終わりなき輪廻に終わりをと願う (※残酷描写あり)
死ネタ。残酷描写有り。
ごめんなさい。やっちゃった。
飛ばしても支障はない……かもしれません。
<m(__)m>
文明開化の時の声
諸行無常の響き有り
妖怪どもがオギャアとさわぎゃ、
人間どもが泣きまする
お歌をお聞かせくだしゃあせ
散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がします
ほんなら叩いてみましょうか
なにも聞こえて来やしやしまへん
沙羅双樹の花の色
夜が明るくなっても妖どもは騒ぎます
封じるは誰が為?
人間どもの身勝手ぞ
牛鍋食え食え、牛鍋食え。
「牛鍋食わぬ(を食わない)は(とは、)開化不進(時代遅れな)奴」
誰が言ったかこの言葉
誰でもいいから、散切狂言を見せとおくりゃあ
わしは黙阿弥の『月梅薫朧夜』がみたいわァ
武士の時代が終わって、代わりに女子が出て来たぞ?
嘘だろ馬鹿だ。女に何が出来る?
女は男の三歩後ろに下がってわしらの帰りを待っていろ。
馬鹿はあんただよ。
男と女の違いなんて、日常では些細なモンさ。
何だってできる。何だってできるんだい。
女は見かけよりもしたたかで強いのさ。
お前さんだってカカアの尻に敷かれてるだろう?
何だってできる。何だってできるんだい。
ばてれん、なにやつ、撃ってしまえ。
おまえさん、古いね古い。
洋服にこうもり傘付けて、
鉄道にでも吹っ飛ばしてもらいィわな
追憶の白雪と朧に浮かぶ遊月夜
遊女は舞い踊り、歌舞伎は演じられる
博徒が今日も町を練り歩ければ、
大損、大儲け、バカ騒ぎ、酒飲み喰らう
すべては夢のまにまに起こること
ただ春の夜の夢のごとし
武士は滅びて、学徒が学び舎にぞ遊ぶ
誰かが言ったぞこの言葉。
「これからは学が勝つ時代ぞ」
人はそうそう変わらないのに、愚か(おろか)者。
「理想と現実は違うのだ」
一体誰が言ったか、この言葉。
武士が滅びて、文明開化。
明るい場所の裏には闇がある。
妖怪どもを封じるのは誰が為?
人間どもの身勝手ぞ
夜を明るく照らすのは誰が為?
人間どもの身勝手ぞ
生きとし生きる者の知識欲の身勝手ぞ
ならば封じ、消え去るのも我らが定めと知ろう
偏に風の前の塵に同じ
ただ、四十九院だけは逃してやらぬ。逃してやらぬ。
あれは我らが獲物ぞ。
我らのモノぞ。
逃してやらぬ。逃してやらぬ。
例え我らすべてが滅び朽ち果てたとしても、
四十九院だけは逃がしてやらぬ。逃がしてやらぬ。
輪廻の環をも追い駆けて、
逃がしてやらぬ。逃がしてやらぬ。
例え、他の四十九院を逃がしても、
『災厄の猫』が護る藍紫の子だけは、
逃がしてやらぬ。逃がしてやらぬ。
輪廻を超えても、逃がしてやらぬ。逃がしてやらぬ。逃してやらぬ。
我らの邪魔をする者は理を曲げても潰そうぞ。
我らの約定と理こそが世の法なり。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―――あの赤イ鮮血ハ誰のモノ?
自分に振り下ろされるはずだった敵の刃。気が付くとあなたがわたしを抱きしめていた。
―――良かった、なんて言わないで。わたしは化け物よ? 知ってるでしょう?
ほっとした顔で、わたしを抱きしめる腕の中、わたしを見るあなたの眼差しはいつも通り優しくて、愛しいという感情が溢れていた。なのに、赤はぬぐえなくて、鮮やかで、あたたかいのに心が寒いんだ。
―――どうして………。
わたしを庇ったりしたの? わたしは、死なないのに。わたしは化け物なのに。あなたは強くても、わたしのような化け物じゃなくて人間なのに。死んじゃうのに。どうして………庇ったりしたの?
―――良かった、おまえが無事で、良かった………。約束、守れそうにない。すまん。
謝らないでよ。どうして、どうしてあなたが謝るのよ。どうして、あなたがわたしを庇うのよ。わたしの不注意が悪いのに。わたしよりもあなたの方が強いのに。あなたはここで死んでいい人ではないんだ。わたしのために、僕のせいで君が死ぬなんてあってはならない。あなたがこんなあっさり死んでいいはずがないんだよ旦那さま。老いたと云っても伝説の闇鴉、五代目風魔小太郎の名が泣くぜ?
