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お人形さん!

2016/09/05

本文修正しました

 



 外から見ると陽の明るさに負けて不気味に見える洞窟も、中に入って目が慣れてしまえばそれほど不快には感じなかった。

 鬱蒼(うっそう)としながらも必要限の整備は施されており、蝙蝠やネズミといった洞穴生物が生息している気配もない。

 むしろ、しっとりと冷たい空気が不思議と肌に心地良いほどだ。

 ……ところどころに上下に伸びる鍾乳石のツララが“人型(少女)”に加工されているのが少々気に掛かるくらいか。


「ええっ――!? エリザさんは、“お人形さん”なんですか――!?」


 少年は、自身より高い目線にある自分より小さな少女に話掛けた。


『おうサ! 魔導人形マジックドールていうバリバリのお人形さんヨ!』


 黒いドレスを着た小さな少女、エリザは鷹揚に頷いた。

 答えつつも横目で前方をチラ見し、


『ア、そこを右だゾー』


 細い腕を伸ばして進路を指差した。

 彼女が案内をしてくれなければ、葉脈のように分岐した洞窟を進んでいくのに相当の時間を要しただろう。

 そんなやり取りに、ぶすっと頬を膨らませているのはエリザの真下。


「我は……我は釈然とせぬ……」


 キリュウは、足元の石ころをコツンと蹴りながら渋々と歩く。

 肩上にエリザを担ぎ、彼女の小さな両手はがっちりとキリュウの髪の毛をホールドしていた。


『イイコイイコー』

「せ、せめて大人しく乗っておられぬのか!」


 右へ左へと捻られ、サラサラの紫髪は見る影もなくクシャクシャにされている。


『ソレは無理な相談だゼ? 目の前にこんな綺麗なモノがあっちゃナー』

「くっ、だからと言ってじゃの…………あぁっ、これ! そのように無体に引っ張るでない!」

『面舵いっぱーイ!』


 どうやら人形であるエリザにとって、プレイヤーの移動速度に合わせて歩くのは苦手らしい。

 それで誰かが代表して足の代わりを務めているわけなのだが。


「我よりも焔のや影のの方が乗るのによほど適しておるじゃろうに……」


 一方など“マウント”と称されるほど立派な体躯を持つ男だ。

 エリザは元よりキリュウですら楽々と乗ることができるだろう。


『そこはウテとキリウの仲じゃないカ。マブダチだロー?』

「…………む、むぅ」


 マブタチとまで言われてしまうとキリュウとて愚痴を飲み込む他ない。

 渋々ながらは変わらず、だが我慢をして歩くことにする。


『ソレに、案内も必要なんダロウ? ア、次は取舵いっぱーイ』

「………………い、今に見ておれ」


 引っ張られる髪に合わせ、握った拳を大きく震わせる。

 そんな風に上下の絵面で会話を行う隣、少年が目を輝かせ小さく復唱していた。


「マジック……ドール? マジックドール…………すっ、凄いですねー!」


 一体何がどう凄いのか、おそらくは本人でさえ分かってないだろう。

 とりあえず珍しい、珍しそう、珍しいに違いない――――少年にとって目新しい全てがそう表現されてしまうのだ。


『オ? 小っこいクセに分かってるじゃないカ。ナカナカ見所あるゼ?』


 手頃な足場(・・)を両手でバシバシ叩き、エリザは気分よく答えた。

 彼女こそもげ太の半分の背丈しかないのだが、自分のことは棚上にでも片付けた様子だ。


「ぐぬぬ……」


 叩かれた足場の友人から激しい怒りの目線を向けられているのだが、頭上の騎手はまるで気付く気配がない。

 先に気が付いたのは、隣を歩く少年だった。


「あ、あの……僕が代わりますか?」

「む?」


 急に話しかけられ、何のことかとキリュウは考えるが、上から重力に逆らって引っ張られたことですぐに思い至る。


「あぁ、大丈夫じゃ。おぬしが気を遣わずとも良い」 


 重みを感じても、この世界に慣れてしまえば肉体的な疲労を伴うことはない。


「不服じゃが……ま、やむなしかの」


 少年の隣を歩くことで、少女のぶすっとした不満顔もそこはかとなく緩んでしまうのであった。


「ん? あれ……?」


 そんな時、何を思い出したのか、もげ太はエリザを見ながら首を傾げている。


『なんダ? どうかしたカ?』

「あ、その……“お人形さん”なんて種族があったかなぁなんて…………ご、ごめんなさい!」

『なんだそんなことカ。ウテはプレイヤーじゃないからナー』

「えっ! そ、そうなんですかっ――!?」


 少年はよほど意外だったのか――つまり、エリザのことをPCだと思っていたのだろう。

 驚いた拍子に、触覚のような髪がピンと伸びてしまうほどだった。


「じゃの。特定の条件を満たすことでチェンジできる“人形師”と呼ばれる派生クラスがあり、それから――はぶっ!」


 にゅっと上から伸びてきた何かに、キリュウの口が塞がれる。


