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敗戦の楓柳

2016/08/31

本文修正しました

 



 男は完全に放心していた。


「………………」


 見開かれた目は乾き、それを潤す涙がとめどなくあふれ出ていた。

 見上げるのは空。

 今は何も無き空だ。


「……あ……」


 乾いた唇がかすがに動くが言葉にはならない。

 かつてここには天にそびえる象徴があった。

 守ってきたもの全てが。

 だが、いまは何もない。

 ただ青い空が吹き抜けるだけ。


 ――自分には何もできなかった。


 半透明となった身体は、復帰地点で蘇生を待つのみ。

 爆発する居城を、ただ見守ることしかできない。

 巻き込まれて死んだ者には分からないなろう。

 復帰地点を城の内部に設定していたゆえの心痛。


 ――爆発を内部から眺めることしかできないこの苦痛を。


 主をも消し飛ばしたその暴力に、自身は巻き込まれない。

 既に死んだ身であったからだ。


「は……は……」


 悔しさを通り越して零れる乾いた笑い。


 ――生きて居れば止められたか?

 ――身命を賭せば、止められたのか?


 それは――本人とて分からない。


 その場に居た者たち全てが止めようとしてなお防げなかったのだ。

 だが、そこに居れば主の命を繋ぎ止めるくらいできたのかもしれない。


 思考により立ち尽くす男。

 リカバリータイムを終えた後も、しばらくその身を動かすことはなかった。




 ◇




 当の楓柳では、大きな騒ぎとなっていた。


「いやあ……痛快じゃったのう」


 くくく、と膝を叩きながら笑う少女。


「――わ、笑い事じゃありません!!」


 それを諌めるのは、少女の部下であるベリガだ。

 セーブポイントから復帰した一同は、跡地となった桜城に集まっていた。

 かつて絢爛であった桜城は、今や青空教室のようになっている。


「天下の楓柳が賊ごときに敗北を喫したとあれば……面目は丸つぶれです!」

「ふむ? そのようなくだらない面目など、ゴブリンにでも食わせてしまえ」

「なっ――キリュウ様――!?」


 今までに見たことも聞いたこともないような主の返答にベリガは困惑した。


「し、しかし、このままでは楓柳の名が……。汚名を濯ぐためにも、神無風の殲滅を――いえ! せめて執行者への制裁、見せしめくらいはしなければなりません!!」


 それでも、尚もベリガは引き下がった。

 彼からすれば、心血を注いできたギルドの敗北なのだ。

 少々言葉は荒いが、組の所属に関わらず、他の楓柳のメンバーとて彼の気持ちが分からなくはなかった。

 提言はできないが、同意を示す頷きを見せる者の姿は決して少なくはない。


「ほう。その執行者――下手人とやらは、どこのどいつじゃ?」

「何を分かり切ったことを! 神無風の長は元より、その新参とやらの――」

「そこまでじゃ」


 キリュウはベリガの鼻先にピタリと扇子を突き付けた。


「その先はやめおけ。それこそ本当に楓柳を潰してしまい兼ねん」

「や、やめる……?」

「うむ」


 主の答えは、彼の期待を裏切るものであった。


「そんな……ど、どうしてですか?」

「その前におぬしに問いたいことがあるのじゃ」

「問いたいこと……?」


 ベリガは怪訝な表情を浮かべた。


「相手は賊と聞いておったが……どうやら先に仕掛けたのは雪組との話ではないか。これは如何に?」

「そ、それは……ぞ、賊を征伐するのは当然のこと!」

「そもそもが賊でなかった――と言うておるのじゃ。攻撃されれば抵抗をするのは至極当然の話よの。ちと早計であったのではないか?」

「くっ……!」


