第11話 蛸蟲と魔術師
「一応確認しておきますけど、寮のほうに転入してくる方ですよね?」
オレに向かって、少女がそう問いかけた。
先ほどまでの荒々しい雰囲気は、なりを潜めている。
「そうだよ。オレの名前は仲原 秋二だ。そう言う君も、寮生なんだろ?」
「はい。わたしは高峰 睦月といいます」
言いながら、少女が軽く会釈した。
……あ。
その名前には聞き覚えがある。
「君が睦月か。善希から話は聞いてるよ」
たしか、善希の双子の妹だ。
今日は用事があるとかで、学校には来ていなかったが。
「もしかして、今日学校を休んだのって、さっきの化物を仕留めるためだったり?」
「……はい。どの生徒に寄生していたのかは判っていましたし、蟲を駆除するのも、私たち『高峰』の役目なので」
高峰?
と、いうことは、善希や如月先生もあんなことをすることがあるのだろうか?
しかし、一番気になるのは、やはり先ほどの……。
「さっきのアレ、いったい何なんだ?」
化物。
そうとしか言い表せないモノが、あの少年のお腹の中から出てきた。
アレは、一体何なのか。
「蛸蟲ですね」
「タコムシ?」
「ええ」と睦月は頷く。
「魔獣の一種です。さっきのアレ――蛸蟲は、ああやって人間の腹部に寄生して、宿主を操るんですよ」
「うぇぇ……」
説明を聞いているだけで寒気がする。
すげぇデカい寄生虫みたいなものか。
せっかくUMAっぽい何かに出会ったのに、興奮も何もあったものではないな。
「学生が被害に遭ってたし、アレって、かなりヤバいやつなんじゃないの?」
「大丈夫ですよー。ここ、高峰高校に入った蟲は100%捕捉されてますから、確実に駆除できます」
それって暗に、ここ以外のところは安全じゃないって言ってるような。
いや、深く尋ねるのはやめておこう。
「ってか、さっきさりげなく魔獣とか聞こえたけど、魔獣って何よ?」
「魔獣というのは、魔術師によって人工的に創られた生物の総称です。その辺の話は、まだ誰からも聞いてないんですか?」
「いや、初耳っす」
……ところで、今、なんかとてもステキなワードが聞こえた気がする。
魔術師。
中二の夏に、誰もが憧れる職業No.1。
これを詳しく聞かない選択肢は無い。
「魔術師っていうとアレか? 呪文を詠唱してドカーンするアレか?」
「すっごい偏った知識ですけど……概ねそんな感じですね」
そんな感じなのか。
適当に言ったんだけど。
いや、そんなことより魔術師って実在するのか。
超能力者が実在したのも相当ビックリしたが、まさか魔術師までいるとは。
あの夏の、魔術詠唱の練習は無駄ではなかったのだ。
「やっべぇテンション上がってきた――!」
超能力が使えるのなら、魔術も使えるかもしれない。
妄想が膨らむ。
「何を考えてるのか大体わかるので言っておきますけど、秋二さんは多分魔術使えませんよ」
だが、そんなオレの淡い期待は、一瞬にして粉々に打ち砕かれた。
「――――な、に?」
「魔術を発動させるのに必要な魔力というのは、ほとんどの人間は持っていないんですよ。まあ、詳しく調べてみないと分かりませんけどね。あまり期待しないほうがいいでしょう」
「そ、そうなのか……」
そうか。
そりゃそうか。
そんなにウマい話は無いよな。
「ところで秋二さん。超能力を初めて使ってみて、どうでしたか?」
突然、睦月がそんなことを尋ねてきた。
魔術から話題を逸らすために言ったことだったのだろう。
「…………えーと」
だが、オレは言葉を濁さざるを得なかった。
気持ち悪い。
初めて超能力を使った感想は、それ以外に思いつかなかったから。
「……あまりいい顔をしてませんね。『触手』って、素晴らしい超能力だと思うんですけど」
「いや、なんか思ってたのと違うっていうか」
もっとビーム的なモノがびゅーん! ってしたり、日本刀とかが出てきたりするもんなのかと思ってた。
「触手って何かキモいし、ダサくね?」
「何言ってるんですか! 触手ですよ触手! 夢がひろがりまくりんぐじゃないですか!」
睦月は目をキラキラさせていた。
なんでこんなにテンション高いの、この子?
「たとえば、どんなことに使うんだよ?」
オレがそう聞くと、睦月は「そうですねー」と言って、
「……彼女とイチャイチャするときとか、すごく使えると思いますけど」
「それってスゲぇアブノーマルなプレイだよな!? やらねぇよ!」
そもそも彼女とかいねーし。
「わたしはオールラウンダーなので、秋二さんがどんな性癖を持っていたとしても引きませんよ?」
「ごめんちょっと君が何言ってるのかオレにはわからない」
つーか変なこと言い出したのはそっちだろうが。
「でも、冷静に考えてみると、触手ってかなり汎用性高いと思いますよ。鍛えれば遠くにあるものを取ったりできるようになるかも」
「ふむ」
確かに、見た目と感触の気持ち悪さだけを考えてしまっていたが、〝第三の腕〟ができたと考えれば、意外と悪くないかもしれない。
もしかしたら、二本、三本、と出せるようになるかもしれないし。
せめて、触手を出すときの、あの皮膚を突き破るような感触さえなければなぁ。
あの感触のせいで、出すのを渋ってしまいそうだ。
「……あれ」
そこで、ふと気が付いた。
「そういえば、さっきの男子は?」
蛸蟲に寄生され、腹部からシャレにならない量の出血をしていた少年の姿が、どこにもない。
「ああ、彼なら――」
「私が治療しておいた。命に別状はないから安心しろ」
背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「葉月先生!」
寮のほうから、葉月先生がこちらに向かって歩いてくるところだった。
その後ろには、ソラたちがついてきている。
「おっす睦月。ミッションコンプリートか?」
「当然です。このパーフェクツな妹に不可能などありません故」
あっちは、なんか兄妹同士で戯れていた。
放っておこう。
「秋二! 大丈夫だった!?」
「おおう!?」
突然のタックルを受けて、オレの身体が大きく傾いた。
というかソラだった。
「まったく! 秋二はいっつも無茶するんだから!」
言いながら、ソラがオレの身体をまさぐる。
あっ、ダメ、そんなところ……。
「ソラさん!? だ、大丈夫。大丈夫だから!」
オレはソラをやんわりと押さえつける。
「……よかった。怪我とかはないみたいだね」
そこでやっと、ソラはオレから離れた。
「秋二、ホントに大丈夫だったの?」
梦が心配そうな表情でオレに尋ねてくる。
「大丈夫だって。ていうか、なんでお前らオレが若干危ない状態だったこと知ってんの?」
「葉月が教えてくれた」
オレのそんな疑問に答えてくれたのはユークだった。
……あれ?
葉月先生のこと呼び捨て?
「さて、全員揃ったな」
その声に、全員の視線が葉月先生に集まる。
葉月先生はオレたちを見回し、言った。
「それでは、本日の超能力講座を始めるとしよう」




