怪しい男
2016/09/15
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真っ直ぐに伸びた通路を抜け、一枚の扉を隔てた先の部屋。
全ての照明が落とされ一寸先も見えない闇の奥に明かりが灯った。
明るく照らし出された高台の上。
「ふはははは――!」
大きく両腕を広げ、高らかに存在をアピールする何者かの姿がある。
「よくぞ来た! 我が愛しの“ファントムメイデン”よ!!」
四角い眼鏡にややクセのある黒髪。
痩身痩躯の身体はホワイトコート――というより白衣だろうか――を纏っている。
不健康そうにも見える顔つきだが、男は艶と歓喜に満ち満ちていた。
「ふはははは!」
「…………」
「ふはははは!」
「…………」
「ふふははふはははは!」
「…………」
何という声量か。
どうやら、放っておいても高笑いの無限ループらしい。
ここで男が咽るのを期待した一行だが、その笑いは枯れる様子を見せなかった。
顔を見合わせた後、不承不承といった体でエルニドは男に尋ねる。
「初に目に掛かる。あなたが……戦天の知人の?」
「ふはははっ、だが、断じて否――! 知人などというロ●ドンとパ●のように遠い縁ではない! 例えるならば――そう、東●都と沖●鳥島程度の距離か!」
「……確かに同じ県ではあるが、どうなんだネームレス?」
「は? 知るか。……ロンパリの五倍は遠いだろ」
「だそうだが?」
「ふはははは! その程度、心の距離の前では些末!!」
心の距離とやらは謎だが、どうもこの男のテンションの前では些末な問題なのは違いないようだ。
まだ幾分話の通じそうな人形の少女に問い掛ける。
「その……ファントムメイデンとやらについては?」
『“幻ノ女”と書いて“幼女”って意味らしいゾ、本人曰くナー』
それは果たして誰のことか――男たちは考えた。
まず女性に限定されたことで候補は三人に絞られる。
後は消去法だ。
白花――ない。
光天――ない。
残るはひとり。
「……あー、うん。なるほど」
「わっ、我を見るな――!?」
残ったひとりの方を見やると、返ってきたのは少女の非難の目だった。
「そうかー、幼女だったのかー、お前」
「そのように薄い目で見るな! 断じて違うのじゃ! 我は立派な淑女ぞ!!」
「ほー」
「れ、憐憫の目で見るでない!」
その独特な口調と言葉、それに150半ばはあろう背丈から、これまで“子ども”とは結びつかなかった。
――が、こうして指摘を受けるとすぐムキなるところなど、精神的にはまだ幼いようにも見受けられる。
そんな少女の頭をネームレスが片手で制している内に挙がる手がひとつ。
「はいはーい。あたしも幼女ですー。てへっ♪」
白いローブを纏った魔法少女(自称)ことリリルだ。
「ボツ」
「な……なんでですかーっ! ぷんすこ!」
「いや、だってお前、戦天や毒花のこと“ちゃん付け”で呼んでるし、逆に毒花にゃ“さん付け”で呼ばれてんじゃねぇか」
「……スズちゃーん?(じろり)」
「そ、そこでわたしに飛び火するの――!?」
光天に睨まれた白花が肩を竦めて萎縮した。
どういった接点なのか元の所属は違うのに、当の二人には明確なパワーバランスがあるようだ。
「ふははははは…………ふむ」
そんなやり取りを目にしながら、白衣の男――常識的に考えれば、屋敷の主だろう――は急激にテンションを落とし、値踏みをするようにリリルの爪先から頭のてっぺんまでを無遠慮に観察した。
「立ち姿、つまり身体のバランスか――特に足の位置と保持にある種の癖を感じる。……貴様、軽く二十は過ぎているな?」
「なななな……なぁっ――!?!?」
どういった基準で計ったのか不明だが、図星を突いたのか。
発狂寸前の声を上げるリリルの反応を見れば事実は明らかだった。