 指摘を受け、ベリガは口篭った。

 主が早計と口にしたのは、彼を(おもんばか)ってのことだ。

 彼は決して短慮な人物ではない。

 それがここまで強行に及んだのには、花月との個人的な(いさか)いが多く含まれているのだろう。


「ま、それは良い。最終的には全て看過した我の責任じゃ」


 情報にわずかな詐称はあれど、ベリガはキリュウに対して報告義務を欠かしてはいなかったのだ。

 相手の棟梁がゲンマであるという報告も受けていたし、ろくに調べもしなかったキリュウにも一方的にベリガを咎めることはできない。


「あぁ。それと下手人のことじゃが」

「は――はっ!」


 自ら切り捨てた言葉を拾い上げられるとは思いもしなかったのか、ベリガの目が再び輝きを取り戻した。


「それは焔ののことで良いのか?」

「は……焔天? 何故、そこで焔天の名前が……?」

「自らそう言うて来たわい。全て自分の責任(・・・・・)だ――との」

「なっ――!?」


 経過はどうあれ、ベリガが目にしたシステムメッセージは神無風による戦天および楓柳の撃破だ。

 そこに焔天が絡む余地など微塵もない。


「保護者責任――というより、導線に点火したのは焔のの仕業ゆえのう。罰するのであれば、焔のじゃろう」

「え、焔天は関係ありません! 実際に実行したのはかの新参でしょう――!?」


 ベリガの言う通り、アイテムを使用したのはもげ太だ。

 その上で撃墜判定が神無風にあった以上、焔天がどう言い繕おうが結果が覆ることはない。


「我も十二天じゃ。同じ十二天の提言を軽んじることはできぬ。そして、焔――焔天にも懲罰を受け入れる覚悟がある」

「…………は」


 キリュウは反論を許さない毅然とした態度を取っていた。

 桜花城の破壊と釣り合うか否かはともあれ、十二天が他の十二天による罰を受けるなどこれまで聞いたこともない話だ。

 そもそも、釣り合い云々を持ち出せば、初心者の首ひとつよりよほど価値があると言える。

 面目を重視したベリガがこれを受け入れないわけにはいかない。


「そして、此度(こたび)は雪組の専行――という名目で光のにも黙認してもろうたのじゃが……次も許しを請えるとは限らぬぞ?」

「……うっ!」


 光の――という単語にベリガは頭を抱えた。

 身に染みた恐怖は簡単に拭えるものではないのだ。

 彼女にまつわる話であれば、元ギルドメンバーであった彼ならば重々知るところ。


「まぁ、それとて我の顔を立てたわけでも焔のの顔を立てたわけでもない。かの少年の顔を立てて――そう言いよった。この意味が分かるな?」


 つまり、もし少年に何かあれば、その顔を立てた光天に泥を塗る。そういうことだ。

 同じく罪を被った焔天をも敵に回すだろう。

 少年を追ってきた影天もだ。


「…………は」


 だから、ベリガは己を責めた。

 全ては自分の弱さが原因なのだと。

 何もかもを蹴散らす力があれば――せめて、主と同等の力があれば。月天と同等の力があればと。

 そうであれば、他天を恐れる必要はなかったのだ。

 ベリガの爪が畳に強く突き刺さる。


「……それでも、じゃ」


 そんなベリガを見、キリュウは肩で吸い込んだ息を大きく吐き出した。


「ベリガが真に望むなればこそ、我も役目を果たさねばならぬな」


 静かに、本当に静かにそう告げた。

 ベリガはそんな主に目を見開き、勢い良く面を上げた。


 役目――それこそ彼が待ち望んでいた言葉だ。


 戦天の異名を持つ彼女の役目と言えば、戦うこと(・・・・)以外にあり得ない。


「キリュウ様……。はっ! 我々の総力を持ってすれば、いくらギルドが制圧下にあろうと彼奴らを御するのは造作もありません! ご命令頂ければすぐにでも出撃用意に取り掛かる所存です!」


