装の天
2016/09/15
本文修正しました
孔天の名称を変更しました(→あとがき)
「ぐはっ――!!」
店の扉を突き破って吹き飛んだ何かがおもちゃのように路上を転げ、そのまま動かなくなる。
見ればフルアーマーを着込んだ男だった。
続いて足音を立てずに中から出てきた女性が冷ややかに言葉を投げ掛けた。
「……もう少し腕を磨いてから出直してください」
女性と決闘をしたのだろう、倒れた男のHPはレッドゾーンまで削られていた。
男の顔に浮かでいるのは、畏怖だ。
「わたしが求めているのは、真に腕の立つ冒険者です。他に覚えのある方は居ませんか?」
女性が問うと、遠巻きに眺めていた男たちは一斉に首を横に振った。
比較するまでもなくレベルが違い過ぎる。
先ほど吹き飛ばされた男とて、この界隈では凄腕として名の通っていた剣士だ。
金や手癖の悪さから悪名の方が大きかったが……。
類稀な美女とて、今回は目を着けた相手が悪過ぎたのだ。
その戦いを眼前にするまで気付きもしなかったのだが――何せ女性は、二つ名を持つトッププレイヤーのひとり。
――“装天”。
“形天”の後を継ぎ、最近になって十二天に加わったプレイヤーだ。
それゆえ知名度はやや低いが、実力者であることを疑う余地はない。
「……やはり、そうそう簡単には見つかりませんか」
第一に求めているのは単純な戦闘能力の高さではないが、一撃で倒れるような相手では大して期待もできないだろう。
嘆息と共に、銀糸のような長い髪がふわりと風に揺れる。
その耽美さに、男たちは再び陶酔した。
「では、これで失礼します。皆さん、お騒がせしました」
一礼をすると、女はすぐに外へと歩き出した。
向かう先はこことは別の人の多く集まる街。
そうは言っても、闇雲に当たりをつけたところで今のように成果は期待できないだろう。
確率は上がるといえ、ただ無暗やたらに人が集まるだけでは駄目なのだ。
「…………これは困りました」
どうしたものかと、歩を進めながら模索を行う。
親愛なる主のため日々研鑽を続け、いつしか【十二天】と呼ばれるようになった自身でさえ、期待には応えられなかったのだ。
それに満たぬ者が、主の眼鏡に適うはずもない。
――やはり、それしかありませんか。
もしかしたらと思いつつも、邂逅を避けて来た道。
そこには新参という気後れもある。
自分は十二天の名に相応しいのか。
形天から跡目を受け継ぐに相応しいのか。
結論は出ないが――他に手だてがない以上は、他の十二天を探すのが最も効果的か。
先日、運よく協力に漕ぎ着けた者を除けば、これまで一度も遭遇したこともない彼らを――。
「しかし、そうは言えど……」
結論が出たところで問題が尽きることはない。
現状で所在の割れている十二天の方が希少なのだ。
それとて所属ギルドの拠点が判明しているだけで、当人がそこに居るとは限らない。
が、何の当てもなく探し回るよりは余程マシだろう。
「では、行先を決定する必要があります」
普段、自分があまり人前に姿を現さないように、名の知れた彼らも同じ傾向にあることが多い。
よって、いざ覚悟を決めたところで実際に会うのは困難だし、ましてや一方的な嘆願を聞き入れて貰うとなれば叶うのは一体どれほどの確率か。
その細い糸を手繰り寄せるために、取れる手段は二つ。
「情報を分析……」
所在データのある十二天を当たるか、あるいは頼みを聞き入れて貰える可能性の有りそうな十二天を当たるか――だ。
裏を返せば、どちらにも該当しない十二天は除外していい。
――無所属、かつ赤ネームである影天。
――同様に赤ネームである闇天。
この二者に関しては、交渉が成功する見込みすら無いに等しい。
端から時間を割くだけ無駄と言えた。
同様に、所在の知れない神出鬼没な破天についても望みは薄い。
十二天の中でも特に名高い戦天は、ギルドの脱退から行方を眩ませてしまった。
残る六任――。
――森羅万象に所属する光天。
聖天しかり、性格は奔放。雲のようにつかみどころのないと聞き及んでいる。
レベルならば戦天を追随する立場にあるが、果たして協力に漕ぎ着けることができるのか――楽観はできない。
――同じく、森羅万象の氷天。
こちらは人格者という情報があるが、酒天同様にダイブアウトが目立つようだ。
居ない者を当てにすることはできない。
最後のひとり。
これが、もっとも期待が持てる人物か。
「鋼刃騎士団の焔天……」
十二天きっての道徳者と誰もが口を揃え、その範囲は上級者だけに留まらず、初級・初心者までと幅広い。
通りがかりで困っているプレイヤーがいればさりげなくフォローをする、まさに先達の鑑のような存在だ。
「彼ならばあるいは……」
話くらいは聞いてくれるかもしれない。
