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犬狩り

2016/09/15

本文修正しました

 



 シテン――。


 そう呼ばれる謎のエネミーがいる。

 噂、というよりもまだ都市伝説程度の認識ではあるが、その話はプレイヤーの間に徐々に広まりつつあった。

 それを“十二天”と呼ばれるほどの者たちが知らないわけがない。


 もげ太らは、クジョウとラミナの依頼を受け、また噂の真偽を確かめるべくディフル山の麓に広がる樹海の中を進んでいた。




 ◇




 銀色のトレイが宙を飛ぶ。

 よくよく見るとそれは飛んでいるわけではなく、上下に揺れながらちょこちょこと二本の足で走っていた。


『ウらー。入るゾ』


 トレイの下から伸びる細い腕。

 コンコン、という二回のノックの後、銀の平面の下の小さな影は、左手で頭上を押さえながら反対の手で扉を引き開けた。


『毎度思うコトがヒトツ。ドうせ給仕させるなら、もっと適応性の高いボディにして欲しイんダゼ?』


 魔導人形のエリザだ。

 彼女は、愚痴を零しながら入室をした。

 頭上にトレイを乗せながらでは、書斎の大扉を締めるのも一苦労だ。

 それでも器用にこなせるのは慣れなのか、奥の机に向かってトレイを運ぶ。


『あーソレと、ラミから連絡があったゾ? 無事キリウたちと合流、目的地に到着したそーダ』


 先ほど受け取ったばかりの情報を、湯気を立てる飲み物が注がれたティーカップと共に主へ届ける。


「そうか。報告感謝する」


 コトン、とトレイから机に移されたカップが小さな音を立てた。

 机は彼女の頭とほぼ同じ高さにあるため、クジョウから見えるのはトレイと黒い手袋をした少女の手のみ。


『デ。ソっちはまだ進展なしカ?』

「あぁ、相変わらずだな」


 クジョウは眼鏡を外し、一息を吐くためカップに指を掛けた。

 そのままゆっくり口へ運ぶ。


「ふぅ……この鼻に抜ける独特の香りがまた――む?」


 口を着けた途端、クジョウの眉がぴくりと跳ねた。


「今日はまた一段と洒落たカップだと思えば…………これは紅茶か?」

『湯気が立っテル時点で気付けヨ』


 人形少女の発言は至極もっともだ。

 だが、要はそこではない。


「エリー、いつものアレはどうした?」

『ン?』


 エリザの脳裏に、この男の言う“アレ”に該当するものはひとつしかない。


『ドクペ? ソレならアイツらに出した分で最後だゾ?』

「なっ――!?」


 両手を打ちつけ、男は勢い良く立ち上がった。

 拍子に椅子が盛大な音を立ててひっくり返る。


「ば……馬鹿な。ドクダミペッパー(アレ)がなくては仕事にならんぞ……! か、可及的速やかに調達の手配を急げ!」


 下された命令を履行するのが魔導人形の宿命だ。

 が、


『ソノ買い出し担当はアイツらと一緒ダナー』

「……な、なんたることだ」


 実行できない命令まで聞くことはできない。

 もし、これが許容されるのであれば、彼女たち人形は主の手を離れ好き勝手に世界を飛び回ることが可能になる。


『ナァ』

「…………なんだ?」

『ソんなに欲しければ自分で買いに行けばいいんじゃナイカ?』

「そんな時間はない」

『じゃあ諦めロ』

「それが生みの親に対する口の聞き方か……?」

