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十二の天

2016/7/29

本文修正しました

 



 木々の合間を縫って掛ける男たちがいた。

 男たちの顔には、焦燥と恐怖が強く浮かび上がっており、息を切らしてただ走る、走る――。

 時折振り返り、後方を確認するが、そこには漆黒(・・)しかない。

 しかし、男たちはただひたすらにその漆黒が怖かった。


 だって、そこには――


「かっ――」


 ひとりの男が声にならない悲鳴を上げる。

 身体に感じた異変は、徐々にエフェクト(・・・・・)へと変化し、やがて男の身体はゆっくりと沈む。

 物言わぬ(むくろ)となった同胞の姿を見て、もうひとりの男は明らかな悲鳴を上げた。


「ひっ、ひぃぃ……!!」


 ずしゃり、と大きな音を立てて落ちたのは、背ほどもある大盾――スクトゥムだ。

 男は盾で己が身を守ることも忘れ、地に腰を擦りながら後ずさる。


「た、助け……助――ひゅぐっ」


 懇願する前に、男のHPバーが一瞬で消失した。

 倒れた大盾が皮肉にも男の寝床と化す。

 そんな光景を見て、漆黒が笑いを零す。


「ハハッ――」


 漆黒から浮かび上がる人の形。

 左右非対称の黒髪は片側が紐で縛られ、右目を覆い隠す。

 黒の装束の上に右腕を指先まで抱擁する血のような赤い鎧、両の腰には短剣が下げられている。

 男は、まだ無手(・・)だった。


PT(・・)で仕掛けておいてこのザマかぁ?」


 嘲笑する。

 その頭上には、黒にも近い紅で彩られた男の名前があった。


 ――“ネームレス”。


 文字通り名無しを意味するその名は、男の不気味さをより一層引き立てていた。

 “ネームレス”、この男の名を、そしてその意味(・・)を知らないプレイヤーがどれほど存在するのか。


 ――この男の二つ名を。

 ――この男の凶悪さを称える呼び名を。


「ち、ちくしょう、だから俺はやめとけって言ったんだ! あの影天(・・)に手を出すなんて馬鹿げた真似は――しぶっ」


 そして、転がる躯はもうひとつ追加される――否。

 倒れた八つの身体は、やがて光に包まれ何も残さずに消え去った。


「……ハッ、PTが全滅して仲良く帰還しやがったか」


 そうして、男の姿も夜の漆黒へと消えていった。




 ◇




 男は、良い匂いを漂わせる廃屋に不審と呆れを抱きながらも、その扉を開けた。


「やぁやぁ、お疲れ様っすーーネームレス(・・・・・)の兄貴!」


 掛けられた声に眉根を寄せる。

 が、そんなことはおかまいなしに駆け寄ってくる存在があった。


「ちっ……。テメー、今まで何処に隠れてやがった?」


 ネームレスが鋭い目つきで睨み付けると、男の足が徐々に減速していった。


「い、いや……その……ちょーっとお腹の調子が……っすね?」


 男は、萎縮しながらもそう答える。


「腹の調子が悪い割には、随分と豪華な飯が並んでるようだが?」

「へ? あ、いやだなぁ。これはもちろん兄貴の食事っすよ? ささっ、冷めないうちにどーぞっす!」

「……あのなぁ」

「もちろん! 兄貴の言いたいことは分かってるっすよ?

