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藍猫古書堂  作者: 神寺 柚子陽
帝都・東京
21/26

暗躍する翁(有斎爺)

裏話的な回。

鳥山石燕とウィキ活用。

鈴子の身元は?


 夜遅く。案内した部屋で眠りについた鈴子を確認し、有斎は行動を起こす。

 骨董品店『考雲堂』の一階のカウンター裏。小ぶりな古狸の陶器の置物を移動させると足下から隠し扉が出てきた。有斎は腰を曲げて杖をつき、扉を開けて、中からなにか、四角い金属製のものを取り出す。


 電話だった。四角いフォルムの上に乗る受話器、箱型の中央のダイヤルを回すダイヤル式の置き電話だった。鈴子が生きた現代では骨董品でも、有斎たちが生きる明治の世では技術の確立すら怪しい最新鋭の文明の利器である。電話機の下から伸びた回線は隠し収納の下、地下へと繋がっているようだった。


 有斎は記憶を辿って幾つかの番号に電話をかけ、矢継ぎ早に指示を飛ばす。先ずは区役所関係者。戸籍を調べて貰ったが、『八日町』家という新華族はあっても、『八日町鈴子』という名の十五の少女の戸籍はどこにもなかった。

 ここまではいい。なんとなく、想定はしていた。お次は貧民街や町の荒くれ、お尋ね者、闇に生きる連中に潜り込ませた仲間たちに連絡をとるため、ダイヤルを回す。

 四半時(三十分)後、帰って来た返答では、やはりそんな少女は存在しない、とのこと。引き続き、情報を集めさせる。

 

 お次は真っ当に生きる職につかせた仲間たちへ繋ぎを取る。上方(関西)訛りと東京訛りが混じった鈴子嬢の口調から、そこらへんを重点的に調べさせようと考えたのだ。日付が変われば、彼女からもっと情報が得られるはず。こちらは一ヶ月ほどかけて丹念に調べさせるつもりで、各方に指示を飛ばす。その時、表側の仕事の粗やサボりなどを突き、頑張っている者には褒めてやるなどの配慮も忘れない。

 一時間後、やはり、とりあえずのところは何も情報がないとの報告。予想はしていた。


三日あれば、とりあえずは十分だろう。我らはプロなのですから。


 さて、もうそろそろ本命へ連絡を。有斎は念の為、自分の隠叉、【サトリ】と【白沢ハクタク】を出現させて、妖怪の街、『()卦者ヶ(けものがはら)』の里長天狗に電話をかける。


 有斎が契約を結んでいる【覚り】は、鳥山石燕による江戸時代の妖怪画集『今昔画図続百鬼』に記述があるほか、日本全国で人の心を見透かす妖怪として民話が伝わっている。

多くの民話では、山中で人間の近くに現れ、相手の心を読み「お前は恐いと思ったな」などと次々に考えを言い当て、隙を見て取って食おうとするが、木片や焚き木などが偶然跳ねて覚にぶつかると、思わぬことが起きたことに驚き、逃げ去って行ったとされている。


ちなみに有斎はこの【覚】を若いときに山の中で偶然出会い、逆に口八丁手八丁で丸め込み、恐怖させ、逃げようとした先を落とし穴などの罠で経路を封じ、捕まえてしまって契約に踏み入らせたらしい。


この覚、本来は人の心を読み取る童子の話の意味で「サトリのワッパ」として伝承されていたとの指摘がある。また、童子を山神の化身と見なし、「覚」は山神の化身である童子が零落して妖怪化した姿との解釈もある。そのせいか、猿のように毛深く元気な女の子が有斎の隣に現れて寛いでいた。


対して白澤または白沢はくたくは、中国に伝わる、人語を解し万物に精通するとされる聖獣である。麒麟きりん鳳凰ほうおうと同じく、徳の高い為政者の治世に姿を現すとされる。


逸話には、東望山(中国湖西省)の沢に獣が住んでおり、ひとつを白澤と呼んでいた。白澤は能く言葉を操り万物に通暁しており、治めしめるものが有徳であれば姿をみせたと言う。