もし、彼が噂通りの人物ならば聞き入れてくれるかもしれない。
少々楽観が過ぎるにしても期待値は最も高かった。
「決まりです」
頼みの二つ名を小さく口にした彼女が向かうのは、最後に目撃情報があったキヨウの都。
好運にも、セレンからは目と鼻の先だ。
◇
桜花城で飲み明かした翌日。
もげ太一行は一旦PTを解散した後、再びキヨウの城下に集まっていた。
「そうか。月天まで楓柳を離れていたのか」
「うむ。元々おっておらんような人物じゃ。特段、不思議もない」
月天――この場に居る者、居ない者とてその名を知らぬ存在はないだろう。
「げってん?」
とある初心者の少年を除けばだが。
「ま、俺たちのような立場の人物さ。少々変わり者という噂もあるがな」
「だな。色んなトコで有名なヤツだぜ?」
「あら? 十二天に変わってない人なんていたかしら……」
首を捻るスズランにほぼ全員の視線が同時に向く。
「俺は比較的まともだと思うが……」
「別に俺はフツーだろ」
「わたしはノーマルですよー?」
「我は至って普通じゃ」
8つの視線を浴びた女性は苦笑いの無言を以って返答とした。
というかこの面子に真顔で言い寄られ平常心を保てるプレイヤーが果たしているのか。
「それで、月天をギルドに誘うのか?」
「むぅ。それは……少々難しいやもしれぬの」
「んなら無理に誘う必要もねーだろ」
二人の会話を聞いて露骨に顔をしかめるネームレス。
個人的に因縁のある彼にとって、月天の勧誘は面白い話題ではないようだ。
「そう言うな。試すだけの価値はあるだろう。何せ、あの月天だ」
もし、もげ太の味方になってくれるのであれば、これほど心強い存在はそうそういない。
「我としてもあまり気が進まんのは影のと同様じゃがのう。会う機会があれば尋ねるくらいはしても良いが……」
「それほど都合が悪いのか? かつての仲間なんだろう?」
「仲間……のう。あやつとの関係は少々難しい線にあるのじゃ」
「事情がありそうだな」
引く手数多の月天だが、楓柳に所属するまで全ての勧誘を断っていたと言われている。
「そもそも、なんであの月天さんが楓柳に居たんです?」
噂程度にしか月天を知らない者にとっては理由を推測することも難しかった。
かつての同僚であるスズランを除けば、この場の大半は同じことを思っているだろう。
「あやつにはあやつの目的があって楓柳におったからの。我と月のの戦いの雌雄はどうあれ、あやつに必要な“情報”は全て提供するというのが第一の取り決めじゃった」
「あー。利害関係の一致もあったんですねー」
リリルは大きく一度だけ頷いた。
戦天と月天の戦いは有名な話だが、それで大人しく軍門に下るような男ではない。
所属することの利点を踏まえた上で、ギルドに加入したのだろう。
「なんだ? お前も知らなかったのかよ」
「そりゃーわたし、楓柳の部外者ですから」
言われてみればその通りだ。
が、何でもお見通しのようなイメージが定着しつつある光天に「知らない」とはっきり断言されると反って胡散臭さを感じてしまう。
「それはひとまず置いといてだ。月天が必要とした情報とやらの内容は……俺たちが尋ねて平気なものなのか?」
キリュウに真顔で尋ねるエルニド。
唾を飲む音まで聞こえてきそうだ。
「特に問題はないであろ」
しかし、そんな緊張を軽く打ち砕き、少女はあっけらかんと答えた。
「ないのかよ! 月が欲しがるほどのネタじゃなかったのか?」
「それはそれ。これはこれじゃ」
「えぇと…………キリュウ様?」
にんまりと子ども特有の悪戯ちっくな笑いを浮かべるキリュウに、スズランがあからさまな困惑を浮かべた。
明らかに気乗りがしていない様子だ。
しかし、少女はスズランを押しのけて話始める。
「結果から言うとじゃな。隠すほど有益な情報も集まらなんだのじゃ。別段の」
「………………」
言葉に、スズランは開いた右手で顔の半分を覆い隠した。
というのも、主に情報収集の役を買っていたのが花組だったせいだ。
「ほぉ、あの楓柳でもか」
「うむ。あの楓柳でもじゃ」
「ど、どこかに隠れられる穴はないかしら……」
かつて最大角を誇った楓柳といえば、規模も人数も掛け値なしに最高峰のギルドだ。
月天が求め、そして楓柳ですら掌握できない情報とは、一体どれほど値打ちのあるものなのか。
「一体、何についての情報だったんだ?」
エルニドの問いに対する【キー】を、キリュウは惜し気もなく口にした。
「“シテン”という言葉を聞いたことがあるかの?」
告げて、ゆっくりと一同の顔を見回すキリュウ。
初めて聞いた――といった反応を取ったのは、駆け出しの少年ひとりのようだ。
「“死天”? 十三人目とか言われてるヤツのことか?」
聞いてネームレスは記憶を探り、思い当たった内容を確認を取るように尋ねた。