『ソんなつまらない紹介は断固拒否をスル!』


 〈カンカン!〉とエリザが謎の効果音を鳴らした。


『聞いて驚ケ! この広いUWOに滅多類を見ない完全自立型超高性能AI――――!!』


 まくし立てながらエリザが、ダンっ! と勢いよく立ち上がり、


『ア、ソレは――――この“エリザさん”のことヨォ!』


 ポンッ! という鼓調のセルフエフェクトとともに、紫髪の絨毯の上で平手を前後に構えて首を回す。

 どこからかお囃子まで聞こえてきそうだった。


「ちょ、超高性能……? すっ、凄そうですね! 何となく!」

『凄いのダ!』


 何となくの部分が気に掛かりつつもパチパチと拍手を送られ、エリザはますます鼻を高くした。

 何やらデジャヴを感じるやり取りだが、特に気にはしていないようだ。


「……これは確かに高性能ではあるわね」

「高性能てか独自進化遂げすぎだろ、このAI」


 後ろで会話を聞いていたスズランとネームレスが、口々にそう言った。

 学習過程でAIにも個性ができると耳にしたことはあるが、この少女はそれ以上にオリジナリティが溢れ出ている気がする。


「……うむ。やはり影のもそう思うか?」

「ペット枠通り越してんだろコイツ」


 ぱっと顔を明るくしたキリュウに、ネームレスが言葉を返す。


『おいソコ。誰がペット枠なんダ?』

「あん? 人形師の人形ならペット枠だろうが。サモナーやテイマーみてぇなもんだろ?」

『ソんな下等な連中と一緒にするナ! ヤツらは風呂にすら入らない野生の塊ダゾ――!?』

「…………つか、風呂まで入んのかよ」

『上流階級の嗜みヨナー』

「確かに高性能ですねー」

「だな」


 服のセンスはともかく、製作者(?)が意図しての人格だとすると大したものだ――と呆れるやも感心する一同。

 そんなエリザ(オン ザ キリュウ)に導かれ、やがて天上の高くなった空洞に抜ける。

 正面には人工建造物らしき影が見えてきた。

 その外装のほとんどが洞窟に埋もれてしまっているが、特殊ながらも紛うことなき家――というより基地? のようだ。




 ◇




 壁をくり抜いて建てたのか、それとも大きな空間があったのか。

 洞窟の外壁に埋没する謎の建造物。

 シェルターほど頑丈な建物が落盤事故に見舞われればこんな状態になるのかもしれない。


「マジでこんなところに住んでるのか。一体どんなヤツなんだ……?」

「せめて、もう少し風景に溶け込もうとか考えなかったのかしら」

「まぁ、そんな真っ当な思考の持ち主なら……こんな場所に家を建てたりはしないだろうな」


 凹凸の激しい岩窟に貼り付けられたスベスベの石床と石壁だ。

 そこに取り付けられているのは、何故か木製の古扉。

 表現に違いはあれど、三者の感想は似たり寄ったり。

 ここに辿り着くまでの労力を考えれば、そう判断するのが当然だろう。


「ま、変に気取られるより性根が分かり易くてよかろ」

「……それもそうか?」


 変に得心して、ネームレスが一瞬だけ目線を斜め後ろに向ける。

 見ている先には、白ローブの少女が立っていた。


「あれれ? 何でわたしの方を見るんですか?」

「いや、別に。……何か思い当たる節でもあったか?」

「あはっ♪ そんなのわたしにあるわけないじゃないですかー」


 即答された。

 それが嘘か真かは、リリルがネームレスの背中をはたいた時に生じたエフェクトとサウンドの大きさが証明しているだろう。

 PTによりダメージ判定がないのが幸いか。

 そんなやり取りには目もくれず、ぴょんとキリュウの上から降りたエリザが門扉の施錠を外した。


『サ、開いたゾ。ドウゾ中に入りやがレ』


 木製の古びた扉が、ギィと軋んだ音を立ててゆっくりと開いていく。

 洞窟の背景も相俟って、下手なB級ホラーよりも不気味なことこの上ない。


「はい、お邪魔します!」


 そんな外観に何ら臆することなく、もげ太はエリザに手に招かれるまま中へと入って行ってしまった。


「……正直、もげっちのこういうところは大物だと思うぜ?」

「同感だ」

「同感ですー」


 続き、五人も屋敷の中へと進んでいく。

 扉を潜った先は、ただひたすら伸びる長い通路。

 左右には戸も窓も装飾も何もない薄灰色の石の壁。


「まるで収容所だな……この壁の向こうはどうなってんだ?」

『それは企業秘密だナー』

「まさか、他人に言えねーようなことやってんじゃねーだろうな……」

『他人ニ言えルようなコトなら、こんなトコでヤる必要ナイ件』

「……オイ」


 それからかなりの時間を歩き、少年以外の一行が飽きてきた頃、ようやく通路以外の空間へと辿り着く。

 突き当りにはひと言、


【我が研究室】


 と書かれた札が掛けられたドアが行き先を隔てていた。




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