晴天に咲く花
2016/09/04
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「なにぃ? ギルドを作りたいだぁ?」
立体感のある特徴的な前髪を揺らしながら、法被姿の男はふぅーと白い煙を吐き出した。
そうして思案した後、また深く煙草を吸い込む。
「ゲンマさん、資材届いたんですけど、どこに置いておけばいいですか?」
「ふー…………オウ。そっちの角にでも積んどいてくれぇ。あー、ちげぇ、そこじゃねぇよ。そっちだそっち」
遠くから掛けられた声に対し、ゲンマはてきぱきと指示を飛ばした。
今や、キヨウの町の管理権限を有する――合意の上、戦天から半ば強制的に委ねられたのだが――せいで、半壊した桜城を前に大忙しだ。
「あー……話の途中で悪ぃな。今ぁ見ての通りの有様でよぉ」
「いえ、僕もお忙しい中お引き留めして……ごめんなさい」
もげ太は、頭を下げた。
「いいってことよ、もげ太にゃ俺様も感謝してんだぁ。……でギルドの話だったぁな」
「はい……」
「要約すっと、神無風を抜けたいってぇこったな?」
「…………う」
核心を突かれると、もげ太はしどろもどろになってしまった。
どう答えていいのか分からず、「ごめんなさい!」と謝りながらさらに深く頭を下げてしまった。
ゲンマはそんな少年の両肩を掴み、無理矢理にしゃきっと立ち上がらせる。
「男がそんなに軽く頭ぁ下げるもんじゃあねぇぜぇ? 引っ込み事案に見えるお前さんがわざわざ言い出したんだ、ナンか心に決めたモンでもあんだろぉ」
「は、はい!」
もげ太は、正面からゲンマの瞳を見据えて返事をした。
しばらく、二人はそのまま見つめ合う。
「……かっ、イイ目だ。意思も固ぇよぉだな」
覗き込んでいた上体を逸らし、ゲンマはニカっと笑みを浮かべた。
「いいぜぇ、お前の好きにしなぁ」
言って、ゲンマは小さな肩をポンポンと二度叩いた。
「え? はい、ありがとうございます!」
「かかか、礼を言いてーのはこっちだってのぉ」
笑った拍子にゲンマの口からポロリと煙草が落ちる。
「しまった、勿体ねぇ! ……ま、元々、お前んようなワンパクな小僧っこがずっとウチに居つくたぁ思ってねぇっての。言うなら小雀の仮宿かぁ」
「わ、ワンパク……? あっ。でも、そんなつもりじゃ!」
「かかか、いいってことよ。いつかぁこんな日が来るたぁ思っちゃいたんだ」
ゲンマとていずれはこうなると予測していたのだろう。
付き合いは短くとも、もげ太に理解のある者であれば不思議はない。
「……ま、俺様の予想よか随分と早かったがなぁ」
ゲンマは、地面で燻る煙草を勿体無さ気に踏み潰しポケットを漁る。
出てくるのは予想を裏切らず煙草の箱と着火具のみ。
結果を知りつつも当人は不服そうにぼやく。
「……チッ。ナンか餞別でもくれてやろうかと思ったが、モクしか入ってねぇや。カバン中も材料ばっかだしよぉ」
「いえ、お気持ちだけで充分です!」
「馬鹿ぁ言うな。ロクに礼もしてねぇ上に手伝いまでさせて『はいさようなら』――なんてわけにゃあいかねぇだろぉ?」
ゲンマはぐしゃぐしゃともげ太の小さな頭を撫で回す。
「わ、わふっ……! で、でも、僕だってギルドメンバーなんですから、お手伝いするのは当然です!」
「おぉおぉ嬉しいねぇ。んー…………だが、それとこれとは別だ。俺様の気持ちだからなぁ」
腕を組んだり、顎を上げたり、頭を叩いたり。
いつもは突然沸いてくる男の妙案も、今回はお手上げのようだ。
「あー、やっぱ急には思いつかねぇな。ちな、離れるてぇのは今すぐの話なのかぁ?」
もげ太は視線を斜めに泳がせながら考える。
「えっ? えーと……あれ……?」
尋ねられてから初めて気が付いた。
少年は、具体案らしい行動プランを何ひとつ立てていなかったことに。
そもそもどうしたらギルドを作れるのかという基本知識すら持ち合わせていないのだ。
「その面は、ナンも考えてなかった――ってぇ顔だぁな?」
「は……はい、ごめんな――わぷっ!」
ゲンマは、頭を下げようとした少年の額を下から持ち上げる。
「だから、いちいち謝るなってぇの。ビギナーなんだし知らねぇこた知らねぇでいんだ。……ウシ。それじゃあいっちょ俺様がレクチャーしてやろうじゃねぇか」