『良く言うゼ。コウいう風に作ったのは、ソノ生みの親のクセにヨ』

「………………」


 男は、我ながらの難儀な性格を呪った。


 ――そう。だが、これがいい。


『ソんなことよりキリウその他モロモロ。イきなりアレにぶつけて大丈夫なのカ?』

「……ドクペか?」

『違うワ』

「冗談だ」


 エリザの問いに、クジョウは股上に落としていた視線をわずかに持ち上げた。

 その顔は、一転して冷静で、


「………………さて、な」

『オイコラマテ』


 魔導人形は、真顔でとぼける主に〈すぱーん!〉と張り手を入れた。

 威力の割に、眼鏡には一切の影響を与えない絶妙な角度と力加減だ。


「…………む、むぅ。ここまで卓越した自我を形成するとは、かくも天才とは辛い道を歩むものなのか……。人それを家庭内暴力と言う」

『誰ト誰ガ内縁関係ダ』


 再度、クジョウは難儀な自身を呪いながら眼鏡を掛け直し、話を続ける。


「……既に、マイ天使が黒化体を破壊する能力を得ているのは確認済みだ。問題はない」

『一癖も二癖もありそうな連中だったからナ。百聞は一見に如かず、ってやつカ?』

「そうだ。分かっているではないか」


 肯定すると男はわずかに溜めを作った。

 机上で指を組み、虚空を見つめる。


「これは、同時に彼らにとっての試練でもあるのだよ」




 ◇




 一行がディフル樹海に足を踏み入れてから一刻半が経つ。


「大紅蓮――!」


 エルニドの炎剣が、濃灰色の毛並みの大型四足獣を焼き払った。


『ギオォォォォォ――!!』


 巨躯が断末魔を残し、消し炭と化す。


「ちっ! ディープウォルフか、面倒なエリアだな!」


 ディープウォルフ――。

 レベル200強というリウマ大陸における高レベルアクティブモンスターだ。

 攻撃が近接に限定されるため、遠距離でパーティを組めばそれよりも低いレベル帯で戦うこともできる。

 しかし、群れを成して行動するため1エリア当たりの数が非常に多く、油断をすると即囲まれてゲームオーバー……なんていうこともざらだ。


「おかげで、我らもようよう世話になった場所じゃの」

「ほう。ここは楓柳のホームグラウンドでもあるのか。戦天の成長の軌跡がここにもあるわけだな」

「そう改まって言われると恥ずかしいのじゃが……確かに。高レベルエリアがあるゆえ、付近にキヨウを設けたという一面もある」


 キリュウは敵を貫いた宝剣を遠隔回収しつつ、赤らめた耳を隠した。

 その隣では、


「天霊波ですー、どーんっ!」


 聞こえたのは、緊迫感に欠ける伸び声。


『――ギャウンッ!』


 少女の手の平から発射されたビームは、真っ直ぐに狼の身体を貫いていた。


「リリル怖いですー。てへっ♪」

「……殺意の波動に目覚めそうで怖いってか?」

「滅・殺!(低音)」


 豪ビームをかわしながらも、ネームレスはふと記憶を遡った

 あれは確か――四人で練成石を集めてた時のことか。


「なあ? メルニカの近くでクレイゴーレムとやってた時な」

「笑止! ……はい?」

「そりゃもーいいっつの。確かあん時よ、今よりもっと太いビーム出してなかったか?」


 狩りをしていた最中、突如光天が放ったビームが自分と焔天との間を恐ろしい勢いで通り抜けていった出来事を思い出す。

 新幹線が通過するホームに立っている時のような感覚――そう例えると分かりやすいだろうか?

