第8話 初めての食堂
「――お前ら、昼飯はどうするつもりなんだ?」
四限の授業が終わり、昼休みに入ったところ。
数学の教科書を片付けていると、善希がそんなことを聞いてきた。
「あー、特に何も考えてなかったわ」
朝からバタバタしてたから、昼飯のことにまで頭が回っていなかった。
ソラも首を横に振っている。
「じゃあ、俺達と一緒に食堂行かねーか? 今すぐに行けば、そんなに人も並んでないと思うし」
「おお、行く行く!」
願ってもない申し出だ。
食堂の場所は知らないし、寮生活を送る以上、食堂を利用する機会も多いだろう。
……そういえば、父さんや母さんからの仕送りとかはあるんだろうか。
何も無しだとさすがに辛いものがあるが……。
後でメールか何かで聞いておくか。
「梦とユークも一緒に行こうぜ!」
「ええ。それじゃ、仲原くんと小野原くんも一緒に行きましょうか」
緋鳥がそう言い、隣の白髪の少女と共に立ち上がる。
ああ、あの白髪の子がユークか。
外国人なのかな?
「ユークのことは食堂で紹介するから。ここで自己紹介までしてたら座る席が無くなる……!」
オレの不思議そうな表情を読み取ったのか、善希がそんなことを言った。
その言葉に同調するように、ユークがこくこくと頷く。
……どうやら、どこの学校でも、昼の食堂が混むのは変わらないらしい。
オレたちは教室を出た。
善希と緋鳥とユークが、オレとソラを先導するような形で歩く。
「…………」
ふと善希のほうを見ると、善希が目を細めて緋鳥のことを見ていた。
なぜか、少し怒っているようにも見える。
「……? どうしたの?」
その視線に気づいた緋鳥も善希を見返した。
「おい、梦。お前、秋二とソラに自分のこと名字で呼ばせてんのか?」
……言われてみれば、善希は緋鳥のことを名前で呼んでいる。
でも、緋鳥がオレたちのことを名字で呼ぶことに、何か問題があるのだろうか?
善希がそう問いかけると、緋鳥はバツの悪そうな顔をして、
「……だ、だって……いきなり名前で呼ぶなんて、恥ずかしいじゃない」
そう言いながら、善希から視線を逸らした。
「名字は距離感を感じるからやめとけって。後から名前で呼ぼうと思ってもなかなか難しいモンだぞ?」
善希が真剣な表情で言う。
「こいつらは、ただのクラスメイトじゃない。これから俺達と同じ寮で一緒に暮らす仲間なんだから」
……ん?
同じ寮で一緒に暮らす仲間?
「……そうね。善希の言うとおりだわ」
緋鳥は苦笑いを浮かべながらも、そう答えた。
……でも、無理もないと思う。
出会った日から名前で呼び合うことなんて、ほとんどないだろうし。
善希がフレンドリー過ぎるのだ。
ひと――梦が特別オレたちのことを嫌ってたりする訳じゃないはずだ。
そう考えないと少し凹む。
「それじゃあ改めて……これからよろしくな、梦」
「よろしく、ユメちゃん!」
「ええ、こちらこそよろしく。秋二、ソラ」
オレとソラの声に答えた梦の表情は明るい。
よかった。
一応、嫌われているわけではないらしい。
「というか、善希も寮生だったのか」
「あれ、言ってなかったっけ? そうだよ。俺と、俺の双子の妹の睦月、あとユークも寮生だな」
睦月……善希の隣の空いていた席の人か。
双子で同じ学校で同じクラスなんて、すげぇ珍しいな。
それに、
「ユークも寮生なんだ?」
オレの声に反応して、ユークがこくりと頷いた。
なるほど。
じゃあ、この昼食会は、寮生同士の親睦を深めよう、ってことなのね。
そんなことを話している間に、食堂に到着した。
少し古ぼけた印象を受けるが、汚いというほどではなく、そこそこの広さだ。
昼休みだからか、生徒の数も多い。
いくつかのカウンターでは、早くも短い行列ができている。
食券を購入し、列に並んでいる最中、善希から食堂の利用についての説明を受けた。
とはいえ、利用方法は他の食堂と大差ないようだ。
戸惑うようなことは何もなかった。
善希はカレーうどん、梦とユークとソラは定食を選んでいた。
オレは、お財布の中身と相談して、一番安い塩ラーメンを選んだ。
「それじゃ、いただきます」
席に着き、早速ラーメンを口に運ぶ。
……うん、普通に美味い。
しかし、なんか久しぶりに弁当じゃない昼飯を食べた気がする。
