7 毎日更新が途絶えた日
それから十日が経った。
気分も滅入るような土砂降りの日、その放課後、俺は、今日こそ顔を出そうと部室に足を伸ばしたものの、部室の前でまた足が止まってしまっていた。
「…………」
あの一件依頼、俺は文芸部の部室に顔を出せていない。合わせる顔がない。さらに俺だけでなく、天宮部長も部室に来ていないらしい。いや、それどころか学校にも来ていないと聞く。
天宮部長の小説『それでも僕らは諦めない』の更新も、十日間の空白ができていた。作者を心配するコメントが感想欄や活動報告に寄せられているが、それに対する返信はひとつにもされていない。
もちろん文芸部のみんなも天宮部長を心配している。電話やメールで励ましの言葉をかけているらしいが、どれもこれも無視の一点張り。読んでくれているのかすら俺らにはわからない。
天宮部長の安否は不明だ。
「…………あと三日しかねぇってのに、なんでこんなことに」
なろう大賞の締切日は残り三日となった。
相変わらず俺の小説は見せ場が完成していない。天宮部長のあの一件依頼、どうやらスランプに陥ったらしく執筆がぜんぜん捗らないのだ。
何がいけなくて、どうすれば良かったのか――天宮部長の涙に、頭を悩ませない日はなかった。
だからこそ今日こそは部室に顔を出そうと、ここまで来たのに……。
「くそ……」
「よっ。何してんの、加々崎くん」
「……!?」
ビクと全身が跳ねた。見てみると、声をかけてきたのは文芸部の部員のひとり――ではなかった。
俺の彼女、星海るみだった。
俺はすこし驚きつつ、星海を見る。そうすると、なにやら手に紙束を持っていることがわかった。
「なんだ星海、どうしてこんなとこに……それにその手に持ってるゴミはなんだ?」
星海は手に、破られた紙を何枚か持っていた。ここに居合わせたのは、どうやらそれをゴミ箱に捨てに来たかららしい。相当な量があるようで、便箋5枚分くらいだと目算できる
星海は答える。
「これ? 私宛のラブレターだけど」
「…………」
「彼氏がいるってこと隠してるからねー。みんな希望があると思ってるんだ、かわいそうなことに」
「…………」
ゴミとか言ってすみませんでした。そして同情します、星海に告白した人たち。
つーかそんなもん学校のゴミ箱に捨てんなよ。手紙の主に見つかったらどうする気だ。
星海は破かれたラブレターをゴミ箱に捨て切り、パッパッと手を払って(汚物のような扱いをするな)、それから俺に話しかけた。
「最近文芸部に入ったんだってね。どうして教えてくれないかな」
「いや……うん。そういえばそうだな。お前には言ってなかったか。悪いな」
「別にいいけどね。努力する分には夢中になっていてほしいし――どうしたの? 部室、入んないの?」
「…………まぁ、ちょっとな」
「ふぅん?」
口元に手を当てて、なにやら思案顔の星海。
そういえば星海とはぜんぜん会っていなかったな。すこしは彼氏らしいこともしてやらないといけないだろうか。いや星海の場合だと、下らない青春ごっこよりも夢へ前進する方が奉仕になるんだろうか。こいつの告白理由、なんてったって玉の輿だもんな。
にしてもこれじゃ仮面夫婦だぜ。こんなかわいい美少女が奇跡的に俺を選んでくれたってのに、何もしてやらないのはどうかと思うよ。自分でも。
星海は思案がまとまったのか、口を開いた。
「加々崎くん。これからちょっとデートしない?」
「はぁ? なんでだよ」
「だって私たち付き合ってるわけじゃん。すこしは意思の疎通を図っておかないと、誰かに取られちゃうかも知れないから」
「……お前が取られるならまだしも、俺を取るやつなんか誰もいねぇよ」
「はぁ……気づいてないなぁ、自分の価値に」
「?」
