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藍猫古書堂  作者: 神寺 柚子陽
邂逅
6/26

夢心地

 両側から逃げられないように手を掴まれて歩いた町は、それはもう、鈴子にとっては時代錯誤以外の何物でもなかった。

 化け物蟷螂に追いかけられて、息せき切って逃げていた先ほどは、辺りを見回す余裕などなかったが、改めて見回すと違いに気づく。

 コンクリートの建物や、ガラス張りのビルなんてひとつもない。

 周囲の建物すべて、郷愁を誘うような懐かしさがあるノスタルジックな町だった。

 街ゆく人々の格好は、映画や漫画の世界に出てくるような、着物や洋装。女学生らしき人達は小袖に袴。バンカラと呼ばれる風体をした男子大学生が連れだってキネマ館と書かれた建物に入っていく。豪奢なドレスを着て日傘をさした人や、英国紳士風の黒い礼服に身を包んだ人もいた。

 道路には車など、一台もなく、代わりと言ってはなんだが、現役の馬車が走り、三輪の車を引いた人力車が通りすがっていく。地面には路線が敷かれ、道の真ん中を堂々と路面電車がチンチンとベルを鳴らして、ゆっくりと街中を走行する。空に電線など走っていない。とても天が高い空だ。こんなのまず、現代では拝めない。2015年の東京オリンピックを過ぎた頃なら、わからないけれど。地面に電柱が埋まるらしいから。

 通りを行く人々は、目的に合わせて、乗り物を選び、お金を払って次々と乗り込んでいく。

 鈴子たちは歩きながら、その様子をみるともなしに視界に収めていた。


「まるで本当に明治時代か、大正時代にでもタイムスリップしたみたいね……」


 鈴子は小さくぼそりと口の中で呟いた。

 しっかり前を見すめて、手を引かれるままに帝都・東京の町をそぞろ歩く。

 街の景色が低かった。

 何度も云うように、3階建て以上の建造物が見当たらない。まだ、木造の平屋根の家々の方が多いのだ。ふと遠くに塔が見える。


「アレは、東京タワー?」


 赤い色彩に天までそびえ立つピンと突き刺さりそうな先端。鉄骨で作られているように見受けられるそれは、鈴子が見慣れた平成の東京のシンボル、東京タワーに酷似していた。――もっとも、鈴子の居た時代では、東京タワーではなく、あの昭和時代に皆に夢を抱かせた赤い塔にとってかわったスカイツリーの方が有名だったのだが………それは余談である。


 果敢と三佐は呟いた疑問を拾い上げ、ちょっと上を見上げて、ああ……と納得する。


「つい最近、人間が河童の技術者たちと秘かに連携して、鉄の限界とやらを調べる為、試験的に一夜で建ててしまったお化け塔です。趣味が悪いですね。浅草区の十二階の方がまだ風情があります」

「か、か、か、河童? 技術者? 河童ってあの、背中に甲羅をしょって頭に皿を乗せた緑のからだの……?」

「それは成体のオスの河童の容姿ですね。河童の女、子供はもう少し美しく、可愛らしい姿をしております」

「河童が技術者って……マジ?」

「ていうかさあ? 河童が技術者じゃなかったら、誰が妖羅界の技術者なんだよ。あいつらほど、科学に長けた連中いねえぞマジで。光学迷彩とか、フィルム写真機とか、自然に優しい人口発電機とか、ほいほい作っちまう発明の天才集団だぜ? 河童をバカにしちゃいけねえよ。あいつらの研究成果には、人間は一生敵わないんだから」

「………マジっすか。じゃあ、スマートフォンとかも、あったりする?」

「おう。あったらしいな。幕末頃に。どういう経緯があったかは不明だが、今は廃れて、昔ながらの通信手段に戻ってるがな。妖怪の流行の移り変わりはほんとはえーよ」

「…………マジですか」


 愕然として呟いた。

 河童すげえ。その一言に尽きる。

 鈴子はもう一度、遠くに見える赤い塔を見上げた。


「でも、本当にあれって東京タワーじゃないの? スマートフォンがあったなら、同じものがあったっていいでしょ?」


 果敢が覚めた眼差しを彼女に送る。色黒少年は淡く苦笑して、


「異世界やら未来から来たって人達は、よくアレを見て、“東京タワー”って呼称を云うがな? ちげーよアレは。東京塔だよ」

「東京塔? 東京タワーじゃなくて? 異世界人や未来人って、よく来るの?」

「おう。自分を異世界人や時の旅人、自分はこの世界の人間じゃないって言い出す奴はたま~にだが出現するなあ。おれ達の長もそのクチ」

「え? チュウニ病じゃなくて? 本当に?」

「嬢ちゃん、おれ達の長をバカにしてんのか? マジだよマジ。その証拠に長はこの明正の世に似た時代が来るって、徳川幕府が滅ぶ前から予言してたぜ? 『桂小五郎は木戸孝允になって、伊藤博文が内閣総理大臣になり、坂本龍馬は池田屋で襲われ天寿を全うできない』ってな。事実、その通りになったぜ」


