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もげ太と白花

2016/08/28

本文改稿しました

 



 もげ太は、ただ黙って立ち尽くしていたわけではない。


 確かに、スズランに言われた言葉の意味がよく理解できず返答に困っていたのも事実だが……少年の目には別の存在が映し出されていた。

 自身から見れば右手、スズランの後方となる。

 少年の注意はそちらを向いていた。

 そこにあるのは見慣れた人影。

 こちらに気付いていないかといえば、そういうわけでもなさそうだ。

 しかし、寄って来る様子もなければ話し掛けてくる気配もない。

 その状態がしばらく継続している。


 だから、少年の方から相手を呼び掛けることにした。


「エルニド?」


 と。




 ◇




「――!?!?」


 呼ばれ、物陰に隠れていた男は、口から心臓がはみ出そうなくらい驚いた。

 目が合った少年は、完全にこちらを見据え、手を大きく振っている。


 ――き、気付かれた――!?


 最初に弁明をすれば、悪意があって隠れていたわけではない。

 だが、内心で弁明するほどの後ろめたさを感じてしまうのは、≪気配遮断≫スキルを使用して隠れていたことにあった。

 仮想世界とはいえ、五感に準じていることに変わりはない。

≪気配遮断≫のような隠遁スキルは、言うなればその五感の騙し合いだ。

 自身の姿を曝け出していればもちろん、隠れていても探知能力を持つ相手には発見されてしまう。

 それらはも当然、ステータスも加味されることから――


 ――エルニドは、槍兵は元より白花からも遮断することができていたのだ。


 それゆえに、彼が驚くのは当然であった。

 昔から、とぼけている癖に妙に勘が働くことはあったのだが、よもやこのような場面で発揮されようとは……。

 ともあれ、このまま隠し通すのは難しい。

 鳴り響く心音を飲み込み、姿を現すことにした。


「……やぁ、奇遇だな」


 不自然な片言とともに。




 ◇




 スズランと槍兵の男が首を傾げていると、少年が見やる方角からひとりの人物が姿を現した。

 スズランはその姿を見、槍兵はそのネームを見、揃って驚きを露わにする。


「「え、焔天――!?」」


 その声量に、隣の少年はびくりと肩を一回震わせた。

 “焔天”の呼び名を知らない少年にとって、その叫びは理解が及ばなかった。

 もし、これがエルニドの名前であれば反応も少し違っただろう。


 スズランは、驚きこそしたものの、焔天とは城で一度姿を見せ合っており、互いの存在を確認している。

 しかし、キヨウに焔天が居るすら知らなかった槍兵にとっては晴天の霹靂だった。

 何せ、彼にすれば二つ名持ちの白花ですら雲上の存在。

 それが“十二天”となれば、自らの主――楓柳のトップと同格の人物。雲上の上、まさに天上だ。

 敵や味方の区別以前に、どう接すればいいかすらも分からなかった。


 ――そう。


 気まずい空気が流れるのは、エルニドだけではない。

 スズランや槍兵にとってもそれは同じだった。

 もっと言えば、会話内容の現場が現場である。

 唯一、それが適用されていないのがもげ太だった。


「ねぇ、エルニド」

「あぁ。たまたま通りす――」


 そんな少年が、固まった風船を割るように口を開いた。


「――なんでそんなとこに居たの?」

「んが――!」


 ド直球だった。

 言葉のボディブローがエルニドの脇腹に突き刺さる。

 よろめきながらも体勢を立て直しつつ、双方が状況を確認する。


「…………(じー)」


 白花の表情を窺うエルニド。


「…………(にっこり)」


 その顔を見て不適に笑む白花。

 先のもげ太の発言から状況を察したのか、自身の優勢を確信したようだった。

 少しも笑っていない目線を向けられ、エルニドの背を冷たい汗が伝う。


「あらあら。焔天ともあろうお方が、覗き見だなんて……少し趣味が悪くないかしら?」

「――っ!?」


 スズランは、自身の発言を棚上げし先手を打つ。

 だが、そんな事情を知らぬ槍兵は「え、焔天に向かってなんてこと――!?」と肝を冷やすばかりだった。


「い、いや、それは……」


 エルニドは、やられた――! と正直に思った。

 先に覗き見を断言されるような発言を受けてしまえば、こちらが何を言ったところで撤回は難しい。

 むしろ後手に回る前に、もげ太に何を言っているんだ! と詰め寄るべきだったのだ。


「ぐ……偶然通り掛かってな?」


 その言葉は決して嘘ではない。

