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向日葵の監獄  作者: さとうさぎ
プロローグ
26/32

第26話 指切りげんまん


 観覧車から降りる。

 一回目にアミちゃんと乗った時と比べると、乗っていた時間がかなり長いように感じた。

 観覧車の中で話した内容の濃さからして、仕方のないことなのかもしれない。


「シュージ、お手てつないで?」


 光の速さで手を繋いだ。

 ちっちゃくてぷにぷにのお手てが、しっかりとオレの右手を掴む。

 アミちゃんは相変わらず可憐な笑みを浮かべていた。

 この幼女は間違いなく、オレが今まで見てきたものの中で一番かわいらしいものであろう。


 やはりお持ち帰りするべきなのではないか。

 そんな考えが脳裏をよぎる。


 っと、いかんいかん。

 自重せねば。

 オレはロリコンではないのだ。


「ああ、最後に一つ、秋二君に頼みがある」


 そんなオレたちの様子を静観していたヨーゼフさんが、オレに話しかけてきた。

 その様子は、先ほど『大罪』や『高峰』の話をしていたときよりも、だいぶ落ち着いたものであるように見える。


「……なんでしょうか?」


 というか、まだ何かあるのか。

 色々教えられすぎて、もう頭がパンクしそうなのだが。


 だが、ヨーゼフさんの口から飛び出したのは予想だにしていなかった言葉だった。


「アミラと、また会ってはもらえないだろうか?」


「え?」


 なんだって?


「アミラは、よほど秋二君を気に入っていると見える。もしよければ、アミラと友達になってやってほしい」


 ヨーゼフさんは微笑を浮かべながらそう言った。

 彼の視線の先には、オレと手を繋ぐアミちゃんの姿がある。


 それは、オレには『憤怒』の魔術師としてのヨーゼフさんの姿ではなく、アミちゃんの保護者としてのヨーゼフさんの姿に見えた。


「もちろん、喜んで!」


 ゆえに、断る理由もない。

 


「秋二君には、これを渡しておこう」


 そんな言葉と共に、ヨーゼフさんはふところから何かを取り出した。

 それを受け取る。


 名刺だ。

 名前や電話番号、メールアドレスなどが記されている。

 そのほか職業などの部分は、ヨーロッパ系の言語で書かれているようだ。

 少なくとも英語ではない。


 ……にもかかわらず、その文字列の意味をオレは把握することができた。


「演奏家、ユルゲン・ボルマン……?」


 名刺にはそう記されている。


「ワタシの()の連絡先だよ。もし何かあったら、ここに連絡してくれたまえ」


 なるほど、そういうことか。


「わかりました」


 アミちゃんがヨーゼフさんの庇護下ひごかにある以上、これはアミちゃんへの連絡先だ。

 ……それに、『大罪』側に協力すると決めた場合には、ここに連絡すればいいということでもあるのだろう。


「それでは、そろそろ解散しようか」


「そうですね。僕もそろそろ行かないと」


 名残惜しいが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 今この瞬間もソラたちを待たせているのだ。


「……シュージ、行っちゃうの?」


 小さな手が、オレの手をぎゅっと握りしめる。

 まるで、行かせない、とでも言うかのように。


「アミちゃん……」


 アミちゃんは、泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫。また会えるよ」


「むぅー……」


 そう言って頭を撫でるものの、アミちゃんの表情は晴れない。

 あ、そうだ。

 いいことを思いついた。


「じゃあ、約束しよっか」


「え?」


 アミちゃんが顔を上げる。


「指切りげんまんって言ってな。日本には、約束をするときにこれをやる習慣があるんだ」


 もっとも、最近あまり見かけないが。


「やるか?」


「やるっ!」


 オレはその場にしゃがみ込んだ。

 ちょうど、アミちゃんと同じぐらいの目線になる。

 アミちゃんのちっちゃな小指をオレの小指とからめて……準備完了だ。


「ゆーび切りげんまん、うーそついたらはーりせーんぼんのーますっ! ゆび切った!」


 アミちゃんは終始ぶんぶんとオレにつられて腕を振っていただけだったが、嬉しそうだった。


「これでまた会えるよ」


「うん!」


 アミちゃんは向日葵のような笑顔を浮かべている。

 やっぱり、女の子には笑顔が似合う。

 元気よく頷いたアミちゃんは、すぐにポケットからピンク色のスマートフォンを取り出した。


「シュージ、LINEこうかんしようよ!」


「すげぇスマホ使いこなしてるな!?」


 いや、別にいいんだけどさ。

 LINEって日本でしか普及してないんじゃなかったっけ?


