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マシナリーシンドローム

そっとため息をついて、最近やたらと回数が増えたと思い自省する。キーボードを叩きながら、つい前方の壁にかけてある時計に目がいった。今日は定時で上がれる日で、その上明日は休日だ。瀬尾は明日も仕事なのが残念だが、夕食は一緒にとれる。

一瞬緩んだ気持ちを切り替えて、仕事に集中しようと視線をもとに戻す。毎日見たくもないのに顔を付き合わせているパソコンの画面に、そろそろうんざりしてきた。目の前で羅列されていく文字や数字には、温度や感情が感じられない。小説とか詩ではなく、見積書なのだから当たり前だろう。そんな風に長時間過ごしていると、まるで自分まで機械になったような気分だ。

藤田の部署は事務がメインで、概ね一日パソコンで作業をする。見積書を作ったり業績に関してデータをまとめたり、地味で面倒な仕事が果てしなく続くのだ。会議などもあるが、それだってほぼ決まっている事柄について確認する程度のもので退屈極まりない。ひどく単調な日々に辟易していた。無論、仕事とは大半がそう言うものなのだと理解はしている。刺激のある、楽しい仕事と言うものはそうそう無いだろう。と言うよりも、自分自身が、そんな風に生き生きとした気持ちになれるものを見つけることが難しい。今の仕事だって藤田の心持ち一つで十分充実するはずなのだが。もうずいぶん前から今の仕事が苦行だった。


それを余計に感じるようになったのは、瀬尾と再会してからのことだ。彼は心底仕事を楽しんで、真摯に取り組んでいる。便利屋の仕事は決して稼ぎがいい訳ではない。それでもただ依頼者が喜んでくれる姿が嬉しいのだと、はにかんでいたのが浮かぶ。どうしようも無かった自分が、誰かの役に立っていると実感できる瞬間がこの上なく幸せだとそう言っていた。

そんな風に働く喜びを享受する瀬尾が、心底羨ましい。いつか自分にも、彼のような純粋な気持ちで取り組める事が見つかるだろうか。そう思い至って、急激に瀬尾との間に溝のようなものを感じてしまった。ただ漫然と生きている自分が、あんなに眩しい人と釣り合うのか。その内見放されてしまうのではないか。わき上がる不安に、キーボードを思い切り投げつけたい衝動にかられる。ぐっとこらえるが、今度は段々と目眩がしてきた。

思えば読書くらいしか趣味のない藤田は、瀬尾に聞かせる話もなく聞き手に徹するばかりだ。聞き上手なんて言えば聞こえはいいが、単につまらない男だと思われているかもしれない。恋人らしいことも満足にできない上、一緒にいてまでそれでは本当にいつ愛想をつかされるか分からない。

では、どうしたら瀬尾の心をつかめるのか。

藤田の中では、完全に瀬尾に呆れられていると言うことで話が進みだす。それは邪推であり事実ではないと言うことに気付かないほど、判断能力は麻痺していた。

ただ手だけはひたすらにカタカタとパソコンのキーボードを打ち、正確に書類を作成していく。そこに藤田の意志は関係なく、自動筆記さながらに文字列が綴られていった。


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