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向日葵の監獄  作者: さとうさぎ
プロローグ
20/32

第20話 アミちゃん


 オレは改めて、目に留まった幼女を眺めた。

 ……あんまり幼女幼女と連呼するとロリコンみたいなので、少女と呼ぶことにしよう。


 小学校低学年ぐらいの背丈なので、八歳か九歳ぐらいだろうか。

 漆黒のドレスを身に纏い、金色の髪が太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。

 腰のあたりまで伸びた金髪はピンク色のリボンで結ばれ、ツインテールになっていた。

 おそらく外国人だ。


 少女はキョロキョロと辺りを見回しては、首を傾げている。

 近くに、少女の保護者と思しき人影はない。




 迷子か。




 オレはよろよろとベンチから起き上がる。

 少女がこちらに気づく様子はない。

 オレは、背後からゆっくりと少女に近づいていき、


「キミ、どうしたんだい?」


 その少女に声をかけた。

 あんなに小さい子を、このまま放っておくことはできない。

 日本語が通じない可能性もあるが、それでも迷子センターに連れて行くぐらいのことはできるだろう。


「…………えっ」


 オレの声に反応して、少女がこちらを振り向いた。


 美しい少女だった。

 形のいい眉と小さな鼻に、桜色の唇。

 頬はわずかに紅色に染まっており、瞳は深い碧色あおいろ――金髪碧眼だ。

 そんな少女の碧い双眸そうぼうが、オレを見据える。


「――――っ」


 オレは息を詰まらせた。


 ……オレのことを見つめる少女の顔。




 その顔が、今にも泣き出しそうになっているように見えた。




「――アミに、話しかけてくれたの?」


 少女の口から漏れ出たのは、流暢な日本語だった。

 そして、そうオレに問いかける少女の顔に、先ほどまで確かにあったはずの深い悲しみの色はない。


「え? お、おう。そうだけど」


 さっきの少女の顔は、気のせいだったのだろうか。

 釈然としないものを感じるが、ひとまずそれは置いておこう。


「アミちゃんっていうのか。それで、どうしたんだ? お母さんやお父さんとはぐれたのか?」


 保護者の人はどこに行ったのだろうか。

 いくら日本の治安がいいとはいえ、子どもから目を離すのはよくない。

 特に最近は物騒だしな。

 光源氏的発想を持ったオッサンやロリコンに連れて行かれかねないぞ。


「……おじちゃんと、はぐれちゃったの」


「おじちゃん?」


「うん」


 おじちゃんというのは、アミちゃんの保護者さんだろうか。

 イマイチ要領を得ない返答だったが、アミちゃんにそれ以上詳しく教えてくれる様子はない。


 さて、どうしたものだろうか。

 やはり迷子センター的な場所に連れて行くのが無難か。


「……ねぇねぇ」


 アミちゃんが、オレの手を握った。

 やわらかく、少し汗をかいているせいかしっとりしている。

 簡潔な言葉で表すと、ぷにぷにだ。

 若いっていいね。


「おにいちゃんの名前は、なんていうの?」


「ッ!?」


 おにいちゃん。

 なんと甘美な響きであろうか。

 生まれてきてよかった。


 どうしよう。

 名前を教えるべきか。

 名前を教えたら、秋二おにいちゃんと呼ばれるのだろうか。

 想像しただけで心が躍る。


 だが、ただのおにいちゃん呼びも捨てがたいものがあるな。

 苦渋の決断だ。

 ……よし。


「オレの名前は秋二。そのまま名前で呼んでくれたらいいよ」


 しばしの葛藤の末、オレはようやく言葉を絞り出すことに成功した。

 「〝おにいちゃん〟のままでいいよ」と言わなかったオレを、誰か褒めてほしい。


「うん! わかった!」


 オレの返事を聞いたアミちゃんは、満面の笑みを浮かべて頷く。

 そしてオレの手を振りほどくと、照りつける日差しの中を突然走り出した。


「シュージ! はやくこっちきてー!」


「えっ、お、おい!」


 オレの言葉など耳に入ってはいないのだろう。

 アミちゃんは既に、かなり遠くへ行ってしまっている。

 思いのほか足が速い。


「ったく、しょうがねぇな」


 オレはアミちゃんが向かったほうへ走り出そうとしたが、


「あ」


 そうだ。

 オレの勝手な都合で、ここを離れることになる。

 ユークに連絡しておくべきだろう。

 ユークのLINE……は、そういえば知らないのか。

 クソ、今日までに聞いておけばよかったな。


 ……ソラにLINEを送っておけばいいか。

 今さらだけど、オレってソラ以外の寮の友達の連絡先も知らないじゃん。

 後で聞いておかないとな。


「よし」


 オレは今度こそ、アミちゃんが向かったほうへ走り出した。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 アミちゃんはすぐ見つかった。

 メリーゴーランドの前で、手持ち無沙汰な様子で立っている。

 その視線の先には、楽しそうにメリーゴーランドに乗る親子の姿があった。


「アミちゃん!」


 オレが声をかけると、アミちゃんがこちらを振り向いた。

 その顔には、向日葵のような笑みが浮かんでいる。


「シュージ! アミ、あれのりたい!」


「えっ」


 アミちゃんは右手でオレの腕を掴み、左手でメリーゴーランドを指差しながら、そんなことを言った。


「ねえシュージ、いいでしょ……?」


 そう尋ねながら、アミちゃんが正面からオレに抱き着く。

 下半身に、やわらかく、温かいものが密着した。


 悩んだのは一瞬だった。


「よし! 乗ろっか!」


「うん!」


 無理だった。

 こんな可愛い子のおねがいを断れるわけがない。

 マジでお持ち帰りしたい。


 っと、いかんいかん。

 自重しないと変態だと思われてしまう。

 オレは断じてロリコンではないのだ。

 断じて違う。


「シュージ! はやくはやくー!」


 アミちゃんが叫ぶ。

 メリーゴーランドのほうを見ると、ちょうど人が交代するところだった。


「うん、今行くから!」




 ……こうして、オレたちはメリーゴーランドに乗ることになったのだった。


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