好風
『良いものをあげますから』
見惚れる笑顔で言われたときは、肝が冷えた。予想の斜め上を行く赤色の悪魔が、またとんでもない提案をするのでは、と。しかし蓋を開けてみれば、ひれ伏して感謝したくなる代物だった。
明日は一日休暇にする、そう言われたときは耳を疑った。追い付かない頭で子細を尋ねると、美和が後輩と行くはずだった仕事がキャンセルになったそうだ。二人のスケジュールが空くので、瀬尾の分の仕事を代わってくれると言う。
複数の依頼を受けていたので、いくつか引き受けてもらえれば大助かりだ。だが、さすがに全てを頼むのは申し訳ない。
そう思い美和の申し出を断ると、不意に鮮やかすぎる赤が迫ってきた。呆気にとられ困惑していると、耳元で低い声が響く。明日は彼も休みなのだでしょう、と。先程焦った時に口走っていたようだ。
本当に耳聡い。
敵わない、と言う意図を帯びた嘆息をもらすと、また輝くような笑顔が向けられる。優しげに和らぐその目は真っ直ぐに澄んで、何もかも見通しているようだ。
頑張ってください、そう囁いて去っていく背中の広さを目の当たりにして、もう一度ため息がもれた。
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夕暮れ時、薄紫とオレンジのグラデーションが空を彩っている。
見上げた空の美しさに、藤田はふとため息をもらした。
この時間に帰路につくのは本当に久しぶりな気がする。足取りも軽く、心がすっきりと晴れ渡って清々しい。
彼がこんなにも心踊らせているのは、早く帰れるからだけではない。決めかねていた、秘めた想いにようやく決心がついたのだ。
その決意は、大切な人を驚かせるだろう。困惑もさせてしまうに違いない。それでも、彼が揺らぐことはない。
瀬尾の作る美味しい食事に舌鼓を打ちながら、ゆっくりと話そう。
少し緊張した面持ちで一人頷いて、家路を急いだ。