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影天、ネームレス!

2016/07/29

本文修正しました

 



ネームレス(・・・・・)だって? 本当にそう書いてあるのか?」


 エルニドは、もげ太に確認を取った。

 彼の言葉を信用していないわけではないのだが、対象まで相当の距離もあるし、加えて些かには信じ難いプレイヤー名が出てきたせいだ。

 とはいえ、UWOにおいて同名の使用は原則不可能だし、例えば一部の記号や漢字を用いた疑似同名“ネ(いち)ムレス”のようなパチものを除外すれば本人なのだろうが……。

 しかし、かのプレイヤーがこんな初期エリアに居るなどということがあり得るのか?


 ――いや。


「やはりあり得――」

「うん。字が真っ赤だけど、そう書いてあるよ?」

「ん……だと?」


 赤文字の(レッド)ネーム――それが意味するものはひとつ。

 PKプレイヤーキルと呼ばれる殺害行為を働いたプレイヤーに他ならない。


 つまり、岩の上にいるのは、PKプレイヤーのネームレスさんということになる。


 ――うむ。もはや本人に相違あるまい。

 ――そう、本人に。


「え……【影天(・・)】本人だとぉ――っ!?」


 ――そんな馬鹿な!? なんだってこんな場所に!?


「えいてん? ってなに?」

「もげ太は、絶対に近づいてはならない恐ろしい相手だ! もし、近づいたら……」

「近づいたら?」

「近づいたら……えーと、頭から丸かじりにされるぞ?」

「えーっ!?」


 PKの説明に困り、とりあえず咄嗟に思いついたもっともらしくも怖そうな理由を代用した。


「た、たた食べられちゃうの……!?」

「そうだ、頭からガブリだ。怖いだろ? よし、分かったらすぐにここを離れるぞ、もげ太!」

「う、うんっ!」


 食べられては大変だと、頭を両手で隠しながら逃げ場所を探すもげ太。

 そんな彼の手を引っ張りながら、やはり何処に逃げたものかと困惑するエルニド。

 周囲は開けており、障害物となるような造形物がほとんど存在しない。

 こんな場所に立っているだけで目立ってしまうのは明らかだった。

 唯一の隠れ場所といえば、影天が居る岩場の方だが……それでは本末転倒だ。



 ――しかし、影天(・・)ほどの有名プレイヤーが何故こんな場所に?




 ◇




 影天――。


【十二天】と呼ばれる頂上プレイヤーの内の一人。

 UWOにおいて最も多くのプレイヤーを斬ったとされる存在であり、『千人斬り』の異名を持つ。

 実際に斬ったプレイヤーは千人では済まないとも言われるほど血に塗れたプレイヤーであり、到底、初心者が自ら近づくべき対象ではない。


 初心者を斬った――という話こそ耳にしたことはないが、ただの興味本位で接触すればその紅刃の餌食にされるだろう。




 ◇




「……街だ。とりあえず、街に向かうぞ」


 エルニドは、考えた末、そう口にした。

 人の多い場所に向かえば、特に理由もなく追ってくることはないだろう。

 気づかれていない今ならば、このまま立ち去ってしまえば何事も起きないはずだ。


 ――はずだった。


「………………MoGeTa?」


 先まで隣に居たはずの少年の姿が忽然と消えている。

 まるで理解の追い付かない事態に、エルニドの言語機能が半分停止した。

 慌ててその姿を探す。


 ――居た! ってそんな馬鹿なぁ――!?


 あろうことか、少年は岩場に向かって駆け出していたのだ。

 理屈は簡単で、もげ太にとって隠れ場所が岩場しか見つからなかったと――いうだけの話だった。


 赤ネームに向かってひた走る初心者――その姿は、まさに“カモネギ”。


「――はっ、いかん! 意外とねぎ太も可愛いな、とか考えてる場合ではなかった!!」


 一瞬ながらも自失した身を叱咤する。

 もうこうなればヤケだ。例え相手が誰だろうと、もげ太に刃を向けるのであれば容赦(・・)はしない――!


