第19話 仲原氏、ジェットコースターで酔うの巻
――幸せって、なんなんだろう?
それは、多くの先人たちが答えを求め続け、いまだに誰もが納得する結論へと至っていない問いであろう。
ここは遊園地だ。
遊園地ということはすなわち、娯楽施設のはずだ。
娯楽施設とは、利用する人々に幸福感や満足感といったものを提供する場所であるべきではないのか。
「……おえっ」
そこまで考えて、今のオレが長々と考察を続けるのは自殺行為だと、ようやく気付いた。
そもそも考察と呼べるほどの長さでもなかったのだが、それを冷静に指摘できる者はオレを除いてここにはいない。
「秋二、大丈夫か?」
隣に腰かけているユークが、形のいい眉を顰めてオレに問いかける。
こちらの身を案じているその表情は、男なら思わず「イェス」と答えてしまいそうになる可憐なものだったが、
「いいえ、大丈夫じゃないです」
大丈夫じゃない。
オレは今、大変グロッキーな状態となっていた。
無論、例のキチガ……じゃなくて、狂気のジェットコースターに色々とシェイクされたせいである。
おそらく今のオレは、真っ青な顔で死んだような目をしているに違いない。
ちなみに今は、ジェットコースターの近くにあった日よけ付きのベンチの上で横になっている。
けっこう風が吹いているので、日陰になっているベンチ周辺は割と涼しい。
ユークは微妙に距離をとりつつも、寝転がっているオレの隣に腰かけていた。
そう。
グロッキー状態のオレに、ソラではなくユークが付き添ってくれているのだ。
こういうときにいつもオレに付き添ってくれるはずのソラは、睦月と善希と梦に再びジェットコースターに連行されていった。
ちょっと泣きそうな顔をしていたのが気の毒だったが、そのときのオレには口をはさむ元気もなかった。
許せソラ。
そして、
「ありがとうなユーク。オレのために残ってくれて」
オレはユークに感謝の言葉をかけた。
ユークは本来ならジェットコースターに乗れたものを、オレの付き添いをしているのだ。
不平不満もあるだろうに。
だが、ユークから返ってきたのは意外な言葉だった。
「いや……実はボクも、アレあんまり好きじゃないんだ」
そう言ってユークが指差した方向には、先ほどの殺人コースター。
「あれ? そうなんだ?」
あの殺人コースターに乗ってもけろっとしていたから、てっきりユークもジェットコースター好きなのかと思っていた。
しかし、そういうわけでもないらしい。
「乗れないことはないんだが、自分から好んで乗ろうとは思わないな」
「へぇー」
「スリルを楽しむという感覚が、どうしても理解できない」
そう語るユークの瞳は、どこか遠くを眺めているように見えた。
「楽しいんだけどな」
あんなキチ○イじみたジェットコースターはともかく、普通のジェットコースターに乗るのは楽しい。
軽く達してしまいそうになる。
……あ、そうだ。
「ユークって、昨日どっか行ってた?」
「ん? 昨日はちょっと買うものがあったから、街へ出ていたぞ」
「そうだったのか」
道理で見かけなかったわけだ。
昨日は、ソラ以外みんな忙しかったらしく、昼ごろは誰にも会わなかったからな。
なので、中庭でソラと一緒にずっと触手を出す練習をしていた。
ただ触手を出すのではなく、色々と試した。
長くしたり短くしたり、細くしたり太くしたり、分泌液の量を減らそうとしたり。
ちなみに練習の結果、『何かぬるぬるしてる』触手を『しっとりしてる』程度に変えることに成功した。
一日の成果としては上々だろう。
二回目のときは気づかなかったが、触手を出すときの皮膚を突き破るような感触は初めの一回目だけだったようだ。
あと、オレは超能力を複数回使っても頭痛がするようなことはなくなった。
ソラは超能力を何回か使うと頭が痛くなってくるようだが……。
もしかしたら、触手って案外低燃費なのかもしれない。
「そういえば、ユークの超能力って何なの?」
今思うと、オレはソラ以外のみんなの超能力を実際に見たことがない。
この機会に是非教えてほしい。
「……えっと」
なぜかそこで、ユークは口ごもった。
だが、やがて意を決したように頷くと、
「て、天使みたいな羽根が生えるんだ。背中から」
ユークは恥ずかしげな表情を浮かべながらそう言った。
心なしか顔が赤い。
「なにそれ超メルヘンチック」
こんな可愛い娘に天使の羽根が生えるとか、リアル天使じゃないですかやだー。
「ちなみに、飛べたりすんの?」
「……実は飛べる」
「え!? 飛べんの!?」
マジか!
冗談で聞いたんだけど!
「でも目立つから、使い勝手は悪いぞ?」
「あー、そりゃ目立つよな」
天使っぽい少女が、天使っぽい羽根を生やして飛んでいたら、そりゃあ目立つだろう。
なるほど、確かに使い勝手がいいとは言えないか。
しかし、ほかの人の超能力の話を聞くのは面白いな。
後で他のみんなにも、自分の超能力を教えてもらおう。
「それにしても暑い。冷たいものがほしくなってくるよなホント」
風が吹かなくなってきたせいか、日陰にいるにもかかわらず少し汗ばんできた。
善希じゃないが、今日の太陽さんはもうちょっと怠惰でもいいと思う。
「アイスクリームでも買ってこようか?」
「あ、いいねー。アイスクリームでも食べて涼もうぜ」
ユークと話しているうちに、気分のほうもだいぶマシになってきた。
やはり美少女には癒しの力があるのだろう。
このぐらいなら、立ち歩いても問題なさそうだ。
「わかった。じゃあ行ってくる」
「いやいや、オレが行くよ」
女の子にアイスをパシらせるわけにはいかないだろう。
オレがそう言うと、ユークは表情を曇らせた。
「秋二はまだ安静にしてたほうがいい。体調が悪いのに立ち歩くのはよくないぞ?」
「えっと、まあそうなんだけど」
「大丈夫だ。すぐ戻ってくるからな」
そう言い残し、ユークは日傘を差して行ってしまった。
残ったのは、アトラクションの音と、どこか遠くに聴こえる子どもの笑い声だけ。
「……なにしてんだ、オレ」
結局、ユークにパシらせることになってしまった。
冷静に考えると色々と間違っているような気がする。
というか、ユークが男らしすぎる。
普通、男女逆だよね、こういうのって。
「ん?」
そんなとりとめもないことを考えていると、視界の端に奇妙な色が映った。
金髪。
日本で金色の髪をもつものは珍しい。
咄嗟にそのほうへ目を向ける。
「……なにしてんだ、あの娘?」
ベンチの上でだらしなく寝転がっているオレの視線の先にいたのは――
パツキンの幼女だった。




