第18話 狂気への誘い
というわけで、翌日の日曜日。
オレたちは善希との約束通り、遊園地――ヴォルカニックランドにやってきた。
入り口からは、この遊園地の名物であるらしい、イカれた傾斜が特徴の巨大なジェットコースターが視認できる。
日曜日だからか家族連れや外国人らしき人も多く、とても賑わっていた。
天気も良いので、絶好の遊園地日和? となるかと思っていたのだが。
「クソ暑いな……」
いかんせん、天気が良すぎた。
暑い。
とにかく暑い。
容赦なく照りつける太陽の光が、オレの肌をじりじりと焼いている。
「太陽仕事しすぎぃ……もっと怠惰になってもいいのよ?」
善希がうんざりした様子で、そんなことを口走っていた。
そう言いたくなる気持ちはわかる。
この日差し、とても四月とは思えない。
「あはははは! 軟弱ですねお二人とも!」
「あ?」
暑さでダレているオレたちをからかうような、無駄に元気な睦月の声が聴こえてきた。
テンションが高い。
鼻歌でも歌いだしそうな陽気さだ。
「元気だな、睦月」
「無論です。暑さ対策は万全ですので」
睦月はニヤリと口元を歪めながら、メガネをクイッと上げる動作をした。
もちろんメガネは掛けていないので、傍から見れば意味不明である。
おそらく、兄がよくやる癖を真似たものだろう。
ちなみに睦月の服装は、麦わら帽子に白いワンピース。
その可愛らしい容姿と相まって、清楚なイメージを抱かせるものだ。
だが、オレは知っている。
お前がオールラウンダーだということを。
「あれ?」
ふと、違和感を感じた。
隣にいる睦月のほうから、冷たい空気が漂ってきている。
こんなかんかん照りの日に冷気が漂ってくるなんて、どう考えても不自然だ。
と、いうことは。
「もしかして睦月、何か超能力使ってる?」
「あ、わかります?」
そう言って睦月は、オレのほうに手を差し出した。
睦月のほうから来た冷風が、優しくオレの顔を撫でる。
冷風が来たのは一瞬のことだったが、
「涼しい!」
「お察しの通り、超能力を使って冷気を出してるんですよ」
「なにそれ超ほしい」
便利すぎる。
ずっと、自分の周りだけクーラーがついているようなものだ。
「秋二さんも触手で涼めばいいじゃないですか」
「いや無理だろ」
どうやって触手で涼めというのか。
――ん? ちょっと待てよ。
「触手にうちわを持たせて扇げば……」
ダメだ。
そもそもオレの『触手』は、公衆の面前で使えるような超能力ではない。
「…………よいしょ」
少し睦月のほうに寄ってみる。
おお、涼しい。
ここが地上の楽園か。オアシスか。
「どうしたんですか突然」
急に近づいてきたオレに警戒しているのか、睦月が訝しげな声をあげる。
「えーっと……睦月ちゃんとお近づきになりたいなーって」
オレの言葉を耳にするや否や、睦月はそそくさとオレから距離をとった。
「どうせわたしの身体が目当てなんでしょう? わたし、そんな軽い女じゃないので」
「いや、身体っつーか冷気が」
割と切実に冷気がほしい。
「ええのう、睦月ちゃんや」
「……なんですか、兄さんまで」
老人のような言葉遣いで会話に割り込んできたのは、善希だった。
その顔面には、邪悪な笑みが張り付いている。
「おにいちゃんに、その冷気をわけてくれたりはしないかえ?」
オレと同じような考えを持ってる奴がここにもいたよ。
「ダメです。あんまり甘やかしたら軟弱系男子になっちゃいますから」
「ちぇー、けち」
睦月の反応は冷淡なものだった。
そして、善希の反応はまさに子どものそれだった。
善希のほうはふざけているだけなのだろうが、睦月のほうは真面目に言ってるっぽくて少し怖い。
「ふむ」