「まあいいから。これは彼女としての命令。いっしょにファミレスでも行こ」
「……でも、俺、文芸部に用が」
「文芸部ならいつでも来られるでしょ? 私の気持ちは今だけだから」
「……わかったよ。はいはい。行きゃいいんだろ。ったく」
「よろしい」
星海は笑った。
*
恋人らしく相合傘なんぞをして、俺と星海は学校からの帰り道にあるファミレスに入店した。向かい合うように座ってとりあえず腹ごしらえを済ませ、ドリンクバーを注いできたジュースを置きつつ、星海が本題に入る。
「最近『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』更新されてないよね。なにかあったの?」
「ああ……なんだろう、軽くスランプに陥ったらしくてな」
「スランプねぇ。原因とかってわかる?」
「…………」
「わかった。文芸部でなにかトラブルがあったんでしょ」
察しがいいな。さすが頭の回転が速い。
俺はコーラを飲んで口の渇きを癒す。それから事情を話し始めた。
文芸部の部長・天宮冬子がなろう大賞に小説を応募していること。その小説がなろうではマイナーな青春モノであり、マイナーでありながら好評を博していること。見せ場が完成すればかなりのものに仕上がると予想されていること。しかし天宮部長本人は限界を感じたらしく、俺との喧嘩の末執筆を放り投げてしまったこと。
「――で、そこからの申し訳なさが原因なのか俺もぜんぜん書けなくなっちまってさ。情けない話だよな」
「……ひとつ気になる点があるんだけど」
「うん? なんだ?」
星海は俺の顔を見て言った。
「今の話の流れで、どうして加々崎くんが気に病む必要があるの? だって加々崎くんは天宮さんの執筆を邪魔したわけじゃないんでしょ? だったら天宮さんの自業自得なんじゃない」
「……自業自得って。いや、なんていうのかな。俺自身ファンタジーを書いている作家なわけだろ? なんつーか……多数派が少数派をいじめているみたいな構図があって、少数派には天宮部長がいて、多数派に俺が加担してるような……そんな気がしてさ」
「でも実際にいじめたわけじゃないんでしょ」
「そりゃあそうだが……」
むしろ俺が天宮部長にいじめられているような気がする。即興小説対決の時にコーラを飲ませてくれなかったことは未だに根に持っているからな。
星海はいう。
「だったら気にしないべきでしょ。言うならアレでしょ? 国同士は戦争してるけど、国民同士は敵意を持ってないみたいな」
「うーん。確かにそんなところだな」
「加々崎くん。私としてはね、加々崎くんが小説を書いてくれればそれでいいのよ。その天宮なんとかって人が見せ場を書けず、結果無念にも大賞を逃そうが知ったこっちゃないのよ」
「お前、知ったこっちゃないなんてそんなこと……」
「だって事実じゃん。っていうか私から見たら、天宮さんは加々崎くんと競い合うライバルってことになる。それは敵でしょ? 敵が逃亡してくれればそれに越したことはないじゃない」
「……そんな簡単な話じゃねぇんだよ。天宮部長……というか他の作家ってのはな、俺ら作家にとってはライバルであり同志でもあるんだよ。その人が作品を書いてくれるだけで、こっちのモチベーションにもなる。いなくなったら嬉しいなんて、そんな簡単な関係じゃねぇんだよ」
「敵が強いほど燃えるってこと?」
「まぁそういう認識でいい」
「わかんないなぁ」
腕を伸ばしてテーブルに倒れこむ星海。面倒くさい人間を相手にしている時のような悩ましい顔をしていた。
星海は大きく溜息を吐いたあと、体を起こして俺に言った。
「じゃあ要するに、天宮さんがちゃんと書いてくれれば、加々崎くんも書けるようになるってことね」
「たぶん……」
