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藍猫古書堂  作者: 神寺 柚子陽
帝都・東京
22/26

『藍猫古書堂』唯一の従業員(苦労人・桜花)


 有斎は緊張で震える指でダイヤルを回して、その日最後の電話を掛けた。


―――『はい、こちら『藍猫古書堂』、今何時だとお思いなんでしょうか有斎翁、我が成長期と知っての仕打ちかこのヤロウ我の身長がこれ以上伸びなかったらあなたのせいですからね我に身長くれやがれこのクソジジイ御用件を手短にお願いいたします。我、眠い。紫楽さまもすでにお休みになられておりますではまた後日』


 透明感のある苛立った少年の声がノンブレスで一息に恨み言を募らせる。やけに身長にこだわる成長期真っ只中の彼の名前は桜花。『藍猫古書堂』唯一の従業員、【首狩り】の桜花である。明治維新前後、七歳から戦場に立ち、狩ってきた首は数知れず、ついたあだ名が“首狩り”の桜花。仲間内からは苦労人と称される戦の申し子、―――頭脳明晰、容姿端麗、大人の事情にも明るく、もっぱら戦時も平和な世となった今も、風由の、()(ゆう)幻夢隊(げんむたい)(変人奇人狂人集団)のおこした不祥事(ふしょうじ)の後始末を担当する苦労人、もとい―――いわゆる天才児である。


 彼はとても眠そうな口調でさっさと電話を切ろうとする。時計を見れば夜中の三時過ぎ。有斎の方が非常識なのだ。


―――「これこれ、待ちなさい。そちらに果敢と三佐から連絡はございましたか?」


―――『あ~………妙な女の子を連れて来たそうですね。隻眼双子の団子を手に上げに持ってきやがりましたよ。“ジョシコウセイ”、とかいう単語に長が微妙に反応していました。曰く、懐かしい……と』


 寝惚けた声音が帰ってきた。有斎は桜花から伝え聞く“長”の様子にしめしめと、これからの算段を立て始める。


―――「ふぉっふぉっふぉ、『懐かしい』ですかな? 長は確かにそう申されましたのですな」


―――『すぐに笑って誤魔化されましたけれど確かに我、聞きました。で?』


 それがどうされました? 用がないならきりますけど。我、もう寝たいんですけど。という言外の抗議の声がありありとわかる声音を含んで、桜花は仕事を早くこなして終わらそうと続きを促す。


―――「中間報告です。そのジョシコウセイとやらの八日町鈴子嬢、情報が出ませんでした。ふぉっふぉっふぉ、引き続き情報を集めさせておりますが、おそらく出ないものかと判じます。人界にも、妖界にも、隠叉の世界でも、ですじゃ。ふぉっふぉっふぉ。ですから明後日、出来れば明日にでも鈴子嬢を連れて、そちらに伺います。ああ、もしかしたら娘子だけかもしれませぬがのう。ふぉっふぉっふぉ」


―――『ちょっと待て有斎翁! それって暗に我か長に面倒事を押し付けるって言ってるよな!? 嫌ですよ我。これ以上面倒事を押し付けられるのは嫌ですよ我。紫楽さまの脱走を止めて、仕事させて、人間らしい生活をさせて、医者夫婦の解剖癖と死体漁りの後始末と事後処理に町を走り回って謝り倒し、果敢と三佐が壊した器物損害の請求書の山を片付けて謝り倒し、あなたの長い若気の至りの自慢話にも付き合い、銀さまを遊郭から引っ張ってきて仕事に行かせ、遠方の仲間の相談や悩み事なども含めて、仲間内の苦情や不祥事を一切合財面倒見ているのに、これ以上我に面倒事を増やせと? まだ死にたくはありませんので無理です。身元不明の娘の事情に付き合ってやる義理も余裕も我にはありませんよ? 我を過労死させるつもりですか有斎翁』


―――「大丈夫でございます。戦時中の死闘を乗り越えた桜花殿ならきっとやり遂げてくださいます。小生、信じておりますぞ。ふぉっふぉっふぉ」


―――『丸投げ!? 丸投げなのっ!? そりゃ戦時中の首狩り仕事と書類仕事と食糧調達、家事育児、謝罪続きの不祥事解決の怒涛の山よりはマッシですけれども……』


―――「ふぉっふぉっふぉ、というわけで、頼みましたぞ。小生、信じております」


―――『え、あ、ちょっと!?』


 ガチャ。

 有斎は、子供にメンドウを丸投げた。


「ふぉっふぉっふぉ。小生、信じておりますぞ。大丈夫です。桜花殿は優秀な方ですからのう。ふぉっふぉっふぉ」


 こうして、桜花の苦労は積み重なっていく。



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