第22話 おじちゃん
アミちゃんが、オレの背後から走っていく気配がした。
後ろを振り向く。
「アミラ、いったい今までどこへ行って……おや、その人は誰かね?」
走っていったアミちゃんを抱きとめながらそう問いかけたのは、灰色のスーツに身を包んだおじさんだった。
見た感じ、歳は四十代後半といったところ。
小皺が目立ち始めているものの、外国人特有の、彫りの深い精悍な顔立ちだ。
瞳は緑色で、赤茶色の髪を少し長めに伸ばしている。
ヨーロッパ系の外国人だろうか?
アミちゃんとは、あまり似ていないが……。
とにかく、優しそうな雰囲気のハンサムなおじさんである。
そのおじさんが、少し訝しげな顔をしながらオレを見つめていた。
無理もない。
こんな可愛い子と一緒に、どこの馬の骨ともわからぬ男が一緒にいるのだ。
血のつながった親子ではないのかもしれないが、おじさんのその態度からは、たしかにアミちゃんに対する娘への愛情のようなものが感じ取れた。
なぜアミちゃんと一緒にいたのかは、オレが説明する必要がありそうだな。
幸い、このおじさんも日本語がわかるみたいだし、そう難しいことではないだろう。
「シュージだよ!」
アミちゃんは、おじちゃんに頭を撫でられて、ご満悦の表情を浮かべながら言った。
「おじちゃんのことを、いっしょにさがしてくれたの!」
……オレが説明しようと思っていたが、アミちゃんが簡潔に説明してくれた。
アミちゃんの言葉を耳にすると、オレのことを眺めるおじさんの表情は柔らかいものになった。
「おぉ、そうかそうか。ありがとうねェ」
おじさんは微笑みながら、オレにお礼の言葉を口にする。
よかった。
優しそうな人だ。
「いえ、当然のことをしただけですから」
あの場面で、幼女を放置しておく、なんていう選択肢はありえなかった。
というか、なぜオレ以外にアミちゃんに声をかける人がいなかったのか不思議なくらいだ。
いや、単純に、オレがアミちゃんに声をかけた一番最初の人だったというだけなのだろう。
「そうだ、一緒に昼食でもどうかね? アミラを送り届けてくれたお礼に、何かおいしいものでも買ってあげよう」
おじさんが、それが名案だとでもいうような表情で言う。
「いっしょにお昼ご飯食べようよ、シュージ!」
アミちゃんも、軽くオレの服の袖を引っ張りながらそう言った。
ああ、もちろん。一緒に食べよう。
そう言いそうになったが、ふと思い出した。
「……すいません。せっかくなんですが、友達を待たせてるので遠慮しておきます」
いいかげん、ソラたちと合流しなければならない。
ユークのところから離れてから、そろそろ一時間ぐらいは経っている。
いくらソラに連絡を入れたと言っても、限度というものがあるだろう。
「シュージ、行っちゃうの?」
「う、うん」
オレのことを上目遣いで見つめるアミちゃんの瞳が揺れる。
今にも泣きだしそうだ。
とてつもない罪悪感に襲われる。
オレは、こんないたいけな幼女を泣かすのか?
そんなことをしてしまったら、人間失格ではないだろうか。
あ、そうだ。
オレだけがアミちゃんとおじさんと一緒に昼食を食べるのはあまりよくない。
でも、アミちゃんとおじさんも、ソラたちも一緒にみんなで昼食を食べるのはいいかもしれない。
「そうかね。それは残ね――」
咄嗟に思いついた妥協案を、おじさんに伝えようとした、そのときだった。
不意に、おじさんの言葉が止まった。
再び訝しげな表情になったおじさんは、まるで奇妙なものを眺めるような目でオレのことを見つめる。
それは、少し居心地の悪い視線だった。
「? どうしたのおじちゃん?」
少しだけうるうるが治まったアミちゃんが、おじさんに尋ねる。
もしかして、さっきのうるうるって自分でコントロールできるのだろうか。
できるのだとしたら、将来が心配になるレベルの小悪魔だ。
「……キミは」
おじさんは深刻な表情で、オレに問いかけた。
「キミは今、アミラのお願いを断ったのかね?」
「えーと。ま、まぁ、そういうことになりますかね?」
え? なに?
もしかして親馬鹿? 親馬鹿なのか?
「うちの子のおねがいを断るなんて! ムキーッ!」みたいな。
「――秋二君、だったね?」
おじさんの表情は、憂いの色を含んでいた。
「少し、アミラとワタシと秋二君で話がしたいのだが、かまわないかね?」
おじさんのその声には、有無を言わさぬ迫力があった。
それは、初めて葉月先生と対面したときに味わったものと、よく似ている気がする。
「え、ええ。まぁいいですけど」
その迫力に押されたせいで、おじさんのお願いを断れなかった。
結局、ソラたちには迷惑をかけっぱなしになってしまうが、仕方ない。
後で土下座でもなんでもしよう。
「ありがとう。人がいないような場所がいいのだが……ああ、ちょうどいい」
おじさんが、すぐ目の前にある赤い観覧車を見上げた。
「アレに乗ろうか」
「は、はぁ」
なんだか、妙なことになってきた。