「ちょっと待ってて」
星海はテーブルに置いていたスマートフォンを手にした。なにかの画面を開いて誰かへ連絡しているようだが。
「おい、何をする気だ?」
「天宮さんの住所を聞くの」
「え、誰から? っていうかなんで?」
「文芸部部員の遠井ちゃんから。友達なのよ。で、直にあって安否を確かめる」
「はぁ!? 今からか!?」
「当たり前でしょ。早くしないと締切が来ちゃうんだから。なろう大賞まで残り三日でしょ? モタモタしてる暇なんてない」
「お、おう……しかし」
星海の行動力に俺はしょうしょう萎縮してしまう。確かに直に安否を確認できれば俺も安心できようものだが……しかし遠井でさえ直接会うのをためらったというのだ。部外者だから気後れしないのもわかるが、かなりリスキーな行動のように思える。
なにせ相手はあの天宮部長なのだ。下手をすればまた殴り合いになるかもしれない。それだけで済めばいいが、今度こそ小説を引退するなどという暴挙に出る可能性だってないわけじゃない。
俺が様々な不安を抱え、頭を思い悩ませていると星海は胸を叩いて俺にいった。
「大丈夫。私もいっしょに行ってあげるから。彼女に任せなさい」
*
そんなこんながあって、俺たちはまたも相合傘で目的地を目指し、雨の中をひたすら歩いた。
胃が痛くなるような不安を抱え込みながらも、俺たちは天宮冬子の家の前に到着する。
ふつうの一軒家だった。ところどころ傷や痛みが見られるものの、ちょっと年季があるだけのふつうの一軒家。ここで天宮冬子は暮らしている。
玄関の前にまで立ったが、俺は深い溜息を吐く。
「はぁ……気が重い。もう帰りてぇよ」
「まだなんにもしてないでしょ。ちゃんと話をつけてよね」
星海は躊躇なくインターホンを押した。ブーという音が家に鳴り渡った。
おま……まだ心の準備ができてないって! なにを話したらいいかぜんぜんまとまってない……!
俺がひとりハラハラしていると、すぐに玄関の扉は開かれた。
パジャマ姿の天宮冬子が出てきた。俺の顔を見て、目を見開いて驚いた。
「……!? 加々崎、どうして……!?」
「あ、え……いや。住所を聞きました。遠井から」
「…………そうか」
「はい…………」
…………。
やべぇ……想像以上に気まずい。何? これ俺どうしたらいいの? 頭が真っ白だよ。どうしよう。とりあえずパジャマ可愛いですねとでも突っ込もうか? いやいやそんな話をしに来たんじゃないだろ。けど本題って……そもそも本題ってなんだ? なにをどうしたら……。
「初めまして、天宮さん。こいつの彼女の星海るみです」
隣にいる俺を指差して星海は自己紹介した。彼氏をこいつ呼ばわりするな。
天宮部長はぺこと頭を下げて自己紹介を返す。
「わたしは……わたしは、天宮冬子だ。……よろしく頼む」
いつものような覇気がない。自信をなくしたことが相当響いているのだろう。まるで親戚への挨拶を強要されている気弱な姪っ子みたいだ。
見てみれば顔つきもどことなくゲッソリしたような気がする。学校に来ていないだけではなく、きっと外にも出ていないのだろう。とても辛い時間を過ごしていたことを想像させる。
俺が言葉に窮していると、助け舟か、星海が口を開いた。
「天宮さん。単刀直入に聞きますけど、あなたは自分の作品をエタらせるつもりですか?」
「お、おい……! 単刀直入すぎだろ、もっと言葉を選んで……」
「いいから――天宮さん。答えてください。自分の作品を、『それでも僕らは諦めない』をエタらせるのかどうかを……」
「……君はなんだ? どうしてそんなことを聞く」
天宮部長は問い返した。そりゃそうだ。初対面でいきなり核に迫る言葉を言われたら、お前は何様だと言いたくなる。
星海は天宮部長の顔をまっすぐ見て臆面もなく答えた。
