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向日葵の監獄  作者: さとうさぎ
プロローグ
18/32

第18話 狂気への誘い


 というわけで、翌日の日曜日。


 オレたちは善希との約束通り、遊園地――ヴォルカニックランドにやってきた。

 入り口からは、この遊園地の名物であるらしい、イカれた傾斜が特徴の巨大なジェットコースターが視認できる。

 日曜日だからか家族連れや外国人らしき人も多く、とても賑わっていた。

 天気も良いので、絶好の遊園地日和? となるかと思っていたのだが。


「クソ暑いな……」


 いかんせん、天気が良すぎた。

 暑い。

 とにかく暑い。

 容赦なく照りつける太陽の光が、オレの肌をじりじりと焼いている。


「太陽仕事しすぎぃ……もっと怠惰になってもいいのよ?」


 善希がうんざりした様子で、そんなことを口走っていた。

 そう言いたくなる気持ちはわかる。

 この日差し、とても四月とは思えない。


「あはははは! 軟弱ですねお二人とも!」


「あ?」


 暑さでダレているオレたちをからかうような、無駄に元気な睦月の声が聴こえてきた。

 テンションが高い。

 鼻歌でも歌いだしそうな陽気さだ。


「元気だな、睦月」


「無論です。暑さ対策は万全ですので」


 睦月はニヤリと口元を歪めながら、メガネをクイッと上げる動作をした。

 もちろんメガネは掛けていないので、傍から見れば意味不明である。

 おそらく、兄がよくやる癖を真似たものだろう。


 ちなみに睦月の服装は、麦わら帽子に白いワンピース。

 その可愛らしい容姿と相まって、清楚なイメージを抱かせるものだ。

 だが、オレは知っている。

 お前がオールラウンダーだということを。


「あれ?」


 ふと、違和感を感じた。

 隣にいる睦月のほうから、冷たい空気が漂ってきている。

 こんなかんかん照りの日に冷気が漂ってくるなんて、どう考えても不自然だ。

 と、いうことは。


「もしかして睦月、何か超能力使ってる?」


「あ、わかります?」


 そう言って睦月は、オレのほうに手を差し出した。

 睦月のほうから来た冷風が、優しくオレの顔を撫でる。

 冷風が来たのは一瞬のことだったが、


「涼しい!」


「お察しの通り、超能力を使って冷気を出してるんですよ」


「なにそれ超ほしい」


 便利すぎる。

 ずっと、自分の周りだけクーラーがついているようなものだ。


「秋二さんも触手で涼めばいいじゃないですか」


「いや無理だろ」


 どうやって触手で涼めというのか。

 ――ん? ちょっと待てよ。


「触手にうちわを持たせてあおげば……」


 ダメだ。

 そもそもオレの『触手』は、公衆の面前で使えるような超能力ではない。


「…………よいしょ」


 少し睦月のほうに寄ってみる。

 おお、涼しい。

 ここが地上の楽園か。オアシスか。


「どうしたんですか突然」


 急に近づいてきたオレに警戒しているのか、睦月が訝しげな声をあげる。


「えーっと……睦月ちゃんとお近づきになりたいなーって」


 オレの言葉を耳にするや否や、睦月はそそくさとオレから距離をとった。


「どうせわたしの身体が目当てなんでしょう? わたし、そんな軽い女じゃないので」


「いや、身体っつーか冷気が」


 割と切実に冷気がほしい。


「ええのう、睦月ちゃんや」


「……なんですか、兄さんまで」


 老人のような言葉遣いで会話に割り込んできたのは、善希だった。

 その顔面には、邪悪な笑みが張り付いている。


「おにいちゃんに、その冷気をわけてくれたりはしないかえ?」


 オレと同じような考えを持ってる奴がここにもいたよ。


「ダメです。あんまり甘やかしたら軟弱系男子になっちゃいますから」


「ちぇー、けち」


 睦月の反応は冷淡なものだった。

 そして、善希の反応はまさに子どものそれだった。

 善希のほうはふざけているだけなのだろうが、睦月のほうは真面目に言ってるっぽくて少し怖い。


「ふむ」


