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謎の少女

2016/09/15

本文修正しました


 



 広い室内が手狭に感じるほど設備が密集した薄暗い中。

 浮かび上がるモニタを眺めながら、男は呟いた。


「未だ特異点の発見には至らず――か。やはり、先に得た情報だけで対策を講じるしか…………む?」


 ぶつぶつと漏らす小言を止めたのは、自らの裾をちょんちょんと引っ張る存在があったせいだ。


「エリーか。どうかしたか?」


 男は、“エリー”と呼んだ自分の背丈よりも遥かに小さい身体に手を伸ばした。

 しかし、即座にバシン! と大きな音を立てて乱暴に払われてしまう。


『さりげなく触ろうとすんナ』


 ややぎこちない片言を返す少女――いや、その身体は一般の少女よりもさらに一回り以上は小さいだろうか。

 レースをふんだんにあしらった黒のドレスは、さながら洋人形のようだ。

 その全身を眺め見ながら、男はわずかに嘆息を零す。


「……全く。その言葉遣いさえ直れば、立派な淑女になれるというのに」

『ケッ、余計なお世話ダゼ。つか、立派な淑女になって困るのはオマエじゃないのカ』

「正鵠である!」

『即答かヨ!』

「しかし、エリーは一体誰のせいでこんな風に育ったのやら……」

『産みの親のせいだろナー。この腐れオヤジ』

「だが、時としてその雑言がいい」

『相変わらず歪みないナー』


 わざとらしく大仰に肩を落としてうな垂れるエリー。

 そのままフラフラと何処かに消えようとするのだが、


「……待て、エリー。わたしに何か用事があったのではないのか?」


 ふと思い出したように男が引き止めた。


『そういえばそうだったナー。オヤジがアホ過ぎてすっかり忘れてたゼ!』


 再び、カチャカチャと足音を鳴らして戻ってくるエリー。

 片手を振るうと、光学式の円盤が宙に浮かび上がった。

 その中、いくつかの光点がゆっくりとだが中心に向かって動いているのが分かる。


『別動中のラミからノ連絡ダ。コノ研究室に真っ直ぐ向かってるプレイヤーが六人。シかも超が付く大物。知り合いデモ呼んだカ?』




 ◇




 スズランとキリュウが先導をする一行は、セレンの町を通り過ぎ、さらに南下した先にある小さな森へと辿り着いた。

 かつては人の手が入っていたのか草木の生えていない細い小道の名残があり、下草の生い茂る木々にも間引きをされた形跡がある。

 そのせいか小動物やノンアクティブMOBの姿は見掛けるものの、アクティブMOBは生息していないようだった。


「こっちじゃ」


 小道を奥へ奥へと進んでいくと、しばらくして少女は足を止めた。

 どうやらここが森の切れ目のようだ。

 その先に見えるのは、ところどころ苔生した岩壁。

 高さは十数メートルといったところか。

 見ると、切り立った岩肌にぽっかりと黒い穴が口を開けている。


「ようやく目的地に到着ってか」


 ネームレスが洞窟の入り口を顎で示す。

 件の変わり者というか変人は、どうやらはこの洞窟の中に居るらしい。


「ダンジョン――じゃあなさそうだが、どちらにしても人が住む場所には見えないな」


 エルニドが軽く周囲を探る。

 生活の場が洞窟という時点で、もはや変の要素を疑う余地も消失した。

 入り口付近は人の手が入った形跡も見当たらず、自然に出来た洞窟――正確には始めからあった、というべきか。

 居住地に制限がないとはいえ、好き好んで住むにはかなりの度胸が必要だろう。

 せめてただの酔狂であることを願いたい。


「うわぁ、面白そう場所だね!」


 だが、少々感性の変わった人間は意外なところに潜んでいるものだ。

 ちょうど隣ではしゃぐ少年のように。


「お、面白そう……か?」

「うん! 僕、かくれんぼとかしたら絶対に見つからない自信があるよ?」

「そ、そうか」


 こんな場所で隠れられでもしたら、相手がもげ太でなくても見つけ出せる自信などない。

 そして、この少年が相手では、例え公園でかくれんぼをしたところで発見できる気がしなかった。

 エルニドは苦笑を返しつつも、間違っても無邪気な少年が実行に移さないようにとそっと手を握り締めた。

 そんな意図に気付かないもげ太は、嬉しそうに繋いだ手を上下に揺らした。


「ま、こんなところで立ち尽くしててもしょうがねぇ。行くならさっさと行こうぜ」

「うむ。影のの言う通りじゃ。……そろそろ畳が恋しくなってきたしの」

「どう見てもこんな場所に和室はねーだろ……。つか、言動と口調はマッチしてるが見た目の違和感半端ねぇからな?」


 おそらく一行の中ではもげ太に並ぶ最年少候補(と思われる)キリュウだが、時折言動だけではなく行動まで年寄り染みたところもある。

