もうひとりの協力者
2016/09/19
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小さな電子音が鳴る。
白衣を着た男は、懐からその音源――手の平ほどの大きさの四角い端末――を取り出し、表面を指でなぞった。
端末に線と文字が走り、操作盤が宙に浮かび上がる。
「――あぁ、君か」
操作盤の上。
モニタに映し出された相手の姿を確認し、男が呟いた。
〔ひとつ片付いたよ〕
モニタに映し出された人物――まだ若く少年の面影の強い青年――と言ってもPCだが。
彼の口がゆるやかに動いた。
それに白衣の男――クジョウが頷く。
「エリー」
『ハイよー。……チャンネルオープン、アクセス』
バイザーを被った魔導人形の少女が応答する。
『サーチ――アンサー、フォルス。対象の消滅を確認』
ややあってエリザは結果を告げた。
「さすがだ。仕事が早い」
〔当然――って言いたいところだけど、何度か肝を冷やしたよ〕
「ほう。君がかね?」
〔敵も面倒な能力を持ってるからね。知ってるでしょ?〕
「そうか。詳しい話は、後で直に話を聞かせて貰おう」
〔後で? 珍しい。あんたが今じゃなくて後だ――なんて〕
そこで会話が少し止まる。
わずかに考える仕草を見せた後、青年は話を続けた。
〔……うん。何かあったみたいだね? 形天と呼ばれた男が、随分と余裕がなさそうに笑ってるよ?〕
「ふ、形天か。わたしとて、君のような若者に心情を気取られる程度の人間さ」
〔ははっ――――UWOの生みの親のひとりが良く言うよ〕
「……出来れば、LSDにおける不用意な発言は控えて欲しいな」
白衣の男が目を細め、やや厳しい口調で指摘をする。
モニタの青年はわずかに驚くも、
〔出来れば――の話だろう? あんたが用意した回線が、誰に傍受されるって言うんだ?〕
「仮想世界イコール、ネットワークの中枢だ。どこに何が仕掛けられているか分かったものではない」
〔そりゃ、あんたが二人居れば話は別だけど〕
「買い被りだ」
〔それは、お互い様だね〕
「……くく、そうか」
返された言葉に、男は苦笑を浮かべた。
言われてみれば、“なるほど、確かにその通りだ”――なんて妙に納得してしまったせいだ。
〔さてと。事情は知らないけど……急いでるんだろう? こっちもすぐ次の座標に向かうよ。転送してくれ〕
「あぁ、その件だが――」
男はわずかに考えた後に、言葉を続けた。
「既に、新たな協力者が対象の排除に向かった」
〔新たな協力者?〕
「そうだ」
〔へーえ……そんな話、僕は何にも聞いてないけど?〕
不満を隠そうともせず青年は言った。
「ほんの数時間前の話だ。そちらは任務中、言う間もない」
〔そりゃそうかもしれないけど……何か薄っぺらで寂しいね〕
「そう言ってくれるな。機会があれば紹介しよう。おそらくは、君も驚くだろう」
〔驚く? 僕が?〕
モニター越しの青年の顔が、無邪気な笑みへと変わった。
男の言葉に興味を惹かれたのだろう。
〔……それはすぐにでも会いに行きたいね〕
「勝手な行動は許さんぞ」
〔勝手って……ゲームなんて勝手に行動するもんでしょ?〕
「思ってもない言葉を口にしないことだな」
〔はは、手厳しいね〕
青年が苦笑する。
〔……ま、その通りだよ。この世界は、僕にとってもうひとつの現実だ〕
もうひとつの現実――ダイブ型のオンラインゲーム、仮想世界に対してよくある比喩表現だ。
現実世界しか知らない人間にとっては「何を馬鹿な」と一笑に付す発言であるが、コアなプレイヤーほどそういった感覚に捕らわれる傾向が強い。
〔だから、この世界を壊そうなんて輩を、僕は絶対に許しはしない〕
「頼もしいな」
男は、素直にそんな賛辞を贈った。
それが青年が持つアバター能力に対する正当な評価だ。
〔それで、話を戻すけど。排除に行かせたってことは、あんたのテストに合格したんだ?〕
「そういうことになるな」
〔はは。じゃないと、無駄死にさせるだけだもんね。さすがのあんたもそこまで鬼じゃない、か〕
「目的のためならば、わたしはいくらでも鬼になるさ」
〔鬼っていうより、ロリでしょ?〕
「褒め言葉と受け取っておこう」
〔いや、褒めてないよ?〕
青年がわずかに引いた。
こういった点において、男は青年の上を行くところがある。
〔ま。それなら、あんたがご機嫌な理由にも納得がいったよ。まさか、テストに合格するなんてね。もしかして、“十二天”でも見つけた?〕
「是だ。…………勘が優れ過ぎるというのも些か考えものだな」
男は聞こえよがしに嘆息した。
〔まさかと思ったけど……へぇ。そうなんだ〕
「確信しておきながら良く言う」
〔彼らは、全員が解放因子を持つ選定者たちだからね。あんたお墨付きの〕
「……事情が分かったのなら大人しく帰還してくれ。それまでには、エリーに次の索敵を急がせておく」
男が隣の少女に向けて告げた。
少女は両肩を持ち上げ、
『マったく……人形使いの荒いオヤジだゼ』
「これでもこの世界では人形使いの端くれだからな」
〔端くれっていうか、先駆者であって第一人者が何言ってるのさ。向こうの世界だって――〕
「不用意な発言は……」
〔――はいはい。じゃあ、交信おわりっと〕
〈プツン〉――というシャット音とともに、モニタから青年の姿が失われた。
あちらから通信を終了したようだ。
「まったく……切れ味の良すぎる刃物は使い方を誤ると使用者にも危険を及ぼし兼ねん」
男は嘆息しながら、それきり反応のなくなった端末をポケットに押し込んだ。
「……エリー。ドクペだ」
『ダから、モうナイってバヨ』
◇
「十二天……」
青年とも少年とも取れる若い黒髪のアバター。
彼は、灰色の曇り空を眺めていた。
リウマ大陸からは少々遠方にある地。
わずかにだが緩む口元――笑っているのだ。
「一体誰だろう。恩恵もないのに余計な苦労を背負うなんて物好きが居るなんてね」
その笑みに邪気はない。
単純に何か面白いことでも見つけたような笑みだ。
「闇、影、酒……それに光も除外かなぁ。光が動かない限り氷もなし。大穴は、気まぐれの破、戦。本命は、信念と正義感で焔、聖――ってところかな」
両指を折りつつ、残りの天を数えていった。
そうして、最後に残った名を小さく呟く。
「…………戴天。もし、キミが居たらどうしてた?」
青年は、自問するように静かに目を伏せた。
その表情は悲哀に満ちている。
「――――」
どれくらいの時間、そうしていたのか。
冷たい一陣の風が青年の頬を撫でる。
「――っと、いけない。あんまりゆっくりしてると次の指令が来ちゃうよ」
軽く顔を左右に振り、鞄からアイテム――【転移石】を取り出した。
「……少しくらいいいよね。リンクゲート――《セレン》」
使用コマンドを唱えると、アイテムを中心に青年の身体が光に包まれた。
「待ってて――」
わずかな光の軌跡を残し、青年の姿が消失した。
曇天は厚みを増し、風は暴風へと変わる。
後に残っているのは、中央に穴の空いた黒い塊。
枯れ木のような細い腕が、五指を開いたまま地に落ちていた――。




