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星海るみへの第一印象はといえば、それは確かに美人だと思ったものだが、第二印象は冷たい奴だなと思ったのだった。
「おーっす」
「あ、アルク。おはよう」
朝。
通学路。
俺こと加々崎歩は、いつもどおり、男の娘(本人に自覚無し)の友人といっしょに通学していた。
友人の歩幅に合わせて、俺は、これまたいつもどおりに雑談へと洒落込む。
俺は言う。
「……で、どうよ?」
「どうって?」
俺は、まず真っ先に今日一番に聞きたいことを話題にあげてみた。
友人はわざとらしく聞き返してくる――ニコリとした笑顔からして、何のことかはぜったいにわかっているはずなのに。
なんだよ、俺からそれを訊くのはけっこう恥ずかしいことなんだぞ。もしかして恥ずかしいことだと知っていながら聞き返しているのか? だとしたら意地悪なやつだ。
俺は言う。
「いや……、小説だよ。小説」
そう。
俺は昨日、初めて小説を書いてみたのである。
どうしていきなり小説を書いたのか? それは、〝楽しそう〟だったからだ――学校やら社会やらの規範が嫌になって、俺は小説の世界へと身を投じたいと望んだ。要するにむしゃくしゃして書いたわけだ。
後悔はしていない。きっと誰だってこんなふうに始まるものだと思うのだ、何事も。
始めの第一歩なんて、大抵は逃避だ。逃避から何かは始まるのだ。だから俺は、小説を書いてみたことに後悔はしていない。
で、本題。
俺はその小説を『小説家になろう』へアップした。そしてその小説を昨日のうちに友人に読んでもらった。
俺が聞きたいのは、つまり感想である。
初めて書いてみた小説の感想を、俺は話してほしいのである。
友人は言う。
「ああ、小説ね」いやらしいくらいニコニコとしている。「うん。読んだよ」
「……どうだった?」
「面白かったよぉ」
「そ……っか」
ほっ、と俺は心の中で安堵した。
もしつまらなかったと言われたらどうしようと思っていたが……、よかった、安心した。
友人は言う。
「んー。なんていうか、あれだね。ファンタジーっぽかったよね」
「ああ。そうだな。ジャンルでいえばファンタジーだな」
「ハリーポッターみたいな感じっていえばいいのかな?」
「あ、いや、ハリーポッターっていうよりかは、どちらかというとゼロ魔とかを意識して書いたな」
「ゼロ魔?」
「あ、ごめん。知らなかったらいいんだ」
「?」
友人は訝しそうな表情をした。
そうだった。友人はあまり〝こちら側〟の事情に詳しくなかったんだっけか。アニメやライトノベルではなく、ドラマや一般小説を好む側だったな。
気軽に話せるものだから、つい忘れてしまう。
俺は言う。
「あとは……なんだろうな、俺の好きなネット小説の要素もちょっと取り入れた感がある」
「ふうん? 確かそれもファンタジーだったよね」
「おう。ああいう感じが好きでさ……、俺も書いてみてぇってなった」
「へぇ。で、それで書いてみたんだ?」
「まぁな」
「そっかそっかぁ」
友人はまたもニコニコする。
……なんだろうか。今朝から笑顔を絶やさない友人だ。よくわからないが、なんだか怖いぞ(笑顔が可愛い分、裏が読み取れないので尚さら怖い)。
とまあ友人に説明した通り。
俺の書いた小説は、かんたんにいえば王道の異世界ファンタジーである。
いうなれば自分が好きな要素をとにかく詰め込んだ小説なのである――とくに『小説家になろう』で人気な要素をどんどん取り入れてみた。人気な要素というと、異世界・チート・ハーレムなどなど、そこらへんのことをさす。
いい機会だから、この三つについてちょっと説明してみよう。
異世界。
チート。
ハーレム。
これら三つの人気ジャンルについてだ。
異世界は、この日常世界ではない別の世界を舞台にすることだ。洋風で古い時代設定、たとえば中世ヨーロッパのような世界観がとくに人気のように思われる。
チートは、主人公が反則じみた強さを持っていることだ。悪役をちょちょいのちょいで倒すのには単純にスカッとするものがある。
ハーレムは、主人公が女の子からモテモテになることだ。ほら、やっぱり、モテるのって気持ちいいから、みんな好きなんだと思う。
これら三つが『小説家になろう』で人気の異世界・チート・ハーレムである。
ちなみにこれら三つを総称して『異世界チーレム』なんて略すこともある。
俺もこの異世界チーレムは大好きだ。人気ジャンルでもあるし、ランキング上位にはこの要素をいれた作品が大半を占める。おそらくこの三つを嫌いな人はそうそういないだろう。
そして俺が書いた小説も、この異世界チーレムを取り入れた作品なのである。
友人は言う。
「えっと、それでアルク。アルクの書いてみた小説のタイトルって、どんなだっけ?」
「……それ、俺の口から言わすのかよ?」
「いいじゃん。言ってみてよ。どんなのだったか忘れちゃった」
「…………」
迫るように問い詰めてくる友人。
ほんとうに楽しそうだよな。
なんだろう。
俺、今、いじめられてんのかな。
俺は言う。
「えっとな、タイトルはだな――『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』だったはず」
「だったはずって、自分で書いた小説じゃんっ」
友人はキャラキャラと笑った。
くっそ。
ラノベでよくあるタイトルを真似てみたものの、友達の前でそれをいうのはちょっと恥ずかしいな、おい。
友人は言う。
「独特なタイトルだよね。でもわかりやすいと思う」
「さよか」
俺と友人は、曲がり角を曲がった。
それから友人は言う。
「内容も面白かったよ」