「えっ? いいんですか? 時間は大丈夫なんですか?」
「あー、大丈夫大丈夫。大丈夫じゃなくても大丈夫だ。だが、ここじゃ目立っちまうから場所移動すっぞぉ」
「え、えぇ――!? それって、ほんとに大丈夫なんですか――!?」
「大丈夫だってぇの。俺様は風、誰にも縛られねぇんだぜぇ?」
そうは言う男も、とある少女の前には形無しなのだが。
こうして物理的にずるずると引っ張られていったもげ太。
この後、不在になった監督者を探し求める作業者が後を絶たなかったという。
◇
「あら。どういう風の吹き回しかしら?」
スズランは、胸元の合わせを開きパタパタと空気を送り込んでいた。
作業員に泣きつかれ、監督者とやらが行きそうな場所を手当たり次第探し回って熱が上がったのだろう。
ようやく探し当てた時、何やら男は真剣な顔で少年と同席しており、片が付くまで様子を窺っていたのだ。
「……あん? なんだぁ見てたのか?」
「途中からだけどね」
スズランは、ゲンマの向かいの椅子を引いて腰を降ろす。
つい先ほどまで、この席には別のプレイヤーが座っていた。
「こう見えて俺様が世話焼きなのは……知ってんだろぉ」
「えぇ、知ってるわ。自分から去るのは平気な癖に逆の立場になると涙脆いのも――ね?」
「……うっ。こ、こいつはただの汗だぜぇ?」
指摘を受け、急ぎ手拭で顔を拭くゲンマ。
男の苦しい言い訳にスズランはクスクスと笑った。
「そういうところも……昔から全く変わってないのね」
「別に昔っつぅほど経っちゃいねぇよ。つか、こりゃ汗が目に染みただけだ。お前さんもわざわざ俺様を茶化すために覗いてたのかぁ?」
「そこまで悪趣味じゃないわよ。よく知ってるでしょ?」
「……ケッ。悪趣味以外は知らねぇなぁ」
「嘘。ふふふ」
「あぁ……なんだか名無しのの気持ちが分かってきたよぉな気がすっぜぇ……」
ゲンマは、突っ伏すように頭を両腕で抱えた。
その姿勢で目線だけを向けて小さく声に出した。
「……実は事前によぉ」
「うん?」
はぁ、と息を零す。
こういった時、これが男にとって弱音なことを女は知っていた。
「それらしい話ぁ聞いてたんだ。“もし、話を切り出してきたら受け入れてやって欲しい”――ってなぁ」
話、というのは先の少年の相談の件だろう。
打ち明けられる前から打診を受けていたようだ。
「誰から?」
「秘密…………てぇわけにもいかねぇか。どっかの赤いのと白いのと黒いのとキリだ」
「それは…………断るのも命懸けね」
誰を指すのか迷うこともない比喩にスズランも嘆息した。
「オウ。揃いも揃ってどんだけ過保護なんだ、ってぇ話だぁな」
「ふふ、そうね。……でも、気持ちは伝わってるんでしょ?」
「……まぁな」
「まぁな――か。本当にキリュウ様に会ってから変わったわね」
「そうかぁ? 俺ぁ別に変わったつもりはねぇんだがなぁ」
「大違いよ。昔は刃物みたいだったじゃない。“俺様に触れたら怪我すっぜぇ!”――みたいな?」
「そ、そいつぁ忘れろ……」
耳まで赤くなるゲンマをからかい、スズランは楽しげに笑う。
「てっ、テメェだってキリのヤツに会ってからよく笑うようになったじゃねぇかぁ?」
「そうね」
「否定しねぇのかよ……」
「事実ですもの。それで?」
「オウ。仏頂面してるよか、よっぽどマシだぜぇ? いい女になったなぁ」
「あら、ありがとう」
「…………」
男におっては精一杯の抵抗も、あっさりと受け流されてしまった。
どうも口では敵いそうにないらしい。
「でも、残念ね。今さら口説かれても、今のわたしは彼一筋よ?」
「誰が口説くかい!」
「あなたは幼趣味ですものね? あの子といいあの子といい」
「誰がだぁ! あのストーカー小僧と一緒にすんじゃねぇ!」
おそらくはキリュウともげ太のことだろうと察し、ムキになって否定をした。
特に深い意味はなかったのだろうゲンマの言葉を聞き、スズランがある人物を思い出す。
「そういえば…………ベリガはどうしたの?」
「どうしたってぇ……テメェの同僚だろぉが。俺様が敵のことなんざ知るかよ」
「昨日の敵は今日の友でしょ? 神無風も楓柳も今やひとつの組織じゃない」
「別に、俺様が直々に楓柳の舵を取ってるわけじゃあねぇ。本来、キリと小僧が空けた穴を埋めるはずのテメェとお月様がどこぞでフラフラしてやがっから、俺様が苦労してんじゃねぇか」
