
爆発する――。
「くうっ!」
二人のところまで届く熱波。
まるでエクスプロージョンだ。
「そ、そうか……思い出したぞ! “火神”じゃ!」
火神――。
それは、エルニドが焔天と呼ばれる以前の二つ名だ。
◇
「オォォ……!!」
巨人が吠える。
低くくぐもった声は、シテンの声にも劣らぬ威圧があった。
横薙ぎに振り抜いた腕が敵の足を折り、本体を殴りつける。
『ギオ――!』
黒套を肥大させ、巨人の攻撃を受け止める。
四方から伸びた黒爪が、巨人に突き刺さった。
だが、巨人は怯まない。
口を開き、大きく吸い込んだ息を吐き出す。
ファイアブレスだ。
強力な肺活量をもって吐き出された火炎が、熱波となって森を焼き払う。
シテンの身体を浮かせ、後方に後ずさりをさせた。
柱のような四肢で大地に根を張り、身体の後退を止める。
やがて、ブレスが止まると再びシテンは巨人に向けて駆け出した。
鋭い鎌のような先端をもたげ、触腕を首目掛けて振るう。
巨人の動きは鈍重で、回避が間に合わない。
直撃を受けた首から血のように炎が噴き出す――が、それだけだ。
噴き出した液炎は、溶岩のように飛び散り森と大地を焼く。
エネルギー体なのだろう、受けた首の傷は既に塞がっていた。
「オォ……!」
『グル……!』
咆哮を上げながら、両者は突進した。
片や炎の巨人、片や大蜘蛛の妖怪。
がっぷり四つの取っ組み合いだ。
とある友人が居ればこう形容しただろう――――妖怪大戦争と。
「オ!」
巨人が力む。
膨れ上がった背中から、炎弾が上空へ幾多も打ち上げられた。
炎弾は直下に軌道を変え、地上へ降り注ぐ。
ファランクスだ。
着弾した大地に穴を穿ち、炎上させる。
数発がシテンの胴体や四肢に直撃をし、平伏させたが外套を突破するには至らなかったようだ。
シテンの足が、地中へと潜り込む。
現れたのは、巨人の真下。
着き上げられた衝角が、巨人の胴体を斜めに貫く。
「ウ……!」
巨人が苦悶の呻きを上げた。
エルニドのHPバーに変動はないが、MPに影響を与えているようだ。
徐々に減っていくMPバーが、一度に大きな減少を見せた。
直後、傷口から炎が上がり衝角を弾き出す。
燃え上る炎が傷口を塞いだ。
しかし、MPは減少したままだ。
再び、巨人は炎を吐き出し、シテンの身体を後退させる。
右手で生んだ火弾を握りつぶすと、槍のような形状へと変化し、それをシテン目掛けて投擲した。
炎槍が、シテンの本体を貫く。
『ルる……オ……!』
黒套が咲いた。
炎槍が花火のように周囲に霧散する。
戦いは、互角のようにも見えるが、シテンに目に見えたダメージはなかった。
シテンは、四肢を小さく窄めると、それを一息に縦に伸ばした。
跳躍だ。
これまで一度も見せなかった移動方法。
宙を舞い、上空から巨人へと襲い掛かった。
「…………ッ!」
巨人も敵の動きに反応していた。
両腕で火弾を作り出し、握り潰す。
それをさらにひとつに重ね、巨大な槍を作り出した。
空から降下するシテン目掛け、大炎槍を突き立てる。
「ガ――!」
大炎槍がシテンの外套を貫き、シテンの黒腕が巨人の頭から胴体までを貫いた。
上体が傾き、そのままゆっくりと崩れ落ちていく巨人。
大蜘蛛は、その上に伸し掛かるように接地した。
その姿はまるで、仕留めた獲物を捕食しているかのようだった。
パーティーメンバーに送られた三つ目の通知――。
[エルニドが死亡しました]
それは、三人目となる仲間の死亡を知らせるものだった。
◇
「そんな! エルニドさんまで……」
通知に目を疑う白法衣の少女。
リリルは、アイテムによるMPの回復を行いながら、同時にもげ太の回復を努め上げた。
既に少年に掛かっていたデバフは、効果時間の経過により消滅している。
両者のHPは全回復していた。
「も、もげ太さん……」
初心者である少年が、戦闘により仲間の命を失うのはこれが初めてだろう。
スズラン、ネームレスと来て、ここで最も付き合いも関係も深そうな友人が死亡したのだ。
適正レベルでPTを組んでいれば、これまでに何度も経験しておかしくないはずだが――――仲間が強過ぎた。
それが、ここへ来て初めて仇となった。
動揺しないはずがない。
「だ、大丈夫ですよー! スズちゃんだって復活したんですから、影……ネームレスさんも、エルニドさんもすぐに復活できますから!」
何の根拠もない励ましではあったが、それは同時にリリル自身に向けた言葉にもなっていた。
彼女も、どうしてスズランが蘇生したのか、その詳細を知らないせいだ。
ひとり生き返ったのであれば、ふたりが生き返ったとして何ら不思議はない。
ただし、それがネームレスやエルニドの能力でなければの話だが。
「それに、シテンが来たってちゃちゃっとわたしがやっつけちゃいますから! ね?」
そうは言ったものの、それが本当に可能かどうかなど光天本人にすら自信はなかった。
何せ、PTを組んだ同格の仲間を二人も失っているのだ。
彼女自身の戦闘態勢が整っているのであればまだしも、今の装備は回復を重視したヒーラー用のセット。
それとて生半なレアリティではないが、到底全力の戦闘に耐えきれる代物ではない。
だが、ここで弱音を吐くわけにはいかない。
「うん、“リリルビーム”があればへっちゃらです! 何せ、あのネームレスさんがガタブルしちゃうくらいの威力です!」
精一杯に強がり、もげ太を励ました。
だが、反応はない。
不安に思ったリリルが、少年の肩を抱こうと腕を伸ばす。
「……え?」
指が肩に届こうという寸前、少年のアバターが消失した。
何が起きたのか分からないという彼女の目に、一行の通知が飛び込む。
[もげ太がダイブアウトしました]
心を、ざわめきが埋めていく。