―――大事な嫁さんひとり護れず、なにが風魔小太郎か。なにが伝説か。遊ひとり護れなかった方が闇鴉も泣くわ。それに己の名は悠陽。風間悠陽だ。おまえが己につけてくれたんじゃないか。
そうだね。ああ、そうだね。悠陽。わたしの大事な旦那さま。主様。最高の幼馴染兼好敵手殿。悠陽、大好きさ。愛してる。結局、僕はあなたに勝てない。惚れた弱みかな? 本気出しても結局、僕は君には勝てなかった。このまま勝ち越して逝くつもり? わたしを庇って死ぬなんて、許さないよ。
互いにしわくちゃになるまで一緒に生きようって約束したじゃないか。桜をともに見て、酒をまた酌み交わして、末の子の子供が大人になった姿までどうせなら見てやろうってさ。おまえが死ぬ時、俺を殺してくれるって約束したのに。君が死んだら、僕が終われないじゃないか。
―――遊、おまえが本気なんて、出したことないだろが。俺と一緒に生きたがったおまえが、本気なんて出せるはずがなかった。己がおまえを止めていた。だからな、遊、遊楽。本気、出せ。最期の命令だ。遊、本気出して、遺った子供たちを護れ。出来るだろう? 己の遊は俺の嫁さん、なん、だから。
わたしの力は諸刃の剣。どんな願いも叶えてくれるけれども、願いを叶える度にわたしは次の輪廻を巡る準備にかかるため、死に、近づいてしまう。本気を出したら、人間じゃなくなっちゃうけれど、あなたの命令なら構わない。あなたが望むなら、構わない。あなたが居ない世界なんて、生きている意味がないんだ。なんで、なんで………僕を庇ったりしたっ?
はい、旦那さま。その命、遂行させていだだきます頭領。だから、だから……。
いくら止血しようとも、いくら自分を傷つけて隠叉に対価を支払おうとも、いくら自分の寿命を削って隠叉の力で血を止めようとしても、いくらあなたを此の世に留め置こうと身を削って頑張っても、あなたはどんどん冷たく、重くなっていく。敵から奪った“対価”をも代わりに使って、今まで溜めていた“対価”もぜんぶ、ぜんぶ注ぎ込んで……なのに、なのに、ダメなの? 涙が、止まらない。手を払いのけないで? お願い、生きて。生きてほしいんだ。あなた、わたしに壊れろっていうの? あなた、僕に道具に逆戻りしろって云うの? 僕は君と一緒に生きたかったんだ。
―――遊、もういい。行け。
いやっ、いやっ、いやっ………!!
―――遊、おれもおまえといっしょにいきたかったよ。
死の間際、声なき言葉が悠陽の口から漏れた瞬間、わたしは……壊れた。
気づいたら、江戸城で僕は血に塗れてた。
命はとっくのとうに尽き果てていた。まわりに転がる死体の山。僕ら家族を襲撃した奴らとその元凶たちだ。本気、出せって悠陽は言った。だから、本気出した。人外を除いたら、自分のも含めて、死体しか残ってない。
滑稽だった。
相棒の猫が愍そうに血に濡れた槍を持って俯いている。
滑稽だった。
最期に見た光景は、生前に親友として誼を結んでいた、ある大名の悔いた顔。
彼は片手片足を失くしてた。きっと、僕の相棒がやったんだね。この場に居て、まだ生きてるってことは、きっとそうに違いない。
彼は残った片手に短刀を持っていた。悔いた表情で、泣きそうな顔で、彼は――その短刀を僕になんどもなんども突き立てた。
次に目が覚めた時、目に映ったのは真っ赤な炎と夜の闇。
目の前に映るのは、子供の紅葉の手。あなたはいない。
騒ぐ民衆、えんやこら。怯えて叫んで、えんやこら。
水没、水難、飢餓、飢饉。
廻り巡った“僕”を、神様の供物として捧げるようだ。馬鹿な民衆。
ああ、人柱、人柱。
だけど、民の中にあの人との最後の子ども見つけたよ。
村長だって。偉くなったもんだねさ。
闇鴉を立派に次いで、みんなをちゃんと纏めてた。
子どもも居たよ。孫だ孫だ。
他のあの人との娘や息子たちも見つけた。
君たち、揃って僕を暗い穴の底に沈めるつもりなんだね。
ああ、人柱、人柱。
いいよ、いいよ。君たちが願うなら。僕は願いを一度だけ叶えてあげる。
ああ、疲れたよ。もう、疲れた。眠らせておくれ。
そうそう、次に起きたら、今度は、あの人に庇われないように強くなりたいな。
もし、終わりが来た時、あの世でもこの世でも、どこでもいいから、あの人に誇れる人間になりたいな。恥じない人生を、おくりたい……。
それだけ夢みて今は眠ろう。子どもたちの願いだもの。
豊作祈願でも、子孫繁栄でも、なんでも、なんでも、叶えよう。
わたしは願いを叶える【藍紫の子】。
名前はもうない。だって、今回は付けてくれなかったから。
わたしは願いを叶え、禍福を判じて運ぶ【藍紫の子】。輪廻を巡る隠叉子なり。
ああ、眠ろう、眠ろう、眠りましょう。
子どもたちが願うなら、どんな願いだって一度だけ叶えてあげる。
どんな恨みつらみだって飲みこんであげるわ。
さあ眠ろう、眠ろう、眠りましょう。
目が覚めたら―――今度は、もっと、強く、速く、誰にも庇われないでいいように。
庇われるのは恥だもの。
あの人に庇われてしまったように、大事な人が目の前で死ぬのは嫌だもの。
どうか、どうか、今度は手の届く限り、ぜんぶ、ぜんぶ、護りきれるように強くなろう。
そうしてまた、心の底からみんなで笑うんだ。
ねえ、滑稽かしら?