「――それは置いておきましょう。……そう、あなたでも知らないのね」
さりげなく飛来した矢を受け流し、スズランは小さく零した。
ゲンマもそれで察した。
噂で耳にしたように、やはりベリガは消息を断ったのだ。
やはり、彼にとって拠り所であった戦天が楓柳を離れてしまったのが原因なのか。
「だが……それににしちゃあ、妙だな」
「妙って何が?」
「ベリガの小僧が、だ。確かにキリは楓柳を離れこそしたが、別にキヨウから居なくなったわけじゃあねぇ。行方眩ませる必要がどこにあんだぁ?」
「あなたは……見てないものね。色々あったのよ」
「ほう?」
浮かない顔をするスズランを前に、ゲンマは理由の追及をやめた。
おそらくはあの執着心が仇となって、関係を拗らせでもしたのだろう――と推察したからだ。
「心配してんのか?」
「それはね。あなたの言葉を借りれば、一応“同僚”ですもの」
「同僚、ねぇ」
スズランは先のゲンマの言葉を借りて返答する。
「お優しいもんだぁな。仲悪ぃって聞いてただけによぉ」
「そう? まぁ……その内、ひょっこり顔でも出すでしょう」
「どっかで“光源氏”にでもなってなけりゃあいいがなぁ」
「まさか――なんて否定しきれないのが遣る瀬無いわね」
「かかか。どっかの竹藪で何とか姫でも拾ってたりしてなぁ」
実際にあり得なくもない話に二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
ひとしきり笑ったあとで、男は会話のトーンを下げる。
「ま……この分だと、いずれはキヨウも寂しくなっちまうなぁ」
「未来でも視えてるのかしら? この規模のプレイヤーズギルドなんてそうそうないわよ?」
「それも含めて――だ。俺にそこまでのネームバリューがねぇことくらいよぉ。俺だって知ってるんだわな」
「また“花月”を名乗ればいいじゃない。それで、委任もある程度は丸く収まったんでしょう?」
「過去の産物だ。それより――だ。テメェはどうすんだぁ?」
「わたし? わたしが何よ?」
視線を合わせるようでどこか合っていない二人。
咥えた煙草の灰がテーブルに落ち、ぷっ、と男の前に据えられた灰皿に、ほぼフィルダーだけになったそれを吐き出す。
「……ケッ。しらばっくれんなら好きにしろ。この意地っ張りがぁ」
ゲンマが席を立つ。
話す気がないなら会話も終わり――という彼の意思表示だ。
「……はぁ。そういうところも相変わらずなのね」
スズランは、ひとりになった席で運ばれてきたコーヒーに口を着ける。
「…………苦いわね。何でかしら?」
ミルクと砂糖を入れようとして窓際のポーチに手を伸ばすが――やめた。
「わたしは、か……」
彼の言う通り、時が経ってもキヨウは賑やかなままだろう。
実際にキヨウを支えているのは楓柳ではなく、そこで生活するひとりひとりのプレイヤーだ。
いくらトップである戦天がいなくなったとしても、一度ここまで成長した町はそうそう衰退することはない。
――しかし、
「表向きは賑やかでも、本質的なものは比べるべくもないわよね」
スズランは都の様子に目を向けて思案した。
今、目に映る誰も彼もに余裕を感じられない。
桜花城を破壊されたとて、“戦天”が健在であればこうはならなかっただろう。
これまで一番身近に居ながらも、少女の名が持つ大きさを改めて実感する。
「わたしは……やっぱり…………いえ」
スズランは、カップを置いてカウンターへと向かう。
勘定を済ませ、静かに店を立ち去ろうとした。
「あ。お客さん、すいません。勘定が足りませんよ?」
「……なんですって?」
見ると、伝票には自分以外にさらに二人分の料金が加算されている。
「――け、軽食にデザート代まで追加されてるじゃない――!?」
「ひぃぃぃぃーーーっ――!?」
曰く、店員は――殺意に満ちた般若を見た。
「ふふふ……あの人ったら、こんなところでもお茶目なんだから………ふふふふふ……あはは」
スズランは怯え顔の店員に代金をゆっくり手渡すと、そのまま精気を感じさせない歩みで店を出て行った。
◇
「それでは、目的地に向けて――いざ、出発じゃ!」
揚々と先頭を歩く少女が、進路に向けて人差し指を突き立てた。
小さく纏められた髪が、背中でピコピコと揺れている。
