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藍猫古書堂  作者: 神寺 柚子陽
現代編
14/26

肆,肝試し.“化け物封じの武家屋敷”の幽霊は

 屋敷の玄関にあたる部分から靴を履いたまま入って、ロウソクの灯りが照らす薄暗い古びた木製の廊下を少し奥まで進んだ。


「なにも……出ないわね」


 毎年、実行委員会が力を合わせて丹精込めて創り込むと噂のこの肝試し大会。入口から入って五分もしないうちになにもないとは、どういうことだろうか? 

 すると奥から暴れ牛もかくや、という猛スピードで何かがこちらに向かって突撃してくるではないか!

「きゃあっ!?」と声が重なり、体がぶつかる。

「鈴子!?」

「千代ちゃん?」


 猛スピードで鈴子に突撃してきた物体は、なんと居ないと思っていた友人の千代だった。彼女は茶髪のショートカットの下で青白い顔を隠しもせず、鈴子に掴みかかる如くしがみつく。ややツリ目がちの男勝りな彼女の目は、今は涙に濡れて、全身で恐怖を表していた。


「で、出たのよ出た出た! お、おばおばおば、お化けっっ!!!」

「お化け? 落ち着いて千代ちゃん。ここは怪談大会会場。そのお化けの人の中身も人間よ」

「いやっ! あたし帰るっ。おうち帰るっ……! 中の人とか関係ないっ。実行委員会は『我々は今回、なにも仕掛けていない。今回は趣向を変えてそのままの化け物屋敷と夜道の祠を楽しんでくれ』って言ってたから参加したのにっ! あんな血塗れお化けが出るなんて聞いてへんっ!! 話が違うじゃないっ!!」

「え、今回は仕掛け、なにもないの? それって怪談大会でもなんでもなくて、ただの夜の散策じゃない」

「そうよっ! そのはずやったから、あたしも面白そうやと思って怖いもの見たさで参加決めたのにっ。あんなのが居るなんて聞いてないッ。やから鈴子も気をつけてね、じゃっ!」


 敬礼のポーズを決めた千代はこの場にいるのも怖いのか、鈴子と同じ文化系の部活に入っていたハズなのに陸上部並みの足の速さで帰って行った。


「あ、待って、千代ちゃん!!」


残った鈴子は行き場のない手をどこへやればいいというのか。


「………いっちゃった。」


心細い気持ちを押し隠して彼女はとりあえず奥に進んでみることにした。まだ彼女の肝試しは始まったばかりだ。




 千代が怖がったお化けの正体は、案外呆気ないものだった。しかし、入口から10分ほど進んだ場所には確かにそのお化けが居た。

 入口から一本道の廊下の先。薄暗闇の中で蹲る(うずくまる)人影。“ソレ”は真っ白い衣を着て闇の中で浮かび上がって見えた。ゴソゴソ鞄をひっくり返してカサカサと紙を動かすような音。自分の足音がいやに大きく聞こえる。喉がゴクリと鳴った。背後から近寄り声をかける。

「もうし……――」

 そろーり、死んだ魚の目の血塗れ死体の首が動いて鈴子を見た。

「きゃーーーーーーーーっ!!!!」

 悲鳴をあげて逃げだそうとすると“ソレ”はやけに明るい声で鈴子に話しかけきた。

「あ、八日町のお孫さんやないか!」

「え、おばあちゃんとこの病院で出会った……柚之木さん?」


 なんのことはない。お化けの正体は夕方に病院で出会ったどこまでも面倒くさそうな生きた人間の女性だった。鈴子はぽかんと口を開けて、その場にへたり込む。

 柚之木は顔面を赤く染めたまま、目を細めてにこりと笑う。そうすると持ち前の童顔が余計幼く見えるのだが、今は正体不明の赤染め化粧と相まってかなり不気味だった。


「おや、名前をご存知で。そや。柚之木 真衣と申します。以後、よろしゅう……しなくてもいいがな」

「え、え、え?」

「ウソやうそ。よろしゅうしたってなあ? ま、本音はどっちでもいいんだが」


 どっちなんですかっ!!―――戸惑う鈴子の内心を慮る気もないのか、柚之木はマイペースに大きく四角い肩掛け鞄を探る。見るとそれは有名スポーツ会社のスポーツバックだった。辺りに散らばる本やレポートなどの書類にノートや筆記用具の山。音の正体はこれかぁ……と鈴子は気が抜けた。