「あ。やっぱ年上か。まぁ、納得だわな」
「うむ。貫禄を感じたこともしばしばあったな」
ネームレスとエルニドが互いの意見に頷く。
「うふ……うふふ……?」
スローで振り向いたリリルの目が怪しく輝いた。
二人の背筋に強烈な悪寒が走る。
しかし、この一触即発の空気を理解していない存在があった。
『マ。オヤジより若いんだシ、歳なんていくつでもイイじゃないカ』
人形のエリザだ。
「……あは♪(にっこり)」
〈――じゃきん!〉
『し、仕込み杖をしまエ! 物騒だぞオマエ――!?』
「うふっ。不良品はお仕分けしちゃいますよー?」
『セ、せめて仕置にしとケ――!?』
〈ぐぉん!〉と鈍い風切り音を奏でて振り回される装飾杖から必死に逃げ回るエリザ。
魔法職とは到底思えないほどの物理攻撃力が込められていた。
「そぉーれ♪」
『う、ウテは励ましたダケどぅワッ――!? ほッ、本気デ壊す気カ――!?』
「ふふふふ」
一撃でも喰らえばただでは済まないだろう。
障害物を欲したエリザは回避の末に白衣の後ろへと回り込んだ。
「ほう。あのエリーが言語機能に障害をきたすとは珍しい。恐怖が与える感情領域が処理能力を上回ったか。これは貴重なデータが取れそうだ」
『冷静に分析してないで助けロ!』
盾に使われた男は、冷静ながらも感心したように呟いた。
興味深い目でリリルとエリザとを何度か見比べる。
「ふむ。すぐにでも分析、そして精査を行いたいところではある――が、今は後回しにしよう。これが幼女同士の戯れであったなら何にも於いて優先されるべき事象だが、現実とは無情だ」
「……はじめてですよ? このわたしをここまでコケにしたおバカさんは」
――マズイ、このままではリリルが第●形態に変身しかねない。
「よし、もげ太。リリルから杖を取り上げてくれ!」
「うん、分かった!」
「あっ――! も、もげ太さんっ返してくださーい! そいつ殺せない!」
「会っていきなり殺すなぁ――!?」
「ふはは! …………わたしは一向に構わんが?」
「少しは構いなさいよ!」
男はこちらのやり取りなどさして気にせず、角眼鏡のブリッジを中指で支えつつ静かに告げた。
「さて、せっかくの客人だ。遅くなったが自己紹介くらいはしておこう」
◇
――今さら?
それを気にしたらこちらの負けなのか。
「わたしの名は“クジョウ”――――由来は、九つの条と書いて九条だ」
「く――!」
「クジョウだと――!?」
男の名を聞き、エルニドとネームレスの顔が驚きに変わった。
確認を取ろうにもギルドエリアの制限を受けているおか、この部屋においては男のプレイヤー名が表示されていない。
「その顔…………ふっ、分かっているぞ?」
そんな彼らの心境を察したように、クジョウは言った。
「――“九つの条”について気になって仕方がないのだろう? よかろう、このわたし自ら聞かせてやろうではないか」
「いや、それは結構だ」
男――クジョウの提案を即答できっぱりと断った。
もはや嫌な予感しかしなかったせいだ。
「そうか。それほどに待ち遠しかったのか。気が合いそうだな? まず、ひとつ――――幼女は若い内に愛でろ」
「誰も聞くなんて言ってねぇだろ。つか、若くなかったらそもそも幼女じゃねーし――!?」
「ふっ……そこに気が付くとは。さては貴様――」
「なっ、なんだよ……?」
「――同志だな?」
「違うわボケ――!!」
ネームレスは、いつの間にか真横に居並んで肩を組もうとしていたクジョウに〈すぱん!〉と張り手を叩き込んだ。
「ごふっ――! …………そうか、残念だ」
「何でそんなに残念そうなんだよ! つか、ダメージはどうした――!?」
「ふっ、些末」
「何でもそのひと言で解決すると思うなよ――!? つか、テメェらも汚物を見るような目を向けんな! 違うっての!」
「いや……うむ。あぁ、俺は何も言ってないぞ?」
