花月
2016/08/30
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「“花月”たぁ……こりゃまた懐かしい呼び方だなぁ」
ゲンマは二つ名に対し、哀愁を帯びる表情を浮かべた。
遠い目で懐をまさぐり、煙草が一本も残っていないことに気落ちをしながらも言う。
「ま、“崩月”――なんて賊扱いされるよかよっぽどマシかぁ。んで、影天さんよぉ。その花月に何か用か?」
彼を称える名で呼んだせいかこれまでの脅えは薄れ、芯のある返答をする。
過去い記憶を思い返していたのか、その眼には強い意志が宿っていた。
先の眼光もそうだが、これが本来の彼の姿なのだろう。
楓柳を離れ、眠りについた獅子。
ネームレスにとっても彼が牙を取り戻すのは都合がいい。
「花月といや、楓柳の元幹部だ。狂花とも面識あんだろ」
「狂花たぁ……影様も大概の毒舌だなぁ。まー、入れ込まれてたお前さんの気持ちは分からんでもねぇが……」
ゲンマは、首を縦に小さく振りながら饒舌に話を続ける。
「スズも昔ゃ果敢に敵陣に突っ込んじゃ袋叩きにされなぁ。ボイチャでピーピー喚いちゃお嬢とよく助けに行ってやったぁもんだ」
スズというのはスズランの愛称だろう。
ネームレスが彼女と知り合った時には、もう楓柳の一員として立派な戦力だったが、過去にはそんなこともあったようだ。
「ほー。そりゃいいこと聞いた」
「あん? スズのことか?」
「それもだが、花月の武勇もな」
ネームレスが白い歯を見せて笑う。
訝しむゲンマを他所に、男はある提案をした。
「ま、悪い話じゃねぇぜ? たぶんな」
◇
通知対象:ギルドメンバーおよびパーティメンバー
[ネームレスが≪神無風≫に参加しました]
◇
一方、その頃――。
「………………は?」
エルニドは、再び表示された通知を凝視した。
読み間違いではない。
隣の少女風味が小声で漏らす。
「あー。やっぱり、こうなっちゃいましたかー……」
◇
「まぁ……なんだ。“ようこそ”てぇ言っとけばいいんだよな?」
突然の加入申請を承諾こそしたものの、神無風マスターの困惑は抜け切っていなかった。
むしろ、真っ赤であった影天のネームカラーがギルドメンバーを示す緑に変更された光景に違和感を覚えるくらいだ。
「あ? テメェのギルドだろ。なんで疑問系なんだよ」
「……お、おう。そうだな」
解釈によっては、十二天ひとりの舵を握った――と捉えることもできる。
その相手が赤ネということもあって手放しには喜べないが、それでも両手を上げて歓迎するギルドの方が多いだろう。
怒りや恨みを買ったところで、かの影天を攻撃できるプレイヤーなどそう居はしまい。
したところで返り討ちが関の山だ。
ただし、ゲンマ個人としては、影天の参加よりもとある初心者の参加の方が喜ばしかった。
「その……メンバー紹介しておきてぇとこだが、生憎と全員吹っ飛んじまってなぁ」
ゲンマは自らの頬を掻きながら苦々しく告げた。
元を辿れば深雪の襲撃によるものだが、決め手は手製の花火だ。
アイテムによる攻撃は、使用者や敵味方の判定を行わない。
神無風然り雪組然り――今頃は、全員が仲良く各々の復帰ポイントで蘇生待ちをしていることだろう。
「そっちは特に興味はねーな。ま、当面は宜しくされてやる」
「い、イマイチ釈然としねぇが……」
明らかな上から目線だが、相手にはその実績と能力がある。
「そう言うな。さっきの反応もそうだが……これでもテメェのことは評価してんだぜ?」
お世辞にも評価されているようには思えない横柄な態度だが……ゲンマも言われて悪い気はしなかった。
“千人斬り”と言えば世間的には悪評、著名人ではなく有名人のカテゴリーだが、名が知れてることに変わりはない。
「そ、そーか……?」
「あぁ」
影天といえば、十二天でありながらどの組織にも属せず、これまでソロを貫いてきた男だ。
一時は“闇天”との結託の噂もあったが、こうして単独で動いているところを見ると破断したのか、単に根も葉もない噂話だったのか。
どちらにせよ、今さらギルドに参加するにも彼なりの理由があるはずだ。