 エネルギー柱はゴーレムを軽く蒸発させ、そのまま遥か遠景の山頂を吹き飛ばしさらに虚空へと吸い込まれていった。

 そのシーンは今も脳裏に焼きついている。


「あー……。そんなこともありましったっけ?」

「なんで疑問系なんだよ……」


 無駄と知りつつ一応ツッコミを入れておく。


「さっきのビームであの狼がやれんのに、雑魚ゴーレムにあんなスキル使う必要あったのか? わざわざ俺らの至近で」


 ちなみに、ディープウォルフの推奨レベルは、PT人数にもよるが下限で180ほどか。

 対するクレイゴーレムは20台なので明らか過ぎるオーバーキル。

 一応、PTメンバー内におけるダメージは発生しないが、受ける衝撃はまた別だ。

 衝撃がキャンセルされてしまう仕様であれば、よくある仲間に「危ないドーン!」の体当たりをしても微動だにしないことになる。

 涼やかにネームレスに睨みつけられたリリルは、涼しげな顔で首をわずかに傾けながらひと言だけ返した。


「てへっ♪」


 ぷにっと頬を突いてとぼける少女に、彼までもいけない波動に目覚めそうな衝動を自覚した。

 震える右拳を反対の手で宥めつつ、何とか自制を促す。

 そんな緊張に欠けるやり取りの最中でも、周囲では爆音が絶え間なく響いていた。


「はあっ!!」


 エルニドの裂帛した掛け声が戦闘の現実へと引き戻す。


「染めよ、紫陽花!」


 紫のエネルギーが敵を包み込み、連続で炸裂した。

 一撃で仕留め切れない分、複数発を叩き込んだようだ。


「ほら、貴方たち! 敵多いんだからしっかりして!」


 スズランは敵に紫弾を放ちながら仲間を叱咤した。

 この面子ならば多少余所見や雑談をしていたところで危険もないのだが、


「は、はい! 頑張ります!」


 ひとりだけ例外が存在する。

 びっ、と気をつけの姿勢を取ってもげ太が返事をした。

 油断なく剣と盾を構えて、敵に突貫の姿勢を取る。


「あ……いえ、貴方じゃなくて……えーと……」


 もげ太が頑張れば頑張るほど護衛のハードルは上がってしまうのだが、それを告げるのは酷だろう。

 となればフォローは周りで行わなければならず、結果的にはそれがメンバーに対する鼓舞へと繋がった。


「ま、これだけのプレイヤーが揃っているんだ。ひとりくらい問題はないさ。それより……」


 敵を焼いたエルニドが、ちらりと少年の方を見る。

 周りを囲んでいるので直接戦闘に巻き込まれることはない――が。


「……どちらかと言うと、もげ太に入っている経験値の方が気掛かりだな」


 彼は、少年の方から聞こえる独特のファンファーレを耳にしながらぼやいた。

 レベルアップに伴うサウンドエフェクトだ。

 ここに来てから何回目だろうか。

 初級レベル帯ゆえアップが速過ぎるということもなく、むしろこれまでが寄り道などのんびりし過ぎていたくらいなのだが。


「たっ!」


 [もげ太のシールドロブ、ディープウォルフに20のダメージ!]


「やあっ!」


 [もげ太のシールドバッシュ、ディープウォルフに12のダメージ! 追加効果スタン]


 一応、戦闘に参加していないというわけでもなく、むしろどこで覚えて来たのか的確にMOB釣りとスタンを叩き込んでいた。

 ただし、釣ったMOBはすぐ様タゲ取りもしくはキルしないと少年が即死してしまうくらいの攻撃力を備えている。

 その辺り五天プラス白花がフォロー(?)に回っているので、処理についての支障はない。


「成り行き上仕方ないとはいえ…………どうしたものか」

「相当レベル差があるから補正はかなり大きいはずなんですけどねー……」

「いくら補正が大きくても、元の数字がデカい上にこの処理速度じゃあな」

「条件さえ整えれば、リウマ大陸有数のレベリングスポットですもの。構成まで踏まえれば、最効率じゃないかしら?」

「微々たる量とはいえ、我らにも加算されていく領域じゃからの。それも当然か」


 五人は呟きながらも、各自最低一体以上のMOBを屠っていた。

 言い出したエルニドとて、最早諦めモードに入っている。


「ま、ちょうどそういう時期だったんじゃねぇの? 今後も何があるか分かんねぇんだし、上げとくに越したこたねーだろ」


 ネームレスの言い分も分からないではない。


 クジョウという人物が何を企んでいる――と言うと人聞きが悪いが、少なくとも大きな危険を伴うことは、はっきりと目に見えている。

 そんな中、ひとりだけレベル違いのプレイヤーを引き回すのがどれだけ危険かなど語るまでもない。


「そう……だな。もげ太も一通り以上の基礎は積んだことだし、ある程度上げておいた方が護身にはなるか」


 この先に潜んでいるらしい“シテン”とやらが聞いた通りの存在であれば、多少のレベリングを施したところで大した付け焼刃にもならないだろうが……道中の雑魚の攻撃で一撃死するか否かの違いは天と地ほどもある。

