第12話 初めての超能力講座 ―秋二の場合―
遠くからカラスの鳴き声が聴こえてくる。
夕焼けが、辺りを朱色に染めていた。
もうすぐ日が暮れようかという時間。
そんな中、葉月先生がおもむろに口を開く。
「今日の講座は、仲原と小野原の超能力の発動のみを行う。それ以外の者は好きにしろ」
だが、そんな葉月先生の言葉を聞いても、その場から動こうとする者は一人もいなかった。
どうやら、みんなもオレとソラの練習を見届けてくれるらしい。
「では、まずは仲原。お前からやってみろ」
「わかりました」
一度、超能力の発動に成功しているオレのほうが適任だと判断したのか、葉月先生はそう言った。
「秋二! 頑張ってね!」
ソラの激励に、軽く手を振って応える。
今、オレは寮の前の広場の中心にいる。
その周りを囲うように、梦たちがオレを見つめていた。
それにしても、ソラ以外の視線が妙に生暖かい。
なんか「そういえば昔、俺たちもアレやったなぁ……」みたいな雰囲気に包まれている。
変なところで新入り気分を味わっていた。
「自分の身体の奥深くにあるモノを感じろ。目を閉じて集中すれば自然とわかるはずだ」
葉月先生の言葉に頷き、オレは立ったまま瞳を閉じる。
完全に真っ暗にはならないものの、集中するだけならこれで十分だ。
しばらくすると、地面に立っている感覚が希薄になってきた。
「……っ」
何かの中に、どんどん沈んでいくような錯覚に襲われる。
これが、自分の身体の中を感じるということなのだろうか。
目を閉じてずっと立ってたら、誰でも同じような状態になりそうなものだが。
そして。
「っ!!」
見つけた。
身体の奥深くのほうで、何かが蠢いている。
それを感じたせいか少し気分が悪くなったが、問題ない。
葉月先生が言っていた〝自分の身体の奥深くにあるモノ〟というのは、これのことだろう。
さっき、あの化物と相対していた時と同じ感覚。
「見つかったようだな」
オレの表情から成功を読み取ったのか、葉月先生が薄く微笑む。
「はい」
一度、超能力の発動に成功していたからか、それを見つけること自体は比較的容易だったように思う。
「では、解放しろ。一度手のひらから出しているのであれば、同じところから出すことを意識したほうがいいだろう」
「……はい」
オレは右腕を正面に突き出した。
思った以上に触手が伸びたら危ないかもしれないので、右腕の進行方向にいた善希には少し横にずれてもらった。
「すーっ、はぁーっ」
作業を始める前に、深呼吸をひとつ。
集中だ。
一回超能力を使ったおかげで、何をすればいいのかは漠然とわかっていた。
身体の中に蠢いているものを、ゆっくりと右腕の先に集めるようなイメージを浮かべる。
そうすれば、おそらく、
「……っ」
来た。
先ほどと同じ、腕の中を何かが這い回っているかのような強烈な不快感。
それを押し殺し、
――解放した。
「――――っ!」
オレの手のひらから、さっき見たアレが生えてきていた。
さっき見たアレというか、触手である。
長さと太さは、さっき出てきた触手とそう大差ない。
色は赤紫色だ。
……さっき出てきたモノと若干色が異なるのは、何でなのだろうか。
「やっぱり、こうなるよな」
他の超能力が発動するかもしれない、という淡い期待は消えた。
いや、別に期待なんてしてなかったけど。
嘘じゃないよ。ホントだよ。
「ほう」
葉月先生は、何やら関心したような声を漏らしていた。
その隣には睦月がいる。
「実に素晴らしい触手だな」
「わたしもそう思います。葉月さん」
聞かなかったことにしよう。
一方、睦月と葉月先生以外の四人は、みんな驚愕の表情を浮かべていた。
「えっ?」
「なにかしら、あれ?」
「触手――だと?」
「…………」
ソラと梦は、オレが出しているものが何なのか把握できていないようだ。
善希は、オレの触手を見て目を見開いている。
「うおおおおおおお!! スッゲェ!! なにそれどーなってんの!?」
……おお、すごい食いつきだ。
「どーなってるっていうか……オレの超能力は『触手』なんだよ」
「違げーよ! 触ってみた感触とかいろいろあるだろ!」
ああ、なるほど。そっちか。
「そういえば、まだ感触は試してないな」
化物を殴った時、化物の肉の感触は感じたが、自分でこの触手に触れたらどんな感じなのかはまだ試していない。
「善希。よかったらちょっと触ってみてくれないか?」
「え? お、おう。別にいいけど」
そう言って、善希はオレの触手にタッチした。
「……なんか、ぬるぬるしてる」
善希は、すぐに触手から手を離した。
少し離れた位置からでもわかる。
善希の手は、しっかりと何かの液体で濡れていた。
「なんでぬるぬるしてるんだよ! 本格的に使えねぇ!」
「確かに……いや、でもカッコイイじゃん! 凌辱系エロゲーの主人公みたいで」
「それカッコイイ要素なんて欠片もないんですけどォ!?」
何なんだ。
高峰ってのは、こんなのばっかりか。
触手ズキー多過ぎんだろ。いい加減にしろよ。
「スパイ○ーマン的なことはできそうですよね。蜘蛛糸代わりに触手を使って、高層ビルの間を縦横無尽に駆け抜けたり」
「落ちたら普通に死ぬし……粘液でつるっと滑って転落死する未来しか見えねぇよ」
「むぅ……ダメですか」
しょんぼりした様子で睦月が肩を落とす。
でも、睦月の着眼点は良かったと思う。
耐えられる重さなど、色々と検証すべきことは多い。
もしかしたら、形状を変えたりすることもできるかもしれない。
要はイメージの問題なのだ。
「よし」
当面の目標は、〝触手から出る粘液の分泌を抑えること〟に決定した。
「……はは」
なんだかんだ言って、オレは初めて使った超能力に浮かれていた。
だから、今までそれに気づかなかった。
「ユークちゃん?」
「ユーク、大丈夫?」
「……………………っ」
ユークが、震えている。
ソラと梦に身体を支えられながらも、その視線は、しっかりとオレの触手のほうを向いていた。
顔色がかなり悪い。
元々どこか人形じみた美しさを持っていた少女の顔だが、その頬は、僅かな赤色さえ消えて青白くなっている。
「お、おい。大丈夫か?」
オレは、すぐに触手を消した。
もしかしたら、触手を見たことで気分を悪くしたのかもしれない。
案の定、触手が消えたことで、ユークは目に見えるほどホッとした表情を浮かべた。
「う、うん。大丈夫。大丈夫だから」
言いながら、ユークは少し気まずそうにオレから目を逸らす。
「……触手、苦手なんだよ」
「あ、そうなんだ」
苦手と言われてしまった。
生理的に受け付けないのだろう。
まぁ、仕方ないよな。
他の奴らの反応が好意的過ぎたのだ。
オレだって、この触手が見目麗しいとは思っていない。
「………………」
少し、気まずい空気が流れる。
どうしたものか……。
「それじゃあ、次は小野原だな」
だが、そんな空気は葉月先生の一言によって一瞬で霧散した。
反射的に葉月先生の顔を見る。
「ふっ」
葉月先生は、目線だけをこちらに寄越しながら、口元を緩めていた。
……ありがとうございます。葉月先生。
「は、はいっ!」
緊張しているのか、若干どもりながらも、ソラが前に進み出る。
ちょうど、オレとソラのいる場所が入れ替わる感じだ。
「ソラ、頑張れよ!」
「うん!」
さて、選手交代だ。
そして、ソラの練習が始まった。