 たまたま視界を横切った少年を追ってきた結果がこの状況だ。

 だが、白花は静かに首を振る。


「それで、偶然盗み聞きをしたの?」

「ぬぬぅ――!?」


 これはもはや容疑者ではなく被告人だ。

 実行犯と確信した上で問い詰めを受けている。


「ひ、人違いではないか? よく似ていると言われるが、俺は焔天では――」

「思い切り頭の上に“エルニド”って書いてるわよ?」

「――そう。俺は、ずばり焔天のエルニドだった。そして、この焔天の証言によれば、つい先ほどまで別の人間が物陰に隠れて居たようだが……」

「あら、そうなの? それって、あの子の目を欺けるほど? 彼に聞いてみてもいいかしら?」

「(じーっ)」

「む、むむむっ……!」


 瞬きもせず、もげ太が下から見上げてくる。

 これはもう――――白旗を振るしかない。

 エルニドは堪忍して両手を上げた。


「はぁ……察しの通りだ」


 溜息とともに本音を暴露する。

 できれば隠しておきたかったが、白花には既に勘繰られていたに違いない。


「もげ太を――探しに来たんだ」


 これで二人の繋がりが本人の口から明らかにされたわけだ。

 そもそも、少年から名前で呼ばれている時点で誤魔化しようがない。

 十二天であるエルニドと初心者マークのもげ太。

 ただの知り合いでないことは――少し考えるだけで推測ができる。


「何のために隠れてたの?」

「言わなくとも分かるだろう。……お前が――白花が俺の敵(・・・)かどうかを見定めたかった」


 という本音を真顔で告げた。

 鋭い眼光がスズランを射抜く。


「…………そう。なるほどね」


 これには彼女もわずかに狼狽を見せた。

 有利な展開に持ち込んだはずが、それが返って焔天の余裕を奪ってしまったことに。

 対応を間違えれば、自陣営とはいえ相応の報いを受けることになるだろう。

 だが、その結果がどうなろうと、スズランは自分を変えることはない。


「残念ながら、味方じゃないわ」

「…………そうか」

「でも、敵でもないわよ。今はまだ、どちらでもないわ」


 スズランの何か含む物言いに、エルニドは目を伏せた。

 もしかすれば、既にもげ太のことに勘付いているのかもしれないと。

 そうだとすれば、最悪の展開をも想定しなければならない。

 だが、それを避けたいのは白花とて同じはずだ。


「今は、か。つまり、敵にもなり得れば味方にもなり得る。そういうことでいいんだな?」

「さあてね」


 交渉の余地を確認すると、どうやらその道も残されているようだ。

 はっきりと否定しないのがその証拠だ。

 有利材料を削らないためか、はたまた槍兵の手前か、公に口にしないのだろう。


「食えない女だ」

「あら。焔天は楽に食べられる女が好きなのかしら?」

「今さら茶化すのはよせ」

「ふふ、そうね。……まぁでも、これで色々と謎が解けたわ」

「謎?」

「えぇ。キリュウ様がリリル様を招待したまではともかく、あなたや彼までもがキヨウに来る理由が思い当たらなかったもの」


 スズランは確信を持って、視線を移した――隣の少年へ。


「この子なんでしょう? あなたたちの繋ぎ手(・・・)は」

「………………」


 エルニドは、あえて肯定をしなかった。

 不用意な言質を取らせないためだ。

 それが事実だと突き付けられていても、肯定するのとしないのとでは大きく意味が異なってくる。


「そこまで構えなくてもいいわ。わたしも、わざわざ焔天を敵に回したいなんて思わないもの」

「そうか……それは、奇遇だな」

「奇遇かしら?」

「あぁ。俺も、わざわざ楓柳(・・)を敵に回したいと思わないしな」

「! …………そう。なるほどね」


 このやり取りには大きな意味があった。

 ひとつは、何もなければ敵対する意思がないという表示。

 ふたつは、何かあれば全て(ギルド)を敵に回す覚悟があるということを。

 全てはそちらの出方次第だ――とエルニドは突き付けたのだ。

 対し、スズランも理由なく荒事は好まないという姿勢を示している。


 ならば、後は交渉だ。

 お互いに切れるカード、要求するカードを探る。


 エルニドにとって、優先すべきは少年の身の安全。

 そして、切れるカードは、偶然にも相手の要求と一致した。


「目的は、やはり影天か」


 エルニドの言葉に、白花は静かに微笑んだ。




 ◇




 ここに来て、エルニドは苦笑ながらに光天の心境を悟った。


 ……なるほど、こういう経緯で影天(あいつ)が差し出されたわけか。


 と。

 その上で、ようやく白花の魂胆が見えてきた。


 ――何故、もげ太に興味を持ったのか。