 うわ、それって本物じゃ………でも、ただ、勘のいいヒトで、情報と時勢の流れに強かった人ってだけなんじゃ……という線もなくはないかもね。

 疑ってかかっている鈴子をちらと伺った果敢が口を開く。


「他にもこうも云っていたわ。『歴史を変えるなら今のうちだ。豊臣秀吉の朝鮮出兵は俺の先祖が止めたから、次は第二次世界大戦と北方領土問題、沖縄米軍基地問題、尖閣諸島問題を根本から消すために動くぞ。ウチの家とおまえら、そして兄貴を明治政府だかそれに似た政府だかに突っ込めるよう画策しろ。どーやってでも目的を遂げろ。幕府が倒れる以上、新政府側に表からも裏からも意見が言える下地を作っておくんだ!』と。話の内容は、大半が理解できないものだったけれど、“転生者”、“憑依者”、“異世界旅行者”、“時空旅行者”と名乗る連中の中で、二ホンという私たちのこの日ノ本の国に酷似した所から来たという人たちは、大きく頷いていたわ」


 ガチだ。本物だ。その長って人、あたしと同じ平成か、それ以上先の未来から来ている。ぜったいそう。だって、ここがもし、明治時代でも、大正時代でも、はたまた別の明正……だっけ? そういう異世界でも、第二次世界大戦とか、尖閣諸島問題とか、二十世紀あたりの問題を、この時代の人間が知ってるわけないもの。ぜったいそうよ。希望が見えて来たわ。その人がもし、先に元の世界への帰り方を見つけていたら、帰れるかも。

 血塗れ兎を封じろ? はんっ。知ったこっちゃないわ。子供を泣き止ませるため、その場しのぎで約束したけれど、あたしにはこの世界の事なんて関係ないもの。帰れるならすぐにでも帰りたい。


 鈴子がまだ見ぬ“帰り道”に期待を寄せて思いを馳せる隣で、果敢が言葉を続ける。


「そういう人たちは私たちの言葉で“客人(まれびと)”と呼ばれるのだけれど、もしかしてあなたもそう?」

「はい。たぶん、そうなんだと思います」


 ふ~ん、と信じていない冷たい瞳が降ってくる。鈴子は一歩、後ずさった。が、果敢と三佐に手を引っ張られているので、すぐにまた、真横に並ぶ。


「嘘はついていないわね。だけど、あなたの言葉が信じられるとも限らない。三佐、予定変更よ」

「あいよ。()(がみ)に突き出すか?」

「夜神……?」

「あなたのような自称・客人たちを(さば)き、本当の客人たちを保護・管理・調査する特殊な家よ。私や三佐を含めた()()を擁護してくれる施設が四十九院家(つるしいんけ)という家を中心に成り立っているの。先ずそれを覚えておいて」


 果敢はそこで一呼吸置き、息継ぎをする。


「その四十九院家の八つある分家のひとつが夜神。夜の神と書いてヤガミ。表の顔は日ノ本を代表する大商家のひとつよ。海外に商いの手を広げているから、敵に回したら物凄く厄介ね」


 なぜ敵に回す必要があるのだろう? それ以上に何故、敵に回したら厄介なのだろうか? ただの商人でしょう?――と首を傾げた鈴子に気が付いた三佐が、言葉を付け加えた。


「なぜ厄介かっていうと、商いをしている、つまり、国内だけでなく、海外の人脈や情報もごまんとどっさり持ってるってことだからさ。もし戦ったら、情報戦でまけて、戦う前に大半のやつは負けるぜ?」


 三佐が身振りを交えて、懇切丁寧に教えてくれる。鈴子はそういうものか、と納得した。

 果敢が息を吸い、言葉を発す。


「その夜神の裏の顔は、強大な力を持つ()()の当主が代々治める八鬼衆という八つの家がひとつ。()()を排出する大家の御家柄で、いろいろとよくない噂がついて回っているのよ。例えば、身内以外で金になる物なら、何でも売る売国奴、闇に巣食う武器商人、死神狐とかね」


 詰襟制服を着た女性は、意地悪っぽく魅惑的にほくそ笑む。

 怯えた鈴子はごくりと息をのんだ。


「そ、その夜神家にあたしを突き出す気? なにされるかわかったもんじゃないわ! 帰らせて!!」

「どこに帰るというの?」

「決まってるわ。家よ」

「おい、その家はどこにあるんだ? 良かったら送ってくぜ? 本当にその家が、あるんなんらな」

「ええ、あるわよ。私の家は、私の家は…………」


 あれ? なんでだろう? 頭に霞がかかったみたいに住所が思い出せない。関西にあることは知っている。播磨と呼ばれるあたりだったのも覚えている。だけど、正確な住所が、思い出せない………。なんで? なんでなの? あたしの家は―――どこ? おばあちゃんが居るあのあったかい家は―――どこ?