だから、ねえ、終わらせて?
だれか、だれか、ぼくを終わらせて?
今は眠ろう、眠ろう。子供たちが願う通りに、この器を永眠らせよう。
人生五十年。ただ、風の前の塵に同じ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あなたとともに終わりたかった。
勝てないまま、君は死んでしまった。
あなたより格下の相手に、油断したわたしを庇ったせいで、あなたは死んでしまった。
そうしてわたしはまだ、輪廻を巡っている。
ああ、いつ終わるのだろうか。
死にたくて、死にたくて、終わりたくて、死に急ぐほど、生き残ってしまう。
ああ、いつ終わるのだろうか。
この喜劇のようで笑える悪夢の世界は、いつ、終わりが来るのだろうか。
まるで、夢のなかのようだ。
終わりのない、夢。
終わらない、英雄譚のような、喜劇のようで悲劇な、戯曲のような、笑える悪夢。
毎回違う仲間の中で笑い、毎回違う家族の中で笑い、毎回違う恋人を探して、やはり最後は書物の中に埋もれてしまうわたしは、わたしの言動は、思いは、僕という人物は、
―――どこまでが嘘で、どこまでが本当なのだろう?
ただ、真っ暗闇の中で君を求めて生きてきた。
ただ、終わりのない闇の中で君を求めて、猫を供に生きてきた。
笑って、泣いて、悲しんで、お祭りバカ騒ぎ。
顔に笑顔を張り付けて生きてきた。
遊びだと自分に言い聞かせて、気まぐれに本気を見せ、嘘の中に本当を混ぜて生きてきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄上が女を連れてきた。
あれは幕府と攘夷志士が争った野上戦争のこと。
兄上が良家の子女の如き女を連れてきて、俺の隊に入れろと云った。
ひょろい女だった。自分の身も自分で護れず、危険から逃げ出すことも出来ないで終わりそうな無力な、ひょろいきれいな女だった。
彼女は戦場だというのにダンスを踊る夜会の場の如く、ドレスの裾を掴んで優雅に挨拶する。
―――銀様の弟君、紫楽様とはあなたのことですか。わたくし、涼華と申します。涼やかな華と書いて涼華ですわ。どうぞお見知りおきくださいませ。これからお世話になりますわ。
一瞬、怠惰が過ぎた兄上の頭がイカレタのかと失礼なことを思った。戦場にこんなたおやかな華を持って来て、なおかつ俺の隊に入れさせてやれ、だと!? 本当にどういうつもりだと思った。
文句の一つ二つから百まで言ってやろうとバカでダメでまるで怠惰なダメ兄貴を振り返ったら、意外とマシな目をしてた。ワイン飲みながら真剣な目ェして、面白そうに口が弧を描いていた。
―――紫楽様の御噂は窺っておりますわ。もちろん、『風由幻夢隊』の御噂も。あること、ないこと、残虐性や変人奇人変態集団だということも、貴賤、老若男女問わず、実力次第で登用なされているとのお噂もお聞き致しております。どうか、わたくしを隊に置いてくださいませんか? 邪魔にはならないよう、せいいっぱい頑張りますから。
めげない真っ直ぐな目をしていた。腐敗した世の中のなかで、彼女のきれいでまっすぐな心が垣間見えた気がした。
―――知っていて、それでも入隊を希望するのか?