 ベリガは高揚した。

 一度直立し、そして膝を突く。

 後方のメンバーらもがそれに倣った。

 つまり、これこそが楓柳に籍を置く者の意思の大半なのだろう。


 ――報復(・・)こそが。


「……そうじゃの」


 皆の意を受け取ったキリュウは、悲しげに目を伏せた。

 その顔に生気のようなものは感じられない。

 だが、それこそが深雪が知る戦天の姿だった。


「スズラン」

「は」


 キリュウは、身近に控えるもうひとりの組長の名を呼んだ。

 月組の長は、このような事態でも顔を表すことはない。


「そなたも……同じ考えか?」

「それは……」


 答えあぐねる彼女に、楓柳一同のの視線が集まった。

 皆が、彼女の言葉に期待しているのだ。

 三大幹部の内の二柱が主に提言をすれば、これまでのように何もかもが上手く運ぶだろうと。

 敵を蹂躙し、世に再び楓柳の威光を示すのだろうと。

 各々が武器の柄を強く握り締めた。


「それは、なんじゃ?」


 しばらく返答を迷った末にスズランは口を開いた。


「…………得策ではない、とわたしは愚考します」

「なんだと?」


 開口一番に反応をしたのは、主たるキリュウではなくベリガだった。

 横やりを入れたことを気に留めず、ベリガはスズランに詰め寄った。


「貴様……一体何のつもりだ!」

「何のつもりも……聞いての通りよ。わたしもキリュウ様の仰る通りだと思うわ」

「えぇい! 貴様如きがキリュウ様の名を語るんじゃない!!」


 主に賛同した結果こそが報復の否定だと、そう告げる白花に深雪は激高した。


「臆したならいざ知らず、よもやあの小僧に(ほだ)されたわけではあるまいな――!?」

「別に、そういうわけじゃ――」

「それとも何か? 影天に媚びでも売るつもりか? 貴様、楓柳の名を何だと心得ている!!」

「そんな! わたしは――」

「やめい」


 そんな二人の言い合いを、キリュウが仲裁した。

 両者を一瞥した後、ベリガに目を留めて告げる。


「楓柳の名が何か、とな? そんなもの――所詮はただの“看板”じゃ」


 ただの看板――と、そう言い放った。

 信じられない言葉を聞いたかのように、ベリガは主を見やった。


「キリュウ……様?」


 二者の視線が少女を中心に交差する。

 だが、少女の態度は変わらない。


「看板――じゃ。ベリガ、欲しければお主が持っていくと良い。そんなもの我にはもう不要じゃ」

「………………は?」


 ゆっくりと立ち上がったキリュウが楓柳の紋が入った上着を脱ぎ、ベリガへと無造作に放った。


「ほれ、好きにせい。これで楓柳はおぬしのものじゃの」

「き、キリュウ様……い、一体、何をおっしゃって……?」


 風を受けて大きく広がった上着、床に着けまいと必死に手をバタつかせながらベリガが受け止める。


「それが、おぬしらの総意――なのであろ? 我の言はもう聞けぬと。であれば、最も適した人物にこそ後任を譲るのが我の最後の役目(・・)だの。得意の報復なり征伐なり、おぬしらの好きにせい」

「なっ――!」


 改めて告げられた言葉に、ベリガは絶句した。

 意味を理解していなかった楓柳のメンバーも、次第に状況を飲み込み、やがてしどろもどろになって慌て始めた。


「なっ……なな、何を考えておられるのですか――!?」


 彼はてっきり、いつものように“修羅姫”が先陣を率い、敵を蹂躙するものとばかり思っていた。

 彼が惚れ込んだあの後ろ姿を支えるいつもの光景を。

 情け容赦なく敵を打ち倒すあの雄姿を。


「き、キリュウ様――!」


 ベリガは頬を張り、失いかけた精気を取り戻す。

 仮に主――戦天が先陣を切らずとも、命令さえ賜れば自分たちだけでもギルドのひとつやふたつ、充分以上に相手ができる。

 それが影天が加わった【神無風】であろうが焔天の属する【鋼刃騎士団】だろうが例え【森羅万象】という光天が持つ四大ギルドのひとつを相手取ろうが、その想いは変わることはない。