 「ああ、そういえばその手もあったのか」などと呟いているヨーゼフさんを横目に、オレたちはLINEを交換した。


 ……指切りげんまんする意味あったのかな、これ。

 オレは少し嘆息する。

 そんな内心など知るはずもないアミちゃんが、オレの様子を見て小首を傾げていた。


 アミちゃんがオレの手を離し、ヨーゼフさんの隣に並ぶ。


「またLINEするね、シュージ!」


「お、おう」


 満面の笑みを浮かべながらそんなことを言われたせいで、少し挙動不審になってしまった。

 こんな幼女にときめいてしまうとは、不覚だ。


「それじゃあ、アミラ。帰るよ」


「じゃーねー! シュージ!」


 おじちゃんに頭を撫でられながら、こっちに向かってアミちゃんがぶんぶんと手を振る。

 オレはそれを微笑ましく思いながら手を振り返したのだった。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「さてと、戻るか」


 二人の影が見えなくなったあたりで、そう呟く。

 すぐにソラたちと合流しようと思っていたのに、思いのほか時間を取られてしまった。

 急いで合流しなければならない。


 ……ふと、ヨーゼフさんの言葉を思い出す。

 ヨーゼフさんは、『高峰』を信用してはならない、と言っていた。




 睦月は『高峰』だ。




 オレのことを監視しているというのも、本当のことなのかもしれない。

 信用してはいけない相手なのかもしれない。


 だから、オレが見極めよう。


 高峰睦月がどういう人間なのか、オレが見極めるのだ。

 いや、睦月だけではない。

 如月先生と葉月先生も、だ。


 ……正直に言うと、オレはヨーゼフさんの言葉を鵜呑みにするのは危険だと考えている。

 ヨーゼフさんは、『高峰』が、自分たちの都合のいいようにオレに嘘をつく可能性を示唆してくれた。


 だが、それはヨーゼフさんも同じではないのか。

 そう思ってしまった理由が一つある。


蛸蟲たこむしについて一切触れられなかったのが気になるんだよな……」


 睦月(いわ)く、魔術師は、蛸蟲たこむしを生み出している元凶だ。

 ヨーゼフさんはそれについて一言も触れなかった。


 もっとも、蛸蟲たこむしを生み出しているのは、ヨーゼフさんではなく他の魔術師なのかもしれない。

 ヨーゼフさんが蛸蟲たこむしの存在を知らない可能性すらある。


 だが、オレの頭の中では、あるひとつの可能性が浮かんでいた。

 ヨーゼフさんが、蛸蟲たこむしについて一切触れなかった理由。


 ……それは、ヨーゼフさんが、蛸蟲たこむしなどわざわざオレに言うほどのものではないと考えていたからではないのか。


 人間が一人死ぬことなど、何とも思っていないからではないのか。

 仮に『高峰』が狂人の集団だったとしても、それは『大罪』も同じことではないのか。

 下手をすれば、アミちゃんが蛸蟲たこむしを生み出している元凶である可能性すらあるのだ。


 今はまだ、何とも言えない。

 オレの中では、『大罪』と『高峰』が殺しあっていることなど、想像すらできていない段階だ。


「アミちゃんは、どこまで理解してるのかな」


 観覧車の中でオレとヨーゼフさんが話していたときは、アミちゃんは完全に蚊帳の外だった。

 オレたちの話を理解していたのか、怪しいところではある。

 精神年齢も、見た目と同じぐらいみたいだったしな。


 ……それと、もう一つ半信半疑なことがある。


 アミちゃんのLINEを開く。

 画面に映っているのは、『Amira Schaeffer』の文字。

 オレにはそれが、『アミラ・シェフェール』という日本語の意味を持った文字列に見える。


 さっきの名刺もそうだ。

 あれに書いてあったのは知らない言語であったにもかかわらず、オレにはその意味が把握できた。


 理解できないはずの言語の意味内容を理解できる力。

 これが『大罪』の能力のひとつ、『言霊との調和』なのだろう。


 英語の勉強をする必要がなくなったのは嬉しいが、そんなことを言っている場合でもなさそうだ。


 やはり、オレは『大罪』なのか?

 『大罪』にしか使えない能力を持っている時点で、ほぼ間違いないのだろうが、やはり実感が湧いてこない。

 

 ヨーゼフさんの言う通り、いずれオレは決めなければならないのだろう。

 『大罪』側か『高峰』側、どちらにつくのかを。


「なんで、こんなことになってんのかねぇ……」


 とりあえず、『大罪』と『高峰』のことはいい。

 今は、目先のことから解決していくとしよう。


 そう結論づけたオレは、ソラに連絡を入れたのだった。


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