睦月と善希の会話を静観していたオレの頭の中には、ある一つの考えが浮かんでいた。
「ソラ、睦月のアレ『複写』できねぇの?」
「ふぇ?」
突然オレに話しかけられたソラが、素っ頓狂な声を上げる。
「あ、ごめん。秋二たちの話聞いてなかった」
「ああ、そりゃそうだよな」
どうやら、ソラと梦とユークは、オレたちの後ろで雑談に興じていたようだ。
冷気云々の話を聞いていないのも仕方ないだろう。
「どうしたの?」
梦とユークも不思議そうな顔をしていた。
オレはソラたちに事情を説明する。
「えーっと……要するに、睦月のあれを『複写』すればいいの?」
「そういうことだな」
つまりオレは、超能力をコピーする力を持つ『複写』の超能力ならば、睦月の謎技もコピーできるのではないか、と考えたのだ。
ソラがコピーした超能力で涼むのであれば、睦月もオレに口出しすることはできまい。
「わかった。ちょっと待ってね」
すまん、ソラ。
冷気のために頑張ってくれ。
「…………うーん」
ソラは、しばらくの間うなっていたが、
「……できないね」
「できない?」
不本意そうな表情を浮かべながらも、ソラは「うん」と頷き、
「なんか秋二の触手と同じような感じなんだよね。コピーできる気がしないっていうか……」
「あー、私の超能力を『複写』するのは無理だと思いますよ」
ソラの言葉が耳に入ったのだろうか。
睦月は少し苦笑いしながら、そう言った。
「え? なんで?」
「わたしの超能力は、ちょいと特殊なので」
「ふーん?」
よくわからないが、オレやソラよりも超能力に詳しそうな睦月がそう言っているのだ。
本当に『複写』ではコピーできないのだろう。
なんか、制約が多くて思ってたより不便だな。『複写』って。
「それよりみなさん! 手始めにアレに乗りませんか?」
「ん?」
睦月が指差した先にあったのは、先ほどのイカれた傾斜が特徴のジェットコースターだった。
「おう! 乗るか!」
「うん。いいんじゃないかな」
「いいわよ」
「ジェットコースターはあまり好かないが……たまにはいいか」
オレ以外の五人は、既にあのジェットコースターに乗る方針を固めているようだ。
「へぇー。みんなはアレに乗りたいんだ?」
ふーん。そうか。
まあアリなんじゃないかな。うん。
「でも正直、気分が乗らないっていうか――」
「あれれー?」
睦月が、某名探偵のようなショタ声でそう言った。
「まさか秋二さん――怖いんですか?」
「べっ、べべべべ別に怖くねぇし! あんなの楽勝だし!」
怖いとかじゃないんだけどね。
楽勝なんだけどね。うん。
ただ、ちょっとだけ気分が乗らないというか。
「じゃあ決定ですね! ささっ、善は急げですよー!」
「え、あの、ちょっ」
件のジェットコースターの前には、長蛇の列ができていた。
普通のアトラクションなら憂鬱さしか感じないが、今このときに限っては感謝しかない。
「ほら、あのジェットコースター、人がすごい並んでるしさ! 他の空いてるやつとかに乗ればいいんじゃないかな!?」
「大丈夫ですよー。この特別パスがあれば、待ち時間無しでアトラクションを楽しめますから」
そう言って睦月がどこからか取り出したのは、やたらとキラッキラした装飾が施された一枚のカードだった。
「でもそれ、一枚で一人分とかそういう系の……」
オレの言葉が終わらないうちに、睦月が指をスライドさせると、そのカードが六枚に増えた。
「――ぁ」
自分でも、顔が引き攣っているのがわかった。
もう、打つ手はない。
「さぁ、秋二さん。行きましょうか」
睦月が微笑む。
オレにはそれが、弱者を嬲って愉しむ悪魔の笑みにしか見えなかった。
こうしてオレは、狂気のジェットコースターに連行されたのだった。