 ――否、変わるわけがない。


 主の気が進まないというのであれば、ここで無理に出陣を給う必要はない。

 彼の意は決まった。


「失礼ながら、我が意、お伝え申し上げます――!」




 ◇




 自らが動き、力で得た全てを主に捧げればよいのだ。


 ――そうだ。


 そもそも、主が動く必要などないのだ。

 後方で構えて居てこその将。

 これまでのように前線に引っ張り出し、その力に頼っていた自分たちこそが間違っていたのだ。

 情けなかったのだ。


 そんな我々を、キリュウ様は叱咤してくださったのだと。

 であれば、答えはひとつだ。




 ◇



「我々に全て、お任せください――! 必ずや全てを討ち取ってご覧にいれましょう!!」


 ベリガは、明確な意思を持ち、その意向を全霊で伝えた。


「うむ。そうか……」


 キリュウは目を伏せ、彼の話に心を傾けた。


 ――彼がこうなってしまったのは、我のせいなのかの。


「……のう。ベリガよ」

「はっ」

「おぬしにはこれまで苦労をかけたの」

「そんなことは決して! わが身、我が心、全てはキリュウ様のために!」


 少女は心で嘆息した。

 それは彼に向けてではない、自分に向けてだ。


「この世界は“自由”じゃ」

「はっ」

「我もぬしらを止めたりはせぬ。戦いたければ戦えば良し」

「はっ!」

「同時に、我の自由とておぬしらに止める権利はないのじゃ。無論、おぬしの自由も――の」

「…………は?」


 彼は鏡だ。

 自分を映す鏡。

 楓柳を大きくしようと。

 誰よりも励んでいた自分を映し出す鏡。


 かつての自分に思いを馳せ――そして、少女はその鏡を叩き割った。


「そうじゃの? スズランよ」


 少女は、笑いながら隣の女性に問い掛けた。


「はい、キリュウ様」


 彼女も笑顔を持って少女にそう答えた。

 その心を受け取った少女が皆に告げる。


「ふふ。これまで……我は日々見えない敵と戦っておったのじゃ」


 ゆっくりと小さく告げられる言葉。

 ざわついていた一同は、その一言一句を聞き逃すまいと上段に立つ小さな主の姿を注視した。


「それは、この世界に潜む――或いは、現実の世界にも存在するのかもしれんの。恐怖(・・)じゃ」


 ――恐怖?

 ――あの戦天が、修羅姫が恐れるものなど存在するのか?


 そう疑わなかった彼らにとって少女の言葉は信じ難いものだった。

 それに気が付きながらも介せず、少女は先を続ける。


「いつ、誰かに追い抜かれるかもしれん。いつか、十二天の地位から降ろされてしまうやもしれん。そうなれば、誰も我に見向きをしなくなってしまうのではないか」


 ――戦天に見向きをしなくなる?

 ――あの戦天が十二天から除外される?


 現実として実感し辛い言葉に、皆の理解は追いつかなかった。

 本心が伝わったのは、長く楓柳に身を置き、共に苦楽を過ごしたわずかなメンバーのみ。

 ここの多くは戦天に憧れ、楓柳の力を求め集ったプレイヤーたちだ。


「それが恐ろしかったのじゃの。ゆえに、我は我を――維持し続けるしかなかったのじゃ」


 どのようなゲームにおいても、ランカーの地位を経験したプレイヤーならば容易く共感ができるはずだ。

 しかし、それをかの“戦天”が口にするなど、メンバーの動揺は計り知れない。


「それに気付かされたのは……ゲンマの贈り物と、天真爛漫な“とある少年”のおかげじゃの」


 十二天の少女は、晴れやかな顔で告げる。


「あの二人は、我が溜め込んでいた鬱憤(・・)を…………ふむ。ここはあえて、率直に経験値バーとでも言っておくかの。くく。まぁ、見事にすっ飛ばしてくれたわけじゃ。いやはや、反ってすっきりしたのじゃ」


 変わった笑いは顕在だが、今は女の子らしい微笑みを浮かべていた。

 今まで、どこか影を差していた憂さはすっかり消え失せている。

 ずっと縛られていた義務感から解放されたような、そんな晴れやかな少女の顔だった。


「キリュウ様……はい」


 そんな少女を、スズランは優しく見守っていた。


 ――だが、全ての者が納得をしたわけではない。


「……えぇ。あなたのお気持ちは分かりました」


 その最たる存在こそが深雪――ベリガだった。


「しかし、ここまでギルドを保ってきたのは、キリュウ様の――戦天の名があってこそなのです。主柱を失えば、どのような強固な城でも崩れ落ちるのが道理」

「確かに……的は射ておる」


 キリュウは動じなかった。

 それを受けて、ベリガはさらなる覚悟を決めて告げた。


「そこまで揺るがないのであれば、わたしも無礼を承知で提言します! 楓柳の()として、無自覚が過ぎるのではないでしょうか!」


 ――!