 エルニドは、深く吐息をしつつしぶしぶ承諾をした。


「それなら装備もそれなりにしておいた方がいいんじゃないかしら? 使えそうなものならいくつかあるわよ」

「お、そりゃ名案だな。みんなから余り装備集めりゃ、レベリングよかよっぽど手っ取り早いぜ!」

「いや、そこまでするのは少し様子を見て欲しい」

「なんでだよ?」

「あー……そうですよねー」


 レベルも装備もとなれば、ゲーム性の多くを奪ってしまうだろう。

 もげ太にも最低限、楽しめる部分は残しておきたかった。

 それと、


「その前に大事なことがあるだろう」


 エルニドは、少年の方を向いて問うた。


「もげ太」

「うん?」


 少年は、かなり高い位置にあるエルニドの顔を見上げた。


「その…………レベルについてだが、ここに居たらお前の意向に関係なく上がってしまうんだ。遅くなってしまったが、気が進まないなら無理をしなくていいし、一旦ここを離れようと思う」

「あっ! 僕は平気だよ? ここに来ることになったのも、僕がクジョウさんの力になりなくて我が侭を言っちゃったせいだし」

「そうか。すまないな」

「そんな! 謝るのは僕の方だよ。みんなの足、引っ張っちゃってごめんね」

「もげ太……」


 こんな状況では、さしもの少年でも自分が荷物になってしまっていることが分かるらしい。

 申し訳無さそうに頭を下げるもげ太の顔を、エルニドは大きな身体を曲げて曲げて下から覗き込んだ。


「俺は好きで付いて来てるんだ、お前がそんなことを気にするな。友達だろう?」

「……うん」


 至近で見る少年の丸い瞳。

 それが緩やかなカーブを描いたことで、エルニドは曲げていた身体を真っ直ぐに伸ばした。


「皆も異論はないか?」

「へっ……当然だ」

「もちろんですー」

「構わないわよ」

「無論じゃ」

「元より、わたくしが口出しする余地がありません」


 メンバー全員からの賛同が集まる。

 そんな中、「くくく」と不敵に笑う少女の声が聞こえる。


「ようやっと、本人と保護者の許可が降りたのじゃ! これで遠慮は無用!」


 刹那、和服の少女が周囲に神器を展開する。


「あまつよ、いづなよ、かすがよ――我の力となり、天界より星よ来たれり――!!」

「星だと? おい戦天、ちょっと――」


 詠唱の祝詞に嫌な予感を覚え、エルニドが片手を伸ばす――――が、わずかに届かない。


「――むはっ!」


 〈カッ!〉という光の奔流の出現と同時に、エルニドの巨躯がいとも簡単に弾き飛ばされた。

 少女の身体を金色のスキル光が包み込む。


「金オーラ……リミテッドスキル――!?」

「くはは、駄犬どもがいつまでも頭が高い! 我が鬱憤と怒りを見よ! 天地開闢(てんちかいびゃく)――来たれ、天津甕星(あまつみかぼし)!!!!」


 一行は、“修羅姫”の呼び名の由来を垣間見る。

 よほどフラストレーションが溜まっていたのだろう。

 高笑いしながら少女が振り下ろす指に合わせ、高空から高速落下する巨大なエネルギー塊――神器の鏡が映し出した擬似隕石か。

 戦天が持つスキルの中でも上位を争う威力があろうことは、その威容を一瞥しただけでも疑いようがない。


「すっ、少しくらいは自重しろぉぉーー……!!」


 ネームレスの叫び声も虚しく、招来された隕石は地表に激突すると広範囲を衝撃波で薙ぎ払う――メテオインパクトだ。

 メキメキと圧し折れる無数の樹木ごと敵の群れ(&一行)を包み込み、大規模なエネルギードームを形成した。

 その後、上半身を逆さまにして地中に埋没させたネームレスを、エルニドが力づくで引っ張りだすこととなる。




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