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初めて書いてみた小説がランキング1位を取っていたんだが  作者: 北田啓悟
第三章 VSなろう大賞 ブレイク・ジ・エターナル
43/44

9 選んだ道で生きていく

「アルク~!」


 放課後、授業がすべて終わってカバンを持ち教室から出ようとすると、友人が俺に向かってハグをしてきた。

 それから胸の中から俺の顔を覗き込み、元気そうな声で喋ってくる。


「アルクっ! 今日はふたりで帰れるのっ?」


「ん……いや、今日こそは文芸部に行かないとダメだから……」


「うぅぅ~……そっかぁ。最近ふたりで帰れるようになったから今日もって思ってたのになぁ……」


「…………」


 文芸部に入ってから俺は友人とふたりきりで帰ることが少なくなっていた。天宮部長とのいざこざがあって文芸部に行けなかった間は久しぶりにとふたりで帰り道を歩いていたのだが、今日はさすがに文芸部に顔を出さなければならない。

 昨日の天宮部長が記憶に蘇る――「……わかったよ。明日、学校に行くよ」。天宮部長は確かにそう言ってくれた。ならば俺が文芸部に行かないわけにはいかない。

 ……のだが、どうにもこうにも腰が重いというのが本音である。


「なあ」


「うん?」


「ちょっと話でもしていかないか?」


「話? うんっ、いいよ! ……えへへへ、アルクと改まってお話するなんて、なんかちょっと楽しみだなっ」


「おう。じゃあここじゃ何だし、どこか座れるとこにでも……」


 *


 俺と友人は、校舎の外にある、一階の渡り廊下近くのベンチに腰掛けた。そういえば前にここで甘木と話をしたっけか。文芸部ではいろいろな思い出ができつつあるが、事の発端は甘木に入部を薦められたからなんだよな。星海を仲介に、いつかお礼を言っておこう。

 隣でちょこんと座っている友人はなんだかそわそわしている。顔を見てみると柔らかい笑みでを返してくる。なぜかとても楽しそうだった。


「それでアルク。話って、なにか話題とかあるのかな?」


「ん。まぁ……」


 俺は咳払いをしてから、話を切り出した。


「俺さ、最近スランプなんだよ」


「えええっ!? アルクがスランプっ!?」


「なんだよ。そりゃ俺だってスランプにはなるさ」


「そ、そうだけど……あっ! そういえば『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』、あれ一週間くらい更新されてないよね……。それってもしかして……」


「うん。スランプになっちまったからだよ。一応原因っぽい事は想像がついてるんだけど――」


 俺は友人にスランプに陥った原因と思われる話をした。つまり文芸部にて天宮部長と衝突したことを話した。

 それから昨日、星海といっしょに天宮部長の家に行って小説の執筆を再開してほしい、文芸部へまた来てほしいと説得したことを話した。


「……そっか。確かにそれで天宮部長が執筆をやめちゃうのは具合が悪いよね」


「そうなんだよなぁ。天宮部長のことばっかり頭で考えちゃって、全然執筆できねぇんだよ」


 俺は顔を手で覆って情けない声を漏らした。書きたいものがあるのに書けない、この辛さには俺も堪える。


「……たまにさ、このままエタッたらどうしようとか考えるんだ」


「エタ……!? そ、そんな、今行き詰まってるからってさすがにエタるなんてことは……」


「そうかな……俺にはわかんねぇよ」


 今書けないようなら、今後ずっと書けないような気がする。たとえそれが悪コンディションによる悪い考えだったとして、一度根付いたネガティブはそうたやすく取れない。一度ダメになったらそのままずっとダメから抜け出せないような気がしてしまうものなのだ。

 昨日の天宮部長だって、自分から作品をエタらせるという発言をした。一週間の空白を空けただけで作品に見切りをつけてしまうほど、天宮部長も不安を抱えていたのだ。

 作家にとってこれはしょうがない問題なんだよ。完成しないんじゃないかという不安は、どこまでも俺たち作家を殺しにかかる。完成させるかエタらせるかしない限り逃げることは絶対にできない。