あっちの高校の時は、いつも昼飯は母さんが作ってくれた弁当だったからな。
――あ、そういえば。
「そういえば皆、弁当とか作ってこないの?」
ふと思った疑問を口にする。
「俺は作らないけど、睦月に作ってもらう日もあるな」
「作って来る日もあるわね」
「……たまに作る」
「たまーにだけど作るよ」
オレのそんな疑問に、善希、梦、ユーク(あと何故かソラ)がそれぞれ答えてくれた。
やはり、毎日ではないにせよ作って来るものらしい。
「いつも学食って訳じゃないんだな」
「そうね。朝ご飯と晩ご飯は皆で一緒に食べるから、晩ご飯の余り物を次の日のお弁当に入れたりすることはよくあるわ」
前半はともかく、後半はなんかお母さんみたいなこと言ってる。
「別に弁当は作らなくてもいいと思うが、食費を浮かせたいなら作ったほうがいいだろうな」
「……参考までに聴きたいんだけど、善希は料理できんの?」
「一応できるぞ。ってか、寮生は、寮生全員分の晩飯をローテーションで作ることになってるから」
「へー。大変なんだな」
おそらく、各自で晩飯を毎日作るのが面倒になって考案されたルールなのだろう。
「……なに他人事みたいに言ってんだ? お前らもやるんだぞ?」
「……え? マジで?」
そうか。
オレたちも、寮生になったら、寮生のルールは守らないといけないのか。
当たり前のことだが、失念していた。
……寮生活における細かいルールを聞いておく必要があるな。
「でもオレ、料理したことないんだよなぁ……」
「そんな不安そうな顔すんなよ! 最初のほうは俺らも手伝ってやるから大丈夫だって」
言いながら、善希がオレの肩を叩く。
「もちろん、ぼくも手伝うよ!」
「ああ。ありがとうな、ソラ」
先ほどの発言からもわかると思うが、ソラは割と家事ができる。
頼りになる味方である。
……まぁ、ちょうどいい機会だ。
ここである程度、料理を覚えてしまおう。
大学でも下宿して一人暮らしすることになったとき、自炊出来るのと出来ないのでは雲泥の差だろうし。
「最初は大変だと思うけど、何事も慣れよ。私も色々教えてあげるしね」
「ありがとう、梦……」
いい奴らだよホント。
「…………っ」
……ところで。
さっきから、ユークがチラチラとこちらを見ているような気がする。
いや、勘違い男とかそういうのじゃなくて。
「……そろそろ、秋二とソラに自己紹介してもいいか?」
しびれを切らしたのか、ユークが突然そんなことを言った。
少しぶっきらぼうな気はするが、耳に優しく響く声だ。
「あ、ごめんユーク。そういえば、まだ自己紹介してなかったな」
言いながら、善希がてへぺろを実演した。
誰も反応しなかった。
「自己紹介というほどのモノでもないんだが……」
そう前置きしてから、その人形のように美しい少女は言った。
「――ボクの名前はユーク・ウィンスレット。ユークと呼んでくれ」
「――――ッ!?」
身体の中を、衝撃が駆け抜ける。
れんげをラーメンの中に落としそうになった。
――――ボク?
「ボクっ娘……だと?」
オレは戦慄した。
まさか、実在したとは……。
あと、何か喋り方が男っぽい。
下手したらソラよりも男の子してるんじゃなかろうか。
ホントは男だったりしないよな?
いや、でも制服は女子のだし……。
「女の子……だよな? いや、何か逆に男とかいうこともあり得るのかもしれないとか――」
「ユークは正真正銘、女の子よ」
オレがテンパっていると、梦が助け舟を出してくれた。
「事情があって、日本語を教えてもらったのが葉月先生なのよ。それでちょっと癖になっちゃってるみたい」
「ああ……」
主語がなくても伝わった。
あの尊大な感じの喋り方の影響をモロに受けちゃってるのか。
それなら無理もないな……。
「……ボクは女の子だぞ?」
ユークがジト目でオレを睨んでいた。
ちっちゃい子みたいで可愛らしい。
「わかってるよ。改めて、よろしくな、ユーク」
「よろしくー、ユークちゃん!」
「……ん。よろしく。秋二、ソラ」
そう言って、ユークが微笑を浮かべる。
「――!」
その表情は、思わず息を呑むほど美しかった。
こうして、登校初日の昼休みの時間は過ぎていった。