「だから、こいつの彼女です」
「……そうか」
彼女という言葉で察したのだろうか。天宮部長は身を引いた。
「で、どうなんですか。あなたは自分の作品をエタ……」
「知らないよ、そんなこと」
天宮部長は、感情のこもっていない口調でそういった。虚ろな目はどこか遠くを見ているようで、何を考えているのか俺にはわからない。
「書くかもしれないし、書かないかもしれない。今のわたしにはわからないよ。未来のわたしにでも聞いてくれ」
「誤魔化さないでください。今書かなきゃ、それはエタるってことです。今答えてくれなきゃ、あなたは作品をエタらせてしまいます。そうでしょう?」
「そうかな。わからないよ。例えば半年以上エタらせても連載が再開する小説だってあるだろう。何年もの沈黙を破って新作を発表するプロだってたくさんいる。今書かないからといって、今後書かないかどうかまではわからない」
「いい加減にしてください。『わからない』という言葉が現実からの逃避だということをあなたはわかっているでしょう? それともそれさえ『わからない』と答えるつもりですか? わからないなら考えてください」
「…………」
星海の糾弾はあまりにも厳しいものだった。隣で聞いている俺さえ胸が痛くなってくる。もうすこし天宮部長の気持ちを考えて、優しい言葉でいってやってくれよ。
天宮部長だって辛い思いをしているんだからさ。
「今書かないと、なろう大賞までに大事な見せ場が間に合いません。天宮さんの目標は大賞を取ることなのに、どうしてそこで手抜きをするんですか。それで悔しくないんですか?」
「――悔しいさ」
天宮部長は、悔しいといった。目に涙を見せなければ、声も震えていない。だがそれは必死に感情を抑制している表れだろう。すこし感情が揺れれば、十日前のような爆発が起こることは明白だった。
「悔しいよ。ファンタジーでなくともなろうで人気を取れると、わたしは証明したかった。たとえ世界が無情でも、死ぬ気で戦えばわたし一人でも世界を変えられると信じていた――それがただの蜃気楼だったと気づいたのだからな」
「蜃気楼なんかじゃありません。努力すれば、それは実現しうる夢です」
「夢か。そうだな、夢だった。だがわたしには努力が足りなかったな。やる気は有限なのだ、そして限界が来てしまったというわけだ」
「限界は自分が決めるものです。自分が諦めなければ、いつだって書き出せるはずです」
「それは勝ち組と傍観者の発想だよ。戦いの渦中にある人間は悲しくなるほど己の限界を把握している。100m走は5秒で走りきれるものなのだと自己暗示しても、結果は決して変わらない」
「……あなたは自分が負け組だと仰るんですか?」
「そうだ。わたしは負けた人間だ。だから戦場から去るのだよ」
「一度負けたくらいで諦めるなら、初めから小説なんて書かないでください」
「一度だけではない。わたしは二年間ずっと小説を書き続けてきた。その間、ずっと負け続けてきたよ。負けて負けて、そうして強くなってきたつもりだった――だが最後の勝負にも負けたよ。己の夢に、わたしは負けたんだ。だから終わりにするんだ」
天宮部長は俺たちの前でハッキリと宣言した。
「わたしは『それでも僕らは諦めない』をエタらせる。もう今後一切この小説を書かない」
……終わった。
天宮部長は自分の発言に責任を持つ人だ。一度宣言したらもう決して覆らない。『それでも僕らは諦めない』は更新が停止され、なろう大賞での受賞も困難に。
俺が俯いて天宮部長の言葉を噛み締めていると、星海は、傘を持っている俺から離れて、自分が濡れるのにも構わず天宮部長の目の前に立った。
天宮部長の目を見据える。まっすぐ瞳の奥を見つめる。そして――
パーンッ!
