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「へ、へぇ。ふうーん。そうなんだ。アルクは女子からの告白を待ってるんだ?」

「ん、まあな――つっても俺に告白してくる女子なんかいるかって話だけどな」

「……女子は、ね」

「あん?」

「いや、なんでもないよ――それよりもアルク。この際だから訊いておきたいんだけど、アルクの好きなタイプの人ってどんな感じ?」

「好きなタイプ? ……まぁ、やっぱリードしてくれる女子が好きだな」

「ごめん。そうじゃなくって……、例えばクラスメートの中では誰が好きとか、そういうこと」

「クラスメートの中で? うーん。……それって実質的に好きな女子を訊いてるのと同じじゃねぇか?」

「い、いいじゃん。教えてよ」

「まぁいいけどさ」

 こういう話はふつうしない俺なのだが、友人になら話してみてもいいと思う。

 こいつは人の秘密をぺちゃくちゃと言いふらすような人間じゃない。そう信頼している。

 俺は言う。

「つってもそんな好きって人もいないんだけどな……」

「い、いないんだ。そっか」

 友人はホッとした。

 安堵したのだろうか?

 いや、それとも溜め息だったのだろうか?

 ニュアンスを汲み取れなかったが、俺は取り繕うように言う。

「ああ、でも強いていえばだな……」

「強いていえば……って、いることはいるの?」

「強いていえば、俺は――星海が気になるかな」

「星海? 星海って……同じクラスの星海るみさん?」

「そう」

 俺は思う。

 好きな人を訊かれて、いないと答えることほどつまらないことはないだろう。

 そんなつまらない男と思われたくはないので俺はとっさに星海――星海(ほしみ)るみの名前を出してみたのだが……。

 友人は言う。

「星海さんのことが好きなの?」

「あ、いや、そうじゃなくて気になるってだけ。告白したいくらいに好き……ってわけじゃないな。ちょっと気になるってだけで」

「そうなんだ?」

「星海って、クラス内でもけっこう美人だって噂されてるじゃん。俺も美人だなぁとは思うし」

「ふぅん。確かにあの人は美人さんだよね」

「うん。まあどんなやつかとかはぜんぜん知らねぇんだけどな。話したこともねぇし。容姿はよくても実は腹黒とかだったら嫌だなぁとも思う」

「ふむふむ。なるほど――つまりアルクはてきとうに星海さんのことを好きと言ったわけですね?」

「え? ……いや、べつにそんなんじゃ」

「ふふっ、隠さなくてもいいよー」

「…………」

 パシン、と肩を叩かれた。

 よくわからないが、強迫的な笑顔の友人だった。

 まるで好きな女子をいないことにしたいかのようなニュアンスが感じられるのだが――これは俺の勘違いなのだろうか。

 うーむ。

 まぁいいか。

 そんなふうに俺と友人は雑談に花を咲かせながら、通学路の曲がり角を曲がった。

 ――と。

「お」

「ん?」

 噂をすれば影が差したようで、星海を――通学中の星海を俺たちは発見した。

 星海るみ。

 物静かな佇まいと整った容姿から目立たないながら男子から人気のある女子である。学校の成績や運動神経もよく、文武両道の才色兼備だ。女子からの嫉妬をもらわないように損な役回りを自分から請け負うという小回りの良さも兼ね備えている。

 ただ。

 意外なことに、星海のことをよく知っているやつはほとんどいない――小耳に挟んだ話によると、これだけなんでもできるやつなのに友達は一人もいないとか、そんな噂もある(あくまで噂なので真偽のほどは定かでないが)。

 何を趣味としていて、何を信念としているのか。

 何が好きで、何が嫌いか。

 そういうパーソナリティーを知っているやつは、まったくいない。俺もまったく知らない。

 自分から何かを話す質じゃないように見えるしな。

 古臭い言い方をすればクールビューティーだ。

 いや、ミステリアスか。

 あいつの笑ったところを――俺は見たことがない。

「…………」

 俺と友人は、星海の後ろ姿を目で追いかける。

 実際に前にしてみると、星海のことを好きと言ったのはやはり口から出まかせだったのだろうなと思い知らされてしまった。

 俺はあいつのことを何も知らない。

 何も知らないやつのことを好きだなんて、どうしても思えない。

 やはり――気になる、という域を出ない。

 俺は言う。

「星海だな」

「星海さんだね」

 なんの意味もなく確認してしまった。

 ……どうなのだろうか。

 星海――あいつはふだんどんな話をするのだろう? いつもあんなに物静かでいたら息苦しくなると思う。 まあ人の性格にとやかく言えるほど、俺も立派ではないのだが。

 星海るみ――いったいほんとうはどんなやつなんだろうか?

 そんなふうに通学途中の星海を眺めながら歩いていると――

「あっ」

 不意に。

 星海の足元にサッカーボールが転がってきた。

 テン、テン、と。

 星海の足元でボールは止まる。

 視線を動かすと、そのサッカーボールの持ち主と思しきちびっ子が、フェンス越しにボールを見つめていた。

 どうやらあの子が勢い余ってボールをフェンスから飛び越えさせてしまったらしい。

 やれやれ、元気なお子様だ。

「…………」

 俺はその光景を見て、あの子にボールを蹴ってやるのかな? と思っていた。そうでなければ拾ってスローインしてやるのかなと思っていた。

 しかし星海は、

「…………」

 まったく。

 足を止める素振りさえ見せず。

 当たり前のようにサッカーボールをスルーして歩いて行ったのだった。

 それはほんとうに一切の迷いを見せない動きだった。まるでサッカーボールが眼中に入っていないかのような速やかさであり、足を止める気がゼロとしか思えないほど超然としていた。目線を下げて確認することすらしなかった。

 星海は、足元に転がってきたサッカーボールを無視した。

 俺は、そんな星海の姿を見て、なんか、なんとなく――冷たい奴だな、と思った。

 べつにちびっ子にサッカーボールを渡してやる義務なんて星海にはないんだけど……なんか、なんかあれだった。

 一番近くに転がってきた星海がスルーしたものだからか、近くにいた他の学生たちも総じてサッカーボールをスルーしていった。

 俺はなんとなくモヤモヤする。

 すると、

「ちょっと行ってくる」

 といって、隣で歩いていた友人が小走りでサッカーボールのもとへ駆け寄っていったのだった。

 それから当たり前のようにボールを拾って、フェンスの向こう側へスローインする。

 ボールは届いて。

 そうしてちびっ子は、笑顔になった。

 俺は呟く。

「……あいつほんとにいいやつだな」

 友達ながら感心した。

 俺もあいつを見習わなければな。

 友人は、ニッコリとして軽く手を振っている。

 ちびっ子は、そんな友人に向かって大声でお礼を叫んだ。

「ありがとう、お姉ちゃんっ!」

 ピシ、と友人の笑顔にヒビが入った。

 子供は残酷だった。

 俺は、不覚にも噴き出しそうになったのを必死に堪えながら、急いで友人のもとへと駆け寄っていったのだった。

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