 ……そうだ。

 ……ベリガ様の言う通りじゃないのか?


 ざわめく一同。

 彼の発言に賛同する者も多いようだ。

 これまでギルドを率いてきた存在が、これまで何の前触れもなく唐突に退(しりぞ)くなど不軌(ふき)にも等しい行いだ。


「…………これが総意ですよ。キリュウ様」


 キリュウを見上げるベリガの意思は固かった。

 この発言によって、どのような罰則を受けても構わない。


 ――否、罰則を受けれるのであれば喜んで受けようではないか、と。


 罰則を施行するのは主。

 つまり、その時は戦天が楓柳に残る時なのだ。

 むしろ望む所存である。


「…………」

「…………」


 無言で視線を交わし合い、先に根負けをしたのは少女の方だった。


「…………はぁ。誤解をするでないの」

「誤解、とは?」

「楓柳がここまで成長したのは、ベリガやスズラン、それに他の皆の尽力あってこそのものじゃ。我がひた鍛錬に励んでいる間ものう」


 それは感謝であると同時に、ある意味では皮肉とも受け取れた。

 彼女に戦天としての要路を望んだのは、当人以上に取り巻く彼らの方であったからだ。


「じゃが勘違いはするでないぞ。楓柳を作ったのも、十二天で居る道を選んだのも偽らざる我の意思。それを支えてくれた皆には本心で感謝をしておる」


 そんなマスターの言葉も、これからギルドから離れようとする者が発すれば偽りにも感じてしまう。

 だから、キリュウは続けて言った。


「――そう。“戦天”は、主らと共に歩んできた存在じゃ。この“戦天”を生かすも殺すも、皆の判断に委ねようと思う」


 ――なっ――!?


