第10話 秋二覚醒
「うっ――」
身体の中で、皮膚の下で、何かが蠢くような感じがする。
そして。
「――ッ!」
皮膚を突き破られるような感触と共に、オレの掌から、それは姿を現した。
――――触手。
どう考えてもそれにしか見えない形状の物体が、オレの掌から生え出ていた。
直径は3cmくらい、長さは1mほどだろうか。
色は黒ずんだ赤色だ。
……お世辞にも、綺麗な色をしているとは言えない。
掌の皮膚を突き破られたような感触があったにもかかわらず、不思議と痛みは無かった。
あるのは、強烈な違和感と不快感だけだ。
これが、この触手が、オレの超能力だというのだろうか。
想像してたのと何か違うような。
――いや、構うものか。
今、オレの目の前にいる化物を振り払えるモノなら、何でもいい。
「オラぁぁぁあああああ!!」
眼前に迫り来る化物に向かって、思いっきりその触手を振るった。
「――!?」
化物は異変に気付き、咄嗟にそれを回避しようとする。
……だが、ほとんど身動きがとれない空中で回避できる範囲には限界があった。
「ぐはっ!」
化物の身体が跳ねる。
触手から、肉を殴打した感触が伝わってきた。
「っ……」
その感触に眉をひそめながらも、化物のほうを見る。
化物は、近くの地面に転がっていた。
その身体は、まだ動いている。
「はぁ……はぁ……っ」
気が付くと、オレも地面に座り込んでいた。
いつの間にか触手も消えている。
掌を見たが、特に皮膚が裂けていたり、血が出ていたりするわけではないようだ。
ちょっとだけ安心する。
「……っ痛ぇ……」
後頭部を押さえながら、オレは呻いた。
初めて超能力を使用したせいか、頭が痛い。
この様子だと、すぐには治まりそうにないな……。
そんなことを考えながら、再び触手を出してみようとしたが、何故か出てこない。
「……あれ?」
なんで?
「クソ……ガキィ……!」
そう言いながら、化物は、明らかにオレに敵意を向けていた。
……マズイ。
化物は既に復活しかけている。
早く逃げないと。
触手が使えない今、次にあの化物が襲ってきたら、オレにはなす術がない。
そのときだった。
「よいしょ」
ビチャッ。
そんな気の抜けたような声と、湿った音が聴こえた。
「――――」
それと同時に、化物の身体が、まるで糸が切れたかのように動かなくなる。
……当然だ。
化物の頭部は、何か銃弾のようなものによって撃ち抜かれていたのだから。
辺りは血の海だった。
こんなに小さい体のどこに、これだけの量の血が入っていたのだろうか。
回っていない頭で、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「ふー。いやー、焦りましたよホント。まさか人がいるとは思わなくて」
右手をひらひらと振りながら、少女がオレのほうに近づいてくる。
「………………は」
オレは座り込んだまま、ただただ呆然としていた。
何が起こったのか、わからない。
「あ、もう大丈夫ですよ。完全に死んでますから」
化物の死骸を目の前にして、平然とそんな言葉を発する少女が、少し怖かった。
この少女が、この化物を殺したのか?
「怪我とかしてないですか?」
尋ねられて、オレは自分の身体の調子を確認する。
目立った外傷などは無い。
大量の血を見たせいか若干気分が悪いが、大したことではないだろう。
「……ああ。君のおかげで助かったよ」
「そうですか。よかったですー」
オレの無事を喜び、能天気そうに笑う少女の顔を見て。
……とりあえず終わったのだと、そう実感していた。