「アルク……」


 友人は心配そうに、俺の背中を撫でた。


「アルクの小説は、読者がとっても多いもんね……プレッシャーも相当大きいと思うよ……うん、うん」


「書かなけりゃ、見限られちまうよな……」


「そんなことは……。少なくともぼくとアルクはいっしょだよ、変わらずに。ね?」


「ありがとな。けど……」


 読んでくれる人がいるなら、書かなければならない。期待してくれているなら、応えなければならない。

 わかっている。わかっているんだ。でも、だからこそどうしたらいいかわからなくなるんだ。

 どう書けば、面白い物語が書けるんだっけ? どういう作品が、面白い小説なんだっけ? 俺が書いてきたものは、本当は間違っていたのかもしれない――徐々に自信を喪失していって、自分の判断に疑問がかかってしまう。そうなったらもう作品を作ることなど不可能だ。

 表現したいものがあって作品が作られるのに、表現したいものを見失っているのだから。


「どうしたら、いいんだろうな。俺の書きたいものってなんだっけ……俺、何が書きたくてここまでやってきてたんだ……?」


「アルク……」


「わかんねぇ……もうわかんねぇよ。誰か教えてくれ……誰か、誰か……」


 我を失いすぎて俺は頭を抱えた。どうしたらいいのか本当にわからなくなった。

 風が、吹いた。

 つまらない塵芥を消し飛ばすような一陣の風が向かいから流れてきた。


「――フン。お前がそんな弱音を吐くとはな、見損なったぞ、加々崎」


 前方から、声が聞こえた。どこか俺を見下しかのような口調。余裕があってイヤミがあって、しかし屹然とした自信を携えている凛とした女性の声。

 ハッとして俺は顔を上げた。見上げた先にいた彼女の姿を見て、俺は驚いた。


「余計なお世話はするくせに、自分のことは棚上げか。そんなことだから、お前は小説家になれないと言うのだ」


「あ――天宮部長っ!!?」


「天宮さん!?」


 天宮部長が、俺の目の前にいた。制服を着て学校に来ていたのだ。


「天宮部長……天宮部長なんですか!?」


「なんだ? 目の前の光景が信じられないのか。フン。わたしはここにいる、自分の意志でやってきたのだ。正真正銘、天宮冬子だ」


「天宮部長……!!」


 昨日の説得や星海の言葉が届いたのか。それとも自分の意志で立ち上がったのか。何だっていい。ただここに来てくれたことに、俺は無性に感激した。

 現実を認識した。天宮部長を、俺は認識した。そうして真っ先に聞きたいことを尋ねた。


「あ、天宮部長! 小説の方は……!?」


「お前に心配されるまでもない。もう既に書き終わっている」


「……!!」


「や、やった! よかったじゃないアルク! 天宮さん、ちゃんと書いてきたって!」


「ああ……!」


 そうか。

 ……そうか。

 良かった。良かったな。本当に、良かった。エタらなかったんだ。天宮部長の『それでも僕らは諦めない』はエタらなかったんだ。

 ちゃんと書けたんだ――まるで自分のことかのように、俺は安心した。


「もう、大丈夫なんですか……?」


「ああ。わたしは自分の夢を思い出すことができた。諦めることなどできないのだと知ったよ」


 そういった天宮部長の目は澄んでいた。昨日のような虚ろな目はもうしていない。迷いが吹っ切れたような清々しさを感じさせた。


「文芸部のみんなはもう知ってるんですか? 小説を完成させたこと」


「ああ。千夏が真っ先に最新話を上げたことに気づいてくれたらしく、昨日の時点でみんな読んでくれたようだった。ここに来る前文芸部に行ったのだが、彼女たちも嬉しそうにしてくれていたよ」


「そうですか……良かった」


「良かっただと? 加々崎、お前自分の小説の方はまだ完成していないだろう」


「う……天宮部長、知ってたんですか」


「マイページで確認したよ。先ほどの会話もすこし耳に入ったしな――」


 天宮部長は、肩にかけていたカバンを地面に置いて言う。


「何が書きたかったのかと葛藤していたようだが、加々崎、そんなものは決まっている。面白い小説だ」


「面白い小説……?」


「そうだ。作家というものは誰しも『これを書いたら面白くなる』という意志から執筆を始める。創作の始まりは表現欲からだ。違うか?」


「いや、それはそうだと思いますけど……俺にはもう、なにが面白いのかとかそういうことがわかんなくなってしまって……」


 どんなものを書いたら読んでもらえるのか。どんなふうに書いたら面白がってくれるのか。それが俺にはわからないのだ。

 だが天宮部長はキッパリとした口調で問うてきた。


「加々崎、お前――読まれない小説には価値がないと思っていないか?」


 核心に迫る問いだった。


「え、う……」


 俺は言葉に詰まって、返事ができなくなってしまう。

 言われてみればそうだ。読まれない小説には価値がない……とまではいかなくとも、読まれない小説にはどんな意味があるのだろうと疑問に思うことはある。

 作品として発表している以上、誰かに読まれなければ意味がない。だから時たま見る、まったく読まれていないのに延々と新作を発表し続ける作者の気持ちなんかが俺にはわからない。


