もげ太と戦天
2016/08/30
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三人がてんやわんやと茶室で騒いでいる頃――。
白花は、新たに得た情報及び深雪の現状報告を行うべく主の所在を求めていた。
日の出ている時間帯であれば、表御殿の書院か才華の祠かのどちらかであろう。
大抵は後者で鍛錬に望んでいるケースの方が多いのだが、今は急事の最中であり、来客中でもある。
おそらくは書院に滞在しているだろう――と見当を付けていたのだが、
「キリュウ様。今日も鍛錬に臨んでおられたのですね」
どうやら、スズランの目論見は外れたようだ。
空っぽの書院を後にしたところで向かった先。
城の地下にある祠に行く途中で探していた主と遭遇することとなった。
「うむ。もはや日課となっているゆえ、やらぬと心身ともに落ち着かなくての」
楓柳のマスターであるキリュウは、十二天のひとりであると同時にUWOにわずか三人しかいないと言われているレベル300オーバーだ。
日々の弛まぬ研鑽があったからこそ、こうして現在の地位にいる。
苦しくも、そういった風潮のあるここでは、そういった行動を諫めることもできない。
――否。むしろそれを求められているのだ、少女は。
これまでも、そしてこれからも。
楓柳にとって少女は象徴であり、代名詞であり、最大の戦力でもあった。
それをスズランは立場上提言ができない、といったどうのではなく。
……その発端の二人が今や――――いえ。ここで考えるべきことではないわね。
思考を中断した。
今、必要なのは主に対する報告だ。
「現状のご説明を――」
少女は頷き、耳を傾けた。
しかし、その手が休まることはなかった。
◇
キヨウの西の戦場では、予期せぬ十二天の登場により、相対していた二者は困惑の極みに陥っていた。
二者のどちらもがニアデス状態であるの上に全ての仲間を失っていることに対し、現れた十二天はと言えば無傷――?
「――ってぇ、よく見たらお前さんも結構ボロボロじゃねぇか?」
何故かゲンマの指摘に頭を抑える影天。
まるで、どこぞの監獄から命からがら脱走してきたかのような風体だった。
「……ちっ。思い出させるんじゃねぇよ」
しかし、手負いの獣というのは、ある意味では空腹の獣に匹敵するほどおそろしい。
それも、まだMOBであれば可愛げがあるというもの。
触らぬ神に祟りなし――ネットゲームにおいて一部の廃人と呼ばれるプレイヤー――神々の遊びに首を突っ込むほど愚かな者はない。
そのひとり、やってきた影天に用事があるのなら、それが終わるまで大人しくしていた方が賢明だ。
拳で地震を止められる人間ならまだしも、天災が起きれば人は震えて待つしかないのだ。
あるいは余程奇特な人間を除けば。
「ふん……他人の戦いに水を差しておきながら大層なご身分だな。影天様は」
どうやら、その奇特なプレイヤーのひとりが身近に存在したようだ。
ベリガだ。
外套の防御機構の応急処置を終えたのか、敬称にアクセントを置いた挑発とも受け取れる言葉を口にした。
「こちらも万全には程遠い状態だが……見る限りでは、お互い様といったところだろう?」
男のHPバーを見ると、4割程度まで回復している。
会話の隙にかなり高ランクの回復POTでも使用したのだろう。
「はっ、雑魚が。人前でPOTなんぞ使いやがって。テメェから最大HPを晒したようなもんだぞ」
「……なんだと?」
このゲームにおいて、POTの回復量はパーセントではなく数字で固定されていた。
装備やステータスの自由度の高いゲームで、回復を割合にしてしまうと最大HPが高い方が明らかに有利になってしまうのだ。
それでは、せっかくの設定の自由性が損なわれてしまう。
つまり、POTで目に見えるHPの回復割合が大きいという事実が意味することはひとつ。
「低体力、高防御型……ってところか?」
「…………くっ!」
指摘は図星のようだ。
深雪の防御に関しては鎧の付加能力に因る部分も大きいが、それ以外のステータスも防御を重視しているのだろう。
防御型のプレイヤーは、防御を貫通しやすいクリティカル特化型のプレイヤーと相性が悪い。
低体力ともなればなお更の話だ。
そして、ネームレスはクリティカル特化のタイプに近い。
十二天という最高峰に位置する彼に、相性ですら噛み合わないとなれば勝負になるはずもない。
深雪もそれを察したのだろう。
無意識の後ずさりから、これまでの威勢が虚勢に変わっている様子が伺えた。
「…………ふん」
ネームレスが鼻を鳴らす。
それきりベリガから興味を失したように視界から外した。
「ヤらねぇのかい?」
「どうでもいい」
「ほおぉ」
ゲンマは、影天に抱いていた想像との差異を感じた。
もし、彼が噂通りのPKerならば、今頃ベリガは生きていない。
歯向かったら殺す、歯向かわなくても殺す。
それが影天や闇天――二大恐怖の通説だった。
噂は所詮噂に過ぎないのか、それとも彼の心境を変化させる何かがあったのか。
その真偽を確認する手立てはない。
「邪魔が入ったな。でだ、おっさん」
「お、おっさん……? お、オウ。なんだぁ?」
確かにアバター容姿を比較すれば、ゲンマはネームレスよりもかなり年上に見える。
わずかに心に傷を負いながらも男は頷き、反論を飲み込んだ。
ともあれ、この身が助かったのも影天の――正確には、その用事とやらのおかげなのだ。
「聞いた話じゃ、どうやら俺の連れがテメェのギルドの世話になってるみてーだな?」
「オウよ……………って。は?」
男の言葉に、ゲンマは文字通り目を点にした。
……神無風に、かの影天の連れが世話になっている?