どこだって構わない――というわけでもないだろう。
それを前向きに考慮すれば、その参加こそが最大級の評価とも受け取れる。
「咄嗟の思いつきだったがな。テメェが仲間――つまり、もげっちをどうすんのか聞きたかっただけだ」
「は? するってぇと、さっきのは……」
「鎌をかけただけだ。俺の脅しを受けて、新規の仲間を売らない根性は中々見上げたもんだ」
どうやら気付かぬ内に試されていたようだ。
「オウよ! それが俺様の信念だからなぁ。つか、芝居だったのか……まんまと引っ掛かっちまったぜぇ」
ゲンマは、安堵の息を吐いた。
例え、敵が誰であろうと仲間を優先するのが彼の信念。
断じてそれを曲げることはない。
自身がどうなろうと別に構わないが、あの新入りが影天に目を付けられているとなれば、最悪の場合、ギルド総出で守らなければならないところだった。
「……あ。ちな、選択を間違えてた場合は?」
「殺す。あそこで俺を畏れて仲間見捨てるようなクソギルドに、もげっち任せるわけにはいかねぇな」
「そ、そぉか」
そんな選択はあり得ないと思いつつも、告げる相手の殺気が殺気だ。
しかし、そんな言葉の端々からは、少年に対する思い遣りを大きく感じられた。
新たに湧いた疑問は“二人は一体どんな関係なのか”というものだった。
「…………まー。お前さんとは、思ったよか上手くやれそーだぜぇ」
あえて問う必要はない。
新たにメンバーとして迎えたネームレス。
彼が、噂ほど危険な人物ではないと分かっただけで充分だった。
「一瞬、判断を早まっちまったかとも考えたけどよぉ……」
「赤ネをメンバーに引き入れるには、相応のリスクが付きまとうからな。迷惑を掛けることもあるかもしれねぇ」
「かかっ、シミったれはやめな。別にそーゆー意味じゃねぇやぃ」
わずかながら神無風のことまでを案じるネームレスに、ゲンマは笑い返した。
「――ととっ。いきなり手焼かせるのは悪ぃが、この状況じゃあ最強の助っ人だぁな」
ある程度話が纏まったところで、現状を思い返す。
中断されてはいるが、今は雪組――深雪の襲撃を受けている最中だ。
敵の生存に絶望する寸前ではあったが、戦況は逆転したといっていい。
「ンで、どうするんだぁ? 雪の兄ちゃんはよぉ?」
ゲンマが敵対する深雪の居る方を見やる。
しかし、そこに居るべきはず人物の姿は忽然と消え失せていた。
「?」
ゲンマが周囲を探るが、他のプレイヤーの気配は感じられない。
「……けっ。あの小僧、不利を悟ってトンズラこきやがったな」
状況を鑑みれば、ベリガの撤退は至極真っ当な判断だ。
ゲンマだけならばいざ知らず、ネームレスが加わった今、ベリガに勝機はない。
「居なくなったのは、ついさっきだな」
「お前さん、気付いてたのかよ」
「まぁな。二下に興味はねぇ」
嫌味ではなく、ネームレスは本心でそう考えているのだろう。
相手が深雪ほどのプレイヤーであれば、影天の首稼ぎに狙われてもおかしくはない。
敵対関係にあるのであれば尚更といえる。
だが、ネームレスはそういった行動を取る気もないようだ。
「いいのか? ほっとけば、すぐに楓柳に伝わっちまうぞ? お前さんの加入なんざ、UW界で見てもビッグニュースだからなぁ」
「別に。どうせ遅いか早いかの違いだろ」
「かっ、言えてらぁ」
自分から言い出したことだが、ネームレスの言う通りだった。
楓柳ほどの大ギルドが把握すれば、明日にはワールド全体に知れ渡っていることだろう。
ベリガひとりを止めたからと言ってどうなるものではない。
「んじゃあ、これからよろしく頼むぜぇ。……言っとくが、十二天だろうがウチに来たからにゃ特別扱いしねぇぞ?」
「そりゃこっちの台詞だ。俺に協調や期待を求めんじゃねぇぞ」
「ンもん誰がお前さんにすっかよぉ、かかかっ」
今や緑色となった赤ネとの妙なやり取りに、ゲンマが笑った。
そんな男に、ネームレスは静かに告げた。
「それと先に言っておくが――神無風がもげっちに相応しくねぇと感じたら即ブッコロスからな」
「かか……か…………オウ」
ゲンマの笑いからは水気がどんどん失われていった。
◇
