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藍猫古書堂  作者: 神寺 柚子陽
現代編
16/26

陸.真っ白い本“『時代に抹消サレシ作家―――手記』”


 一瞬だった。

二階から一階へ続く階段を人影が一足飛びに飛び降りた。


「まっ、まて!」

「あっ、あぶない!」

「へ?」


 忠告が間に合わず、腐っていたらしい階段を踏み外して転がる柚之木。ちょうど転がり落ちた先の下に居た鈴子にぶつかり、下の階へと巻き込んで倒れた。


「ふぎゃっ!?」

「きゃあ!?」

 

悲鳴が上がる。


「いった~………大丈夫ですか?!」

「はっ、ヤツはどこへ………!」


 鈴子の心配を余所に意外と丈夫な柚之木はきょろきょろと辺りを見回す。

 物陰から遊楽がこちらを見て、驚いたように目を見開き、次いでくすくすと無邪気な笑顔で笑って曲がり角に消えた。確かあちらは裏口から祠へと続く細い小道があったはず。

柚之木は鈴子に構わず遊楽を追う。


「待てやこのクソ自由猫娘! 初対面でいきなり目潰し玉なんていきなりどういう了見だこら! 唐辛子のおかげで目がしぱしっぱすっぞおら! 物騒なもん持ち歩いてるんじゃねえっ! アホンダラァ!! てか逃げるな! シバくぞテメエ! おいこら待てごらァ゛ッッ!」


鈴子がちょっと引くぐらいのかなり早口な関西弁で不良並みの恫喝を上げながら、短い脚を振り上げて、必死に柚之木は追いかけて去って行った。


「あ、あはははは………(柚之木さん、キャラ崩壊してる……なにを追い駆けていったのかな? ん?)」


 鈴子は足下に落ちていた真っ白い本を拾う。


「なあに、これ? 『時代に抹消サレシ作家―――手記』………間に名前が入るようだけれど、かすれて見えないわね」


―――というかこれ、柚之木さんが病院でもここ―――武家屋敷―――でも大事そうに持っていたあの真っ白い本じゃ……。


ごくり。期待に唾を呑みこんで、鈴子は好奇心を堪え切れず、きょろきょろと辺りを見回す。


誰もいない、わね?


「ちょっとだけ………ちょっとだけよ」


 一般的な辞書一冊分と同じだけの厚みがある真っ白いハードカバーの表紙をめくる。


「え? なに、これ………――」


『《先ハ時代に抹消サレシ作家『   』ノ記セシ手記デアル。

彼の者の真名は定かに非ず、また此の世に存在していたのかも今となっては定かではない。

だがこの書物ガ記すことは事実だと此れを受け継いだ古寺の住職は語る。


其の手記は、昔遊女を生業にしていたという佳人の下で眠っていたとか。


これから我が記すのはその手記を翻訳し、調子はそのままに彼の作家に導かれて描くその物語である。》』


 丁寧な筆跡で書かれた古い文体の注釈。一番最初のページの白に黒い墨でそれだけが書かれていた。鈴子は先が気になってページをめくる。されど他のページは全て白紙のページたち。漂白されたようにどこまでも真っ白い平原が続く………かと思われた。

 鈴子がぱらぱらと白紙のページを確認していると赤い血文字みたいなものが浮かび一文ずつ上がって来たのだ。思わず読み取ってしまった文面にはこう書かれていた。


『《呪い、呪われ、輪廻は廻る。人を呪わば穴二つ。因果応報、チン、トン、シャン。

 見たナ 見たナ 見るなというに見たナ小娘―――我の食事を邪魔するモノは喰ろうてヤル 食ろうて……ヤル………ジジジジジジジ……みるな、見たナ、みるな、みたな、みるな、みるな、みるな、みるな、みるな、みるな、みるな、みるな、みたな、見たナ、視たナ、診たナ、みたな、みたな、みたな、ミタナ、ミタナ、ミタナ、ミタナ、みたな、みたな、みたな、みたな、みたな、ミタナァァァァアアアアアアア………!!!》』


「ひっ!?」


 本を取り落す。

 すると観音開きに開かれた本のページがペラリと開かれて、最初と同じ丁寧な筆跡で走り書きみたく記されていた。


『《作家、四十九院家、藍猫、古書堂、夢、風由、戦争、異世界、タイムスリップ、輪廻転生と憑依、見るなの定義、民俗学、文豪たち、裏組織、隠叉オニ、妖怪、IFの世界、多重構造世界、並行世界、此の世とあの世、彼岸花、時を超えた願い、私の世界とは違う………別の世界、八日町家から辿るのが良かろう。その次は武家屋敷と祠伝説を……――》』


さっと鈴子は思わず目で文字を追ってしまったが意味が解らなかった。


「なによ……この本。意味わかんない。この丁寧な字、きっと、柚之木さん………よね? なんで、うちの名前が……オニって、隠叉ってなに? よんじゅうきゅういんけ? 異世界って…………なに、これ? ネタ帳?」


 恐怖に震える手を伸ばして、取り落さないように気を付けつつ、真っ白い本を閉じて胸に抱く。柚之木と名乗ったどこまでも面倒くさそうな様子の彼女が持っていた書物だ。拾ったならば、彼女に届けるのが筋というものだろう。幸いなのか、先程去っていった柚之木はあの調子だとそう遠くまで言ってない………はず。地面を滑るような不思議な走り方だったのに、意外に速かったのだ。確信は持てない。鈴子は「よしっ」と気合を入れると真っ白い本を抱えたまま、立ち上がる。


「善は急げ。早く届けてあげなきゃね!」


 わざと明るい声を出して、鈴子は蝋燭の明かりに照らされた薄暗い廊下をわたり、曲がり角を抜けて、小さい頃に見つけた座敷牢へ続く地下通路への出入り口を横目に見つつ、錠を解かれて開け放たれた横開きの木造の扉から外へ出た。

 

 裏口付近に植わったずいぶん遅咲きのハナミズキの、白い花の淡く甘い香りを嗅ぎつつ、鈴子はひとつ深呼吸をして、緑深い雑草が生い茂る裏庭の柔らかい地面を踏みしめる。

 新月の夜の真っ暗闇のなかでも、あたりが不思議と浮かび上がって見えた。この先に石垣と塗り壁が崩れた場所があって、そこから祠へ続く小道へ、雑草混じりの草花をかき分けて行く事が出来るのだ。

 

 鈴子は踏み慣らされた草花の小道を抜けて、崩れた壁の穴を腰をかがめて通り抜け、提灯で今日だけほのかに照らされた道を見る。


誰もいない。


真っ暗闇の中、ぽつりぽつりと赤や白や青などの色とりどりな色提灯が幽玄に照らし燈る曲がりくねった田舎のあぜ道を、鈴子は仰ぎ見て、歩を進める。


―――いないなら、探すしかない。


しっかりと柚之木が残して行ったと思われる真っ白い本を胸に抱き、鈴子は祠のある森への一本道へと歩を進めた。



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