 エルニドは、そう心に決めて後を追った。

 それは、ネームレスの顔がこちらを向き、笑みを浮かべたのと同じタイミングだった。

 影が宙を舞う。


「くそっ!」


 ――間違いない、影天だ!


 その風貌、佇まい、そして威圧――どれもが彼の存在の否定を許さない。

 やはり、説得が通じる相手とは考えにくい。

 エルニドは、大太刀を抜いて相対する姿勢を取った。

 相手もこちらの敵意(・・)を察知したようだ。

 足元を取り巻く影が、一層濃さを増す。


「ハハハ! 俺を見て剣を抜くとはなぁ――その愚行を後悔するんだな!!」


 影天は、跳躍ざま赤と黒の双剣を振りかぶる!

 エルニドもすぐに戦闘態勢へと移行し、『烙炎の大太刀』を持って応戦する。


 高ランクの武器と武器が衝突し、激しいエフェクトが散らされた!


「――ああ!? オーラ付きのA武器だと!?」


 一撃で切り伏せるつもりだったろう力撃が真っ向から受け止められ、影天はわずかな動揺を見せる。


「忠告しておく。そこいらのプレイヤー同様に俺を斬れるとは思うな?」


 赤い光とともに、エルニドの腕の筋肉がわずかに膨張する。

 彼は自らに攻撃力アップのBuffをかけたのだ。


「――テメェ、何モンだ!?」


 返す斬撃を再び受け止め、力任せに押し返す。


「ハ、同じ十二天(・・・)を知らないとは随分だな…………影天!!」

「十二天だと――!?」


 影天が驚きに費やしたわずかな隙を見逃さない――!

 エルニドの全身が淡く発光した。

 スキルモーションの前触れだ。


「紅蓮剣! 神薙(かんな)ぎ!!」


 火柱を纏った大太刀が一閃。

 大蛇のような火炎が平野を焼き払い、影天へと襲い掛かった!


「ちっ……影呑み!」


 どぷん、と生生しい効果音を残して影天の姿が掻き消える。

 本来は対象を影に落とすスキルなのだが、それを自分に向けて発動したようだ。


「く――何処だ!」

「ここだぁ!」


 現れた場所は最大の死角、背後――


死戯(しぎ)――背曲!」


 交差した短剣の一本が、がら空きの背後を狙う!


 ギィン!!


 甲高い金属音を上げ、間一髪反応したエルニドの大太刀に阻まれた。

 間近にある影天の口角が上がる。


「追曲!!」


 中段に残るもう一本が高速で放たれ、がら空きとなった脇腹に命中した!


「――っ!」


 エルニドのHPバーが減少する!

