第4話 葉月との謁見
オレとソラは、如月先生に連れられて葉月先生の私室へと足を運んでいた。
緋鳥は学校の準備があるらしいので、さっき別れたのだが……。
『……それじゃあ、仲原くん、小野原くん。また後でね』
別れ際に、そんな意味深なセリフを残していた。
ソラは首を捻っていたが、オレにはわかる。
テンプレだ。
わかる。
わかるさ。
わかるとも。
きっと、オレと緋鳥とソラは、同じクラスなのだ。
そうに違いない。
「着いたよ。ここだ」
考え事をしていたせいで、あやうく前を歩く如月先生とぶつかりそうになった。
如月先生が立ち止まったのは、校長室の前だ。
そこで気付く。
「え? 葉月先生って、この学校の校長先生なんですか?」
「そうだよ。言ってなかったかな?」
「初耳です」
なるほど。
道理で、授業をほとんどしないわけだ。
……緋鳥の説明、ちょっと雑じゃね?
「キミたちなら大丈夫だとは思うけど、失礼のないようにね」
「はい」
「わかりました」
オレたちの返事を聞き、如月先生が扉をノックした。
「如月です。小野原くんと仲原くんを連れてきました」
『入れ』
中から聴こえたのは、少し高めの女の声。
「失礼します」
如月先生が扉を開け、校長室に入った。
オレたちも後に続く。
校長室は割と広かった。
たぶん、一般的な校長室の二倍はある。
部屋の両側には、よくわからない分厚い本や表彰状などが並べられていた。
部屋の中央では、高そうなテーブルを囲うように、高そうなソファーが鎮座している。
「いいなぁ……」
ソファーを眺めているソラの口から、そんな声が漏れた。
分かるぞソラ。
オレも、あの革張りのソファーの上で飛び跳ねたい。
そして、その部屋の一番奥。
そこに彼女はいた。
「御苦労。ずいぶん早かったじゃないか」
机の上に散乱している書類の束から、彼女は顔を上げた。
髪と瞳は吸い込まれそうな黒色。
肌は白く、透明感がある。
身に着けているのは、赤を基調としたデザインの和服だ。
この校長室という空間とはあまりにもミスマッチなそれが、オレに違和感を感じさせた。
おそらく、彼女が葉月先生だろう。
キツめの美人、というのが正直な第一印象だった。
いや、別に目が険しいとか、そういうわけではない。
なんと言えばいいか……雰囲気が怖いというか、そんな感じだ。
この人に逆らってはいけないと、本能が警鐘を鳴らしている。
「誰かさんのせいで、急に呼び出されましたからね。戻って来るのは昼頃だと聞いていたんですが」
如月先生が、非難するような口調でそう言った。
おい。
失礼のないようにと言っていた本人がそんな態度でいいのか。
「すまんすまん。――だが、気になることがあったのでな」
葉月先生の瞳が、オレの瞳をとらえる。
オレはその瞳の奥に、威圧のようなものを感じた。
「な、何ですか?」
だからだろうか。
オレの声は、少し震えていた。
「私のことを覚えているか? 仲原 秋二君」
「……えっ」
それはオレにとって、予想だにしていなかった質問だった。
「どうなんだ?」
再びオレに問いかけながら、葉月先生が目を細める。
「……すいません。覚えてないです」
覚えていない。
オレは、この人のことを知らない。
知らないはずだ。
こんな特徴的な人に、会った記憶はない。
「そうか」
オレの答えを聞くと、葉月先生はあっさりとオレから視線を外した。
緊張の糸が解ける。
「キミに、この高校への転入の説明をしたのは私だ」
「……え?」
何だって?
それじゃあ、オレは間違いなく葉月先生と会っていることになる。
だが、オレにそんな記憶はない。
「キミが覚えていないというのなら、改めて自己紹介しよう」
葉月先生は言葉を続ける。
「私の名前は高峰 葉月。この高峰高校の校長職に就いている者だ」
……ん?
高峰?
「高峰というと、如月先生とは親戚か何かですか?」
如月先生の名字も高峰だから、少し気になった。
「まぁ、そんなところだ」
……おっと、いけない。
自己紹介の途中だったな。
「僕の名前は仲原 秋二です。……すいません。葉月先生のこと覚えてなくて」
「構わんよ。それは人為的なモノだろうしな」
「……人為的なモノ?」
そうだ、と葉月先生は頷き、
「普通、関連したある特定の記憶だけが断片的に欠如することなどあり得ない。何者かが、キミの記憶を弄ったのだろう」
葉月先生は、あっけらかんとそう言った。
「――記憶を、弄る?」
オレは、その言葉の意味を理解できない。
「記憶を弄るって……どうやって」
「その辺の話も、ついでにすることにしようか」
葉月先生が、再びオレを見据えた。
「キミは……キミたちは、どうしてこの高峰高校に転入してきたのだと思う?」
それは、オレが先ほどからずっと疑問に思っていたことだった。
「……わからないです」
「それはな、キミと小野原君にとって、ここでしかできないことがあるからだ」
……ここでしか、できないこと?
なんだそれは?
如月先生が肩をすくめた。
ソラは、真剣な表情で葉月先生の話に聞き入っている。
「仲原 秋二君。そして、小野原 空君」
葉月先生は、オレとソラを見ながら、その言葉を告げた。
「キミたちが、超能力者だからだよ」




