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初めて書いてみた小説がランキング1位を取っていたんだが  作者: 北田啓悟
第三章 VSなろう大賞 ブレイク・ジ・エターナル
40/44

6 結局なろうは異世界ファンタジーしか読まれない

「……………………」


「……………………」


「遠井ちゃん。大塚先生って今日来ないの?」


「うん。今日は答案用紙にチェックを入れないといけないみたいだから」


「……大塚先生がいないと静かねー」


「ちょっと静かすぎる気がするけれど……」


「う、うん。あの二人も相当ピリピリしてるみたいだし……」


「あんまり刺激しない方がいいよね……」


 遠巻きに俺たちを見ている女子たちがヒソヒソ話をしている。それくらい今の俺たちには――俺と天宮部長には近寄りがたい雰囲気が発されているのだろう。

 仕方ないことなのだ。ここが正念場だから。


「あと二週間か……」


 小説になろう大賞の締切日が迫っていた。残すところあと二週間である。

 締切日が来るまでに書いておきたい見せ場が、俺と天宮部長にはあった。

 俺の小説『男子高校生が異世界に行ってみたらこうなった』では、闇落ちしたヒロインが主人公の元へ帰ってくるというシナリオを書く予定だ。

 天宮部長の小説『それでも僕らは諦めない』では、今まで主人公たちを虐げてきた黒幕に引導を渡すシーンを書く予定らしい。

 共にカタルシスを得られる重要な場面だ。見せ場が完成すれば評価は上がり、審査には確実に響いてくる。だから絶対に外せないところではあるのだが――


「あー……ぜんっぜん筆が進まねぇ……ダーメだこりゃ……」


「加々崎。弱音を吐くなら他所でやれ。鬱陶しい……」


 お互い締切日までに間に合うかどうか、絶妙に微妙なのである。

 必然ピリピリした空気が部室内に漂う。まるで受験を控えた高校三年生のような近寄りがたさが……って、天宮部長は三年生だから、なろう大賞に加えて受験も控えているのか。

 俺よりも数段過酷な境遇に身をやつしている天宮部長も、懸命に執筆し続けている。連載開始から今日に至るまで毎日毎話更新していたらしく、一日足りとも落としたくないらしい。だが隣にいる俺から見ても、天宮部長には限界が迫っているように思えた。

 艶のあった髪には痛みが見え始めてきたし、以前のような余裕ある威勢がない。相当疲れている様子なのは見て取れる。


「天宮部長。少し休んだらどうです? 一日くらい落としたって誰も咎めないでしょう」


「黙れ。お前に指図される覚えはない。自分のことだけに専念しろ」


「へいへい……」


 気分転換の会話もさせてもらえねぇ。

 修羅場ってわけか。そうだよな。

 天宮部長はコーラを飲みながら朧な手つきでパソコンをタイプする。


「強がるよなぁ……絶対に部長の方が大変だってのによ……」


 俺は聞えよがしに呟いた。さっき俺よりも数段過酷な境遇に身をやつしているといったが、それは受験のことだけでなく、実はさらに別な問題も天宮部長は抱えていたのだ。

 俺の小説は好調に読者数が増え続けているのだけども、天宮部長の方はここ一ヶ月ほど読者数の伸びが悪くなっている。もともとなろうではマイナーなジャンルであったため新規の読者を介入しづらく、連載が続いても報われないことが多々あるようだった。

 天宮部長にとって、連載が続いても報われないようなことなんて、冬の二年間で既に慣れたことなんだろうけど……イライラに拍車をかけていることにはまず間違いない。


「ごく、ごく……んっ……。う、あぁっ!?」


「天宮部長っ!?」


 コーラのペットボトルを机に置こうとしたのだろうが、誤って蓋を開けたまま倒してしまう。コーラはぶちまけられた。シュワシュワと机や床にその面積を広げていく。

 俺は慌てて部室に置いてあるティッシュ箱を持ってコーラを拭おうとする。


「あーもー何やってんすか……スカートにもかかってるじゃないですか」


「……いい」


「あ? なんですか?」


 バッと俺のティッシュ箱を奪い取る天宮部長。


「自分でできる……お前は引っ込んでいろ」


 そういってこぼしたコーラを拭い取っていく。

 俺はだんだん天宮部長の態度にイライラしてくる――先日ダンボール箱を置きそこねた件といい、どうしてこの人は人に頼るということをしないんだ? そのせいでこんなことになってるっていうのに。

 俺は天宮部長の傍によって、ティッシュを抜き取りいっしょにコーラを拭い始める。


「天宮部長。辛いのはわかりますから俺にも頼ってください。一番専念しなきゃいけないことは小説の執筆でしょう? こんなところでプライド守って余計な時間食うなんて非効率っすよ」