 硬直が解けた瞬間に大太刀を真横に振るい、影天と距離を離す。

 ちらりとダメージを確認するのは両者だが、


「オイオイ、直撃してその程度の減りかよ」


 先に口を開いたのは影天だ。


「それで一割強(・・・)しか減らないって、どんだけ頑丈なんだお前は」

「ふ、二刀のせいで一撃が軽いんじゃないか? 対人戦では邪道だが、事情が事情だけに俺は遠慮なくPOTを飲ませて貰うぞ?」


 エルニドが懐から取り出したように見える大瓶を煽ると、失われたHPバーが一瞬で最大値まで回復した。


「ちっ……極大POTとか大盤振る舞いだな。プライドねぇのかよ、テメェは」

「もっと大事なものがあるんだよ。どうする、続けるか? 俺のPOTが尽きるのが先か、はたまた偶然俺の紅蓮剣がお前に命中するのが先か――」

「めんどくせぇ……んな博打やってられっかよ」


 苛立ちを隠さずに告げる影天。

 クルクルと宙を回転した対の短剣が鞘へと納められる。


「いきなり仕掛けておいて随分身勝手な奴だな」

「先に抜いたのはテメェだろ? じゃあなんだぁ……やっぱ決着(けり)つくまで斬り合うか?」


 影天が再び両手を短剣に伸ばす。

 言ってはみたものの、エルニドにとっても再戦開始にメリットはない。


「――いや、やめておこう。事情、と言ったのは俺の方だしな」


 幾分迷ったが、エルニドは自身の背後を視線で示した。

 逃げずに立ち尽くしていた存在――、名前に“初心者”を示す葉っぱアイコンの付いたもげ太が居た。


「はじめまして!」


 ぺこり、とどんな時でも挨拶を欠かさない心意気は、ある意味尊敬に値するものだ。

 エルニドは後ろ手に少年を隠しつつ告げる。


「お前がもげ太(あいつ)に手を出さない限り、俺もお前に手は出さん。どうだ?」


 影天相手に、誰かを守りながら戦うのは正直に言って不可能だ。

 条件としてはこちらが不利であるが、相手が初心者が居合わせたことをどう思う(・・)か。


「へーえ……。ビギナー(・・・・)ね」


 相手もそのことにすぐ気が付いたようだ。

 エルニドは、刺激しないよう努めて平静に話を進める。


「お前の千人斬りは軽いものではない(・・・・・・・・)と聞いているが?」


 赤ネームを相手に、下手な駆け引きや挑発は逆効果なことは知っている。

 ゆえに初心者殺しをその数に加えれば、彼が持つ偉業に響くであろうことを告げたのだ。


「けっ、当たり前ぇだろ。ピーピー鳴くヒヨコぶっ殺して何が面白ぇんだ」


 興が冷めたとでも言うように、影天が纏っていた黒いBuffが消え失せる。


「ったく……まさかこんな初期エリアで同じ十二天に遭遇するたぁな。どういう偶然だこりゃあ」

「同感だ。それがまさかよりにもよって影天(・・)とはな」

「あぁ? やっぱ喧嘩売ってんのかテメェ?」


 再び黒いBuffを纏う影天。

 初対面ゆえに人格が推し量れないが、聞いていた話より随分丸いという印象もやはり勘違いだったのか。


「――と言いってぇとこだが……今回ばかりは俺も同感だぜ」


 影天が押し殺していた空気を吐き出す。

 周囲を沈めていた重圧が霧散し、空気が一気に軽くなった。

 どうやら、本当にこれ以上やり合うつもりはないようだ。

 エルニドは、もげ太の無事を横目で見ながら安堵をする。


「えっと……」


 それでもまだ闘気の冷め切らない二人の間に、ちょこちょこと割って入るもげ太。

 懸念はしていたが、やはり危機感を持っていなかったようだ。


「もげ太、まだ俺の後ろに居ろ」


 一応、話は着いているとはいえ、いつまた臨戦状態に移行してもおかしくない状況だ。

 こんな状態で戦闘が始まれば、有利不利どころかもげ太のステータスでは余波だけで即死を免れない。


 予期せずいきなり背負った状況不利に、エルニドは歯噛みしながら影天を見やると……


「はぁ? もげ太(・・・)だって?」


 そこにも予期せぬ状況が発生していた。

 何故か腕組みをして眉を潜めるPKプレイヤーが立っている。


「…………なぁ?」

「はい?」


 影天が少年に視線を移し、声を掛ける。


「まさかのひょっとして…………もげっち(・・・・)か?」

「あれっ? 僕のことをそんな風に呼ぶのって、もしかして……」


 何の前触れもなく、いきなり初心者アバターに話し掛ける影天。

 それにもげ太は小首を傾げながら言葉を探し、


七氏(なな)さん!?」

「おー!! やっぱ、もげっちかー!!」


 呟いた言葉に嬉しそうに頷きながら、もげ太の両手を取る影天。


「や、もげっちがUWO始めたって聞いてよ! ずっとこの辺り探してたんだぜ?」

「そうなんだ! 嬉しいな!」


 そうして、そのまま手を取り合ってやぁやぁと小躍りを始める“赤ネ”と“無邪気な少年”。


 UWOを初めて苦節二年――。


「……………………そんなバナナ」


 十二天が一人――【焔天】の二つ名を持つ屈強な男。

 この日、彼の身にかつてない驚愕が襲い掛かったのは言うまでもなかった。




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