「あの……失礼ですけれど、その顔の赤い血糊みたいなものはなんなのでしょうか?」

「ああ、これ? ノートにメモをとろうと思って失敗した」

「は?」

メモを取ろうとしてナゼそうなるのか、理解できない。鈴子は呆気にとられて続きを促す。

「赤インクが出ないと思ってボールペンを分解して先端を覗き込んだら、どこをどうしたわけか、インクが顔に飛び出て来たというわけさ。驚いたよ。しかもハンカチをどこにやったか忘れて探していたら、君と同じくらいの年齢の少女が蒼い顔で走ってきて、私の顔を見て悲鳴をあげるんだ。二度びっくりしたね」


 淡々と純然たる事実を語っていますといった風に、どこまでも面倒臭そうな調子で緑色のタオルハンカチをポケットから探り当て、ごしごしと機械的に顔に着いた赤を拭う柚之木。


さもありなん。今の柚之木の顔はインクで血に塗れているように見えた。しかも彼女の目はそこらの下手な人造死体より何倍も目が死んで居るのだ。一定間隔で壁にかかったロウソクの明かりだけが照らすこの屋敷の中で、そんな精巧な顔面が血まみれで判別不可能な死体に出会ったら、怪談が怖いらしい友人の千代でもなくともまず多くの人は叫ぶだろう。―――柚之木に声をかけられる前の鈴子のように。


「気を付けな。下手をすると“物語”が始まってしまう。いや、もう始まっているのかも」

「え? どういう……意味、ですか?」

「輪廻は廻りて時代の運命を廻す歯車となる。気をつけないとあなたも、またこことは違う、その運命を廻す歯車の一部になってしまうよ? 私には関係ない事だが。あなたがそれを是とするか、否とするかは、あなた次第、なのだから」

 

 答えになっていない答えを返して柚之木は鈴子に口元をわずかに釣り上げて微笑してみせる。拭い終わった血糊のような赤が染みついたハンカチをポケットにしまい込み、あたりに散らかしていたノートや鉛筆、書類などを白いスポーツバックに詰め込んだら、病院で見た真っ白い表紙の本を一冊胸に抱えておもむろに踵を返してしまう。


「あなたは、いったい何者なんですか?」


 背中越しに柚之木が死んだ目を少しだけ煌かせて応える。


「ただの作家見習いさ。今はネタの蒐集中。本業は四年制の大学生。これ以上は、今のあなたには言えないな。肝試しを楽しめ。私は探し物の続きをするとしよう」


 手をひらひら振って柚之木は今度こそ鈴子と別れた。きっともっと奥に進むのだろう。鈴子も奥に進もうと思い、足に力を込めたつもりで立ち上がろうとする―――が、立てない。情けないことに腰が抜けていた。


「…………ダサい」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 同時刻。鈴子の祖母、八日町 鈴江の入院する病室。

 鈴子が柚之木のドジの結果に驚かされて腰が抜けている頃、ここでは八日町鈴江と謎の人外、天津空鵺が地味ぃ~な攻防戦を繰り広げていた。

ちなみにこの個室、防音設備は扉を閉めると無駄に完璧である。


「《だから、オレがその願いを叶えてやるって言って……ふにゃ~ん……そこそこ、イイ……》」

「ほうれ、ほうれ、ここが良いんでしょう? ここじゃろう? おまえさんにあたしゃの願いを叶えてもらわんでもいいよ。よ~しよしよしっ」

「《はっ! オレは一体なにをっっ……!!》」


 可動式ベットの上で、鈴江に撫でられる毛並みのいい一匹の黒猫。

尻尾が三本あることからもこの世のものではない事がわかる。この黒猫妖怪が長身の美丈夫な男、天津空鵺の正体を小さくしたものであった。


「《鈴江、あなどれん奴……シャーーっ!!……にゃうう……あ、そこ、撫でるにゃっ》」

 

