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再び都へ

2016/09/15

本文修正しました

 



 薄暗いフロアに煌煌と輝くモニターやインジケーター。

 通路に立つシリンダーは淡い光を放つ液体で満たされている。

 機械が奏でる高低の動作音の中に、人の声がある。


「そうか」


 床に届きそうな丈の白の衣。

 報告を受けた男は、顎に手を当てて幾ばくか考え込む仕草を見せた。


「出来れば仕留めておきたかったが――いや、戦果を得られただけ上々か」


 レンズ越しでも分かる鋭い眼光。

 細くやつれた顔の輪郭は、実年齢よりも上に感じさせる風貌だった。


「やはり、正当な方法では有効ダメージを与えられないようです。如何いたしましょうか?」


 報告を行うのは女性の声。

 わずかな室内の光源が、女性の長い髪を赤銀や青銀に染めている。

 受けた報告も想定の範囲内ということか。

 抑揚を付けず男は静かに告げた。


「厄介な力を得たものだ。目的は不明――これ以上増加しないよう漸減を続けるしかあるまい」

「はっ。…………しかし残念ながら、わたしの力では及ばず……」


 男の後方――女は腰を折ったままの姿勢で答えた。

 背中には装飾が施された長銃を担いでいる。


「耐久試験としては上々の結果だ。そちらには、かの人物に回す他あるまい」

「信用、できるのでしょうか?」

「腕は確かだ。信頼に至らずとも信用はできる。それに、お前が証明したばかりだろう。“(システム)の内”に居る者を“理”にぶつけても無意味だと」

「申し訳ありません。力不足を……悔い入るばかりです」


 沈痛を隠し、女はさらに頭を深く垂れた。


「気に病む必要はない。完成された“AIMS”とはいえ制限(リミテッド)に縛られている素体ではどうにもならん。お前には別件を任せる」

「…………はっ」


 男は一瞥もせずに告げる。

 事実上の戦力外通告――女にとって、期待以上の成果を上げられなかったことは何よりも苦痛だった。

 うつ伏せに下がる長い髪が、歯を食い縛る様を覆い隠す。


「では、わたくしは次の“解放者”を探して参ります」


 背を向けたまま無言で佇む男に一礼すると、女は静かにその場を離れた。

 室内から誰もいなくなったことを確認する。


「“アンリミテッダー”――か。幾人がそこに辿り着いていることやら」


 男は考えた。

 自身が行っている行為は救済か、それとも破壊なのか。

 果たして、そんな自分たちに協力を申し出る適格者が存在し得るのか?