 ――何故、もげ太と接触を試みたのか。


 直接の狙いはもげ太ではない。

 だから、それを直接相手に突き付けた。


「ご名答よ」


 隠す様子もなく、白花は正解を告げた。

 その手段として、少年と接触されたというのであれば面白い話ではない。

 が、目的が別にあるのであれば、それに反する――つまり、少年に危害を加えるようなことはするまい。


「なるほど。――だが、協力はできない」


 というより、協力のしようがないというのが本心だった。

 今では共にPTを組んでいるものの、付き合いが長いというわけではない。

 むしろ、会ってまだ二週間というごく短い交流だ。

 相手の話など噂程度の知識しかなく、まだ白花の方が近しいくらいだろう。

 だから、エルニドは自分に可能な提案を行った。


「協力はできないが、干渉もしない。好きにしてくれ」

「十分よ」


 そのひと言に、白花は満足げに頷いた。


「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまいなさい。……まぁ、あなたも半ば(マウント)みたいなカテゴリだけれど?」

「――ひと言余計だ!」


 さすが影天を相手取っている女性だけあって発言にも情け容赦がない。

 エルニドは、心にダメージを受けながらも会話を続ける。


「……ごほん。いくら影天とはいえ――いや、あの男だからこそか。もげ太をそそのかしたところで、そう簡単に運ぶとは思えないぞ」

「うん?」


 唐突に名を呼ばれ、少年が反応する。

 エルニドは、その小さな頭を撫でつつ彼女の返答を待った。


「そうかしら? 彼は、あなたが思っているよりよっぽど純よ。どれだけこの子のことを考えてるか……知らないでしょう?」

「それは――いや。確かにその通りだな」


 言われた内容に心当たりがないわけではない。

 先のキャラクターリセットの一件もそうだし、考えてみればもげ太のゲーム開始直後から合流をしてきたのだ。

 もげ太に絡む内容であれば、影天――ネームレス以上に信頼の置ける相手も他に居まい。


「へぇ? ふーん……。意外にただの脳筋じゃないのかしら?」

「だ、誰が脳筋かっ!」


 無意識にモストマスキュラーを決めながらエルニドは説得力に欠ける反論をした。

 わざわざ敵に回したくないと言ったわりには、随分とアグレッシブな煽りをしてくるものだ。

 横の槍兵の顔面など蒼白に染まっている。


「それで……どうなんだ?」

「えぇ。そういうこと、でいいのかしらね?」


 白花はあえて内容をぼかして確認をする。

 互いのカードは、もげ太とネームレス。

 その手段と目的とが逆になっているだけだ。

 白花は、影天の気を引くため――場合によっては弱みにもなる得るもげ太を。

 その代わりに、状況によってはもげ太を守る立場に立つと言っているのだ。

 彼女がもげ太と神無風とやらの関係についてどこまで把握しているかの懸念は尽きないが、PTや勢力外で少年の味方が居るのは心強い。

 だから、エルニドはあえて発言した。


「あぁ。だが、大事なことを忘れているぞ」

「……何かしら?」


 大事なこと――が思い当たらないのか、白花は目を細めて問い返した。


「もげ太のことを考えているのは、影天(あいつ)だけではない――そういうことだ」

「それくらい分かっていわよ。あなたも(・・・・)、でしょう?」

「ふ」


 その発言にエルニドは苦笑をした。

 わざと、相手に聞こえるように。


「俺だけだと本気で考えているようなら甘いな。もうひとり忘れちゃいないか?」

「もうひとり……?」


 白花が押し黙る。

 ようやく思い至ったのだろう。

 エルニドにとってはその反応だけで十分だった。


 ――光天だ。


 彼女からすれば、光天とは戦天が招いた友人――楓柳側だと解釈していたのだろう。

 だが、光天という強力無比な存在を、また彼女と何ら接点のない同格の存在を、ひとつの勢力に束ねているのがもげ太なのだ。

 その意味が、ここでやっと分かったのだろう。

 もっとも、土壇場で光天がどっちに転ぶのかはまで確信はない。

 だが、おそらくは大丈夫だろう――その根拠となる人物像がもうひとり脳裏に浮かび上がる。


「それと、三天だけだとは言ってないぞ」

「!? まさか――」


 白花が誰を頭に描いたのかは分からない。

 もしかしたら、楓柳に所属する月天を考えたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 まさか――の後が続かなかったのは、既に三天集結している現状を前に否定する材料が浮かばなかったのだろう。

