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藍猫古書堂  作者: 神寺 柚子陽
帝都・東京
24/26

ジジイと孫(笑)の人外講義

遅れました。ごめんなさい。

題名が思いつきません。

夏バテはイヤ~っ………ぱたん。

では、どうぞ。

結局、鈴子は昨日に引き続き、高校の制服を着まわして、着替えにと渡された着物袴一式を手に一階の茶の間に降りた。すると有斎が和服の袖にタスキをかけてせっせと二人分のご飯をちゃぶ台に運んでいるところで、およそ8畳ほどの茶の間には美味しそうな匂いがふつふつと漂っていた。鈴子に気付いた有斎はその格好を見て、おや?と首を傾げて申し訳なさそうな様子でその白い眉をへにゃりと下げた。


「鈴子殿、その手に持つ着物は気に入りませんでしたかな? それとも古着だったのがいけなかったのでございましょうか? 何分この家はジジイの一人暮らしでして、ご用意できる女性の着物が知り合いの女医者が置いて行ったその古着くらいでしたのですが……お気を悪くしたならば、少し時間はかかりますが、果敢にでも頼んで新しいのを購入させ、持ってこさせましょう」

「い、いいえっ……!! 気に入らないなんて、そんなことはないですっ! 薄桃色の御着物も袴も綺麗で………」


 鈴子は慌てて取り繕う。その様子にご飯とおかずを机に置いた有斎は、一瞬止めていた手と足を動かして汁物と箸まで用意しつつ、不思議な者を見るように目を丸くしてしげしげと鈴子の栗色の瞳を見返し、ますます首を傾げた。


「だったらなぜ、昨日と同じ御着物を? 小生にはさっぱり理由がわかりませぬ。女子は普通、同じ着物を三日は着ないと聞きましたが………はて? 不可解」


心底解せぬ、といった風体で有斎は食事を運び終えたちゃぶ台の対面、自分の前の席に敷かれた紫色の座布団に座るよう、鈴子を促す。

 鈴子が心底申し訳なさそうに体を縮こめるようにして座り、思い切って口を開こうとする。先手を打つように有斎は正座した膝を打って、苦く陽気に笑った。


「ああ、小生が用意した着物袴一式が気に入らないというのなら、それはそれでまた良いのです。人には好みというモノがありますからのう。ふぉっふぉっふぉ」


 鈴子殿が今日もその御着物で過ごしたいと申されるならば、小生は否定はしませんぞ、となにかあさっての方向に勘違い

した発言をして、有斎は飯にしましょうと勧める。鈴子は慌てて否定しにかかる。ここで否定しておかないと、のちのちどこかで確実に大変な目に合いそうな予感がした。なによりこのままだと誤解されたまま、事態が解決しなさそうだった。


「違いますっ、違うんですっ!! 気に入らないんじゃなくて、着方がわからなくて、古着でも貸していただけるものはとてもありがたいのです。むしろ貸していただけるだけで嬉しいのですが、その、着物を自分で着たことがないの……です」


 勢い込んでまくし立てたはいいが、鈴子は情けなさと申し訳なさにいっそう身を小さくする。現代日本人で着物を自分で着つけられる人は少ないだろうが、祖母が居て、習う機会はあったのに、習わなかったのは自分の怠慢だ、と鈴子は考える。

こんなことなら浴衣と帯の結び方だけでも一通り習っておけば良かった! 有斎さん、めっちゃ見てるよ? めっちゃ不思議そうにこっちを見てるよ!? お願いだから、理解不能の宇宙生物を見る様な不思議なものを見る目から生暖かい目にシフトチェンジしないでっ?! じいちゃん、あたし孫じゃないよ? 子供じゃないんだから、憐れむような慈愛の籠ったその目やめて~っ!! 刺さるからっ、何故か心に刺さるから~っ!! うがーーっ!! あたしのバカ、バカ、ばか、ばかっ!! なんでおばあちゃんに着物の着方習っとかなかったんだ、うがーーっ!!


「鈴子殿、後で小生の知り合いのなかで、一番“(ヒマ)”にしているであろう、我らの“長”のところへ連れて行って差し上げましょう。このジイがその衣の着方を教えるのは少し、無理がありますからのう。長のところに参りますれば、風呂にもありつけまする。我らの“長”は金持ちで、暇で、知恵多きお方ですじゃ。儚く優しい阿呆なお方ですじゃ。多少無理をいっても、困らせても問題ありますまい」


さて、先ずは食事ですじゃ。冷めてしまいますから、話の続きは飯を食べながらごゆるりと。御口に合えばよろしいのですがのう。という有斎の言葉に釣られて、鈴子は美味しそうな匂いが鼻をかすめていく食卓に初めて目をやった。

朝食は鮭の焼き魚と玄米にネギと豆腐の入った味噌汁という純和風の品揃えがあった。体に良さそうではある。

 二人合わせて手を合わせて「いただきます」と云い、食べすすめつつ、話を続ける。


「おさ? というと、有斎さんや果敢さん、三佐クンの上司とか、纏め役的な人? ()(ゆう)っていうのの?」


あ、魚も味噌汁も玄米も美味しい……。


「そうですのう、そのようなものですじゃ。これはここだけの秘密ですがのう、正確には維新(いしん)戦争(せんそう)の折、果敢、三佐、小生を含む“奇人(きじん)変人(へんじん)狂人(きょうじん)変態人外(へんたいじんがい)異能(いのう)集団(しゅうだん)”が寄り集まった、おそらくの特殊部隊と呼ばれる類のものであろう【風由夢幻隊】の総隊長をなされておられたお方ですじゃ」


