第28話 ある男の最期
俺は昔からオカルトが大好きだった。
いわゆる、未確認生物――UMAや幽霊、都市伝説といった類のものだ。
まさに物心ついた頃から大学生である現在に至るまで、俺はありとあらゆるオカルトを追い求めてきたと言っても過言ではない。
つい先日も、ネットの某オカルト掲示板で、とある書き込みを見つけた。
友人が行方不明になっている。
ありきたりな内容だ。
同じような書き込みなど、それこそ五万と見たことがある。
だが、そのスレは他とは少しだけ違った。
その行方不明になった友人を目撃した人がいたのだ。
その友人が最後に目撃されたのは、いわゆる夜の街と呼ばれるところ。
そこで見知らぬ少女とその友人がラブホテルに入っていくところを、その友人の知人が目撃していた。
もちろん、その友人の知人の証言が確かなものなのか、そもそも全くのデタラメであるのか判断はできない。
しかし、俺にとってそれが本当か嘘かどうかなど、さして重要ではなかった。
なぜなら、その話を聞いて、俺の頭の中である一つの都市伝説が引っかかったからだ。
――XANADU。
ザナドゥは世にも美しい少女の姿をしていて、男を誘う。
そしてその少女について行ったが最後、もう二度と現実の世界へと帰ることはできないという。
……そんな内容の都市伝説だ。
まぁ、よくある都市伝説のひとつにすぎない。
だが、この失踪事件とザナドゥを結びつけた者は俺だけではなかった。
俺と同じような考えを持った奴らがいたのだ。
さすがはオカルト掲示板の住民といったところか。
そこで、俺たちはその友人が失踪した現場に凸することにした。
凸――格好よく言い換えるとしたら、実地調査、ぐらいの意味合いになるだろうか。
一人、あるいは複数人で実際に現場に赴き、調査することを指す言葉だ。
他のメンバーたちは四月二十六日に行くことに決めたらしい。
俺はその日どうしても外せない用事があるので、必然的に他の奴らと一緒に行くことはできないことになる。
少し考えた結果、俺が現場周辺へと向かう日は四月二十五日に決めた。
他の奴らとは少々日程が合わないため、単独での凸となる。
平日だが、行くのは夜と決めていたので特に問題はない。
そんな折、ある人物からメールが届いた。
高峰善希。
俺と同じオカルト好きの仲間の一人だ。
善希は現在高二だそうだが、その割には聡明で行動力もある。
そして何より、人を引き付ける力を持っている。
俺は密かに善希のことを買っていた。
その善希が、その都市伝説は危険だという旨を俺に伝えてきたのだ。
一人では行かないほうがいい。
どうしても行くのであれば、せめてあと何人か連れて行ったほうがいいと。
なぜそんなことを言い出したのか善希に聞いたが、誤魔化された。
どうやら理由を教えてくれるつもりはないらしい。
……結局、俺は善希の忠告を無視した。
この都市伝説のどこが危険だというのか。
今回の凸先は、何の変哲もない街中だ。
特に人気のない山奥というわけでもない。
危険があるようには思えなかった。
それに……そう。
俺はわくわくしたのだ。
善希から漂う、非日常の気配に。
ずっとあこがれていたのだ。
ありえないことに。
ありえないモノに。
「…………ぁ」
俺は嘆息する。
だが、自分の喉から出た声は思いのほか小さなものだった。
……不意に、今までの記憶が浮かび上がる。
小学生のころ、友達と一緒に進入禁止の下水道に進入したこと。
中学生のころ、未確認生物を追い求めて全国を走り回ったこと。
高校生のころ、当時の彼女と一緒に隣の県の心霊スポットまで足を運んだこと。
そして、大学生の今。
善希の忠告を無視して一人で夜の街を歩いていた俺は、とんでもないほど可愛らしい美少女に逆ナンされて、そして――、
「…………」
――ああ、そうか。
これが、走馬灯というやつなのか。
視線を横に向ける。
「んー。やっぱり、あんまり美味しくないねー」
気の抜けたような少女の声が、部屋の中に響いた。
同時に、湿り気のある音が断続的に耳に届いている。
本能的に嫌悪感を覚える音。
それは他でもない、骨と肉を咀嚼する音だ。
……もっと正確に言えば。
俺の、骨と肉が咀嚼されている音だ。
何かが、俺の下半身を覆っている。
そいつの生暖かい口内で俺の足は砕かれ、唾液のようなものと絡められていた。
うつ伏せになっている今の体勢では、その何かを視認することはできない。
だが、わかっていることもある。
俺の足を食らっているこいつは、間違いなく人間ではないということ。
俺は今まさに、非日常を体験しているのだということ。
自分の身体を咀嚼されている音が聴こえる今の俺の心情を、どう言葉に表せばいいだろう。
恐怖だろうか。
怒りだろうか。
絶望だろうか。
……今の俺の中にあるのは、ただひとつの願いだけだった。
どうか、この時間が一刻も早く終わってくれますように。
圧倒的な喪失感と共に、ゆっくりと自分が食われている感触があった。
非日常を体験する代償はあまりにも大きなものだったが、気が狂いそうなほどの激痛の中にも、さきほどまでの俺は非日常の体験に一種の快楽を感じていたのだ。
……でも、もう無理だ。
なんでこんな激痛の中で正気を保っているのか。
早く殺してほしい。
それが叶わないのなら、さっさと狂ってしまいたい。
いつまで続くんだ。
もう終わりにしてくれ。
まだ終わらないのか。
早く終わらせてくれ。
早く、早く、早く早く早く早く――
「もーう、しょうがないなぁ」
そんな声と共に、俺の顔の上に影がかかった。
そこにあるモノを見て――
ぐちゃり。
――俺の意識は、永遠に途絶えた。