 現状、協力関係にある適格者とて、共通の目的がなくなれば(たもと)(わか)つのは時間の問題だろう。


 それでもなお、一時(いっとき)の利害関係で肩を並べる相手ならば――


「――そう。若く、そして瑞々しい果実だ。――否、他の選択肢などあり得ない!」


 男は、一枚の少女ピンナップを片手に固く拳を握り締めた。




 ◇




 もげ太一行は、再び神無風&楓柳の総本山であるキヨウの町へとやって来ていた。

 倒壊した桜花城もクラフター総出による修復が進み、主だった施設や機能を取り戻しているようだ。

 期間を考えれば驚愕の作業速度である。


「オウ! もげ太じゃねぇか!」


 出迎えたのは神無風のマスター――ゲンマだ。

 この復旧も男の采配によるところが大きいのだろう。

 いまや四大ギルド楓柳の代理マスターでもある彼――だが、服装はいつもの法被に鉢巻のままだった。

 ただし、同時にふかす煙草の本数は二に増えている。

 ……鬱憤でも溜まっているのだろうか。


「お久しぶりです!」


 もげ太が挨拶すると、頭をくしゃくしゃと掻き撫でられた。


「思ったよか随分と早ぇ戻りだったなぁ?」

「はい! 少しでも早くゲンマさんに伝えたくて!」

「というと、もう作ってきたのかぁ?」

「はい、作って来ました!」

「そぉかそぉか。祝辞の前にまずぁ乾杯が必要だぁな」


 笑顔満開もげ太の手をつられて笑うゲンマが引っぱった。

 二人に続き、他の皆も城の奥へと進んでいく。


「んで? お嬢まで元気がないのぁ、なんでだぁ?」


 その後ろ。もうひとり覇気に欠ける少女にゲンマは首を傾げた。


「べ、別に、我はなんともないのじゃ」


 キリュウだ。

 彼女は、声を掛けられるとびくりと肩を震わせてそっぽを向いた。


「……あぁ、そぉいうことか」


 不自然な挙動に何か思い至ったのか、ゲンマが紫煙を吐き出しながら告げた。


「……トイレの場所なら知ってんだろ?」

「ぶっ――! ぶ、VRにそんなものがあってたまるか! あ、相変わらずデリカシーもへったくれもないヤツじゃの!!」

「かかかっ、そりゃあ悪かったなぁ」


 赤みが差した頬を膨らませ、立腹を訴える少女。

 そのわずかなやり取りだけで、強張っていた彼女の表情は普段通りに戻っていた。


「ふふ。さすがね、ゲンマ様?」


 そんな二人のやり取りを見ていたスズランは、くすりと笑いを零した。


「はてぇ? なんのことやら」


 こめかみをポリポリ掻いてとぼけるゲンマだが、ひとり――いや二人を除けば、演技なのは一目瞭然だった。

 少女も男に対し口では何とでも言っていたが、突然の脱退について申し訳ない気持ちと後ろめたい想いがあったのだろう。

 その上ギルドに加入し、短い期間で再びキヨウを訪れるとなれば……さらに複雑な心境を抱いて不思議はない。

 それをたったのひと言で拭ってしまうとは、さすが付き合いが長いと言えた。


「まったく……いつまでも子ども扱いしおって」

「あの人には敵いませんね? キリュウ様」

「そ、そんなことはないのじゃ!」


 文句を言うキリュウを、スズランが宥める。

 怒りよりも照れの気持ちの方が大きいのか、耳まで赤くなっていた。




 ◇




 階を上がり廊下を抜け、通された広間に皆が腰を降ろす。

 やがて侍女の手によって(さかずき)が運ばれてきた。

 鼻腔を突く透明な液体が注がれた杯――それが全員の手に行き渡ると、ゲンマがそのひとつを片手で掲げた。


「うぅし。まずはギルド設立おめっとさんっとぉ」


 ゲンマがゆるい口調で乾杯の音頭を取る。


「乾ぱーい!」

「乾杯!」

「おー」

「うむ」

「乾杯」

「乾杯ですー」


 が、声に力が篭もっていないせいか盛り上がりはいまひとつ。

 もちろん彼に祝う気がないわけではなく、のらりくらりが本来の彼のスタンスだ。

 こうして宴会はのんびり開始されたものの、やがて豪勢な料理が運ばれくると各々が相応に色めき立った。


「はぁ。なんかここんとこ飲み続きじゃね?」

「おめでたい時は、そういうものなのですよー」

「そうか。じゃあ次はもげっちの脱・初心者祝いでもやんのか?」

「おぉ、よくぞそこに気が付きました! 偉いですよ、ネームレスさん!」

「…………マジかよ」


 冗談で言ったつもりが、どこまで本気なのか。

 脱・初心者がいくつなのか定められてはいないが、そう遠い未来ではないだろう。

 頻繁に続き兼ねない宴騒ぎにネームレスはげんなりとした。


「さてとぉ。んじゃま、影さんが飽きる前に早いトコ済ませちまうかぁ」


 宴会はまだ序盤、ゲンマは最初の乾杯酒をぐびぐびと飲み干しながら告げた。

 言われ、もげ太は「はい!」と頷いた。

 これがただの“エバーフレンズ設立おめでとう会!”であれば先の乾杯で終わってしまう話なのだが。


「よぉし、用意はいいかぁ?」

「大丈夫です!」


 ゲンマともげ太が新しく注ぎ直された盃を高く構えた。

 それを皆に見せたあと、両者は盃に口を付け、一息に煽る。


「ぷはぁ! くぅっ、たまらねぇ!」

「うう、苦いです……」


 美味しそうに盃を空けるゲンマと、やっとやっとの思いで溜飲するもげ太。

 中身はいつものミルクではなく、相手と同じものだ。

 そんな少年を微笑まし気に見詰める仲間と心配そうに見つめる仲間たち。

 無事に任を終えたことで拍手を送った。


 ――そう。


 これは、もげ太とゲンマとを繋ぐ盃の交換だ。

 それが意味するところはひとつ。



 [ギルド≪神無風≫と、ギルド≪エバーフレンズ≫が同盟を結びました!]



