第9話 放課後の攻防
放課後。
オレは今、一人で寮へと向かっている。
おっきいほうのトイレに行きたかったので、待たせるのも悪いし、ソラたちには先に寮に帰ってもらったのだ。
夕日が射す廊下を一人で歩く。
遠く聴こえる放課後の喧騒が、耳に心地よい。
だが、寮に近づけば近づくほど、その音は小さくなっていった。
「ん?」
寮の敷地に入ったところで、オレは目を凝らした。
朝、オレと梦が遭遇した場所――寮の前の広場に、二つの人影がある。
最初は、オレを待っていてくれたソラたちかと思ったが……違うようだ。
「なんだ、あれ……?」
二つの人影は、片方が片方を避けるように動き続けている。
「ちょこまかと、動き回ってんじゃねぇですよォ!!」
「――ッ!?」
逃げまどう少年に向かって、黒髪の少女が吼えた。
知っている顔ではないが、二人とも制服を着ているので、たぶんオレと同じ高校生だろう。
学生寮の前で、少女が少年を追いかけている。
字面だけを見れば、何とも心温まる光景だ。
……鬼ごっこ?
そんな単語が脳裏をよぎった。
「いや、ないない」
オレは少女の顔を見て、すぐに考えを改めた。
怖い。
普通にしていれば可愛い系で通るであろう少女は、鬼のような形相で少年を追いかけている。
その表情は、まさに悪鬼と呼ぶにふさわしい。
少なくとも鬼ごっこをするときにする表情でないことだけは確かだ。
少年のほうは、ぱっとしない感じのメガネだった。
その顔に浮かんでいる感情は、少女に対する恐怖だろうか。
「…………」
とりあえず、しばらく様子を見ることにする。
「つーか、アレ……もしかして超能力か?」
彼女の右手のそれぞれの指の先には、光の球が浮かんでいた。
その数は五つ。
それ自体が光り輝き、雷が球の表面を舐めている。
「――『雷弾』!」
彼女がその言葉を発したのと同時に、五つの光の球が発射された。
「ッ!?」
一瞬だった。
その軌跡は、まるで巨大な爪。
それらの光弾が、目にも止まらぬ速さで少年に迫り、
「がああああああああああッ!」
少年の背中に着弾した。
「……すげー」
オレは、その光景に感動していた。
今の電撃が、超能力なのだろうか?
葉月先生たちから説明はされていたものの、実際に目にしたのはこれが初めてだ。
「クソがぁ……ッ」
電撃を受けて転倒している少年が、悪態をついた。
少年の背中は焼けただれ、そこから僅かに黒煙が上がっている。
「――――」
それを見て、オレの興奮は一気に冷めた。
大丈夫なのか、あいつ?
「クソッ! 足が……」
少年は近づいてくる少女から逃れるために、なんとか動こうともがいている。
「――チッ!」
だが、身体をうまく動かせないようだ。
それはまるで、身体が痺れているかのような――
「麻痺弾ですよ。その小さなオツムでも、麻痺の意味くらい理解できますでしょう?」
そんなことを言いながら、少女が少年に近づいて行き、
「がはっ!?」
その腹部に、思いっきり右腕を突き入れた。
「は?」
返り血が少女の顔を濡らす。
「ごぶ…………っ」
少年の口から、どす黒い血の塊が零れ落ちた。
「……は?」
目の前で起こったことが理解できない。
なんで。どうして。
そんな意味のない言葉ばかりが浮かんでは消えていった。
「……ふぅ」
少女は溜息をひとつ吐くと、少年の中から右腕を抜き出した。
「――――は?」
そこで。
オレはやっと、少女が何と戦っていたのかを知った。
「クソがぁ! 離せ! 離しやがれッ!」
少女の、返り血で赤黒く染まった腕の先。
そこで、何か赤紫色のモノが蠢いている。
人間のような頭がある。
人間のような胴体がある。
人間のような手もある。
人間のような足もある。
だが、小さい。
……そりゃそうだ。
そいつは、少年の腹部にすっぽり収まっていたのだから。
全身が赤紫色をした、まさに化物と呼ぶのがふさわしい姿。
オレは目の前にあるモノが信じられず、ただただ呆然とそれを見つめていた。
「汚ったないなぁ……」
だが、そいつの頭を鷲掴みにしている少女が戸惑っている様子はない。
あるのは、化物に対する嫌悪感だけだ。
「あっ」
少女は声を上げた。
化物の頭が、少女の手から、するりと抜ける。
「――ッ!」
そして、化物と目が合った。
化物は、その充血したような赤色の瞳を奇妙に歪め、
次の瞬間、オレの目の前に迫っていた。
「っ! 逃げてください!」
今ようやく、少女はオレの存在を認知したらしい。
少女が焦った声を上げた。
だが、遅い。
異常な跳躍力を見せた化物は、もうオレのすぐ目の前にいる。
少女が援護するには、少し遠い距離だろう。
つまり、オレ自身ががなんとかしなければならない。
「――――」
世界がスローモーションになる。
オレは、不思議と落ちついていた。
超能力。
葉月先生たちの話によると、間違いなくオレにもその素質があるのだという。
葉月先生の説明を思い出す。
『身体の奥深く。そこでうねっているモノを、外に向けて解放するだけでいい』
「――――――」
感じる。
自分の胸の奥で荒れ狂っているモノを、確かに感じる。
できる。
そう確信する。
「――食らえ」
オレは、右手を化物へと向け――
それを解放した。