「フッ。加々崎は初めて書いた小説がそのまま人気作になったからわからないのだろうが……いいか、よく聞け」


「…………?」


「小説は、読まれることに意味があるのではない。書くことそのものに意味があるのだ」


「書くことそのものに……?」


「そうだ。書くことそのものが小説にとって最も大事なことなのだ。誰かに読まれるだとか人気を得るだとか、そういった要素はただの結果でしかない。作り手として最も意識するべきは結果ではなく過程、つまり書く気持ちなのだ」


 天宮部長は力強く主張した。

 だが俺はその意見に同意しかねる。


「天宮部長……お言葉ですけど、たとえ書く気持ちがあったところで、それが誰にも読まれなかったらどうしようもないじゃないですか」


「そんなことはない。誰にも読まれなくとも、意味はある」


「意味って、どんな意味ですか? 読まれなきゃ小説に意味なんてないでしょう」


「意味はある。読まれない小説の意味、それは――次の作品作りへの経験値だよ」


「経験値……?」


「そうだ。一作目が失敗作だったら、二作目で反省を活かせばいい。二作目も失敗作なら、三作目で経験を活かせばいい。最初のうちは読まれなくとも、徐々に徐々に実力と読者はついてくる。失敗と経験があればこそ、大きな成功は結ばれるもの。だから読まれない小説にもきちんとした意味はあるのだ」


 確かに、言っていることは正しい。事実天宮部長は何度も挫折を繰り返して今の地位を築いているのだ。

 けどな、それは天宮部長が努力の人だからなんだよ。小説家になろうに来る以前から膨大な量の小説を書いてきた天宮部長と、今年から書き始めた俺とじゃ努力の量が全然違う。

 努力が必要だとはわかっているけど……


「でも、俺はここで成功したいんです。初めて書いたこの作品で、なろう大賞で受賞をしたいんです」


「ここで失敗してもよいではないか。何を焦っている。今回がダメでも次が……」


「立ち直れる気がしないんですよ……」


「……? どういうことだ?」


「もしここでなろう大賞を逃したら、今まで書いてきたこと全部を否定しちゃうような気がするんです。そうなったら俺はもう小説が書ける気がしない。小説を書き続けなきゃいけないのに、それができなくなっちゃうんですよ」


 それこそ一週間ほど前の天宮部長と同じように我を失ってしまうかもしれない。俺はそれが怖いのだ。

 なろう大賞で賞を逃したら、自分への自信がなくなる。信じてやってきたことに猜疑心を抱いてしまう。

 初めての挫折が、いったいどれほど精神を崩壊させるものなのか? もう二度と書けなくなるほど大きいショックになるのではないだろうか?

 ……失敗するのは、絶対に嫌なんだ。


「考えるだけで頭がぐちゃぐちゃになるんですよ。もう嫌なんです。もう逃げ出したい……こんな大きい壁と向き合わなきゃならないだなんて知らなかったんです」


「アルク……」


 友人が俺を抱き寄せた。少しだけ温もりを感じた。不安が除かれることはなかったが。

 弱気に弱気を重ねた俺の様子を見て、天宮部長は胸に突き刺さるような言葉をいってきた。


「お前、小説家になりたくはないのか?」


 返事をすることができない。

 俺は、天宮部長の言葉に耳を傾ける。


「わたしは小説家になりたい。小説家になるためにわたしは生きている。だから小説家になれなかったその時は、死んでしまおうと決めている」


「…………」


「なれなかった時のことなど考えていないのだ」


「……何を言いたいんですか?」


「失敗や挫折や不安からは決して逃れられない。ならば覚悟を決めて立ち向かったほうがいい。もともと退路が塞がっているなら、夢を叶えて生還するしかない」


「…………」


「その道で生きていきたいなら、その道で死ぬ覚悟を決めろ。わたしが言いたいのはそれだけだ」


「……強いですね」


 俺は深い溜息をはいて、天宮部長を心から尊敬した。

 小説家になれなかったら死ぬ、か。なんて言葉だよ。そんな覚悟俺には決められねぇよ。

 俺が黙っていると、友人が天宮部長に言葉を返した。


「あ、天宮さん……あの」


「うん? なんだ」


「その、ぼくは部外者だからこんなこと言える権利なんてないんですけど……必ずしも夢を叶えないといけないってことはないと思うんです……」


「……ふむ。意見を聞こう」


「えっと……だって世の中にはふつうに生きている人のほうが多いじゃないですか。子供の頃からの夢を叶えて生きている人のほうが珍しいんです。だったらそんな過激な考えをしなくたっていいんじゃないかなって……」