 所属メンバー全員に、同盟を結んだ旨を知らせるメッセージが送信された。


「これで、めでたく神無風とエバーフレンズは同盟関係になったってぇわけだぁな」

「はい! これからよろしくお願いします!」


 ギルドマスター同士の盃の交換――。

 同盟の締結としては時代錯誤のようにも思えるが、何故かこの方法が割と主流となっていた。

 こうしてあえてトップ同士が腹を見せあって酒を交わすことで、メンバー間に安心や信頼といた絆が生まれてくるのだろう。

 もちろん、盃を交換しなくともギルドメニューから双方が同意を行うだけで同盟を結ぶことは可能だ。

 少々味気ないやり取りにはなってしまうが。


 こうして、宴会は本場所を迎える。




 ◇




 まずは、少年の保護者にして夫婦コンビの会話。


「おい、腹天。せっかくだから持ち芸やってやれよ」

「誰が腹天か――!? 言っておくが俺に持ち芸などないからな!」


 ノンアルコールのネームレスが真顔で言うが、案の定エルニドに却下をされる。


「ちっ。まだ酒が足りてなかったか」

「呑んでも呑まれないのが真の漢だ。自分の限界を見極め、その手前で抑制を行う」

「うわ、堅ぇなー。そんなんだから頭皮までカチカチになんだよ」

「フッ……そうはならんよう、毎日刺激は欠かしてない」

「いや、なんでそこで得意気になれんだ」


 ネームレスは、相手の反応を不思議に思った。

 いつもなら即電子レンジでチンの男が、斜め上の回答で受け流してくる様子に。


「むしろ、君のようなサラサラストレートヘアーの方が将来の薄毛を悲観するべきだと僕は思うがね?」

「テメェ実は絶対酔ってんだろ、それ――!?」


 そして、即座にその理由を悟る。


「ははは。僕は全然酔ってなんていないさ、ネームレス君」

「ハゲキモっ――!?」

「さあ。今夜は、もげ太の良さについてじっくりたっぷり語り合おうではないか」

「うわ、こいつ酔うとすげーめんどくせえっ!!」

「そう。あれはまだ、もげ太が小さかった頃の話……」

「聞いてもねぇのに勝手に語り出すんじゃねぇよ!」

「身体の弱かったもげ太は……ううっ」

「それ個人情報だろ――!? つか、もげっちの良さはどこいったぁ――!?」


 微妙に泣き上戸なエルニドとシラフのネームレスは、相変わらず仲が良かった(?)。

 また、古い馴染みの二人の会話がある。


「ゲンマさんも変わり者ですよねー」

「オウ? 俺様のどこが変わってるってんだぁ?」


 ゲンマとて自覚がないわけではない。

 が、それを白ローブの少女に言われたのが少々心外だったようだ。


「だってー。あの楓柳を傘下に置くようなギルドが、新規ギルドと同盟結んじゃうんですから」

「あぁ……それ言われちゃあ否定はできねぇなぁ」


 ゲンマはもげ太との口約束の履行をしただけだ。

 その約束とは、少年とネームレスが神無風を脱退した日に遡る。

 ギルドを脱退すると言った二人に対し、彼が出した約束――条件こそがこの同盟なのだ。

 ただし、それはどちらかといえば少年のギルド設立の後押しにも近しい。

 それだけ、ゲンマがもげ太のことを想っているのだろう。

 リリルとしても、それは正直に喜ばしいことだった。


「ンで? お前さんとこはどうなんだぁ?」

「へ? わたし?」

「オウ。森羅はエバフレたぁ結ばねぇのかい?」

「………………あっ」


 リリルは開いた口を右手で覆った。


「あっ……てお前さんよぉ」

「いえいえ。他意はないですよ?」

「オイオイ、ほんとかぁ?」

「本当ですよー! ただ、わたしはどうやって旦那にギルド押し付けてエバフレに遊びに行こうかなぁなんてこっそり画策してただけですよ? ……ただ、同盟という手が思い浮かばなかっただけで」

