第3話 思いがけない再会
「ここが職員室よ」
緋鳥に連れてこられたのは、先ほどの建物から少し離れた建物の二階だった。
言葉通り、ドアの上のプレートには『職員室』の文字が見える。
さっきの建物とは違い、こちらの建物はほとんどの部屋が教室になっているようだ。
まだ早い時間であるせいか、生徒の姿は見当たらない。
「まぁ、普通だな」
ちなみにオレは今、ズボンを穿いている。
さっき、もう一度部屋に戻って調べたところ、ベッドの下に収納スペースがあった。
そこに見慣れたズボンやらTシャツやらが、ぎっしりと詰まっていたのだ。
オレは反省した。
あのとき、オレにあとほんの少しでも冷静さがあれば、パンツのまま外に出るなどというふざけた行動はしなかったはずだ。
思いのほか、オレは冷静ではなかったのだろう。
「葉月先生がどこにいるか聞いてくるから、ちょっと待ってて」
「……お手数おかけします」
「大したことじゃないわ」
僅かに口元を緩ませながらそれだけ言って、緋鳥は職員室に入っていった。
「…………」
それにしても。
緋鳥は、アレだな。
世話焼きの姉ちゃんみたいな感じだな。
オレを見ている時の緋鳥の目は、手のかかる弟を見ているときのそれと同じものに見える。
兄貴や千春姉ぇが、オレに向ける目とそっくりだ。
「……同い年のはずなんだけどな」
そんなことを考えていると、緋鳥が職員室から出てきた。
「葉月先生、いないみたいね。昼ごろには戻るらしいけど」
「そうか……」
どうしようか。
緋鳥も今日は普通に学校があるみたいだし、これ以上はオレに付き合っていられないだろう。
オレ自身も気が引ける。
……冷静に考えると。
オレは、なんで自分がこんな所にいるのかは知りたいが、別にそれを知ることを急いでいるわけではない。
その葉月先生とやらが昼頃に学校に戻って来るのであれば、昼頃までオレが適当にその辺で時間を潰せばいいだけの話だ。
脳内でそう結論づけたオレは、隣の緋鳥を見た。
緋鳥は、なにやら考え込んでいる。
「どうしたんだ?」
「……如月先生を探したほうが早いかもしれないわね」
「如月先生?」
ええ、と緋鳥は頷き、
「如月先生は私達と同じ寮で生活してる先生なんだけど……あ、いたわ」
緋鳥の視線は、階段のところに向いている。
オレも、そこを見た。
「あれ、緋鳥さん? こんな朝早い時間にどうしたんだい?」
スーツ姿の男が、そこにいた。
身長は180cmぐらいだろうか。
少し長めの黒髪に、整った容姿。
イケメンである。
彼が如月先生だろう。
その隣にいるのは、制服を着た少年だ。
こちらの身長はそれほど高くない。むしろ低い。
だが、美少年だ。
その黒髪は一般的な男子高校生のそれよりも、かなり長い。
今は男子用の制服を着ているので男だとわかるが、女子用の制服を着せても違和感は無いだろう。
年上の女性にモテそうな、思わず守ってあげたくなる系の男子。
スーツ姿の如月先生と並んでいるだけで妄想が捗……いや、なんでもない。
というか。
「あ、秋二。おはよー」
「……ソラ?」
知ってる奴だった。
「仲原君、その人のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、オレの幼なじみだ」
小野原 空。
ソラとは、幼稚園のころからの付き合いだ。
そのあと小、中、高と、ずっと同じ学校に通ってきた。
恥ずいので口が裂けても言わないが、親友と言っても過言ではない。
「……秋二、そっちの女の子は?」
ソラが、緋鳥を見ながら言った。
「ああ、この子は緋鳥 梦さん。不審者状態で外をぶらついてたオレに声をかけてくれた恩人さ」
「不審者状態?」
「ズボン穿いてないまま、そのへん歩いてた」
「緋鳥さん、よく話しかけてくれたね!」
うむ。
わしもそう思う。
「……えーっと。ぼくは、小野原 空っていいます。よろしく、緋鳥さん」
おずおず、といった様子で、ソラが緋鳥に話しかける。
「緋鳥 梦よ。よろしく、小野原くん」
そう答えながら、ソラに向かって緋鳥が微笑んだ。
穏やかに対応する緋鳥を見て、ソラは安心したように息を吐く。
仕草がいちいち小動物っぽい。
「……なぁ、ソラ」
「ん? どうしたの秋二?」
ソラは、ニコニコしながらオレのことを見つめている。
……ソラがこの学校にいる理由。
それについて大体の予想はついているものの、やはり本人に確認してみるべきだろう。
「お前、なんでこんなところにいるんだ?」
「なんでって言われても……ぼくも、この高校に転入するからだよ」
ソラは困惑したような表情で答える。
それは、オレが半分予測していた答えだったが、
「も?」
「だから、秋二とぼくが、この高校に転入するから……え、何? 何なの? ぼく、何か変なこと言ってる?」
ソラがオロオロし始めた。
「いや、それがな……」
オレは、ソラと如月先生に事情を話した。
目が覚めたら寮にいたこと。
自分はここに来た記憶が無いこと。
身の危険を感じて外に出たところ、緋鳥と出会ったこと。
などなど。
一通り話し終えると、ソラと如月先生は揃って首を傾げた。
「……でも、秋二この前『オレ、高二になったら高峰高校に転入するんだ……』って言ってたよ?」
「なにその死亡フラグっぽい発言」
まったく記憶にございませんが。
「断片的な記憶の欠如か。……うーん」
如月先生は、なにやら難しそうな顔をしていた。
「えーと。如月先生でいいんですよね?」
「……ああ、そうか。すまない。自己紹介がまだだったね」
如月先生は居住まいを正し、
「俺はこの学校の教師の一人、高峰 如月だ。よろしくね、仲原くん」
そう言って、オレに向かって手を差し出してきた。
「あ、はい。よろしくお願いします」
オレはその手を握り返す。
「それで、さっきの話の続きなんですけど……如月先生は、何かわかりますか?」
「記憶の欠如かい? ……いや。それだけでは、まだ何とも言えないな」
「そうですか」
何やら含みがある言い方だった。
心当たりがあるのだろうか。
「それにしても、ちょうどよかった」
そう言いながら、如月先生が朗らかに笑った。
「仲原くんを呼びに行こうと思ってたんだけど、手間が省けたよ」
「それは怪我の功名でしたね」
ズボンも穿かずにその辺を徘徊した甲斐があったというものだ。
「それじゃあ、二人とも。そろそろ行こうか」
「……? 行くって、どこにですか?」
如月先生は、オレの質問に微笑を浮かべたまま答えた。
「もちろん、葉月さんのところへ、だよ」