影天に相方が居るなどと聞いたことはない。
が、当人がわざわざ探しに来るほどだ、よほど深い関わりがあるのだろう。
だが、ギルドに影天の相方――つまり、高名な赤ネームなど居はしない。
誤解か人違いだろう、そんな風に考えたゲンマだった。
そんな思考が顔に出、影天にも伝わったのだろう。
否定するよりも早く、相手の方からプレイヤーネームを告げた。
「もげっち…………いや、“もげ太”だ。居んだろ?」
「…………………………」
ゲンマは、聞いた言葉を反芻するのにたっぷり十数秒は硬直した。
名前はもちろん知っているし、顔もはっきりと思い浮かべられる。
というか、つい最近メンバーに加わったばかりのニュービーだ。
「おい、黙ってねーで何とか言え。しらばっくれるつもりか?」
「…………………………」
影天の台詞は、ゲンマの右耳へ入り左耳から抜けていった。
「……や、名前にゃあ心当たりはあっが、お前さんの勘違いとか人違いじゃねぇかな?」
ギルドに誘ったのが出会いの初日――思い浮かべるのは童顔の少年。
付き合いこそ短いが、小動物を思わせるような癒し系のプレイヤーで、平和の代名詞のような存在だ。
それが、何をどう考えれば赤ネの代名詞のような男と結び付くのか。
「あ? なんだと?」
結論――別人。
平仮名やカタカナの違いで同音になっただけだろう。
それを話に聞いてわざわざ駆け付けたとあれば、無駄な足労というものだ。
「そーだ。悪ぃが俺様が知ってんのは、初心者の“もげ太”ってヤツよ」
「合ってんだろ。もげっちは、紛れもない初心者だぜ」
「は? いやいや。んだけじゃねぇぞ。なんつーかこう……リスとかハムスターを連想させるような小僧っ子でだなぁ」
「どちらかっつーと……チワワだろ?」
「ちわわ……ちわわ……。まぁ、あの目で見詰められたらつい金借りちまいそうだな。ど~する~アイフ――――って、違ぇ!! んな馬鹿なぁ――!?」
ここまでの偶然の一致が有り得るのか。
相手の勘違いを証明するつもりが、確認のたびにどんどん壺の深みにハマっていく。
もはや、確定的と言っていい。
「……オイ。念の為ェ確認すっが、本当にあのもげ太で間違いねぇのか?」
「言いたいことは分かるが、そのもげ太で間違いねーよ」
「カタカナじゃなくて漢字と平仮名の新参だが……本当にそいつでいいんだな?」
「ドンピシャだ」
「…………そぉか」
これほど言って別人と言うこともあるまい。
影天の相棒があの少年など、天地がひっくり返るほどに考えられないが―――――いや。
ゲンマは、もうひとつ思い当たった可能性を口にした。
「まさか…………あの小僧っ子付け狙ってるわけじゃああるめぇな?」
ゲンマの眼つきが、これまでにないほどに鋭く細められる。
静かに滾る怒気と殺意だ。
傍目には平静な見た目以上の威圧。
生半なプレイヤーであれば、気を当てられてで戦意を失するだろう。
遠目で見ていたベリガですら生唾を飲むほどであった。
「ハッ――」
しかし、さすがは十二天。
ネームレスは、正面から眼光を受け止めた上で、こう答えた。
「…………だったらどーするってんだ?」
その表情には、一切の感情が込められていない。
ゲンマの判断は――決まった。
「ンなもん決まってんだろぉが………………ここで仕留めてやるぁ!」
即座に、ゲンマが懐から筒状の獲物を取り出す!