「……で? なんでテメェがし切ってんだ?」
その後方、ネームレスは呆れ顔で呟いた。
困惑しているのはエルニドも同じだ。
「まさか……戦天も同行するつもりなのか?」
「然りじゃ」
当然といった様でキリュウは頷いた。
元・四大ギルドの長であり、かつ十二天のひとり。
三足す一は、四天! なんて単純な話ではないのだが……。
「……迷惑だったかの?」
「いや。そんなことないさ」
少女の確認に、はっきりと首を横に振る。
戸惑いこそしたものの、仲間としてはもちろん、もげ太の友人としてもこれほど心強い存在はないからだ。
「それと、キリュウ様だけじゃなくてわたしもいるわよ?」
「ちょっと待てぇ! それは聞いてねぇぞ――!?」
いつの間にか背後に立っていたスズランにふっと吐息を掛けられる。
慌ててネームレスは真横に飛び退いた。
「……迷惑だったかしら?」
「あぁ、その通りだよ! 分かってんなら降りやがれ!!」
女性の確認に、きっぱりと親指を首に当てて横に振る。
間違って仲間に加えようものなら、影天の日々が安息から果てしなく遠のく事態が確定してしまうからだ。
「ツンデレ?」
「誰がだよ――!? つか、いつデレたんだ――!?」
心なしか、二人の距離が縮まっている――ような気がしなくもない。
二人の間に何かあったのだろうか。
そんな様子を微笑ましげに見守る馬車の先頭コンビ。
「仲良きことは――」
「いいことですよね!」
リリルともげ太だ。
見た目だけならマッチするコンビだが、内面に色をつければ相反するモノクロカラーだろうか。
あえてどちらが白などという言及はしないが。
「では、外に馬車を待たせてあるので、乗り込んじゃいましょうー」
リリルが皆に聞こえるように言うと、もげ太が「はーい」と手を上げて返事をする。
その後ろをキリュウがちょこちょことついていき、納得がいかず舌打ちするネームレスをエルニドが宥め、そんな一行をスズランが楽しげに最後尾から眺めている。
「御者さんー、メルニアまでお願いしますねー」
「あいよ。ちょいと距離があるから時間掛かるぜ?」
「はいー。大丈夫ですー」
御者が鞭を打つと、ガラガラと音を立てながら車輪がゆっくりと回り出した。
ちょうど窓から届く蹄の音がリズミカルに聞こえる頃、キヨウの街から〈ドーン!〉という大きな重低音が辺り一体に響き渡った。
「わっ――!」
振り返ると、空に奇妙な雲が浮かんでいる。
「む? これは……?」
「空砲――いや、花火なのか?」
青空を背景にしているため夜のような派手さはないが、滅多に見られない風情があった。
「へぇ。昼に花火を上げるとこんな風になるのね……」
火の部分は、陽光に負けて全く見えないが、代わりに煙だけが空に残っている。
始めは黒い煙塊だけが咲いて烏のような状態だったのだが、
「これはこれで……悪くないな」
「ですねー」
それが連続打ち上げに切り替わると、空に開く小雲が色とりどりに変化した。
赤、青、緑、黄、紫――――青い空に無数の絵の具が散りばめられていく。
混ざりあった空を眺めながら、キリュウが感慨深げに呟いた。
「……ゲンマの奴め」
心に残る花火とは全くの別物であったが、少女は、かつて見た夜空の大輪を思い描いていた。
目尻には、わずかな粒が流れる。
「ふふっ。珍しく気の利いたことをするのね」
そうして最後に間を空けて打ち上げられたのは――紅色の五つ葉だ。
それが無数に打ち上げられ、空に大きな楓の木を映し出した。
「わぁ!」
「マジかよ……」
「これは凄いな」
「綺麗ですー」
「あら」
それにはどういうメッセージが込められていたのか。
かつての約束を守るものであったのか、それとも仲間の門出を祈る祝砲なのか、あるいは託されたのキヨウの明日を願う誓いであるのか。
男の真意は分からずとも、少女にはその玉の名が伝わっていた。
――楓。
「……あ奴。我を泣かせるのが、そんなに楽しいのかのう」
六人がそれぞれの思いを胸に秘めて空に咲く花を観望する中、一向を乗せた馬車は、次の目的地に向けて軽快に走っていく。
振り返る景色、遠く映るキヨウにかつての桜花城の姿はない。
しかし、次にまた訪れる時には、きっと新たなリーダーがより大きく、また美しいシンボルを築き上げているに違いない――。