「口にしてねぇだけで、顔にありありと書いてあるわハゲ!!」
理解者のような笑顔を浮かべるエルニドを、ネームレスが語尾の二文字で沸騰させ、
「あ。だからわたしが何をしても振り向かなかったのかしら……」
「テメェも勝手に変な疑惑押し付けるんじゃねぇ!!」
ひとり妙に納得するスズランに即座の否定を入れ、
「――そう恥ずかしがる必要はない。得てして大衆とは我々を理解しないものだ。さぁ、真なる己を曝け出すといい――兄弟」
「勝手にブロスにすんなし――!?」
即座に振り向き、今度こそ肩に優しく置かれた男の白い手を振り払い、
「『速報、赤ネのロ●天現る』――――って、ああっ、何をするんですかー!」
「そ・れ・は、俺の台詞だあぁぁぁーーー!!!!」
そして、連タイプしていたリリルのLSDを手刀で叩き割った。
仮想端末(実物はリアルに存在している)なので修復自体は容易である、念のため。
「……と、とりあえずじゃ。形はどうあれここの主が名乗ったのに対し、尋ねた我らが礼を欠くわけにはいくまい? こちらも名乗ってはどうじゃ?」
やや引き攣り気味のキリュウが皆に示唆する。
おそらく面識のある彼女やスズランはともかく、他のメンバーは初対面だからだ。
このままでは進行しそうにない話の流れを戻すため、皆はその提案に頷いた。
そんな彼らに対し、クジョウは、
「あまりというかまったく興味もないがな。だが、そこの同志に免じて名前程度は聞いておいてやろうではないか。あぁ、適当にその辺りの席に着いて構わんぞ?」
やや高圧的な態度ではあるものの、着席を促す程度の配慮はあるようだ。
椅子と呼んでいいのか分からない謎の箱に、各々が移動をした。
「それと、エリー」
『あいサ』
クジョウがわずかに指で合図をしただけで要求が伝わったのか。
彼女はすぐに席を立って部屋の奥へと消えていった。
『まいドありーマ』
「何語だよ」
それからしばらくしてドリンクを並べたトレイを持って現れる。
従者(?)としては口調も態度は横柄ではあるが、そこからはしっかりとした主従関係にあることが見て取れる。
問題は、このグラスいっぱいに注がれたシュワシュワと気泡を立てる黒い液体が何であるかなのだが……。
「よかろう」
最初に飲み物が置かれたテーブル(?)の前、上座にクジョウが腰を降ろした。
それに習い対面をもげ太に座らせ、その隣から順に腰を降ろしていった。
順にグラスが並べられていき、皆に行き渡ったところで杖を抱いたままの少年が最初に紹介を述べる。
「改めまして……もげ太です! エバーフレンズのマスターをやっています!」
「ふむ」
「エルニドという。所属はアズールの鋼刃騎士団だ」
「ふむ」
「ネームレスだ。名前くらい知ってんだろ。今はもげっちのギルドメンバーだな」
「うむ」
「謎の魔法少女リリルですー♪ 森羅万象のマスターやってますー♪ てへっ」
「ふむ……ごふっ!」
「スズランよ。会うのはこれが初めてかしら? 楓柳からエバーフレンズに移籍したわ」
「はぁ……ふむ」
「妙な呼び方をせずきちんと名で呼べ。ちなみに我こそがエバフレのナンバー2じゃ!」
「おぉ、分かるぞ! さてはツンだな――!?」
「…………色々と露骨過ぎんだろ!」
と、各々が簡潔に自己紹介を済ませたところで本題に移る。
席を立って告げるのはキリュウだ。
「単刀直入に用件を言おう。おぬしもエバーフレンズに入るのじゃ!」
言葉通りのド直球だった。
しかし、本当にこの男を勧誘して良いものか。
迷いながらも男がどんな反応を示すのかを窺っていると、
「ふむ……愛しの我が天使に誘われては、無碍に断るわけにもいかない――か」
おい! ――と思わず突っ込みを入れたくなるほど安直な反応を見せたのだった。
「是非、お願いします!」