「君の意見も正しいよ。誰もが必ずしも夢を叶えなければならないわけではない。だからわたしは問うたのだ――小説家になりたくはないのか、と」


「…………」


「夢というのはあくまで願望だ。誰かに強制されるものではない。だからこそ自分が叶えたいと思った夢は、死ぬ気で叶えよとわたしは言いたいのだ」


「じゃあその……アルクが、死ぬ気になってでも小説家になりたいと思ってなかったら……」


「そういうことだ」


「アルク。だって。……どう、かな? 死ぬ気になってでもアルクは小説家になりたい? 小説家になってやりたいことは、ある?」


 俺は考えた。

 いや考え込むことなんてない。俺が恐れていること、悩んでいること、その原点はずばりそこだったのだから――なろう大賞で受賞できなくて、星海と結婚できなかったらどうしよう……そこだったのだ。

 今一度自分へ問おう。

 俺は、星海のためなら死ぬ気になれるか? 命を張れるほど星海のことが好きか?

 俺は昨日の星海を思い出す。

 ――『妻として、あなたを支えます』。

 愚問だったな、決まってる。なんで確認しなきゃわかんなかった。


「死ぬよ」


「アルク……?」


「小説家になれなかったら、俺、死ぬことにするよ」


「……うん」


「俺、星海のことが好きだから」


「……うん。そっか」


「だから書くよ」


「うん……うん、そっか。そっかぁ……。頑張って。うん。がんばって……っ!」


 ふと隣を見てみた。

 泣きそうになっていた。友人は泣きそうになっているのを必死にこらえて、俺に決心をつけさせたのだ。絶対に泣かないという強い意志が垣間見えた。

 俺の方が泣き出しそうになった。

 本当に、なんていい友人を持ったんだろう。俺にはもったいなすぎるお人好しだ。生涯こいつを超える友達なんてできやしない。お前がいてくれたことが俺にとっての最高の幸福だ。……最高の幸福だったよ。


「死に方が決まれば、生き方も決まる――わたしからの選別だ、受け取れ」


 そういって天宮部長は地面に置いたカバンから何かを取り出した。

 それを俺へ差し出す。

 コーラのペットボトルだった。


「小説家になろうという者をわたしは歓迎する。加々崎。お前は、文芸部員だ」


 ああ。そっか。

 あの時とはもう違うんだ。

 俺と天宮部長は、敵対するような関係じゃない。お互いがお互いを高め合う同志、作家同士なんだ。

 それを悟って、俺は天宮部長から差し出されたコーラのペットボトルを受け取る。


「ええ。そして、なろう作家です」


「……そうだな。わたしたちはなろう作家だ」


 覚悟は決まった。

 俺は立ち上がる。


「じゃあな、行ってくるよ。ばいばい」


「うん……行ってらっしゃい。アルク」


 友人に背を向けて、天宮部長のコーラを受け取って、俺は走り出した。文芸部へ向かって、走り出した。

 体が軽い。覚悟が決まって、迷いがなくなったんだ。少しの迷いもなく文芸部へと、夢へと、俺は突っ走っていく。

 渡り廊下から校舎へ入る。校則を無視して廊下を走る。ぶつかりそうになる障害物を簡単にかわして、前へ前へと急ぐ。向かいから歩いてくる他の生徒なんて気にしない、ぶつかりそうになって危なくても走る足を決して止めない。

