第7話 自己紹介!
二年三組。
そこが、オレたちの転入するクラスだった。
オレたちは今、その教室の前にいる。
そろそろホームルームが始まろうかという時間だ。
オレの耳に、教室の喧騒が届いてくる。
それをどこか懐かしく感じているのは、この音は、どの学校でも大して変わらないからだろうか。
「……なんか、わくわくするね」
オレの耳元で、ソラが囁く。
その顔にあるのは期待だ。
「そうだな!」
そりゃあ、わくわくするだろう。
ドッキドキ☆の新生活が始まるのだ。
不安が無いわけではないが、期待のほうがずっと大きい。
「それじゃあ、俺が呼んだら教室に入ってきてね」
「わかりました」
オレたちの担任は如月先生。
知ってる先生なので、多少気は楽だ。
当たり前だが、今はソラだけではなく、オレも制服に着替えている。
今日から授業だからな。
……今日から授業が始まるというのは、ついさっき知ったんだけどね!
――さて。
転校生イベント、第一弾だ。
「自己紹介、か」
そう。自己紹介である。
……自己紹介することなど全く想定していなかったので、もちろん何の準備もできていない。
如月先生は「適当でいいから」と言っていたので、まあ何とかなるだろう。
アドリブも実力のうちだ。
「あ、そうだ。すごく大事なことを言い忘れてたよ」
教室に入る直前、如月先生がそんなことを言い出した。
「超能力の存在を知っている生徒はほんの一握りだから、むやみに自分が超能力者だなんて言っちゃダメだよ」
「はい。わかりました」
元から、そんなことをペラペラと喋るつもりはないので問題は無い。
ソラも真面目な顔で頷いている。
満足げな表情でオレたちの返答を聞いた如月先生は、教室に入った。
「静かにー。ホームルームを始めるよー」
気の抜けた声が教室に響き、生徒たちの話し声が小さくなる。
「みんなおはよう。……今日は転校生を紹介する。入ってくれ」
如月先生の言葉に、教室がどよめいた。
転校生が来るということは知らされていなかったのだろうか。
「……うっし。行くか!」
「うん!」
オレたちは、二人並んで教室に足を踏み入れた。
教室中の視線が、オレとソラに集まる。
どこからか、「え? 二人?」「おお! 可愛い娘――ん?」という声も聞こえてきた。
……まぁ、普通は転校生が二人来ても、二つのクラスにバラけるからな。
一つのクラスに二人も来るのは異常だ。
あと、ソラは正真正銘オトコのコです。
「あうう……」
ソラは身を縮みこませていた。
あまり大勢の人間に囲まれることに慣れていないせいだろう。
オレは無意識に彼女の姿を探していた。
教室を見回すと、茶髪の奴がちらほらいた。
たしかここは私立高校だったと思うのだが、茶髪は禁止されていないようだ。
校則が緩いのか、校風が緩いのか。
そして、やっぱりいた。
緋鳥だ。
ちょうど真ん中の列の、一番後ろ。
微笑を浮かべながら、こちらに向かって軽く手を振っている。
こちらも手を振り返しておいた。
「ん?」
そのとき、緋鳥の隣に座っている少女に目が行った。
――白い。
一言で第一印象を述べるなら〝白〟だ。
その少女はとにかく白かった。
床につくのではないかというほどの長さの白髪に、血のような赤色の瞳。
その肌も、病的なまでに白い。
芸術品のような……触れることをためらってしまうような感じの美しさだ。
聞いたことがある。
たしか、アルビノとかいう遺伝子の突然変異……だったか。
「あ」
その少女とも目が合った。
彼女が不思議そうに首を傾げたので、オレも首を傾げ返しておいた。
……おっと。
いつまでも、こんなことをしているわけにはいかない。
自己紹介だったな。
「えーと。みなさん初めまして。仲原 秋二っていいます。
趣味は、興味が湧いたことを色々やってます。
どっちかというとインドア寄りですが、突然京都に行きたくなったりもします。
今日からよろしくお願いします!」
適当だが、こんなもんでいいだろう。
「――はい!」
オレが無難に自己紹介を終えると、そんな声と共に、教室の後ろ端のほうで手が上がった。
「え? 誰?」
僅かに面喰らいつつも、オレは、突然手を上げた少年のほうを見る。
そいつの特徴を端的に表すと、〝チャラいメガネ〟だった。
髪は明るい茶色で、パーマがかかっている。
ぱっと見、リア充っぽい。
その少年は、勝手にその場で起立した。
「俺の名前は高峰 善希! 善希って呼んでくれよな!」
「……お、おう」
なんなんだ、この学校。
高峰って名字の奴が多すぎないか?
今のところ、この高校で知り合った人間の高峰率が七割を超えている。
これ以上増えられたら、さすがに名前覚えきれんぞ……。
「そんなことより! 自己紹介が簡単すぎんよ。もっと詳細なのキボンヌ」
キボンヌて……。
いや、言動はかなりアレだが、言っていること自体はわからんでもない。
「とりあえず聞きたいんだけど、横の娘、お前の彼女?」
だが、次に少年――善希の口から発せられた言葉は、意味不明だった。
「……横のコ?」
隣を見る。
「ほえ?」
オレの隣には、不思議そうな顔でオレの顔を見つめているソラしかいない。
……ひょっとして、何か勘違いされてる?
「……えっと。ソラはオレの友達だぞ?」
「ふむ?」
善希がソラの顔を見る。
そして、何かに納得したように一つ頷くと、
「――なるほど。頑張れよ!」
そんな言葉と共に、善希はソラに向かってサムズアップした。
「う、うん! 頑張るよ!」
そして、その意味不明な言葉を受けてソラが善希にサムズアップし返す。
……なんだかよくわからないが、コミュニケーションが成立したらしい。
「それじゃあ、次は小野原くん。お願い」
静観していた如月先生がそう言い、教室が再び静寂に包まれる。
その中で、ソラが口を開いた。
「初めまして。
ぼくの名前は小野原 空です。
性別は男です。
よろしくお願いします」
……名前と性別しか言ってないけど、いいのだろうか。
「はい、二人ともありがとう。みんな拍手ー」
如月先生がそう言うと、そこそこの拍手が沸き起こった。
「みんなも質問やら何やらあると思うけど、時間が来たのでここで切ります。質問攻めにするのは休み時間にしてあげてね」
確かに、そろそろ授業が始まろうかという時間だった。
「……?」
何気なく善希のほうを見やると、満面の笑みを浮かべながら手招きしていた。
え? 何なの? 何かあるの?
「……キミたちの席は、善希の後ろ二つだ。左右は決めてないから適当に座って」
「わかりました」
善希の奇行はそういう意味だったか。
ということは、窓際の一番後ろの席だな。
そういえば、善希の斜め後ろには緋鳥と例の白い子の席があるので、そちらとも距離が近い。
……おお、めちゃくちゃイイ席じゃん。
内職し放題だし。
「よろしくな、兄弟!」
オレとソラが席に着くと、早速善希が話しかけてきた。
「ああ。よろしく」
「よろしくー」
善希は少し言動がアレだし、奇行が目立つけど、いい奴だな。
転入したばかりのオレたちを気にかけてくれているのが伝わってくる。
ありがたいことだ。
「あれ?」
そこで、オレは善希の隣の席が空いていることに気が付いた。
「隣の人、今日は休みなのか?」
「ん? ああ。睦月は、今日は何か用事があるらしくてさ。そのうち紹介するよ」
「そうか」
そう冷静に返事しつつも、オレの心の中は、新生活への期待でいっぱいだった。
こうして、オレたちは二年三組へと転入した。