「さよか」
内容も、って……それはタイトルが面白かったということを暗に示しているのか。いや、べつにウケ狙いでつけたタイトルではないのだが。
まぁいいか。
友人は言う。
「とくにね……、なんていうか、女の子のキャラクターが活き活きしてたよね」
「ん、そうかな」
「うん。無気力な主人公をグイグイって引っ張っていくあの感じ、よかったと思うよー」
「さいですか」
「さいですよ」
確かにいわれてみれば、女キャラを書いているときは筆がノっていたような気がする。
それはもしかすると、俺の中に、女性にたいする意見とか見解とかそういうものがあるからかもしれない。
もっと清楚であってくれとか、もっと気を強くもってくれとか……。
いや。
意見とか見解とかそんな大仰なものではなく、これはたんに俺が持っている理想像なだけか。
こんな女子が好きという欲望がそのまま現れたのかもしれないな――だとしたら俺の性癖がダダ漏れになったということになるのか。これまた恥ずかしい。
俺は言う。
「なんていうかさ、俺な、リードしてくれる女子のほうが好きなんだよ」
「そうなんだ。リードって、デートのときとか?」
「ん、うん、まあ。デートのときもそうだし、セッ……」
「セ?」
「いや、何でもない」
「?」
さすがにな。
こいつの前で下ネタをいうのはどうかと思うのだ。こいつに下ネタをいうということは、すなわち女子に下ネタをいうのと同義だから。
友人は言う。
「ふーん。となるとアルクは草食系男子ってこと?」
「草食系……。なんだろ、あんまり好きな表現じゃないけど、確かに否定はできないな」
「そうなんだ」
「ああ。ぶっちゃけ好きな子がいても俺からコクるとかちょっと無理だなぁ」
「うはー。意気地なしー」
「うるせぇ。そういうお前はできるのかよ?」
「え?」
友人は、とたんに顔を赤らめた。
バツが悪そうな様で友人は言う。
「う……。そ、そうだね。ぼくもちょっと、自分からコクるのは無理そう……」
「ほら、やっぱり無理なんじゃねぇか。人のこと言えねぇだろ?」
「そうだね……。どちらかというと、好きな人に気付いてもらうの待ちかな」
「あー。やっぱそうだよなー。待つよなー」
「まぁ――気付いていもらうのはまだまだ難しそうなんだけど」
「?」
あれ? 話しぶりからすると、こいつ、具体的に好きな女子がいるっぽいな。
知らなかったな。
水臭いやつだ。
いるのなら俺に相談してくれればいいのに――いや、俺なんかが相談に乗っても大した力にはなれないか。俺も友人と同じで自分から告白できない側の人間なのだ。相談に乗っても足手纏いになるだけだろう。
俺にできることは、せいぜい応援することだけだ。
誰が相手かはわからないが、陰ながら応援してるぞ、友人。
「…………」
友人はジト目で俺を見た。
なんか視線が痛かった。
咳払いしてから、友人は言う。
「まあ、でもさ、鈍感な人が相手だと難しいよね」
「あ? ああ。そうだな。難しいよな」
「あ、同意するんだ、そこ……」
「え? そりゃあ俺も鈍感なやつは苦手だからな」
「…………。へー……」
「よくさ、ライトノベルとかにも鈍感な男主人公がいるんだけど、そいつらに物申してやりたいね。女の子の気持ちに気付かないなんて男として最低だぞ! って」
「…………」
「なんならこの俺が直々にぶちのめしてやりたいところだぜ。お前らほんとうに男なのかよ! 男だったら女子の気持ちには敏感になるはずだろ! 目と目があっただけで好きなんじゃないかって勘違いしちゃうのが健全な男子なんじゃねぇのか! あぁん!? って説教しながらな」
「……………………」
あ。友人の目がバカを見る目になった。
なぜだろう。
俺、なんか変なこといったかな。
わからない。
まぁいいか。
咳払いしてから、友人は言う。
「こほんっ! えっと、それはいいの」
「いいのか」
「それとしてアルク、最近では男子が告白しないことが多くなってきてるけど、それに反して自分から告白する女子は増えてきてるらしいよね」
「あぁ。そうっぽいな」
「つい先日も三組の女子が告白したらしいんだよ」
「へぇー。これも時代の流れってやつか」
恋愛したことがない俺らがいうのも変な話だが、昔と今とでは恋愛事情も変わってきているのかもしれない。
友人は言う。
「いわゆる肉食系女子ってやつだよね」
「んだな」
「んー……。やっぱりこういうのが少子化に影響してたりするのかな」
「さあなー。それ以外にもいろいろあるんじゃねーの? 同性愛の認知度とか、昔と比べ物にならんだろ。今じゃテレビでだってよく取り上げられるし、そのおかげかはわからんけど差別だって少なく感じるぜ」
「そう、だね」
「あ? どうした?」
「いや、べつに……」
友人はまたも顔を赤らめた。
熱だろうか。
熱なら無理せず休めばいいのに。
友人は言う。
「アルクはさ……、同性愛にたいしてどう思ってる?」
「俺か? 俺は……まあ、いいんじゃねぇかなって思う。そんな否定的ではない」
「そ、そうなんだ……」
友人は小さくガッツポーズした。
なんだろうか、今日の友人はいろいろとわけがわからんな。
俺は言う。
「話戻すけど、そうなってくると女子から告白されるの待ちってのも案外チャンスがあるのかもしれないな」
「ん、そうだね――あぁそっか、そういう願望があるから、強引な女の子キャラを小説に出したのかな?」
「…………」
「ふふっ。そうなんでしょー?」
「……バレたか」
「アルクはわかりやすいからねー」
「まあいいじゃんか。強引な女子とかいいじゃんか。俺は女子からの告白をいつでも楽しみに待ってるんだぜ」
「…………っ」
友人はまたまた顔を赤らめた。
やれやれ、熱か。