 俺を邪魔するものは何もなくなった。俺には、死んでもたどり着きたい目標ができたんだ。

 今すぐ行く。すぐに到着する。

 そして俺は文芸部へとやってきて、扉を開けて――


「おおおっ! 遅れてすんません! パソコン! 今すぐパソコンを貸してください!」


「加々崎くんっ!? わ、わぁ、久しぶり! 今までどうしてたの?」


「加々崎くん! あらぁぁ、久しぶりじゃない!! 先生聞いたわよ、冬子と大変なことになったって!」


「悪い、遠井、後だ! 大塚先生も後にして! 今すぐ小説を書かなきゃなんねぇんだ!」


「わ、わかった! ……はい、もう電源はついてるよ。どうぞ」


「おう! サンキュー!」


「おおお! なにやら青春顔ね、加々崎くん! いいわ、先生そういう顔大好きよ! 頑張りなさい!!」


「ありがとう! 先生、青春っていいもんですね!!」


 勢い余って転げそうになるほど急いで椅子に座る。

 パソコンから、自分のマイページを開く。

 書きかけの最新話を、俺は開く。


「すぅぅー……はぁぁー……」


 なんだか久しぶりだな、こんな気持ちは。

 こんなに澄んだ気持ちで小説と向き合うのは本当に久しぶりな気がする。固いことを考えない自由な気持ちだ。

 今ならわかる。自分の書きたいもの、面白いと思うもの、それが鮮明にハッキリとわかる。

 俺自身の意志が復活したからだ。自分のやりたいことがわかったからだ。

 待たせて済まなかった。俺はもう、迷わないよ。このままこの道を進んでいく。


「自分のために完成させよう。復活したあの頃の意志を、思う存分ぶつけよう」


 それじゃあ、いざ――


「小説を書こう!」


 *


 少年は、死ぬ気になって、執筆を始めた。

 小説を書ききれなかったらどうしよう。それは作家なら誰もが抱える普遍的な不安だ。一年目でも十年目でも、ファンタジーでも青春モノでも、アマチュアでもプロでも決して変わらない。

 生きている限り死から逃れられないのと同様、エタの恐怖は例外なく作家に襲いかかる。

 不安は心を蝕んで、己を食い殺す毒牙へと変貌する。

 弱気の自分に、呑まれたらおしまいだ。自分を殺すのは自分自身だ。

 だが弱気な自分など、強気な自分に勝てるわけがない。前へ向かっていく光の意志は、くすぶりの闇を照らし尽くす。

 失敗も、挫折も、不安も、すべてを取り込んでそれでもなお進んでいける君になれ。

 強い言葉で、己を鼓舞せよ。


「――こんなところで、エタッてたまるかァァッ!!」


 生きているから、死んでしまうけれど。

 死と向き合ってこそ、強く生きていける。

 覚悟を決めた瞬間、不安な心はバネと化し、そして大空へ向かって跳躍する。

 『本気』を超越する、『死ぬ気』の心。

 命をかけてでも成し遂げたいという魂は、どんな心構えよりも強い。

 ブレイク・ジ・エターナル。

 諦めを、破壊しろ――


 *


「できた……完成したああぁぁああぁぁぁあぁーーーーッ!!」


 空のペットボトルを横に置いて、俺は魂のままに叫んだ。


「やったーー! 加々崎くん、おめでとぉぉーーーーっ!!」


「よく頑張ったわぁぁぁぁ!! 先生が褒めてあげる! よーしよしよしよしぃ!!」


 遠井、大塚先生、それから他の文芸部員たちも作品の完成を喜んでくれた。

 俺も充実感に包まれて、体全身から喜びが溢れ出ていた。


「加々崎、よくやった。おめでとう」


「天宮部長……へへ、ありがとうございます」


 俺は天宮部長と握手をした。共にお互いを認め合った証だった。


「ねね、さっそく読みましょ! 加々崎くんの書いた小説!」


「そうね! 死ぬ気で書いたものがどんなに面白いものなのか……加々崎くん、自信のほどは?」


「……大賞を取れるほど、面白いぜ」


 俺の言葉に、その場にいた人間全員が舞い上がった。

 書きたかった見せ場は完成し、最高の状態でなろう大賞に臨める。

 きっとこれならいけると、不安をかき消してくれる最高の物語を書けたんだ。


「フフ。加々崎も言うようになったな――なろう大賞で決着を付けよう」


「そうですね……」


 俺と天宮部長、いや、他にもたくさんのなろう作家がこぞって作品を応募するなろう大賞。

 これ以上ない形で、決着が付く。即興小説対決の時とは違って、今度は誤魔化しがいっさい効かない真剣勝負だ。


「わたしは負けるとはまったく思っていないぞ」


「当然。俺だって大賞を取れると思ってますよ」


 俺たちは互いの作品を、その勝利を信じた。


 ●


「俺は、お前を信じてるんだ!」


「…………っ!」


 ドロシーの表情に変化が現れた。

 今、あいつの心は闇に蝕まれている。だがあいつ自身も、闇の中から抜け出たいと抵抗しているんだ。

 ドロシーの瞳に光が戻った今が最大のチャンス……!