 これまで以上のどよめきが起こった。

 それはつまり――


「おい……今のって……?」

「あ、あぁ……」

「ど、どうすんだよ……?」


 キリュウというキャラクターの存続を、削除するか否かを楓柳のメンバーに委ねる――そういう発言だった。

 自分たちの意向次第では、あの戦天がUWOから未来永劫消失してしまう。

 そんなもの、メンバーである自分たちに答えられるはずがない。


 いや――消せなんて言えるはずがない。


「………………」


 選択を迫られた一同は、固唾を飲んで静かに流れの行く末を待った。

 メンバーの個々人が、各々の発言に責任を持つ覚悟を取れないからだ。


「…………は。それが、キリュウ様のご本心であるならば、どうか“戦天”を皆の心に置いて頂きたく存じ上げます」

「――なっ!」


 冷酷に告げるベリガ。

 真っ先に反応したのはスズランだった。


「あ、あなた……正気――!? キリュウ様が、ここまで手掛けたのにどれほどの労力と時間を費やしたのか……それを承知で言ってるの――!?」

「無論だ。なればこそ、キリュウ様の悼みが、皆にとって永劫の心の支えとなるというもの」


 例えば、『死ぬ』と言われて、本気で『死ね』と答える人間などそうは居ないだろう。

 ふざけている間はともかく、それが事実であると認識した瞬間に正気に戻るはずだ。


「あなた……」


 スズランは震えた。

 VRMMOにおけるアバターは、従来のオンラインゲームにおいてのプレイヤーキャラクターとは一線を画する存在だ。

 仮想の自分、夢の世界における自分――まさに半身なのだ。

 実際には、キリュウ側から判断を委ねたとはいえ、“消去”という現実を前にしたメンバーたちも大きな動揺を見せた。


「あなた…………狂ってるわ」


 怒りではない。

 未知に対する恐怖で身体が震えていた。

 この男の思考が、まるで理解できない――。


「狂気と捉えて頂いて結構。わたしからすれば、キリュウ様の行動こそ狂気の沙汰――だと思うがね?」

「べ、ベリガ……っ!」


 スズランがここまで余裕を欠いているのは、キリュウの発言が現実に結びつくと察しているからだ。

 それは、ベリガとて同様だろう。

 この男をすぐに黙らせなければ、本当にキリュウは自らを消してしまうだろう。

 それを望まないスズランは、最悪、実力行使に出ることすら(いと)わない覚悟をした。


「どうした? そんなに気を荒げて?」

「っ!」


 鋭利な空気がベリガにも伝わったのか。

 彼も半身を下げ、正中を隠すようにスズランと対立する。


 ――そんな空気を打ち破ったのは、細い青年の叫び声だった。


「――けっ、消さないでください!!」


 と。




 ◇




 声は震えていた。

 この人数の前での発言だ。

 弱々しく、場の緊張感に強張るように掠れている。

 しかし、怯みつつも青年の声は止まらない。


「き、キリュウ様には……」


 皆の視線が、団の後方に集まる。

 ほとんどの者は、その声の持ち主の顔も名前すらも知らなかった。

 雪月花の組にも参加できない成育途上のプレイヤーだろう。


 だが、彼の意思ははっきりとしていた。


「キリュウ様には、キリュウ様のまま居て欲しいです――!!」


 その発言が口火を切ったように、他のメンバーからも次々と想いが飛び交った。


「そ、そうです! キリュウ様はキリュウ様じゃないと!」

「消すなんて絶対にダメです!」

「それだけは勘弁してください!」


 ベリガの進言を否定する言葉は、どんどん大きくなり、もう個々の者が何を言っているの分からない声の塊となっていった。


 ――そうだ! 今のキリュウ様がいいんだ!

 ――幼女のキリュウ様だからいいんだ!

 ――幼女が強いからいいんだ!

 ――幼女がいいんだ!

 ――ロリ巨乳がいいんだ!

 ――いや、待てお前ら! 否定はしないが何かおかしくなってるぞ――!?

 ――ははは、何でもいいんだよ! キリュウ様ならなぁ!

 ――キリュウ様ー! いつまでもお慕いしてますぞー!

 ――こ、こいつっ、さりげなく抜け駆けしやがったぁ――!?

 ――あははは! いいぞーやれやれー!


 キリュウに対するメンバーの想いが四方から彼女を包む。

 少女は、目尻に小さな涙を浮かべていた。


「皆…………すまん……」


 小さな両手で胸を抑え、少女は頭を下げた。

 そんな少女に皆が駆け寄り、直接声を掛けていく。


「キリュウ様、可愛いです! そのキャラマジ可愛いんです!」

「俺、昔のツルペタも好きですよ!」

「テメ、どさくさに紛れて何言ってやがるんだ!」

「俺も、キリュウ様のことが好きでーす!」

「俺の方がキリュウ様のこと好きだっての!!」

「キリュウ様、愛してますよー!」

「キリュウ様ぁ!!」

「だ、抱いてください!」

「お前らタヒね――!!!!」


 一部では殴り合いの乱闘騒ぎにまで発展していたが、メンバーの想いはひとつだった。

 真っ向からぶつけられた温かな感情に、キリュウは大きな涙を流す。


「……ありがとう。なのじゃ」


 駆け寄っていたメンバーに揉みくちゃにされる少女だが、今だけは不思議な居心地の良さを感じていた。

 どさくさに紛れて色々なところを触られているような気もするが――


 ――ふふ。今日くらいは無礼講じゃの。


 少女は輪の中で笑った。


 しかし、その輪の中に、既に彼の姿は存在していなかった――。




(↓ここから過去↓)

楓柳編の大筋はここで終わり、でしょうか。

あとはエピローグっぽいものと次の話に向けた繋ぎとプロローグ的なものを挟み、次は………………誰にしよう。

楓柳編で活躍するはずだった“新人物”が、スズランとネームレスに出番奪われちゃいましたからね(汗)

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