数は五つ――インベントリに収納されていた例の花火だろう。
まだ隠し持っていたのか――!?
という深雪の表情を余所に、導線に点火されたそれを利き手で握り締める。
「咲き誇れ――弁殿発破ぁ!」
花火なのに発破とはこれ如何に――深雪の表情が疑惑に歪んだ。
ゲンマの動作にスキル光が発生、花火玉に数字が付加された。
それを影天に向かって高速で投擲する。
数字が3、2、1――と定速で減少していく。
「ふん」
ネームレスは、数字の正体を悟った。
おそらくは見たまま――爆発までのカウントダウンだ。
わざわざそれを相手に伝えるのはデメリットになるが、おそらくはそれ以上のメリットがあるのだろう。
油断なく構えた片腕をゆっくりと左に動した。
「虚影――空蝉」
小さく唱えると、身体が一瞬にして掻き消える――――次の瞬間。
「――は?」
影天が立っていた座標に現れた深雪のベリガ。
一体何が起きたのか。
完全に映るのは大きな爆弾、もとい花火玉。
「の、のわぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」
ちゅどどどどーん、と玉の内部に詰められた星が爆発を連鎖をする。
胸、肩、腰、顔――やがて全身を包む灰煙の爆撃。
ベリガはその直撃を待っ正面から浴びた。
「………………は?」
これには攻撃を仕掛けた張本人――ゲンマですら目をぱちくりとさせた。
深雪が死ぬのは一向に構わないが、影天はどこに消えたのか。
探し当てる前に、立ち込める煙の中から反論の声が上がる。
「い、い、いきなり殺す気か――!?」
間一髪、外套の防御が間に合ったのか。
先ほどの回復POTも功を奏したのだろう、ベリガは直撃を受けても死を免れたようだ。
「殺すも何も……なぁ?」
そもそもアジトまで殴り込みに来た人間が何を――とゲンマは思いつつ、
「意外にしぶといヤツだな」
影天の声だ。
ゲンマから見れば右方、どうやら深雪が居た位置と入れ替えていたようだ。
「三下……いや、二下だったか? まぁ、どっちでもいいが。伊達に二つ名を背負ってねーってか?」
「あ、当たり前だ! この深雪、かつては新――」
「知らねぇ」
告げ終わる前に一刀両断。
ベリガの指が虚空を彷徨いながら、言葉にならない口をパクパクと動かした。
「だが、テメェのことなら思い出したぜ? 花月のゲンマ」
花月――それはベリガが“崩月”と蔑む前の彼の二つ名だった。
影天は不適に笑いながらゲンマに告げる。
「合格だ――」
と。
◇
「花月のゲンマ……?」
桜城の大広間に一同が介していた。
エルニドの問いに、スズランが頷いた。
「えぇ。ご存知ないかしら?」
「知らないわけがない。戦天の右腕として楓柳を支えてきた有名なプレイヤーじゃないか」
正確にいえば、キリュウとともに楓柳を立ち上げた人物こそがゲンマなのだが、それを部外者が知る由もない。
「そうか……まさか、あの花月とは」
もちろん理由もなく名前が出てきたのではない。
今、その名はかの賊団――神無風の長、つまり首謀者として告げられたものだ。
「ですよねー。驚きですー」
対して驚いてもいなさそうな口調でリリルが言う。
実は何でも御見通しなのではないか、と疑わんばかりだ。
「彼が楓柳を離れてからは、二つ名を捨てて放浪してたみたいだけど……何をどうしたのか。“神無風”――なんてギルドを立ち上げていたのよ」
古参ながらもある時からパッタリと聞かなくなった花月の二つ名。
当時、その実力は戦天を上回り、【花天】として十二天の候補に挙げられていた経緯も有する。
てっきり引退したのだとばかり思っていたのだが、戦いから離れ地下に潜んでいたようだ。
「ギルドを設立したまではないい。だが、何故、楓柳と抗争を?」
「さぁ? 吹っ掛けてきたのは向こうからだし……どんな思惑があるのかしらね」
「天下の楓柳を相手に、随分と思い切った真似をする。――が、勝手知ったる何とやら、か」
内部事情に詳しい花月であれば、強豪の一角を崩す――まではいかずとも、痛打を与えることは可能かもしれない。
「でも、花月が楓柳の一員だったのは初期の話よ? まだ、正式に“組”が発足してなかった時代だもの」
その後にベリガが参入し、花月と深雪を合わせて雪月花という呼び名はあったが、それが組として機能するようになったのは白花のスズランの参入後だ。
それからしばらくして花月が脱退――彼の組を“月天”が引き継いで現在の月組に至る。
その月天はといえばキヨウに滞在することはほとんどなく、実質月組を取り仕切っているのは、彼が連れてきた“槍狼”という微妙な二つ名の新参。