「…………今、俺ぁ何も聞かなかったことにしていいかぁ?」


 そんなやり取りを行っていたり。

 そして、もげ太を含めた残り三人は、


「ねぇ、もげ太くん?」

「はい?」


 スズランは、少年の細い顎をしなやかな指先で撫でた。


「これから、お姉さんとイイことしない?」

「へ……?」

「――待てこの淫蕩花めが!」


 意味の分かってなさそうな少年を後目に、キリュウが畳の上で華麗なスライディングを決めた。


「あら、キリュウ様。何か?」

「何か? ――ではない! もげ太と一体何をするつもりじゃ――!?」

「何を……とは。キリュウ様、何するのかご存じなんですか?」

「むぐっ――!? い、いや、我は何も知らん……何も知らんぞ……?」


 キリュウは鳴らない口笛をひゅーひゅーと吹く真似をする。

 酒も相俟ってか、首から上はゆでだこのように真っ赤に染め上がっていた。


「ならば、わたしがもげ太くんと何をしたって構いませんよね。ねぇ、もげ太くん?」

「え? あ、はい!」

「はい♪ ――じゃないわ! この純米ど助平め!!」


 扇子ですぱこんと少年の額を叩く。

 少年は意味が分からず、目をバッテンにしながら頭を抑えた。


「純粋にお酒を掛けて純米だなんて……キリュウ様、腕を上げましたね」

「くくく、そうじゃろう――――て、さりげなくもげ太を部屋から連れ出そうとするでない!!」

「あ。キリュウ様もご一緒しますか?」

「誰か一緒をするか――!?」

「なら、二人で行きましょうか。もげ太くん」

「はい!」

「はい、じゃない! おぬしも少しは人を疑うことや断ることを知らぬかぁ!!」

「はぁ……困りましたね。キリュウ様は一体誰に妬いてるんです?」

「だ、誰……じゃと?」


 少女は考える。

 だが、それより早く指摘が入った。


「もげ太くん? ゲンマ様? それとも…………まさか、()ってことはないですよね? ふふふ」

「ひうっ――!?」


 彼――のイントネーションで震え上がったキリュウが尻餅を着く。


「じゃあ、もげ太くん。ゆっくり()のこと、色々教えてね?」

「は、はい……?」

「――やっぱり目的はそっちかぁ!!」


 キリュウの扇子がスズランの頭を狙うが、事前にかわされる。


「あ。もちろん、相応の対価はお支払いしますよ? 身体で」

「人誅!!」


 今度こそ、キリュウの扇子はスズランの頭に突き刺さった。




 ◇




 やがて夜も更け、世間が寝静まった頃――。


 UWOの時間はリンクしているため、リアルが夜ならばUWOの世界も夜だ。

 身体は休眠、脳だけが活動している仮想世界で就寝をした場合、脳も休眠するので通常の睡眠と同等の効果がある。

 ならば、とゲーム内で寝落ちが捗る理由はそこにあった。

 ただし、トップクラスのプレイヤーともなれば身体が休眠しているなら十分――と、その睡眠時間を削って育成に励むのだが。


 ここに居る彼らもまた、その例に漏れない存在だ。


「他の連中はどうしたぁ?」


 ゲンマは、朧月に紫煙を重ねながら窓枠に腰掛けるキリュウに言った。

 ほどよく冷たい風が身体の火照りを冷ましてくれる。


「焔のと影のなら地下のギルドダンジョンに腕試しに行ったようじゃの。スズランも影のに同行したようじゃ」

「もげ太は?」

「光のと一緒に建て直した城内を見て回っておる。――って、城主が把握してなくてどうする」

「かかか。細けぇこた気にすんなぁ」


 ゲンマは大仰に笑った。

 拍子に咥えていた煙草がぽろりと階下に落ちてゆく。


「あぁぁ勿体ねぇ……」


 落ち行く煙草を長らく目で追いかけ、その消失を深く惜しんだ。


「相変わらず貧乏性じゃのう。相当稼いでおるじゃろうに」

「どうせなら倹約家ってぇ言いなぁ」


 ゲンマは気落ちしながらも代わりを取り出し、火棒を擦って口に咥えた。


「ンで。お光さんに聞いたんだがよぉ。……人数足りてねぇんだってなぁ?」

「むぅ……光のめ。余計なことを」