―――はい。承知の上、でございます。
―――戦闘狂いや、死体切り裂き魔に解剖魔の死体愛好家、妙なアブナイ薬品を扱う実験魔少女に、女装好きとか、口説き魔とか、ええと、ええと………。
―――すべて、承知の上です。紫楽様、この涼華、きっとあなたさまのお役にたってみせます。どうか、末永くおそばにお置きくださいませ。
良家の子女らしく、洗練された無駄のない流麗な所作で首を垂れる涼華。兄上の口添えもあって、僕はしぶしぶ入隊を許可し、他の仲間たちと同じように彼女を鍛えた。
目標はみんなでこの戦を生き残り、戦後、バカ騒ぎの宴会でもみんな揃って行うこと。
だれも、欠けては、ならなかった。欠けようと、しては、ならなかった。
彼女と過ごすうちに、僕は彼女のなかに“昔の僕”をみた。一生懸命旦那さまに尽くそうと身を粉にして頑張り、褒めて貰おうと頑張り、邪魔になってはならないと頑張って、頑張って、幸せを掴みとった“わたし”の姿を。
ほだされて、しまっていたんだね。
涼華は怒涛の勢いで隊のなかでも頭角をあらわし、実質、幻夢隊三番手にまで治まってしまった。
―――長、長、総隊長、紫楽さま、申し上げましたでしょう? 邪魔にはならない、と。
にんまり笑ったあの表情が忘れられない。なんせ、あんまり自分と似ていたもので、薄ら寒さとこれから起こるだろう未来に恐怖を抱いた。あ、ぜったい僕、こいつに攻略されるな、とか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、そんな未来が見えて………正直、怖かった。
だから、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、期待もしていた。淡い、淡い、期待だったけれども、涼華が僕を終わらせてくれるんじゃないかって。
―――紫楽様、お慕いしております。わたくし、ずっと、ずっと……あなたのことが……。
銃兵と侍たちに囲まれて絶体絶命の僕と桜花を、君は庇って銃弾に倒れた。
おかげで僕たちは生き延び、呆気にとられていた敵をぜんぶ隠叉に倒させることが出来たけど………君は、助からなかった。
死の間際、僕の唇を奪って“冥途の土産”だと嬉しそうに微笑んだ君が忘れられない。
僕を慕っているという、好きだという君の告白は、その時が最初で最期だったね。
僕は……また、庇われてしまった。そんな価値、僕にはないのに。
僕は【災厄の猫】の契約者。禍福の猫は災厄と成り果てて、もう、涙も枯れてしまった。
対価を払えと【百鬼夜行】は僕の体を蝕み、心を蝕み、じりじりと、なにかを削っていく。
僕の涙は枯れ果ててしまった。僕はもう、誰にも庇われたくはないというのに。僕はもう………終われ、ない?
みんなが笑ってくれるなら、こんな戯曲、喜劇、悲劇、勧善懲悪人生五十年、敦盛の戯曲が好きだった信長のように、死ぬときまで舞い遊んでやろう。
願いを、叶えて、やるんだから。例え、この身が朽ち果てる、諸刃の剣の呪いだとしても―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
廻り巡って、文明開化の時の声。
散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がします
約定を果たすときまで逃がしてやらぬ。逃がしてはやらぬ。
『災厄の猫』と『藍紫の子』
許さぬ、許さぬ、許さぬ。
『災厄の猫』と『藍紫の子』
逃がしてやらぬ。逃がしてやらぬ。逃がしてやらぬぅぅぅ……――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁっ」と大きく息をのんで布団を蹴とばしながら勢いよく跳ね起きた。
胸に詰まる痛みに腰を折り、夜着の胸元を掻き毟るようにして掴みつつ、口元に手を当てて激しく咳き込む音を押し殺す。
全身を内部から破壊されるような激痛がかけぬけるが、そんなことはどうでもいい。ただの発作だ。もはや慣れた日常の一部。
大事なのはまだ幼なさの残る同居人に気付かれないこと。
男はのたうち回りたい衝動を抑えて必死に音を押し殺す。
「……げほっ、ごほっ、ゴハァッ!!」
視界一面に広がる己の赤。
男は口元の赤を手の甲で拭い、現実を確かめるように辺りを見回す。
「……なんだ、夢か。」
疲れきったような荒い息遣いで、男は頭を振って額の汗を拭う。
「…………。」
男は険しい顔でじっと虚空を見つめていた。しかし真夜中のこの時間、闇に慣れたモノの目でも何も見えない。何も聞こえない。
夢は夢だ。現実とは、違うのだ。
男はちょいと肩をすくめて肌蹴た夜着を直し、手慣れた風に、鮮やかな赤に染まって汚れた褥を処分した。そして黒猫がひっそり見守る中、真新しい真っ白な布に包まれて、再び浅い眠りにつくのだ。――……夜が明けるまで。