全身に重症を負った男は、ギルドへの帰路を急いでいた。
ダメージ判定が大きすぎて足取りが覚束ない。
「くっ……!」
距離にすれば大したことはないのだが、気が急いているせいかいつもよりも遠くに感じてしまう。
「一刻も早くキリュウ様にご報告せねば――!」
UWOの正式サービスが始まってから二年半。
魔物に荒らされ混沌としていた世界情勢も安定の兆しを見せ、各筆頭ギルドも平定を保っている。
そんな水面に投じられた石は、大きな波紋を――波乱を生じさせるだろう。
――影天め。
一体何の気まぐれか。
赤ネらしく、あのまま崩月を滅してくれていれば良かったものを――十二天のギルド参入など、月天が楓柳に加入して以来の大事件だ。
個人の感情を除けば、月天の件は楓柳にとって不利益はない。
だが今回は、対立勢力に加わったのだ。
当然、その損害を真っ先に被るのは楓柳――特に前哨部隊を率いる精鋭雪組。
このまま手を打たずに放置しておけば、神無風はこれまでと比較にならない脅威として楓柳の前に立ちはだかるに違いない。
「赤ネ……風情がぁ!」
ベリガは、折れそうになるほど奥歯を噛み締める。
彼はPKを心底嫌悪していた。
「くそっ!」
ずきりと痛む額を抑える。
嫌う理由は単純――彼もプレイ当初にPKの被害に遭っていたせいだ。
ベリガは、ベータテストからプレイを続ける古参ではない。
彼が始めた頃には、既にトッププレイヤーはレベル100に迫っていた。
そんな時期と偶然が生んだ悲運。
我先にと競う先駆者たちは、称号を得るべく、また他を妨害をすべく。
彼は、今よりPKが横行している時代に生まれた初心者であった。
それから、彼は全てを投げ打って己を磨いた。
怨嗟が彼の刃を研いだのだ。
――赤ネームを滅するために。
――彼を救った主の剣と盾となるために。
もし、彼がベータからプレイをしていれば他の追随を許さない十二天となっていたのか。
それとも、平穏に生きるプレイヤーとしての道を歩んでいたのか。
それは誰にも分からない。
「おのれ……絶対に許さんぞ……」
彼は、赤ネームを恨んでいるとさえ言っていい。
PKerなど、健全にゲームを楽しんでいるプレイヤーにとって害悪でしかないとさえ。
――何ゆえ、真っ当なプレイヤーが彼らの顔色を窺わなければならないのか。
――彼らが通る道を開けなければならないのか。
「我が正義……いまだ届かず。だが――!」
ベリガは、己の実力が影天に及ばない事実を重く受け止めた。
さらに研鑽し、征伐すべし――そう自らの心に堅く誓う。
しかし、今は恥を晒してでも暴挙を止めねばならない。
自分には無理でも、あのお方であれば。
この先、楓柳に降りかかるであろう災厄を、見事に救ってくださるはずだ――と。
◇
「お疲れ様です、ベリガ様!」
敬礼をする門番の前を素通りし、ベリガは城内の奥へと急いだ。
鉢合わせた女中や兵が驚きや小さな悲鳴を上げる。
やがて大広間へと辿り着き――
「キリュウ様、取り急ぎご報告が――!!」
無礼を承知しながら、襖を勢い良く開け放った。
叱咤など後の話だ。
「火急の件で――!!」
当然、大広間で会合を行っている主や重臣たちから非難の目を浴びることは重々覚悟をしていたわけだが、
「………………は?」
状況は予想と大きく異なった。
一体何事かと驚くのは、両者とも同様。
だが、度合いで言えばベリガの方が目を疑う光景に対し、こめかみを引き攣らせていた。
「な……な……?」
大広間に居たのは、見慣れた重臣たちの姿ではなかった。
元々、有事の際を除き大勢が詰める場所ではないが、平時よりも少ない。
「騒々しいわね。キリュウ様の御前よ」
そう見知った顔が諫める。
白花こと花組長のスズランだ。
「これ、ベリガ。来客中ぞ」
上座から聞こえるのは、敬愛する主の声だ。
戒められるのは想定の範疇。
「はっ!」
だが、気のせいか日頃よりも叱咤の口調が柔らかく感じた。
「あ、お邪魔してますー」
そう会釈をするのは、主のご友人である戦慄――【極光】。
十二天がひとり、光天リリル様だ。
かつて所属していた【森羅万象】のマスターで、付き合いの長さだけならばキリュウ様よりも長い。