「そうとも言うし、そうでないとも言えるの」
「あん? そうともそうでないともって、そりゃどういう意味だ?」
「えっと……わたしが聞いた噂では、大元はプレイヤー名とかなんとか」
返し言葉に憮然とするネームレスの態度を伺うようにリリルが続ける。
「それがいつの間にか有名になって、死天――なんて呼び名に結びついたと。まぁ、半信半疑ですけどねー」
「聞いた本人が半信半疑な情報かよ」
「知らないんですか? 情報の真偽の受け止め方は、手にした人次第なんですよ?」
「………………」
「まぁ、一理あるの。火のない処に煙は立たぬと言う」
「……確かに。それで、戦天の見解はどうなんだ?」
「当初は我も同じことを考えておったのじゃが」
エルニドの視線を受け止めながらキリュウが呟く。
その様子は、説明の言葉に困っているようにも受け取れる。
しばらく経って小さな唸り声を止めた少女は、嘆息を交えながら続きを話し始めた。
「追えば追うほどに“シテン”という言葉が何を表しているのか、我も分からなくなってきての。本当にそんなプレイヤーが存在するのかですら定かでないのじゃ」
ここで、皆から少し距離を開けていたスズランが輪の近くへと戻ってきた。
「その…………主にわたしの方で“シテン”に関する情報収集を行っていたのだけど……」
何故か、わずかに頬を紅潮させながらたどたどしく話を続ける。
「とある同僚の手前、あまり表立って動くことはできなかったとはいえ、噂話を掴むのが関の山で……」
「あん? そんなのネット検索でもすりゃ、誰でも調べられるんじゃねーのか?」
「だっ、だから言いたくなかったのよ!」
「まぁまぁ」
スズランが途中からゆっくりフェードアウトしていった理由に察しがついたところで、種火が燃える前にエルニドが仲裁に入る。
このままキリュウに説明を続けさせていれば、彼女の株が下がると思い戻ってきたのだろう。
よくよく考えても見れば、大ギルドのトップが情報収集などに直接動くことなどは有り得ず、かつレベルランカーの筆頭であれば尚更か。
「つまり、ネットにありがちな都市伝説やら七不思議――って類か?」
「その可能性も無きにしも非ず――というのが本音じゃが、なればスズランを頼るまでもなかったじゃろう」
月天の依頼というのであれば、右腕とも呼べる白花への委任にも納得が行くのだが……キリュウの口ぶりには少々の違和感を受けた。
「そういえば、死天さんって次期十二天って噂もありましたよ?」
「は?」
次期――つまるところ十二天の下剋上か。
現状でも既に形天が十二天の座から退き、現在は装天が受け継いでいる。
残りのメンバーで、もっとも陥落に近いのは……
「……ふむ、影のよ。月のに負け、我にも負け――――十二天返上も有り得るかのう?」
「なっ――!」
どストレートに影天の心核を貫いた。
藪を気にせぬ突く辺り、さすがは“修羅姫”というべきかただ幼いがゆえに為せる業か。
「言われてみれば……活動を縮小している氷天以上に危ういのか?」
「わたしとしては、その方がありがたいですかねー。そういう関係ですし。…………あ、影天さん。今からわたしと勝負します?」
「本心丸出しした後に殺る気満々になってんじゃねーよ!!」
十二天同士の直接対決といったそうそうお目に掛かれたものではないカードを連日大盤振る舞いするのは、さしものネームレスとて御免被りたかった。
無念の連敗中とはいえ、何せ頂上ランキングバトルを二戦も経験しているのは影天くらいのものだろう。
「……思うに、光天の強さは相当なものだぞ? と、一応忠告だけはしておく」
「だから誰もやるなんて言ってねぇだろが、腹天!」
「誰が腹天か――!?」
そう否定をしつつ、いつもの禿げよりまだマシか――とは、腹天の内心。
「あなたもエバフレの看板を背負ってるんだから、森羅万象への負けは許されないわよ。――あ。ちなみに負けた場合、わたしの犬ね?」
「テメェも妙な計画立ててんじゃねぇ!」
赤い舌を覗かせるスズランを見て総毛立つネームレス。
やるからには負ける気など毛頭ないとは言え、結果どう転んでも良い予感はしない。
「それより今は五人目の話だろうが! もう月でもなんでもいいからさっさと入れちまえ!」
「……おや? 急に態度が変わりましたね?」
「うっせ! 大体、さっきからもげっちだって話についてけずに黙りっぱなしで困ってんじゃねーか!」
言われ、皆が先からひと言も発していない少年の方を見やると――――もげ太は何やら板状のデバイスを目にも留まらぬ速さでタイプしていた。
◇
[一件のメッセージが届いています]
――――――――――――――――――――
from:カイドウ
ご無沙汰してます!