「そう言ってやるなって。お光さんなりにお嬢らのこと心配してんだろぉよ?」

「それは……そうじゃろうが」


 窓の柵に腰を降ろし、夜空を見上げながらキリュウは言った。


「どちらかと言えば、我よりもげ太を心配しておるのじゃろうて」

「あー……そりゃあ…………んぅ」


 否定をしようかと思ったが、どうにもその通りだと納得してしまいゲンマは言葉を飲み込む。

 どちらも白ローブの少女の性格を知っているだけに苦笑が漏れた。


「して? それがどうかしたか?」

「オウ、それよぉ! ハウス用に祝儀でもくれてやろうと思ったがぁ……うぅし。ここは俺様がひと肌脱いで――」

「結構じゃ」

「やろ…………て、まだ何も言ってねぇぞぉ?」

「どうせ、おぬしも加入するとか言い出すつもりじゃろう」

「………………お、オウ?」


 先に言い当てられてしまい、ゲンマは二の句を継げなくなってしまう。


「全く……おぬしは昔からそうじゃ。考え方は単純単調、そのくせ頭より先に身体が動くときた」

「…………さりげなくディスられてんのかぁ?」

「そうじゃ。そして、突然居なくなったかと思えば、ここ一番で戻ってきよる。おぬしが居らん間も我はずっと……のう」

「そっ、それは言わねぇ約束だぜぇ……?」


 ゲンマは滝のような汗を流しつつ狼狽してみせた。

 彼なりに、少女を解放してやりたい――そんな思いから裏で色々と動いていたのだが、その間ほったらかしにし、傷つけてしまった事実に変わりはない。

 無論、今はキリュウとてそのことは分かっているし、感謝こそすれ恨む理由はない。


「ま。そんなおぬしじゃからの。もげ太に肩入れするであろうことは目に見えておったわけじゃ。じゃからと言うて、神無風と楓柳を離れられるのは困る」

「そりゃあお嬢に言えた義理は……」

「何を言う、これもおぬしの目論み通りじゃろうが。ゆえに我は自由になったのじゃ。そして、その穴埋め……というかツケがおぬしに回ったわけじゃからのう。本望じゃろう?」

「お、オウ……」


 少女の言には、有無を言わさぬ迫力があった。

 この件に関しては、ゲンマに反論の余地はない。


「まぁ、お嬢の言う通りだ。楓柳のこた任せとけ。俺様がきっちりシメとくから心配すんなぁ」

「ならば最初からそう言え」

「む、昔の無垢なお嬢はどこ行ったんだぁ?」

「そんなものは知らぬ」


 素っ気なく言い返しつつも、少女の顔は笑っていた。

 それは背を向ける男とて同じだ。

 ここから見える空は、あの日の宿舎の窓と同じ。

 いつまでも浸っていたくなる、喉の奥をツンと刺激するような特有の雰囲気。

 幸福感――。


「――さて。他愛のない雑談は終わりじゃ。して本題は?」

「はぁ…………ホントにお嬢が大人になっちまったぜぇ? ……や。今となっちゃ別に大した話じゃあねぇんだがよぉ」


 ゲンマが大きく煙を吐き、真顔で告げた。


「お嬢が楓柳を抜けた後よ? お月様(・・・)からも脱退の通知が届いた」

「そうか。やはりか」


 ゲンマの言うお月様とは、月組の長――月天のことだ。

 長く行方が分からない状態となっていたが、キリュウの脱退の通知を受けて脱退したのだと推測した。

 そもそも、戦天が居ない楓柳に月天が逗留する理由もない。


「もしかしたら、お嬢のトコに居んのかなんて考えたりもしたんだけどよぉ。どうやら違ったよぉだぁな」

「無論じゃ。別に我とてあ奴と交流があるわけでもなし」


 二人の関係は、単純に勝者と敗者――それ以上も以下もない。

 ただ、月天は少女が知る中でも最強の男だ。


「それがどうかしたのか?」

「オウ。それならよぉ」


 ゲンマは指を立て、酔いがまだ残っているのか――と疑わんばかりの提案を口にした。


「いっそお月様をまたギルドに誘っちまやいいんじゃねぇのかぁ?」


 もう一度、その最強の男――楓柳を四大の中でなお頂点足らしめた存在を勧誘しろ、などと。




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