 実際にこれが四天となるのか、はたまた五天、六天と膨れ上がるのか……エルニドとて、少年の全貌は把握し切れていなかった。


焔天()を軽視するのは構わん。が、考えて行動することだな」


 軽率に出ないよう重ねて忠告を行う。

 名前こそ出さなかったが、エルニドが釘として穿った人物は――“氷天”。

 あの【雑種】という人物が当人で、本当に光天の伴侶であるならば、夫婦と直接交流のあるもげ太を優先する――という勝算は十分以上にあった。

 そして、その効果はあったようだ。


「……そうね。現状の二天を――()を敵に回すだけでも、こちらに利益なんてないもの」

「話が早くて助かる。とはいえ――」


 重苦しい雰囲気を取り払うため、今度こそエルニドは本心の中の本心を語ることにした。


白花(・・)が、もげ太の側に立ってくれるのならば俺としても非常に有り難い。その礼は、焔天の名に懸けて必ずしよう」

「あなたほどのプレイヤーが、わたしひとりをそこまで買ってくれるのかしら?」

「あぁ。何せ、お前さん――――もげ太が逃げなかった(・・・・・・)相手だからな」

「えっ?」


 エルニドの言葉を咄嗟に理解できなかった白花。

 その袖を優しく引っ張り、笑いかける少年が傍らに居た。


「ま、そういうことだ」

「……はぁ。そういうことなら……ふふ。仕方ないわね」


 そんな少年の動作に、打たれる感情が白花にもあったのか。

 彼女は、今日一番の優しい表情――母性をくすぐられたかのように頬を緩めた。




 ◇




 エルニドはもげ太の手を引き、スズランは無言で腕を組み。

 二人はそれ以上の会話を行わず、同じ方角へと去って行った。


 ――置いてけぼりの槍兵をその場に残して。


「えーと……」


 男は、構えた槍をゆっくりとした動作で背中に担ぎ直す。


「あぁ……そうだ、巡回に戻らなくてはな……」


 覇気の無い後姿が、町の中へ寂しく消えていった。







「いくら影天とはいえ――いや、あの男だからこそか。そう簡単に行くとは思えないが」

「あなたが思っているよりよっぽど純よ? 彼が、どれだけこの子のことを考えてるか……知らないでしょう?」


 女の言葉に、心当たりがないわけではない。


 これまでの接点の中でも、おそらくは自分と引けを取らないのではないか?

 こと、もげ太に限った話でいえば、ネームレスに対しては最も信のおける者だと認識していた。


「分かっているとは思うが……」

「言われなくとも、迂闊(・・)なんてしないわよ。取引(それで)いいんでしょう?」

「……そうだな」


 この女が持ちかけてきた話は、こちらの関係を見透かした上でのものだ。


 つまり、もげ太に危害を加えない――場合によっては、守る立場に加わる代わりに、影天に対するカードとしても使わせて貰うというものだ。

 有り体に言えば、もげ太を利用して影天の弱み(・・)を握ろうというのか。


「ふふ。あなた、中々頭が回りそうじゃない。見た目通りの脳筋じゃないのね」

「――誰が脳筋か!」


 綺麗な薔薇には棘があるというが…………どうにも見た目通りの性格をしている。

 どこぞの誰かのように、少女の皮――もとい猫の皮を被っているよりは裏表がないだけマシとも言える。


 もげ太を私欲のために利用するというのは遺憾だが、


「……とりあえずは了承だ」

「交渉成立ね」


 口約を交わし、お互い、わずかに構えていた構図を解く。


 パーティ以外でも、もげ太の味方がいるに越したことはない。

 それが大ギルドの幹部ともなれば、かなりのプラスになるだろう。


 懸念は、白花がもげ太が神無風に所属していることを知っているか否かにあるが……。


 この話は、加わった本人に直接経緯を尋ねた後でいいだろう。


「じゃあ、話は終わりだ」

「そうね」


 エルニドはもげ太の手を引き、スズランは無言で腕を組み。

 二人は、それ以上の会話を行わず、同じ方角へと歩いていった。



 ――置いてけぼりの槍兵をその場に残して。



「えーと…………」


 男は、構えた槍をゆっくりとした動作で背中に担ぎ直す。


「……そうだ、巡回に戻らなくては……」


 覇気の無い後姿が、町の中へ消えていった。




以前の後書きにあったように、バラバラになっていた回想編を別に纏め、この話は現在のキヨウの時間軸だけに書き直しました。

元々この話にあった回想は推敲し、次回に纏めてあります。

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