『誰が野郎に飯作ってもらって喜ぶんだよ?』とか、

『襲撃を受けたばっかなのによく飯の世話なんかしてられるな?』とか、

 そんな感じっすよね? どう? 合ってるっす?」

「………………はぁ」


 そんな小姓男が並べた台詞がなまじ適格なだけに、ネームレスは怒る気力も失った。


「怒りを通り越して呆れさせるのも、ある意味じゃ才能か」

「いや~そんなに褒めても……追加のおかずしか出ないっすよ?」


 などと言ってさらに肉類を並べていく辺り、こちらの気性の削ぎ方を褒めるならば「見事!」という他ない。


「……ま、折角だ。食わせて貰うぜ」


 上品に並べられたフォークとナイフを適当につかみ、咀嚼をしていく。

 どうやら回復効果もあるようで、先の戦闘――一方的な内容であったが――で失われたMPゲージが回復をしていく。

 こういった点も抜け目がないと言えよう。


「――ぷはぁ」

「よっ、いい食べっぷり! デザートもあるっすよ?」

「……味覚にそれなりの自負があるのが返って癪だな」

「? 何か言ったっすか?」

「いや、なんでもねぇよ」


 どういう理由か自分の後を付いて回るこの男だが、料理の腕だけ(・・)は確かである。

 特に不利益もないのでPK――《Player Kill》もせずに放っているのだが。


「……言っとくが、俺の代わりにテメーが狙われても俺は知らねぇからな」

「そ、そそ、そんな殺生な!」


 大仰な仕草で驚いては見せるが、その様子はどこか芝居がかっている。

 わずかでも縁を持ってしまった相手を簡単には切り捨てない――そんな性に気が付いているのかいないのか。


「自分の身ぃくらい自分で守れ」

「料理だけが得意の小悪党には酷っす!?」


 そんな男の言葉に、なるほど確かに、と不思議に納得をしてしまいこれ以上突き放す台詞を飲み込んでしまう。


「ちっ……そこいら雑魚くらいならまだしも、同格(・・)が出張ってきやがったら構ってる余裕はねぇぞ」

「同格というと……十二天(・・・)っすか?」


 十二天――。

 この《The Unlimited World On-line》において頂上プレイヤーとも呼ばれる十二人のプレイヤーだ。

 影天、ネームレスはそのひとりに数えられている。


「……そういうこった」

「やー、オレッチ兄貴なら十二天の中でもかなーりいいトコ狙えると思うんすけどね~…………あ。【月天】だけはちょっちヤバイっすかね?」

「あぁ、月天だとぉ? ……あいつだけは絶対にブッコロス」

「あっはは。いくら兄貴でも月天(あれ)はちょっとぉ――」

「ああん!? 俺の手で直々に眠るかテメェ!?!?」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!? 逆鱗に触れたっすぅぅぅぅぅぅっ!?!?」


 ネームレスは廃屋から男を蹴り出した。


「それと――」


 そのまま後ろ手で廃屋に扉を閉める。


「こっからはついて来んじゃねぇ。俺の用事(・・・)だ」





 ◇



 場所は、平原フィールド。

 わたあめのように点在するMOB――ラムとそれに交じる少年と屈強な青年。


「よーし。基本動作にはだいぶ慣れてきたみたいだな」


 大柄な体躯に見合う大きな太刀――エルニドは両腕を前で組み、目を糸のように細めてそう言った。


「ありがとう! エルニドのおかげだよ!」


 もげ太は、嬉しそうに答えた。

 既に彼のインベントリは、ラム毛や皮といった素材がワンスタックを上回る量になっている。


「まさかここまでラム狩りに徹するハメになるとは思ってなかったが……」

「ごめんね……」

「あっ、いや、いいんだ! お前は全然悪くない! 悪いのはきっとこのシステムを作った運営だ、そうだうんそうに違いない!」


 心の底から申し訳なさそうに告げるもげ太を、エルニドは優しく宥めた。

 VRとは、仮想アバターを自らの肉体として認識して操作を行うものだ。

 そのため、現実の能力――いわゆる目視による距離感などが必要不可欠であり、どうしても得意不得意が生じてしまう。

 おそらく、少年はこういった能力に秀でてはいないのだろう。


 ――しかし、よもや最初に遭遇するMOBであるラムだけでレベル5に到達するとは。

 ――さらには店売りとはいえ攻撃力を大きく上昇させる青武器を装備しながら。

 ――加えて、【スラッシュ】という初期ながらも最初の剣スキルを習得までしながら。


 ……ラム相手に反撃を受けるプレイヤーが他にいるだろうか?


 ――いや、そうそう存在しないだろう。


 エルニドは思った。


 もしかすれば、近距離職に適正がないのではないか?

 しかし、一通りの職説明を行ったところ


『じゃあ、みんなを守れる盾がいい!』


 そう珍しくもはっきりと自分の意思を伝えてきたのはもげ太自身だ。

 友人として、また仲間として、その素晴らしき志を無碍(むげ)にするわけにはいかない。


 とはいえ、さすがにラムじゃ経験値効率が悪くなってきた。

 そろそろ、次の狩場――あるいは、街に行った方がいいと思うのだが。


「うーむ……」


 戦闘は簡単に経験すれば必要十分。

 ますは、大きな街を訪れるべきではないか?

 そもそもスタート地点から左遷兵士の見張り小屋、その周囲から一歩も離れていないのは如何なものか?