 てしてしっ。尻尾で鈴江の手を払い、肉球パンチを連打するけども、容易にババに前足を取られて今度は肉球をふみふみされる空鵺猫。気持ちいいのか、(マゾ)なのか、鼻の頭を真っ赤に染めて腰砕け気味である。されどなおも抵抗しようと三本ある毛並みのいい尻尾を振るう。

 パシパシッ。意味なし。鈴江ババは目を細めて嬉しそうに楽しく笑い声を上げる。


「相変わらず、弄りがいがあるジジ猫だねぇ。あたしの願いもこれでひとつは叶ったようなもんさ。さっさとお帰り」

「《やだっ。無理だ。オマエの願い、後悔、叶えるって“主”と約束……ふみゃあっ……離せこのっ。力が抜けるっ。話している途中に肉球弄るな。腹を撫でるな。ぞわぞわするっ》」

「ふふふ、ここかい? ここなのかい? あんたの“主”は死んだんだろう? 死人にまで義理立てするなんて、あんた、本当に一途だねぇ。猫なのに」

「《し、死んでないっ。“主”はまだ死んでないっ!! ふぎゃっ、や、やめれ。そこダメ、そこはダメ。もふるのやめろーーーっ!!》」

「あっはっはっはっは! 止めてほしかったら諦めて帰るんだね。ここは本来、動物立ち入り禁止だよ。あたしゃまだ、長生きしたいんだ」

「《帰らないッ。帰れない。“主”の願いと“スズエ”の願い、叶えるまでは、命令で帰れない。ふぎゃっ……!》」

「命令? 誰の命令で動いているんだい? あんたの“主”は死んだはずだよ。60年前の戦争の後、骨壺だけが帰って来たのをあたしゃこの目で見たよ。いったい、おまえさんは誰を今、“主”と呼んでいるんだい?」

「言え……ない。“主”に秘密にしとけって、言われ、た。だから、言えない」

「そうかい。じゃあ、もっと楽しませてもらおうかね」

 鈴江の目がきらりと煌いた。

「《ふ、ふぎゃーーーーーっっ!!》」

 黒猫の悲鳴が個室内に響く。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 病院に黒猫の悲鳴が響き渡った同日同時、本日《肝試し大会》が行われている武家屋敷にて。

 柚之木は桜と紅葉とハナミズキの木が植わった中庭で、いくつもの誰かの墓標を横目に見て手を合わせ、通り過ぎながら探しモノ――否、探し人を探し続ける。独自のルートで事前に集めた情報によれば、今日、この日、本日今夜その探し人はある人の命日のため、花を手向けにこの墓所と仏壇に参るらしい。だから、柚之木は“ここ”に来た。

 柚之木は探し人を見つける為、探し当てた――否、“識っていた”卒塔婆を組み合わせただけの簡易な古びた墓標を傾けて、隠し階段の入口を開けて、二階へ昇る。


 果たして、柚之木の探し人はそこに居た。

 腐りかけた大広間。幾十、幾千もの融けかけたロウソクの火がゆらめく中で、正面の仏壇に手を合わせて合掌し、背筋を伸ばして綺麗な所作で祈りを捧げ坐す、長い髪の子供がいた。柚之木は返し扉の裏から躍り出て、ゆったりとした調子でおもむろに口を開いた。


「探したよ。やっと見つけた。よければ貴方の話を聞かせてくれないか? 現、四十九院家神戸別邸“化け物封じの武家屋敷”の管理人。傭兵諜報集団【風由の者】筆頭総大将。表裏一体の四十九院家、裏の次期当主、“藍紫の子”四十九院遊楽さん」


 ふわりと藍色がかった黒髪を揺らして悪戯猫の如き少女が振り向き、隙のない素早い動作で立ち上がる。そして彼女は目を細めて気高く孤高に艶然と妖しく微笑んだ。


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