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ささやかな願い

鍵を外して玄関を開けた先、すりガラス越しのリビングは暗かった。

久しぶりに日付が変わる前に帰宅できたが、瀬尾はもう寝てしまったろうか。寝室で起きているかも知れないと言う期待を胸に、足早にリビングを抜ける。彼の寝付きのよさはよく知っているので、望みが薄いのは承知の上だ。それでも、少しでいいから話がしたい。

そっとドアを開けると、案の定瀬尾はすでに横になっていた。悪いと思いつつ、小さな声で呼び掛けてみたが反応は無い。規則正しい寝息の音が耳に届いて、少し困ったような笑みが浮かぶ。恋人の寝顔を堪能出来るのは嬉しい。だが出来ればもう少しコミュニケーションをとる時間が欲しいところだ。最近は休みも合わず、一緒に住んでいるがゆえに寂しさを身に染みて感じていた。

少しでも長く一緒にいられたらと思って同棲を始めたのに、ままならないものである。

ベッドのそばでしばらく瀬尾の寝顔を見ていたが、いつまでもそうしている訳には行かない。瞼にそっと口づけて、名残惜しい気持ちで寝室を後にした。

そのままキッチンへ向かうと、夕飯の支度にとりかかる。と言っても、瀬尾の用意したものを温め直すだけだ。毎日帰りの遅い自分の分まで用意してくれることが本当にありがたい。コンビニ弁当ですませてくれと言われてもいいようなものなのに、同棲し始めた日から当然のように作ってくれている。瀬尾は手抜き料理だから大したこと無いと言うが、家事全般が壊滅的な出来の藤田には大変なことだ。

冷蔵庫の戸を開けると、明かりが暗闇に慣れた目に眩しくて顔をしかめた。あまりものの入っていない中から目当てのものを探すのは容易い。卵とほうれん草の炒めものに、人参やこんにゃくのなどの煮物、塩鮭が今晩の献立のようだ。それらを電子レンジで温める間、味噌汁の鍋も火にかける。軽くおたまでかき混ぜながら、台所に立つ瀬尾を思い浮かべて思わず顔がにやけた。出来ることなら、実際にその姿を眺めながら夕飯を待ちたいものだ。食欲を誘う香りが漂ってくれば、準備万端。あとはご飯をよそうだけだ。

暗闇のなか、電気を点けずに指定席に着席すると、手を合わせていただきますを言ってから食べ始める。暗がりで器用におかずを見分けて食事をするのがすっかり板についてきた。

瀬尾がそばにいてくれるだけでいいとはいえ一人食事をするのは寂しいもので、蛍光灯の明かりの下では空席がそれを如実に訴えてくる。暗闇で目を閉じてしまえば、味覚に神経がいって余計なことを考えずに済んで気がまぎれるのだ。

いつもながら美味い食事に舌鼓をうちながら、藤田にはこれのどこが手抜きなのかよくわからなかった。もっと手間ひまかけると、さらに美味くなるのかと思案する。それはもちろん食べてみたいが、ぜひとも一緒に食卓を囲むときにしてほしい。家事の一切を任せきりなのにすれ違い生活のせいで、ありがとうの言葉一つ満足にかけられないのだ。普段より手をかけてくれたものに、精一杯の言葉で感謝の気持ちを伝えたいではないか。それが藤田のいま一番の願いである。

全てをきれいに平らげると食べ始めと同じようにしっかりと手を合わせ、ごちそうさまでしたを言う。直接伝えられなくても、せめて気持ちだけでも瀬尾に届くようにと祈りながら。


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