――なるほど。
話に聞いていた来客というのはリリル様のことだったのか、と理解した。
深い礼で挨拶を返す。
しかし、その隣に座る屈強な男は誰か。
「む……? あぁ、お前が深雪とやらか」
随分と慣れ慣れしい男だった。
胸部にある獅子のモチーフにした巨大バックルが目を引く大太刀使い。
視点がフォーカスする頭上のネームは、
[エルニド]
「…………」
言葉を失った。
名前も容姿の特徴も、どう見積もっても“焔天”本人だ。
噂では、十二天きってのモラリストとして有名な人物。
唯一のネックは美の欠片もないアバター。
「……ど、どうも」
何とか口から言葉を捻り出す。
リリル様の交友範囲を考慮するに、焔天ならば有り得る話なのだろうか。
幸い、焔天が所属する【鋼刃騎士団】と我が【楓柳】に接点はないと言って良い。
――だが、しかし。
「あ、どうも。初めまして!」
言ってちょこんと頭を下げるのは、見た目10代前半の幼い少年だった。
パッと見で何ら目立つものや危険を感じさせる類はない。
頭上の若葉アイコン程度が目を引く程度だ。
仮に町で遭遇しても、目もくれず素通りするような他愛のない存在だろう。
――最大の問題は、少年の居場所にあった。
「き、貴様……」
震える声で拳を堅く握り締める。
あろうことか、このビギナーは――
「キリュウ様の膝から降りんかあぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」
膝枕――。
響きだけならば甘美、そして至高。
だが何故、そこに居るのが自分ではないのか。
「武零怒・全・展・開っ――!!!!!!」
文字通り、ベリガの怒髪が天を突いた。
血涙を流しながら、先の戦闘でも使用しなかった最終機構を解放する。
――そんな時。
ベリガの視界の片隅に、魔方陣の白光が輝いた。
「えいっ。小光天波ですー」
インターセプトだ。
無詠唱で放たれたレーザーが、ブレードを展開しようとしたベリガの身体を直撃する。
「――ぶへぅ!?」
脇腹に真横から命中。
そして、直角に吹き飛ばされたところに、
「ふむ。よく分からないが、もげ太に手は出させないぞ。――紅蓮剣・炎塊」
高熱の火球が追い討ちを掛けた。
『噂のモラルはどうしたぁ――!?』などとベリガに叫ぶ余裕などなく、吹っ飛ぶ身体は別の方向へと進路を変える。
「はぁ……御前と言ったでしょう。廓詞――お代は命でありんす」
その方向は、白花の元だった。
『まぁ、受け止めてはくれないだろう……』と予期してはいたものの、何故か同志にまで遠慮情けのない一撃が見舞われる。
問題は、その使用スキルが≪即死≫の追加効果を含むものであることだ。
発動するかどうかはともかくとして。
「ふぐへぁあおぅおぅっ――!!」
ベリガが、黒焦げになりながらきりもみ状にすっ飛んでいった。
あまりのスピンに当人の視点さえ定まらない――つまり、受け身不能。
襖を突き破り、畳や床の間を大型ドリルで掘削するかのように横滑りしていく。
「なんともはや……」
普段は冷静な面々の荒行に、キリュウは呆気に取られた。
もはや、対象のHPバーが満タンだろうが防御バフがあろうが外套の防御機構が生きていようが関係のないクラスのコンビネーションだ。
移動中に自然回復やPOTを使用して回復したHPは、お釣りが生じるレベルで消し飛んでいる。
トドメが白花の攻撃――ギルメンによるフレンドファイアであることが幸いか。
「ふわっ――!? だ、大丈夫ですか――!?」
もげ太が心配そうに、キリュウの膝上から頭を起こした。
結果的には、ベリガの目論見は達成されたと言えなくもない。
「……まぁ。自陣ゆえ大したペナルティはないはずじゃの」
突然のできごとで呆気に取られる少年の頭を撫でながら優しく告げるキリュウ。
最後に、行動と言葉による最高の死体蹴りがハートにジャストミートする形となった。
「わ、我が生涯に……一片の容赦無し……」
最後の断末魔を言い残し、ガクリとその身を横たえた。
そのまま帰還光を伴い、ごく身近な安地――復帰ポイントへ飛んでいった。