 睦月と善希の会話を静観していたオレの頭の中には、ある一つの考えが浮かんでいた。


「ソラ、睦月のアレ『複写トレース』できねぇの?」


「ふぇ?」


 突然オレに話しかけられたソラが、素っ頓狂な声を上げる。


「あ、ごめん。秋二たちの話聞いてなかった」


「ああ、そりゃそうだよな」


 どうやら、ソラと梦とユークは、オレたちの後ろで雑談に興じていたようだ。

 冷気云々(うんぬん)の話を聞いていないのも仕方ないだろう。


「どうしたの?」


 梦とユークも不思議そうな顔をしていた。

 オレはソラたちに事情を説明する。


「えーっと……要するに、睦月のあれを『複写トレース』すればいいの?」


「そういうことだな」


 つまりオレは、超能力をコピーする力を持つ『複写トレース』の超能力ならば、睦月の謎技もコピーできるのではないか、と考えたのだ。

 ソラがコピーした超能力で涼むのであれば、睦月もオレに口出しすることはできまい。


「わかった。ちょっと待ってね」


 すまん、ソラ。

 冷気のために頑張ってくれ。


「…………うーん」


 ソラは、しばらくの間うなっていたが、


「……できないね」


「できない?」


 不本意そうな表情を浮かべながらも、ソラは「うん」と頷き、


「なんか秋二の触手と同じような感じなんだよね。コピーできる気がしないっていうか……」


「あー、私の超能力を『複写トレース』するのは無理だと思いますよ」


 ソラの言葉が耳に入ったのだろうか。

 睦月は少し苦笑いしながら、そう言った。


「え? なんで?」


「わたしの超能力は、ちょいと特殊なので」


「ふーん?」


 よくわからないが、オレやソラよりも超能力に詳しそうな睦月がそう言っているのだ。

 本当に『複写トレース』ではコピーできないのだろう。

 なんか、制約が多くて思ってたより不便だな。『複写トレース』って。


「それよりみなさん! 手始めにアレに乗りませんか?」


「ん?」


 睦月が指差した先にあったのは、先ほどのイカれた傾斜が特徴のジェットコースターだった。


「おう! 乗るか!」


「うん。いいんじゃないかな」


「いいわよ」


「ジェットコースターはあまり好かないが……たまにはいいか」


 オレ以外の五人は、既にあのジェットコースターに乗る方針を固めているようだ。


「へぇー。みんなはアレに乗りたいんだ?」


 ふーん。そうか。

 まあアリなんじゃないかな。うん。


「でも正直、気分が乗らないっていうか――」


「あれれー?」


 睦月が、某名探偵のようなショタ声でそう言った。


「まさか秋二さん――怖いんですか?」


「べっ、べべべべ別に怖くねぇし! あんなの楽勝だし!」


 怖いとかじゃないんだけどね。

 楽勝なんだけどね。うん。

 ただ、ちょっとだけ気分が乗らないというか。


「じゃあ決定ですね! ささっ、善は急げですよー!」


「え、あの、ちょっ」


 件のジェットコースターの前には、長蛇の列ができていた。

 普通のアトラクションなら憂鬱さしか感じないが、今このときに限っては感謝しかない。


「ほら、あのジェットコースター、人がすごい並んでるしさ! 他の空いてるやつとかに乗ればいいんじゃないかな!?」


「大丈夫ですよー。この特別パスがあれば、待ち時間無しでアトラクションを楽しめますから」


 そう言って睦月がどこからか取り出したのは、やたらとキラッキラした装飾が施された一枚のカードだった。


「でもそれ、一枚で一人分とかそういう系の……」


 オレの言葉が終わらないうちに、睦月が指をスライドさせると、そのカードが六枚に増えた。


「――ぁ」


 自分でも、顔が引きっているのがわかった。

 もう、打つ手はない。


「さぁ、秋二さん。行きましょうか」


 睦月が微笑む。

 オレにはそれが、弱者をなぶって愉しむ悪魔の笑みにしか見えなかった。




 こうしてオレは、狂気のジェットコースターに連行されたのだった。


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