中国神話の時代、三皇五帝に数えられる黄帝が東海地方を巡行したおりに、恒山に登ったあとに訪れた海辺で出会ったと言われる。白澤は1万1520種に及ぶ天下の妖異鬼神について語り、世の害を除くため忠言したと伝えられる有り難~い聖獣だ。


古くは中国の『三才図会』にその姿が記され、日本では『和漢三才図会』にも描かれているが、獅子に似た姿である。

鳥山石燕は『今昔百鬼拾遺』でこれを取り上げているが、その姿は1対の牛に似た角をいただき、下顎に山羊髭を蓄え、額にも瞳を持つ3眼、更には左右の胴体に3眼を描き入れており、併せて9眼として描いている。

白澤が3眼以上の眼を持つ姿は石燕以降と推測され、それより前には3眼以上の眼は確認できない。たとえば『怪奇鳥獣図巻』(出版は江戸時代だがより古い中国の書物を参考に描かれた可能性が高い)の白澤は2眼である。この白澤は、麒麟の体躯を頑丈にしたような姿で描かれている。

有斎の【白沢】もその例に漏れず、牛なのだか、馬なのだか、山羊なのだか、獅子なのか、いまいちよくわからない四本足の動物型をしていた。ちなみにこいつ、生物学上は雄である。


そんな有り難い聖獣がナゼこんな食えない爺さんのもとで配下やってるかというと、恥かしいことに酒に酔いつぶれていたところを難なく捕まったのだ。ジジイも白沢も若かったのである。酔いが醒めた時にはもう、契約済みで御馳走など振る舞われ、先に捕まり契約を結ばされていた【覚】に痛いところをつかれて、逃げるに逃げ出されなくなって今に至っている、というどーしょーもないような経緯があるのだが、それは余談。


有斎は若気の至りで確保した隠叉たちの能力を使用して、最大限に情報を集めるつもりなのだ。


―――『もしもし、わし、愛宕の天狗。鬼龍院の有ちゃん? わし、これでも忙しいんだけど要件早く言っちゃって』


――「ふぉっふぉっふぉ、小生の名は有斎です。剣豪の鬼龍院有斎の名は捨てました故。何度申せばよろしいのでしょうな?」


―――『わあ、愛弟子がつれなくてわし悲しい。それより要件言わないとわし、斬っちゃう。この電話機、斬っちゃう、あらよい……』


――「そちらに八日町鈴子、という少女を調べて頂きたいのです。期限は三日から一週間。三日後、中間報告としてなにかしらお教え頂きたい。なにも出なかった、という情報も今回は価値のある情報ですからな。ふぉっふぉっふぉ。そして受話器は斬らないでいただきたい。開発費にかなりのお布施が掛かっております故。お師匠殿」


――『わかった。八日町鈴子ちゃんだね? 有ちゃんの頼みなら、下の者使って調べさせちゃう、扱き使っちゃう~! ねえねえ、次、いつウチに遊びに』


――「頼みましたぞ」


――『え、あ、ちょっ』


プツッ。

有斎は強引に受話器を置いた。


「ハクタク、なにかわかりましたかな?」

「《………天狗の愛の重さぇ…》」

「なにか、わかりましたかな?」

 顔をそむけて見当違いな返しを寄越すハクタクに有斎は眼光鋭く、一音一音句切って言葉を繰り返す。あの煩わしい天狗、はやくどうにかならないだろうか、などとは口が裂けても言えない有斎のひとりごとである。

それを見たハクタクは、彼が人型なら敬礼しそうな勢いで正確な情報を返す。

「《はっ。“情報はございません”! 八日町鈴子、未確認。妖怪の類ではなく、人間でございます! お仕置きだけは勘弁を!》」

「サトリ」

「《嘘は無しだ。明日の対価(仏壇の供えもの。果物)、ハクタクと同様に楽しみにしている》」


 それだけ報告すると二体は有斎の影に沈んで消えた。


「やれやれ、やはり情報はありませんか。お次は念の為、『藍猫堂』に連絡を入れねばのう。ふぉっふぉっふぉ。老骨のヒマツブシにはちと、大仕事じゃわい」

 


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