 ちなみに、少年の方はと言うとまだまだ元気いっぱいだった。


「ここまで来ると一週回って反ってどんな人なのか気になってしまいますよねー。そのキリちゃんのお知り合いさん」


 リリルは二本の指で顎を挟みながら考え込んだ。

 人間の行動原理は、正負を問わない感情の大きさだ。

 そういった意味では、その男とやらは無関心から縁遠かった。


「光天の言うことも一理ある。せっかく足を運んだんだ、会ってみて損はない」

「だな。って、さり気に先に行くんじゃねーっつの」


 森の中へと足を踏み込んだエルニドをネームレスが追い越した――その時。


「おあっ――!?」


 ネームレスは慌てて飛び退いた。

 ヒュン、と何かが彼の鼻先を掠めて地面に突き立ったのだ。


「な、なんだぁ?」


 地に刺さった何かを凝視する。


「これは……?」


 陽を受け輝くのは、銀色の鋭利な投擲剣だった。

 威嚇――或いは、明確な攻撃の意思をもって放たれた代物だ。


「……なるほど、何者かの奇襲のようだ。先頭がネームレスが良かったな」

「ですねー」

「じゃの」

「どこがだ――!?」

「あら。結果オーライじゃない?」


 言われてみれば、少なくとも狙われたのがもげ太ではなかったのが何よりか。

 だが、今はそんな口論をしている場合ではない。

 この投擲剣が罠によるものならばまだしも、近くに敵対者が潜んでいる可能性が高い。

 戯言を述べつつも、一行は油断なく周囲を見張った。


「…………」


 上下左右、周辺のどこにも異常はない。

 それ以上の攻撃の様子も敵の気配も感じられず、やはり罠か――と一行が警戒を解こうとした、その寸前。


『命が惜しければ帰レ』


 どこからともなく声が聞こえてきた。

 女性のものだろうか――機械的音声のようなイントネーションを持たない平坦な語り口調。

 周囲の木や岩壁に反響しているせいか、耳で方向を特定するのは難しい。


 ――隠密に長けた存在を除いては。


「そこだ――!!」


 残像を残す速さ――《瞬転》を用い、高速移動をしたネームレスが一本の樹上へと飛んだ。

 そして、右腕を振りかぶり、潜んでいた何かを捉える。


『わワッ!』


 何かを掴み上げたまま、ネームレスは地上に着地した。

 何かは、ジタバタと暴れながら大きな声を上げる。


『ハッ、離せ! この黒んボ!!』


 やや霞がかったハスキーな少女の声。パッと見の風貌は全体的にヒラヒラした印象を受けた。

 この少女が、先の投擲剣の持ち主なのだろうか。


「は……? 女……なのか?」


 予想外の正体に、一行は目を見開いて凝視した。


『コ、コラ……そんなにジロジロ見るナー!』


 ネームレスに片足を捕まれ、逆さまにぶら下げられた状態で固定される少女。

 意外な怪力…………と思いきや、少女の背丈は、一行の中で最も小さいもげ太の身長よりさらに小さい――というか半分ほどしかない。

 普通に考えれば一歳児の大きさがちょうどそれくらいか、しかし、ここまで弁達者な乳児などいないだろう。


『み、見るナーと言ってるダロ! さっきからパンツ丸見せじゃないカ!! さっさと離セ、コの変態!!』


 少女が暴れる度、全身の至るところからカチャカチャと奇妙な音が聞こえてくる。

 言うように、この姿勢では黒いドレススカートから覗くパンツ――というよりドロワーズか。

 裾を必死に押さえるが、隠し切れる体勢ではない。


『聞こえてんのカ! つんぼカ! それともロリコンの変態カ、どこぞのオヤジなのカ――!? イい加減に精神的苦痛を受けタ慰謝料ヲ請求するゾ!!』


 聞くに堪えない暴言の数々は底を突きそうにない、というか経緯を知らない者が見ればネームレスの一方的な幼児暴行にしか見えないのだが。

 さすがにネームレスも嫌気の差したのか。

 樹上から降り、大人しく離すことにした。


『ヌぉっ――!?』


 器用に空中反転し、華麗に足から着地を決めた少女が恨みがましい目線を向ける。


『コの恨み、晴らさでオくべきカ……』


 フリル付きの白ブラウスの上、リボンとレース付きのドレス、そしてヘッドセットは全て黒で統一されている。

 誰がどう見ようと口を突く言葉はひとつ。


「ゴスロリ幼女?」

『ソコ! 幼女て言うナー!!』


 皆の心境を代弁したネームレスだが、気に障ったようだ。

 先は「黒んぼ」などと言われたが、この少女とて似たようなものではなかろうか。

 肩を立てて怒りを露にする幼女――もとい少女の姿は、猫を連想させる。


『ウテだって別に好きでこんな身体で生まれた訳じゃナイ! 文句はオヤジに言エ!』

「……オヤジ?」


 少女の言葉に首を傾げる一行。

 そのままの意味で捉えると、少女の容姿は父親の趣味で父親と一緒にプレイをしているのか?

