模倣
久しぶりであります。
ごめんなさい。
…どのくらい時間が経っただろう。
私は戻りつつある意識を、重い重い瞼を開けることに集中させる。
ゆっくりと、確実に開いてく視界が最初に捉えたのは、
ティムだった。
「あ、目開けた!!おい、大丈夫か!?ホノカ!?」
ティムは慌てたように。私に声を掛ける。
私はそっと自分の頭に手を乗せる。
ぬるっ、とした嫌な触感を感じる。血だ。
高所から落ちたときに、頭からいったのだろうか?
いや、それなら死んでいるか。
純白、という単語がぴったりな髪と服に、真っ赤な模様が出来上がっている。
ティムも出血に気付き、服の裾を破って私の頭に巻き付ける。止血が上手かったようで、血は直ぐに止まった。
「…ありがと。」
私は一言だけ伝え、立ち上がろうとする。
「ちょっ…ホノカ…」
ティムの停止を無視する。
中腰まで立ち上がると、激しい立ち眩みに襲われる。地面を見ると、べったりと血の痕が残っている。ティムは頬以外は無事なのは、みてわかる。(よくそんなもんで済んだなと思うくらい軽傷そうだ。)となると、これはほとんど私の血、と言うことになるんだが…
明らかに失血死する量だ。
それなのに、激しい貧血程度の症状で済んでいるのは何故だろう…
しかし、血が禄にない状態で、頭は上手く回らなかった。しょうがないので、また今度考えることにしよう。
倒れこむ私をティムが支える。
「…っ…」
足を痛めていたらしい。
私を離さないように庇いながら倒れる。
折れてはいない。が、腫れている。そんな感じの痛め方だ。
私はティムの手をどけて、再び起き上がる。
「行か…なきゃ…」
足元が覚束ない。視界も歪んでいる。
また、倒れそうになる。
奴は
何処だ。
「ホノカ…」
「…偶像は何処?」
「…」
ティムは言葉を噤む。
行くな、という警告だろう。
でも、私は闘える。
闘える人は、闘うべきだ。
人類を
守るために。
「何処っ!!」
凄い剣幕でティムに怒鳴り付ける。
別にティムに怒っているわけではない。
あんな余裕をもって偶像に対応していた、そんな自分が許せないのだ。
「…」
ティムは口を開かない。
代わりに、
指はある方向を指した。
その先には、
村がある。
そっちか。
私はそちらを凝視する。
「…待って。」
ティムは私の腕を掴む。
まだ、止めるの…?
と、思うと口ともう一方の手を使って、笛のような音を出した。
ティムが村の方を向く。
少しすると、ひとつの影が近付いてきていることに気づく。
あれは…
馬?
先日乗った馬と同じだろう。黒毛に模様のように白毛が混じった独特な姿。見間違えようはない。
ティムは器用に痛めた足を庇いながらも、するりと馬に乗る。
「よく乗れるね…」
「片手片足千切られても乗れるくらいには訓練してるしね。」
さらっと恐いことを言うなよ…
ティムは体勢を整えると、私に手を伸ばした。
馬に乗れ、ということなのだろう。確かに、馬に乗った方が早い。
馬に乗るのは二回目だ。やっぱり、乗り心地はあまり良くない。しかし、今はそんなことは言ってられない。
「しっかり掴まってて。」
ティムの腰を巻くように腕を組む。しかし、手の平は、何か違和感を覚えた。
足りない…と。
* * *
「…ごめん。」
村へと戻る途中、ティムは私にそう言った。
「…何が?」
察してはいた。でも、聞いた。
「…俺達が何とかするって言ったのに…」
違うよ。私が邪魔したんだ。私がティムに、指示したんだ。
言いたい。でも、
声は掠れて出ない。
強く唇を噛み締める。少し切れたような音がした気がした。
* * *
村には、偶像は居なかった。足跡しかなかった。
村は、ほぼ無傷と言っていい。偶像が通る際に壊してしまったものがあるくらいだ。
偶像の位置は直ぐに分かった。この村からも見えている。村人が避難した先だ。
「…偶像の目的って、殺戮なの?」
馬で走り続けるティムの背中に、語りかける。
「…よくわかっていないんだ。ただ、基本的に殺戮衝動が強い。人を食べたりする訳じゃないからなぁ…」
ティムは前を見据えたまま答える。
「…そっか。」
「もうすぐ追いつくな。準備してくれ。」
「わかった。」
両腕を離し、バランスを取る。バランス感覚には自信があるので、体軸は崩れない。
腕は神々しいほど光っている。相当な貯蓄がありそうだ。
見えたのは、非力な人達の死だった。
まだ避難所までたどり着いてない人達は、次々と踏み潰された。偶像は、まるで作業のように人達を殺した。
間に合わなかった。
少数とはいえ、村人が巻き込まれた。
最後に潰されたのは、心配して私に声を掛けてくれた、おばさんだった。
「止めて…」
私の声は掻き消されて…
「止めろっていってるだろうがぁ!!」
理性なんかぶっ飛ばせ。
ただ、
壊せ。
私は腰をあげ、馬の背中で立ち上がった。
偶像は気にもせず、土を食べ始める。
また、射つ気だ。
させない。
叩き落とす。
あいつの、岩の力のように。
腕を高らかと挙げる。
太陽に翳すように。
そして、
手は
下された。