 ――やはり、移動を提案しよう。


 そう心に決め、エルニドは再び少年を見やる。


「せやっ!」


 もげ太の斬撃がギリギリのところでラムの胴体を捉えた。

 いまだ見ていて非常に危ういのだが、ここを離れない理由はそれだけではない。


「ううぅ……」


 剣をぎゅっと握り、歯噛みをしているようにも見える。

 本人も満足していないのだろう。


 このもげ太という少年は、これで根っからの努力家で、知り合った当初から何事も満足するまで投げ出さない性格なのだ。

 柔和で融通が利くようで、しかし、己に大しては厳しい――というか結構頑ななところがある。


 しかし、さすがにそろそろ【ラム皆伝】でも与えておかないと、レベルが10を超えてもひたすらラム狩りを続けるのではないか?

 本気でそう思えてくるのだ。


 とあるゲームにて『スライ虫だけでどこまでレベルを上げれるか競争』で惨敗した記憶は、そう古いものではない。

 持久力や継続力だけなら目を見張るものがあるのだ。

 ただし、最速クリアといった内容であれば、まるで勝負が成立しないのだが。


「よし。ラムはもう充分だな、もげ太。もはや別人だ」

「うーん…………そうかなぁ?」


 不安そうな声を上げるもげ太。

 しかし、ここまではエルニドも考えの内だ。


「もげ太は、皆を守る盾役になりたいんだろ?」

「うん」

「右手に何を持ってる?」

「えっと、木剣!」

「じゃあ左手は?」

「えっ……?」


 もげ太は、空いている左手を見た。

 それは剣を振るう時に添えるくらいで、何かを持つといったことはない。


「盾、必要じゃないか?」

「あっ……」


 エルニドともげ太が、しばらく視線を合わせる。


「よし。買いに行くか?」

「うん!」


 こうして二人は、一路街へと最初の街道を歩き始めた。

 持ちきれなくなった毛皮をエルニドの大きなポーチに詰めて。


 ――この後、予想もしない数奇な運命が二人を待ち受けているとは知らずに。




 ◇




「みーちーはー長い―なー楽しーいなー♪」


 謎の歌をうたいながら疲れる様子もなく元気に歩き続けるもげ太。

 そんなもげ太の歌がふと途切れ、何やら遠くの方を注視している。


「……?」

「どうした?」


 そのままエルニドの顔と一点を交互に見やる。


「あそこ……誰か立ってるよ?」

「誰か、だって?」


 指差しているのは、岩が乱立するエリア。その中にある飛び抜けて高い岩山だ。


 ――登山プレイヤーだろうか?


 中には高いところ、人が登れないところをあえて好んで上りたがるプレイヤーも存在するらしい。

 このような初期エリアまで戻るとは、中々の(つう)に違いない。


 そんな感想を抱きながら、エルニドは目を細めて遠くを見つめるのだが……。


「どんな目をしてるんだ……お前?」


 そもそも、岩山がかろうじて見える程度だ。

 その上に人がいたところでゴマ粒サイズだろう。


「えへへ、昔から目と鼻と耳と舌は良いって言われるんだよ?」

「俺もそれは知ってたが、五感のほぼ全てじゃないかな?」


 胸を張るもげ太に、エルニドは軽い突っ込みを入れる。

 しかし、本当に登山だろうか。


 ――ま、今俺が気にしても仕方ないか。それよりも……。


 脳が直に操作をしているヴァーチャルリアリティ世界にあっては、五感も脳の認識に準じていている。

 つまり、現実世界で目の良いプレイヤーはUWOでも目がいいし、さらに言うなれば運動神経に優れたプレイヤーは、自身の身体をそう動かせることを初めから知っている(・・・・・)のだ。

 もちろんシステムのサポートもあるので現実世界以上の動きも可能であり、それがまた楽しさを倍増させているのだが。


 ともあれ、優れた五感というのはこれ以上なく強力な武器になるかもしれない。

 試しにと思いついたことを口にする。


「もげ太、ちょっといいか?」

「うん。なに?」

「その見えてるプレイヤーとやらを試しに選択できるか?」


 理屈の上では、視界に認識されていれば選択をすることが可能なはずだ。

 もし、見間違いでないのであれば、そこに“名前が”表示されるだろう。


「わかった、やってみる!」


 もげ太が何やら不思議な動き――選択操作が不慣れなのだろう――で指をうねうねさせると、どうにか実行ができたようだ。

 読み取った文字を伝えてくる。


ネームレス(・・・・・)? って書いてある」


 ――ネームレス。なるほど、そういう名前の登山家か。


 って。


「……は?」


 思いも寄らぬ言葉に、エルニドは目と口をぽっかりと開け放った。


「あはっ。ハニワの物真似?」

「違うわ!」


 まさかのまさかだ。

 あの影天――かつて《千人切り》とまで呼ばれたPKプレイヤーが、こんな初期MAPにいるはずがないと。

 この時は、まだ半信半疑であったのだ。



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