スズランもまだ顔を覚えていないそうだが、真面目な性格で義理や情にも厚く、古くからいる月組員にも慕われているらしい。
「ふむ……部外者の自分には何とも言えないが、何か心当たりはないのか?」
「さっぱりね。そもそも彼が姿を眩ました理由すら知らないのよ?」
「お手上げじゃないか」
「えぇ。でも……キリュウ様なら何かご存知かもしれない」
対話をしていたエルニドとスズランが、主の座を見やる。
「どうじゃ? 美味しいかの?」
「はい! 甘くて柔らかくて、とても美味しいです!」
と、にこやかに談笑しているのは楓柳の長キリュウ――と、もげ太。
「さすがのもげ太も、戦天とまで面識はなかったか……」
「あったらわたしも知ってると思いますよー?」
「まぁ、それもそうか」
もしやと思ったが、そこまで都合の良い展開はないらしい。
しかし、
「これ、何て言うお菓子ですか?」
「葛餅じゃ」
「葛餅!」
「食べたことはないのかの?」
「はい! 見るのも食べるのも初めてでした!」
「そうかそうか。ならば次。これはどうじゃ?」
「うわぁ、綺麗です!」
「練り菓子じゃ。あまり男子が好む甘味ではないのじゃが」
「美味しそうです!」
「良ければ食うてみい」
「いいんですか?」
「うむ」
「わぁ、いただきます! あむっ………………お、美味しいですっ!」
「くく、そうかそうか。おい、次の菓子を持って参れ」
会話だけを聞けば祖母と孫のやり取りなのだが、絵面では同年代という五感詐欺。
二人は波長も合うのだろう、とても初対面とは思えない親し気なやり取りをしていた。
「さすがはもげ太だ」
泣く子も大人も叫ぶ修羅姫――戦場で有名な句だ。
誰かが戦場で彼女から逃げ惑うプレイヤーを言い表したのだろう。
それが、もげ太の前では形無しだった。
「キリュウ様……」
「まぁ、あいつの手に掛かれば、体裁だとかそんなものは全部剥がされてしまうからな」
「ですですー」
「……あなたたちが言うと妙に説得力があるわね」
言う二人も十二天、キリュウと同格のプレイヤーだ。
加えて主が甲斐甲斐しく餌付けしている様子まで見せられると、スズランとて頷くしかない。
「……これは、わたしも気を付けた方がいいのかしら?」
「関わった時点で割と手遅れだと思うぞ?」
「ですねー。そう考えない人なら既に距離を空けているはずですし」
「それは困ったわね」
苦笑する白花だが、そこに本当に困っているような雰囲気は見られなかった。
「腹を見せてる子犬や子猫を、わざわざ攻撃しないだろう?」
「尻尾もぶんぶん振り回してますよー?」
「そうね。わたしも素直に白旗を上げておくわ」
言って、スズランは片手を小さく上げる。
主があの様では、自分ひとり意地を張ったところで仕方がない。
エルニドには分からないことだが、やや捻た考えを持つ彼女がそんな行動を見せるのもとても珍しいことだった。
そのことを知っているリリルは目を丸くする。
「ほえー……もげ太さんパワーですねー」
キリュウ繋がりで、リリルもスズランとそれなりの交友を持っていた。
しかし、常に油断や慢心のない彼女は、リリルに対しても決して気を許しはしなかったのだ。
「さ、次はあんころ餅じゃの」
「はい、いただきます!」
次々と運ばれてくる和菓子を順に平らげていく少年。
あの身体のどこにそんなに入るのか――と思わなくもない量だが、よくよく考えてみればVRだ。
楽し気な二人を眺め、三人はしばしの時を寛いでいた。
……もげ太に食事バフが積み重なっていくのは、おそらく気のせいだろう。
◇
[戦天さんがつぶやきました]
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戦天@甘味
これが母性本能というものか。
うむうむ。もはや我も立派な大人じゃのう。
――――――――――――――――――――
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何かのステータスを重視すれば、別のステータスを犠牲にしてしまうのがゲームには付き物です。
それは、十二天と言えども例外ではなく、影天の場合はHPと防御力と魔法力(魔法防御にも関わる)を、かなりの比率で犠牲にしています。
よって、彼は余程でない限り人前でPOTを使えません。
あまりに極端過ぎて、当たったら即死――なんて事態も起こりえるでしょう。能力抜きならば。
光天のような魔法型は、あまりステータスタイプの呼称はありませんが、エルニドは比較的万能型に近いタイプをしています。
ただし、敏捷はかなり低いので非常にもっさり……。




