干渉者再び
一仕事終えて昼食を済ませた瀬尾は、巽サービスの事務所で報告書の作成に取りかかっていた。個々の依頼のどんな些細なことも記し、共有することでサービスの向上をはかる。些末なようで重要な業務だ。
パソコンで打ち込んでもいいのだが、瀬尾は手書きにこだわっていた。なんとなく、手書きの方がすらすらと書ける。パソコンの扱いが苦手と言う訳ではない。むしろ得意な方だろう。ただ出来上がったときに、味気のない整いすぎた文字の羅列を眺めるのがつまらない気がした。記された言葉の全てが均一にならされて抑圧されてしまうようで何か気に入らない。
人と言う生き物を象徴する最たるもの、瀬尾にとってそれは豊かな感情だ。パソコンと向き合っていると、人間性をどこか否定されているような不安にかられる。
だから一日中あの無機質な箱と顔を付き合わせている藤田は凄いと思っていた。
事務作業を黙々とこなす瀬尾の視界に、鮮やかな紅色がちらついた。面倒な人物に絡まれることを自覚して、小さくため息がもれる。
「最近彼とはどうなんですか~」
派手な色の長髪を揺らめかせ、ニヤニヤと話しかけてきたのは上司の美和だ。
間の抜けた調子の問いかけに、一気に身体中の力が抜けていくのを感じた。こうやって相手のペースを崩すのが、彼の常套手段である。
藤田とのことで悩む瀬尾の背中を押してくれた恩人ではあるが、逐一状況を確認されるのがとてもわずらわしい。自分のことになるとからっきしなのに、他人の恋路にはイヤミなほど鼻のきく男である。最近の瀬尾の様子から、何かあったと思っているのかも知れない。正直答えたくないが、上司を無視するわけにもいかない。作業の手は止めずに、別に普通ですと適当な返事をした。
とたんに美和の表情は険しくなり、そばにあったイスを引っ張ってきて瀬尾の隣に腰かける。どうやら気のすむまで詮索する気のようだ。厄介なことに、こうなれば納得するまでひかない。根だとか葉だとかそう言う次元でなく、地球の反対側まで掘り返されるだろう。瀬尾は諦めてペンを置く。そして美和の方に向き直すと、爽やかないい笑顔の上司がそこにいた。
「君たちの普通ってどんな感じですかハグしたりキスしたりあんなことまで日常茶飯事なんですか特殊なプレイとかするんですかどうなんですか瀬尾くん」
落ち着いた紳士然とした態度で、一息で言いきる中年の目はらんらんと輝いていた。ともすればセクハラと訴えられてもおかしくない内容に、瀬尾はうなだれる。余計なお世話だと言いたい気持ちを抑え、最近は忙しく会話する機会もすくないと答えた。
と、急に美和は真顔になって小首をかしげる。そのまま沈黙が続いて、時計の秒針の音だけが事務所に響いく。突然のことに瀬尾は面食らって、二人して黙りこんでしまった。どぎまぎしながら美和の動向をうかがっていると、すっと鋭い目つきに変わり心臓がはねあがる。
「倦怠期に入るの早いですね」
思いもよらぬ言葉に瀬尾は一瞬呆けてしまった。倦怠期とはつまり、お互いに嫌気がさしてギクシャクしてくる時期のことだ。考えもしなかったことである。もちろん瀬尾は藤田のことを好いている。
では、藤田は―。
ふとよぎる不安に我にかえると、思いつく限りの否定の言葉を並べ、気がつけば話さなくていいようなことまで話していた。それこそが美和の手口であると気づいた頃にはもう遅い。爽やかな笑みをたたえた上司は、ごちそうさまですと満足げだ。
その様子に、瀬尾はがっくりとうなだれた。くすくすと笑い意気消沈の青年の肩を優しく叩いてやりながら、美和はいたずらを思い付いた子供のように目を輝かせる。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで下さい。お詫びにいいものをあげますから」
そうウインクを送る上司に、瀬尾は不安を感じずにはいられなかった。