 深刻な顔をして、黙り込んでしまった鈴子。

 この世の終わりを考え、地獄のふちを覗き込んでしまったかのような絶望しきった顔だ。

 顎に軽く握った拳を当てて、しきりに考え込んでいる。

 三佐は首を小さく横に振り、果敢に目配せをした。

 果敢はじとり、と横を歩く二人を見降ろす。


「覚えてないんでしょ?」


 勢いよく鈴子が詰襟制服姿の女性を見上げる。

 茶色い瞳の色が不安に揺らぎ、たよりない迷子の幼子のような眼をしていた。


「はい。なんで、思い出せないんでしょう? あたし、気づいたら東京に居たんです。関西の田舎町にいたはずなのに、なんでか、ここに居て、正直に云うと夢みたいな気分で今、ここを歩いています。不思議ですよね。本当に夢を見てるみたいです」

「知らないわよ。答えは自分で探しなさい」

「え?」

「おれも果敢姉ちゃんに同意。他人のごちゃごちゃした思考に付き合うくらいなら、飯食って寝て鍛錬して、ついでに仕事でも片付けるね。そういうのはおれらの長か、有斎翁にでもぶつけな」


 にししと笑った三佐は、ほうら、見えてきた、と云って、前方を指し示す。


「あれが有斎爺の〈(こう)雲堂(うんどう)〉だ」


 みれば一軒の味わい深い店が建っていた。

 大通りに面した店々が並ぶ道の角。

古民家を改修したような趣のあるこじんまりした二階建ての家屋。

ちょこんと建つ小さな店の屋根には、四角い長方形の古びた木の看板がかかっている。考える雲のお堂と書いて〈考雲堂〉と読むらしい。幸運が訪れる方のコウウンと、掴みどころ無く悩む骨董品の洒落をかけてつけたのだとか。三佐クンが説明してくれた。

この店は有斎という名の爺さんが老後の趣味の道楽で、ひとりで切り盛りしているそうだ。今からこの店に入るそうな。


「ちなみにここは日本橋区の壱丁目あたり。あなたが襲われていたのは、三越商店がある三越前駅周辺です。気色の悪い夜神になんて突き出してやるもんですか。あんな家、顔を合わせたくもないわ」


 心底不愉快そうに吐き捨てる果敢。昔、なにかあったのだろうか? 鈴子は夜神という家に少しの不安と不信感を抱く。


「果敢姉ちゃん、気にすんな。もしあの家のモンが来たらおれを盾に使って良いぜ? 守ってやんよ」

「バカ三佐のクセに生意気いわないでくれる? でもま、護ってもらってあげないこともないけど? 約束だしね。キッチリやりなさい」

「にししっ。素直じゃねえな、果敢姉ちゃんは。嬉しいなら嬉しいってそういえばいいのに」

「ば、ばかっ。そんなわけないでしょ。ほら、着いたから早くいくわよ。そのバカはほっといてあんただけでも早く来なさい。ほら、早く!!」

「は、はいぃ!!」


 鈴子は強く腕を引かれて、転びそうになりながら、連れだって店内に足を踏み入れた。

 香木の妙な香りが襲い、ごちゃっとした古臭い品物の数々が出迎える。

 三佐は慌てて二人の後を追い、何かに転んだ。それは黒い招き猫だった。猫は三佐の手をするりと抜けて、ひとりでに奥へ走っていく。


 ほどなくして、立派な白髭を蓄えた老人が杖を突き、出迎える。

 緑の着物がよく似あっている渋いナイスシルバーな(おきな)だった。


「ふぉっふぉっふぉ。いらっしゃいませ。果敢どの、三佐どの。お待ちしておりました。さァさぁ、初見のお嬢さんもどうぞ中へお進みくだされ。今、茶を用意しますからの。ふぉっふぉっふぉ!」


 〈考雲堂〉の(ゆう)(さい)(おう)

 風由の相談役にして、その昔、剣豪の名を欲しいままにした旧時代の英雄。喰えない爺さん、鈴子の運命をまたひとつ決める大事な翁だった。



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