よくわからないけれど、関わらない方がいい人種ってのは、なんとなくわかった。でももう、関わっちゃってるんだよね、がっつりと。とほほ……。あたし、いつかは帰れるのかな。おばあちゃん。帰ったら死んでたなんて、そんなの無しよ。あはははは、笑えない。


「ええと、有斎さんも維新戦争に参加していて、“長”という人が居て、フユウゲンム隊とかいう団体に属して戦っていた、という認識でいいですか? ちなみに攘夷派と幕府派のどちらだったんですか?」

「ふぉっふぉっふぉ、その認識であっております。これまた秘密ですがのう、攘夷派ですじゃ。西郷隆盛、大久保利通と並んで『維新の三傑』と称される桂小五郎(後の木戸孝允)や、坂本龍馬、鬼兵隊の高杉晋作らとも一時期は肩を並べ、新撰組や時代の猛者たち相手に大立ち回りを演じたこともありますじゃ。懐かしいですのう」


鈴子は感心したような声をあげて、時代を感じた。


「正直、通称の【風由】の名はそこから来ておりますのじゃ。我らは一騎当千、裏の世界に住まう者。身元がバレれば、首チョンパも十分ありえますじゃ。秘密ですぞ? この秘密を洩らしたならば、小生、皆を引き連れて鈴子殿を地獄の果てまでも消しに行かねばなりませんのでのう」


ふぉっふぉっふぉ、と陽気に笑ってるけれど、このおじいさん、目が笑ってないよっ!! 底冷えするくらい冷たい目をしてサラッとバラして、さらっとあたしに命の宣告を迫って来たよっ!! こっわ~~っ!!


「怯えずとも、ただ秘密を洩らさなければいいだけですじゃ。我らはよく吠える弱い犬とは違いますからのう。ふぉっふぉっふぉ。虎の尾を踏まなければ、眠った虎はなにもしませんですじゃ。秘密を洩らさねばいいだけのこと、それだけのことです」


首振り人形の如く、かくかくと首を振りまくると、有斎さんはもとの好々(こうこうや)然とした雰囲気に戻って、自分で焼いた鮭をつつく。


「今となっては維新の戦も【風由幻夢隊】も夢幻。昔の出来事ですじゃ。良い世になりましたのう。そういうわけで、戦が終わっても、我らは紫楽さま、長に拾われた身ゆえ、そうしてあの方が危なっかしくて見ていられないゆえ、こうして今も仲間内で集まって、妖魔退治や便利屋などの真似事を副業として行っております。まあ、趣味ですのう。ふぉっふぉっふぉ」


あ、この玄米、固いのによく噛むと甘くて美味しい……。鮭も塩味がきいてて美味しいわ。有斎さん、何気に料理上手?


「ヨウマ?」

「鈴子殿が襲われ、三佐と果敢が退治したアレですじゃ。今回は蟷螂のようなモノが出たと聞きました。妖怪の『妖』に魔物の『魔』と書いて『妖魔』ですじゃ」

「あっ、あの化け物!!」


 味噌汁の上に掴んだ豆腐をぼとりと落してしまい、汁がはねて少し焦る。慌ててポケットからハンカチを取り出して拭き、制服についた汁の滴をしみ抜きしていたら、有斎さんが手拭いを持って来て、代わってくれた。………すごい、跡がすぐ消えた。

 有斎爺は、手拭いをちゃぶ台の上に置いたままにすると、鈴子にとっては朝食を、彼にとっての昼食を再開する。


「妖魔は普通、ヒトには見えませぬ。視えるのは、『見鬼』と呼ばれるヒトならざるものが視得る突然変異の“ヒト”と、修羅神仏や悪鬼羅刹、妖怪どもと契約を交わした『隠叉オニだけですじゃ』

「ケンキ、とオニ? 有斎さん、たしかあなたはあたしを“ケンキ”だって言ってましたけれども、オニってなんですか? ヒトですか?」

「『見鬼』は、ヒトならざるオニの者を見ると書いてケンキ。ただ、見えるだけのヒトの場合もあれば、多大な霊力でもって妖怪を祓うことができる者もおります。ただ、人間ですな、こちらは。人間ですじゃ。人外の者と契約を結んだ方の『隠叉』は、ヒトの中に隠れる夜叉と書いて、『隠叉オニ』ですじゃ。隠叉の者は、一般的には人間の方を『宿主』と、人外の者の方を『隠叉』と呼び分けることもございますが、能力は千差万別、大なり小なり。契約した隠叉によって、皆、違いはあります。云ってみれば、半人半妖のようなものですな。寿命も、強さも、『隠叉』の力の度合いによって異なりますじゃ。まあ、それはおいおいと致しまして、食べ終わられたようなので、片付けましょうか」


「見鬼と……隠叉。あ、はい。わかりました。洗い物も持っていくのも手伝いますね」

「おや、これは嬉しい事を。孫や、孫や、次のご飯はまだかいのう?」

「くすっ、孫じゃないですけど、“もうっ、さっき食べたでしょ! おじいちゃんっ!”」

「ふぉっふぉっふぉ、ノリがいいですのう」

「ふふふっ、有斎さんってなんだか楽しい人ですね」

「こんなジジイを捕まえてお世辞でも嬉しいですのう。ふぉっふぉっふぉ、小生など、まだまだでございます。長の方が、もっともっと、面白うございますからのう」

ニヤリと意地わるく笑ってふぉっふぉっふぉと笑う有斎さんは、やっぱり楽しいおじいちゃんだと、鈴子は思いました。まる。


 あれ? 日記風?


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