渇いた破裂音が雨の中に響いた。
「…………っ」
星海が、天宮部長の頬をぶったのだ。
「……何をする。痛いだろう」
「読者の痛みはこんなもんじゃありませんよ」
「ふざけるな。頬を叩いて説教か? 貴様は青春モノドラマでも見ているのか」
「好きな作品が途中で終わる悲しみがわからないとは言わせませんよ」
「貴様なんぞの言葉でこのわたしが改心するとでも思っているのか!」
「作品を最も愛している読者は、作者のはずでしょ!!」
一触即発。否、爆発した感情のぶつかり合いだ。
く……これじゃ十日前の二の舞、殴り合いに発展して決裂するだけだ。今回こそ俺が止めないと。
「天宮さんっ!」
と、俺が一歩足を踏み込んだ瞬間、星海は、天宮部長の手を握ってまた目を見つめた。
まっすぐ見つめてくる星海の目に、天宮部長は「う……」と気まずそうに目を脇にそらす。
「や、やめないか。わたしはもう書く気が失せたのだよ。今さら何を言われたって……」
「私は、小説が書けません」
雨の音が強くなった。
「私は小説が書けません。読むほう専門です。いえ、小さいころ見よう見まねで書いてみたことくらいはありますが、完成せずにその作品は終わってしまいました」
「……なんだ? さっき君のほうが言っていたじゃないか、一度負けたくらいで諦めるなら、最初から書くなと」
「そうです。私は結局諦めてしまった人間なんです。私もわかっています、諦めることは本当に簡単なことだって」
「…………」
「でも天宮さんは違う。子供のころからずっとずっと書いてきて、あなたの作品を読んでくれる読者も大勢できた。作品を作る実力や技術だってつけてきた。あなたは成熟した作家、そうでしょ?」
「……だから、それでも尚わたしは負けたのだと」
「まだ途中だからですよ。あなたの作品はまだ完成してないじゃないですか。あなたが物語を作れば、必ず読者が見てくれます――私たち読者は、作者が執筆してくれることを何より楽しみに待っているんですから」
「…………」
「自信はあるんでしょ? その見せ場を書ききれば、なろう大賞で受賞できるって本気で思えるんでしょ? だったら面倒くさくなっても途中で投げ出さないでください。大きな壁を前にして立ちすくまないでください。あなたは絶望を打ち破る力を持っているんですから」
「……口だけなら何とでも言えるものだよ。作者でもない君に何を言われたって、わたしは……」
「そうですね。私なんかが何を言っても説得力はないでしょう。でも――」
星海は振り向いた。そうして俺の方に手を向けて、俺の存在を指し示した。
「ここに、なろう作家がいますよ。あなたと同じように戦っている、同志が」
そうか。
天宮部長も、きっと同じなんだ。
俺が天宮部長に小説を書いてほしいのと同じように、天宮部長も……。
だったら言わなくちゃならない。
ライバル作家として、同志として――俺は口を開く。
「天宮部長、頑張ってください。俺も頑張りますから」
平凡な言葉だっただろうか。でもこれしか言う言葉が見つからなかったな。
いっしょに頑張ろう。
それしか言葉が見つからなかった。
「……わかったよ。明日、学校に行くよ。だから今日はひとまず帰っておいてくれ」
「わかりました」
「加々崎くん。それに星海ちゃん……また明日」
「はい、きっと、また明日」
天宮部長は扉を閉じて、家の中に帰った。
星海は玄関の前から戻ってきて、ずぶ濡れになった状態で傘に入ってきた。
「んー。説得できたかなー」
「さあ、わかんねぇ。学校には来てくれると思うけどさ」
「ここまでやって書いてくれなかったら泣くよね」
「そうなったら……うん、泣くしかねぇかな」
「大丈夫だよ。あの人を信じよう」
「……そうだな。信じよう」
天宮部長の家を後にして、俺らは帰り道を歩く。
まったく。彼女にここまでついてもらわなきゃ顔も合わせられないなんて、俺もとんだ腑抜けだよ。こりゃ将来尻に敷かれるかもしれないな。まぁ結婚できるとはまだわからないけどさ。
「すまねぇな、いろいろ面倒をかけちまって」
「ううん、いいの。だって約束したじゃない」
「約束?」
「うん――『妻として、あなたを支えます』って」
「……っ」
星海はそういった。その言葉は、星海が初めて告白してきた時に言ってきた俺への殺し文句だった。
――その言葉があったから、俺は小説家になろうって決めたんだ。
「あー……」
……やべー。
ダメだ。もう、そういう不意打ちホントやめろよ。そっち見れなくなんだろうがよぉ。
くそ……。こりゃマジで尻に敷かれる未来しか見えねーぜ。
「星海……ありがとな」
「うんっ」
雨はやんだ。




