表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/64

少年の記憶

2016/09/18

本文修正しました

 



 少年の意識は沈んでいた。


 周りには何も無い、ただ深くて暗い場所。

 明かりの無い水の中、まるで深海に居るようだった。

 浮くための力はなくて、ゆっくりと落ちていく。

 ただ下に向かって沈んでいくだけの世界。

 沈んでも沈んでも、どれだけ沈んでも終わりは訪れない。


 もし、ずっとこのままだったらどうなるんだろう――?


 ふとそんな思いが()ぎっても、頭は上手く回らない。

 まるで違うパズルのピースを組み合わせているような感じ。


 ……?


 そんな中、わずかに浮かび上がった、ひとつの景色。


 あれは――


 ガラス張りの部屋の中に、大きな箱や小さな箱が無数に並ぶ。

 わずかな隙間には、コードやパイプが数え切れないほど伸びていた。

 その中央に据えられているのは、長方体の箱。


 ――何だろう。


 思い出せそうで思い出せない。

 喉まで出掛かっているのに、言葉にできない。


 ボクは――――あれが何か知ってる?


 知らないなら、こんな風にもどかしくなったりはしない。

 思い出そうとすると、意識はもっと深くに沈んでいった。


 ――――。


 誰かの声が聞こえる。

 思い出せないなら……思い出さない方がいい?

 聞いたことのある声が、そう囁いている。

 目を閉じて手を伸ばすと、身体はゆっくりと浮かんだ。



 手を伸ばせは、きっとすぐそこに居る誰か。

 この深くて暗い海の何処かに、――は居る。


 ――もう、休んでもいいんだよ。


 何かは、そう少年に囁いていた。




 ◇





 真っ暗闇の世界に現れた小さな声。

 聞こえる声はどんどん大きくなり、やがて視界に光が満ちていく。


「――――っは!」


 意識が覚醒する。

 両目から飛び込んでくる数々の情報。

 肺と心臓が音を上げて酸素を要求した。


「はぁはぁ…………すうー…………はあ……」


 肩で深く大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 鼓動は落ち着いたが、意識も身体もまだ重い。

 ぼおっとした頭に、


「もげ太さん?」


 掛けられる少女の声。

 そこで右手に触れる温かさを感じた。

 重ねられた白い手が、自分の手を持ち上げる。


「あ…………りるさん?」


 繋がれた先にリリルが居る。

 気丈な少女の眉尻は下を向き、表情には心配がありありと浮かんでいた。


「も、もげ太さぁん!」


 手は互いに繋いだまま、残る片腕でぎゅっと抱きしめられる。

 リリルの体温と鼓動がアバターを通じて伝わってきた。


「良かったですー! いきなり気を失ってしまって……ほんとにびっくりしたんですよー……?」


 顔は柔らかなローブに包まれている。

 少女の腕の中で、熱い滴を頬に感じた。


「気を失って……え? 僕がですか?」


 問い掛けに少女が頷いたことで、少年はわずかに考え込んだ。

 うっすらと記憶に残っている世界は、夢の中の出来事だったのかと。


「覚えてないですか? 敵が突然現れて……」

「敵……?」


 一瞬で弾き飛ばされてしまったもげ太は、敵の姿を確認していない。

 その時、自分の身に何が起きたのかすら把握していないのだろう。

 リリルは、かいつまんで状況を説明した。


「シテン……?」


 もげ太の呟きに、リリルが頷く。

 どこかで聞いたことのある言葉をふと反芻した。


「出会い頭の攻撃で、もげ太さんが気を失ってしまわれたのです」

「攻撃……」


 直接思い出すことはできなかったが、直前にエルニドの声が届いたことだけは脳裏に蘇ってきた。


「そう……だったんですね。ご心配お掛けして本当にごめんなさい」


 少女は慌てて両手を横に振った。


「いっ、いえいえ! わたしたちこそしっかり守ってあげられなくて……本当にごめんなさいです!」


 腕を降ろして頭を下げられる。


「いえ、僕の方こそ足を引っ張ってしまってごめんなさい!」


 慌てて頭を下げ返すと、向こうも謝罪の言葉を告げてもう一度頭を下げる。

 それを幾度か繰り返した後、〈ごんっ!〉と鈍い音と同時に目の前に火花が散ったように錯覚をした。


「「あいたっ!」」


 徐々に双方の距離が近付いていき、謝罪が頭突きに変わってしまったのだ。

 二人は頭を抑えながら目線を上げ、それが合ったことで自然と笑いが零れ出す。


「ふ……あはは」

「ふふっ」


 これまで、少年を包み込んでいた悲壮感は、この一瞬で消失した。

 いつもの少年の笑顔に戻ったことに、リリルは胸を撫で下ろす。


「えーと……それで今は……?」


 状況を思い出すために、もげ太は周りの様子を窺った。

 ここに居るのは、どうやら自分と少女だけのようだ。

 他は見当たらないが、少なくともすぐ付近で戦っている気配は感じられない。

 気を失っている間に移動をしたのだろうか。


「はい。それは――」


 リリルの説明を聞きつつ、もう少し細かく周囲を観察する。

 左手に付いた土。座っているのは……地面。草も生えている。

 周りには木。全方向に茂っており、空のほとんどが葉で覆われていた。

 その隙間から、青い空が覗いている。


「森……?」


 交じり合った記憶の必要な部分だけを手繰り寄せる。

 見える風景は…………ほんの少し前の記憶とそう変わっていない――はず。


「えっ?」


 小さく呟くと、少女の安堵の顔に不安が浮かんだ。


「も、もげ太さん、本当に大丈夫ですか? はっ! もしかして、記憶が混濁してるとか――!?」


 すぐに不用意な発言をしたことに気が付いた。


「――へ? あ、違いますよ! もう全然へっちゃらです!」


 立ち上がり、両腕を小さく上下に曲げ伸ばしする。

 そうして会話を重ねる毎に、思考はどんどんクリアになっていくのが分かった。


「なんだかここ、見覚えがあるような気がして……」


 少女の不安が一層強まった。

 少年がここを訪れるのは、これが初めてのはずだ。

 クジョウの依頼を受け、ラミナと合流してからディフルの森に向かい――――そこで“何か”と遭遇をした。

 そこに見覚えなんてあるはずがない。


「その、見覚えって……?」

「あっ! ただ、知ってる場所に似ていただけで勘違いかもです!」

「ああっ、なるほどですー!」


 どこにでもある――とまでは言い難いが、周囲はただ深いだけの森だ。

 現実の場所で似ている風景なんていくらでもあるだろう。


「変なこと言ってしまってごめんなさい……」

「いえいえ。強い衝撃を受けた直後だから仕方ないのですー」


 リリルはもげ太の両肩を強く抱いた。


「ありがとうございます」


 少年は、右手の剣と左手の盾とを確認し、握り締める。

 そして、心の中ではっきりと告げた。


「…………うん」


 ――僕の名前は、もげ太(・・・)だ。


 鼓動がひとつ、遠ざかる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