 仮にそうだとすると、マイナス方向で随分と“いい趣味”を持つ父のようだ。

 各々が呆れていると、こちらを代表する“少女”がずいっと一歩を歩み出る。


「やぁ、エリザ。久しぶりじゃの」


 キリュウが気さくに片手を上げて小さな少女に挨拶をした。


『ン? オ~……』


 エリザと呼ばれた少女は、まじまじとキリュウの顔を見つめ続けた。


『誰かと思えばキリウじゃないカ! ……アレ? 昔と少し変わったカ? モデルチェンジ?』


 少女の滑舌の関係か、名前の発音が少々ぎこちない。


「まぁ……似たようなものかの」

『フ~ン、ヘェ~? 重量化というコトは防御力重視なのカ? ホホウ、悪くナイ考えダナー』

「へ? あ、いや、それはじゃの……」

『キリウクラスになると戦闘のヒトツがシビアだからナー。装甲はあって然るベキ――ソウいうコトだろウ?』

「え。えーと……そういうことにしておくか……」


 あはは、と二人の少女が笑い声を上げるが、キリュウまでつられてぎこちない片言になっているのは気のせいか。

 成り行きを静観していたエルニドが、腕組を解いて二人の近くに寄る。


「確か“エリザ”と言ったか? 戦天とは知り合いなのか?」

「知り合い――というと違和も覚えるが……そんな感じかのう」

『キリウとはマブダチだゼ? アダルト同盟ダ!』

「う、うむ……?」

「……そ、そうか。よく分からないが分かった」


 疑問系のキリュウに何かを察し、エルニドは言葉を飲んだ。

 そんな彼の顔をエリザはじろじろと眺めた後、順番に一行の顔を見回していく。


『ホ~。コレ、全員キリウの連れなのカ?』

「連れてきたのは我じゃが、正確に言うと我の方が連れ(・・)に当たるのやもしれぬな」

『ヘ~』


 その言葉にエリザは、再度一行の顔を眺め始めた。

 キリュウは“戦天”や“修羅姫”と呼ばれる高名なプレイヤーであり、四大ギルドの長という経歴を併せ持つ。

 何も知らなければ一行のリーダーと判じておかしい点はない。


『あのキリウを従えられるような輩がこの中にネェ?』


 エリザがぎこちない足取りでちょこちょこと歩き、一行の周囲を一周する。

 そしてとある一点で足を止め、相手の顔を見上げた。


『オマエがリーダーカ?』

「へ、わたし? どうしてそう思ったんですか?」


 見上げられる白ローブの少女。

 エリザに向かい、ハテナマークの表情を浮かべた。


『他にキリウと張り合いそうナのが見当たらなかったからナー。どうだウテの読み? 当たりダロ?』

「ブッブー! ですよ」


 リリルは両手でバッテンを作って答える。

 よほど自信があったのだろう、エリザはリリルの身長以上に飛び上がって驚いた。


「正解は…………どぅるるるるる――――こちらです!」


 口でセルフドラムロールを鳴らし、ばばん! と両手で答えを指し示す。

 リリルの両手の先に居たのは――


「初めまして、もげ太です!」


 光天提供による謎の発光エフェクトを伴い、紹介を受けた少年は元気良く頭を下げた。


『…………ハ?』


 正視したエリザは器用にパクパクと口を動かしながら言葉をひねり出した。


「よろしくお願いします、エリザさん!」

『オ、おう……』


 エリザは何とかといった様子でニコニコ顔の少年を見据えた。

 奇抜な受け答えならば耐性があるつもりだったが……返答に困ったことなどいつ以来だろうか。

 一見して、キリウと白ローブ以外の者も、親父と呼ぶ存在やその相方と見劣りをしない実力を――或いは上回る可能性すらある能力者だと――そう見受けられた。

 よって、エリザは一行の中でキリウを除き最も強そうな相手を選択しただけで、特段誰がパーティーリーダーであろうが不思議に思うところはない。


 ――ただひとり。この少年だけを除いて。


『……マヂデ?』


 他のプレイヤーからレベルやステータスを閲覧することはできない。

 それを差し引いても、少年の纏う装備はもちろん、ゲームに不慣れや初級者特有のほわんとした空気は隠しようがない。

 むしろ、滅多拝めないであろう超ド級PTの中に、なんでこのような異物が混ざっているのかを疑問に思うのが普通ではないか。

 ぜんまい仕掛けのような動作で皆を見回すエリザに対し、


「(こくり)」


 返ってきたのは、少年以外の全員による一律の肯定だった。

 これがエリザの辞書録にも記された、もげ太との初顔合わせとなる。




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