「たとえお前がダルフの副団長だからって、それがどうしたっていうんだ! 俺は、俺は――」


「嘘よ……嘘、嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!! 信じられない! 信じられない! 信じられないぃっ! 私はあなたを裏切ったのよ!! 一度裏切った人間が許されるわけ……」


 そうだ。ドロシーはダルフを――あの悪徳ギルドを裏切るつもりだった。だけどそれがダルフにバレたから、落とし前として俺の命を狙ったんだ。

 でもそれは俺たちといた時間が本当に楽しかったからだろ? ダルフを裏切ってでも俺たちといっしょにいたいって思ったからだろ?

 だったら……ドロシー! 一番大事なことを思い出せよ!


「――自分の気持ちを裏切るんじゃねぇ!! 他人を裏切っても、自分だけは裏切るな!!」


「……!!」


 ドロシーが持っていたダルフの紋章が打ち砕けた。

 ドロシーは力を失ったように、その場に膝をついた。


「そんな……他人を裏切っていいわけないでしょ……。他人を裏切ったら、誰からも信じられなくなったら……」


 俺はドロシーを抱きしめた。


「俺が信じてる……だから、お前も信じろ。お前自身を、信じろ」


「で、でも……ダルフたちは今度こそ……アラードを……っ!」


「俺がぶっ倒してやるよ。俺の仲間をこんな目に合わせたんだ、俺が許さねぇ」


「う……うぅぅぅ……っ! アラード……っ! あ、あらーどぉぉ……っ!!」


 ドロシーは呟いた。


「また、みんなといっしょに、いたい……」


「ああ。みんな待ってるさ」


 ただいまって言葉をみんなが待っている。

 あの場所には、俺たちの青春があったんだ。


 ●


 その日の夜、『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』の感想欄にはたくさんの感想が寄せられていた。

 俺はその感想たちに、ありがとうと言った。


 *


 そして二日後の結果発表の当日、日曜日。午前11時の昼である。

 俺と天宮部長、そして大塚先生は新幹線に乗って小説家になろうの本社である株式会社ヒナプロジェクトへ向かった。

 京都府京都市へ向かうこと幾時間、新幹線に揺らされながら、俺と天宮部長は話す。


「いや、前日まで知らなかったんですけど……なろう大賞の結果発表ってリアルに本社へ行くんですね。ちょっと緊張してきたな」


「発表の様子はネットでも中継されるようだ。大賞を取ったものは一躍人気作家になれるだろうな」


「マジすか!? ってことはたぶん星海も見るんだろうな……」


「どうした。前日になって自信がなくなったか?」


「んなこたないですよ!」


 大丈夫。俺の作品は必ず受賞できる。

 信じよう、己の作品を。


「そうよ! 何事もまず自分を信じることから! それが青春の鉄則よ!」


 俺たちが学生なこともあって、保護者として大塚先生もなろう本社へ同行することになっている。交通費を部費で落としてくれたことは感謝せざるを得ないだろう。

 俺は大塚先生の言葉に返事する。


「そうですね。俺は自分を信じますよ」


「――へー。まぁ、あたしは天宮部長を信じてるけどねー」


「うおおっ!? 誰だ!?」


「えへへ、ついてきちゃいました♪」


 後部座席から声が聞こえたので、振り返ってみると、遠井がいた。


「おま……なんで遠井がここにいるんだよ!? お前はなろう本社に用はないだろ!」


「え~? でも天宮部長といっしょに行きたいんだもん」


「だもんって……だいたい俺らがこの新幹線に乗ってるってことどこで知ったんだよ」


「それは独自の情報網で」


「……そうか。そうだったな」


 遠井の情報網からは誰も逃れられないのだった。


「千夏、こんなところまで付いてきてくれたのか。ありがたい」


「えへ♪ 天宮部長のいるところ、どこまでもお供します♪」


「うむ。隣に座るといい」


「はーい♥」


 だから目の前でイチャイチャすんなっての。これから結果発表だってのに緊張感が全然出ねぇよ。


「あなたたち、そろそろ着くわよ!!」


 大塚先生がいい、新幹線は止まった。京都に到着したのだ。

 ……いよいよだ。

 俺と天宮部長、大塚先生、遠井は新幹線から降りて、なろう本社へと足を運んだ。

 ここでプロデビューできれば……結婚。

 胸を張って俺は勇む。

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