久しぶりに時間が取れたのでこちらにて!
月天氏の名前はもちろん知ってますが、残念
ながら直接の交流までは……。
シテンについては残念ながら自分にも目ぼし
い情報はないです。
お役に立てず申し訳ない!
――――――――――――――――――――
◇
「――あ、ごめんなさい! 僕の方でも何か役に立てないかなと思って!」
パッ、と予備動作無しでLSDを不可視化したもげ太が、申し訳無さそうに顔を上げる。
話を聞いて、少年の方でも何か探っていたのか。
謎のネットワークコミュニティを持つ少年であれば、意外な情報が転がり込んでくるのかもしれない――と仄かな期待を寄せる中。
「えっと……ななさんとりるさんが勝負をするんですか?」
もたらされた予想外のひと言に一行は凍りついた。
「は?」
「え?」
言い淀むネームレスとエルニド。
特に他意はないはずの少年の発言によって、やり場のない妙な空気が場を支配する。
「こ、これは…………もうやるしかない流れですかね?」
「……かのう?」
「……かしら?」
順に呟く女性陣。
リアクションに困っているのは大差ないようだが、妥協の方向性が危険極まりない。
「ちょ、ちょっと待て!!」
ネームレスが慌てるのも無理はない。
てっきりストッパーになってくれると思い、もげ太に話を振ったわけだが……まさかこんな形で期待を裏切られるとは誰が予期しようか。
少年と交流の深い人物が思い出したように呟く。
「そういえば、昔からもげ太は斜め上を行くことが度々あったな……」
「お前までそこで納得してどうする――!?」
ネームレスががなりを上げる中、背後からじゃきん! という金属の接合音が聞こえてくる。
「こうなったら仕方ないですかねー」
白のローブを纏った少女の両手には、その背丈を上回るほど大きな光杖が構えられていた。
銘を《オーベロンの金錫杖》という金色まで強化されたAランク武器だ。
少女がクルリと杖を一回転させると、その軌跡に魔方陣が浮かび上がり、呼応するように背中に眩い六枚の翼が伸びる。
≪ヘヴンズデザイア≫――彼女の“光天”の由来となったリミテッドスキルだ。
「では、行きますよー。影天さん」
[リリルがネームレスに決闘を申し込みました]
――リリルの準備は万端だ!
「はぁ――!? うそっ、冗談だろ――!?」
通知されるシステムアナウンスに声を張る影天。
周囲にまで見える形で勝負を申し込まれた以上、“天”の字を背負う男が逃げるわけにもいかない。
「確か、NM“双翼の蛇”を倒した際に使用した翼の数は一対じゃった気がするの」
「そうか。しかし、勝負に全力を尽くす姿勢は俺も嫌いではない」
「三対で単純に三倍だけど……いいのかしら?」
こうして、影天の“ルーザーズマッチ”二回戦は、またしても街中で行われることとなった。
後に滅茶苦茶に荒らされたキヨウの城下町を目にしたゲンマが激怒した話はさておき。
戦いの結末は推して知るべし――。
2016/09/15
2章文はまとめて修正更新しようかと思っていたのですが、途中まで更新することにしました。
筆者のポカミスで「孔天」の名称を変更することになったのと、ストーリーに変更が生じそうだったのでこれまで更新を保留に……。
名称変更の理由についてですが……文章で読む分には構わないのですが、物語の彼らはボイスチャットで会話を行っているわけで、「光天」と「孔天」がきっと区別つかないですよね。凡ミスです(汗)
最後に、ここまでなら大きなストーリー変更はないかなと思ったところまで修正更新をしていきたいと思います。