そんな悪くはないリアクションをとったクジョウに、もげ太が絶妙なタイミングで後押しをする。
真っ直ぐに頭を下げられて気を悪くする人間などそうはいないだろう。
それはこの男にも当て嵌まったようで、
「確か……もげ太、と言ったか」
「はい!」
手を顎に当てながら、少年の名前を呟いた。
『――――』
そんな男に対し、エリザは内心で驚愕をしていた。
九条という人物が、他者の名前をストレートに呼ぶなど、これまでなかったからだ。
「そうか……男)……なのが惜しいな。そうだ、試しにこの衣装を着てみないか?」
「は……はい?」
差し出されたものを手に取り、困惑を露にするもげ太。
それもそのはず、少年が広げたのはどう見ても女性のドレスだった。
確かに、もげ太は中世的――というよりも女の子に間違えられておかしくない顔立ちをしているし、女装をすれば下手な女子よりもよっぽど可愛いかもしれない。
「悪く……ないかもですねー」
「えぇっ――!?」
ぽそっと零したリリルの呟きに、もげ太は飛び跳ねるように驚いた。
「そ、そそそ、そんな! み、皆さんも何とか言ってくださいよー!」
「えーと…………あり、かもしれないわね?」
「じゃ、じゃのう……。下手をすればこの我すらも負けるやもしれぬ……」
「えええ――!?」
意外も意外。
女性の賛同に、もげ太はしどろもどろになって慌て始めた。
その様子に気を良くしたクジョウは大きく縦に頷く。
「うむ。さぞ素晴らしい男の娘になるであろう! 我が魂は、幼女も女装娘もラヴゼムオールだっ!!!!」
『とりま落ち着け、クソオヤジ』
〈げしっ!〉と。
冷静に窺っていたエリザは、そんな主に容赦ない蹴りをお見舞いした。
「……痛いではないか?」
『そういうのも好きだロ』
「エレスコレクート。悪くはないな」
ダメだ、こいつら――――と思ったのは、ひとりだけではない。
エルニドはもげ太からドレスを回収すると問答無用で返品をした。
しぶしぶながらも彼はドレスを不可視化して、改めて皆に向き直った。
「仕方がない。そろそろ副題に戻るか」
「いや、本題だからな?」
クジョウは謎の液体を一口含み、一拍を置いて話を続けた。
「さて。折角の誘いだが、“わーい、マイエンジェルと同ギルドでちゅー!”などと安易に返事をすることはできない」
告げられた言葉に、一行の顔つきが変わった。
そんな意識で参加をされても困る。
「……そこは否応なく同意する」
ある者は驚き、ある者は落胆し、またある者は密かな感謝を浮かべたり。
唯一、平静のエルニドが言った。
「その……もし、もげ太が女装を拒んでいなければ受け入れたのか?」
「否。さすがに、そこまで見下げられるのは遺憾だ」
珍しく、男は今までのふざけた態度を抜きにして真顔になった。
「こちらとしても条件がある」
条件――。
クジョウは指を立てて告げた。
「それを満たせば、加入も視野に入れようでないか。さぁ、どうする?」
果たしてその条件とは。
その内容を達成することはできるのか――。
「ちなみに、我が絡むことであればその時点で拒否をするぞ? よく考えて述べるのじゃぞ?」
「ジィ・ザス!!!!」
一体、どちらが条件を突き付けているのか。
困惑しながらも、一行は男の言葉を待った。
「そう難しい話ではない。そう、幼女のパン――ごほん」
「………………」
一行が冷たい目線を一点に集中した。
「気にするな。つい本音が漏れただけだ」
だが、それで萎縮をするような真っ当な神経の持ち主ではなかった。
男は足を組み直しつつ、言葉を変える。
「――君たちの実力をわたしに見せて欲しい。ただ、それだけの話だ」
余談、作者の書く話にはほぼ毎回ロ●●ン系人物が登場するのですが、特にロ●●ンをリスペクトしているわけではありません。
ただ、元になっている人物が身近に存在するだけです。