「…………」


「……? 天宮部長?」


 俺がしゃがんで拭っているのを見計らってか、天宮部長は突然立ち上がり俺を見下してきた。

 そして何の脈絡もなく――


「ぅ痛っ!? いってぇ!!?」


 ドゴォ! と俺の肩を思い切り蹴飛ばした。本気の蹴りだ。俺は一メートルほど吹っ飛ばされて背中をついてしまった。

 いきなりのことに文芸部員たちも驚いた。みんな口に手を当てて悲鳴を呑み込んでいるようだった。

 理不尽な暴力に俺はついにキレる。


「い……ってぇな! 何すんだよてめぇ!! ふざけんな!」


「一人でできると言ったのだ。余計な手出しをするな」


「ざっけんじゃねぇ!! お前……いきなり蹴るやつがあるか!! どういう頭してんだこのバカ!!」


 俺は立ち上がって、天宮部長の胸ぐらを掴む。身長差によって天宮部長は俺を見上げる体制になっているが、微塵も臆していない様子だ。逆にこっちが竦んでしまいそうになるほど鋭い眼光で睨まれる。

 だが俺とてもう我慢ならない。物申させてもらう。


「あんた、いい加減にしろよ……! 前々から思ってたけどよぉ、そういう人を見下した態度がすっげぇ気に食わねぇんだよ! お前もしかして自分が部長だからって偉いとでも思ってんのかよ!? あァ!?」


「自分を偉いなどとは思っていないよ。ただ他の人間がバカに見えるだけでな」


「はぁ……?」


 天宮部長は驚くべき言葉を口にする。


「ここにいる全員はもちろんのこと、学校中の人間、世界中の人間すべてを含めて取るに足らないカスしかいないと思っている。死んだほうがいいくらいのバカばかりだ。救いようのないくそったれな世界だよ、この世は」


「え……あ、天宮部長……? 何を言ってるんですか……?」


「あ……きっと疲れてるのよ! そうよ……天宮部長が、こんなこと言うわけ……」


「君たちもだ」


「っ!!」


 ビク、と後ろに座っていた文芸部員の女子たちが恐怖した。手を組み合って、泣き出しそうな顔までしている。


「常々呆れているのだよ。どうしてもっと努力しない? 頑張れば何にだって手が届くというのに、最初から諦めて傍観者に徹するその姿勢……君たちは烏合の衆か」


「そ、そんなこと……私たちだって天宮部長みたいになりたくて……!」


「わたしみたいに……? わたしみたいにだと!? 笑わせるな!!」


 胸ぐらを掴んでいた俺の手をとっぱらって、文芸部員たちの方を向く。

 天宮部長は今まで見せたことないような感情を表にした表情で怒鳴り散らした。


「いい加減にしろ! 期待などするな! お前らがバカなのは、一番バカなこのわたしをまともな人間だと思い込んでいるからだ! こんなド底辺のクソマイナー作家に何を求めているんだ!! 放っておけよこんなカス女!!」


「あ、天宮部長は……だって、ずっとやってきたじゃないですか……っ!」


「そうですよ……二年間ずっと耐えてきて……それで立派にランキング入りを果たしたんじゃないですか……だ、だから……」


「私たちは天宮部長のことを、そ、尊敬してるんです……お願いです、落ち着いてください……!」


 どよどよと文芸部員たちは天宮部長に希望を求める。豹変してしまった彼女が信じられなくて、いつもの彼女に戻ってくれることを願っている。

 だが。

 天宮部長は、文芸部員たちを絶望させるような一言を放つ。


「わたしの小説は――つまらないんだよッ!!」


 水を打ったようにその場は静まり返った。

 尊敬している人物が、自らの才能を――小説に対する『好きな気持ち』を全否定したのだ。今まで書いてきたことも、今書いていることも、そのすべてを否定した。


「どうして誰もわからないんだ!? こんな駄文をありがたがりやがって! カス女の妄想をこぞって読みやがって! わたしなんかブタにも劣る最底辺ッ、生まれたことが間違いの劣等人種なんだよッ! いい加減に……いい加減に気づけ! わたしこそが死ぬべき人間だといい加減に……!」


「気づいてないのは……あんただろうが!!」


 いつの間にか、叫んでしまっていた。

 天宮部長の強烈な自己批判が見ていられなかったのだろうか。それとも後輩たちに対する苛烈な態度が気に入らなかったのだろうか。わからない。わからないが、感情を我慢することができなかった。


「自分の書いた小説を、つまらないなんて言うんじゃねぇよ! こいつらは、あんたの書いた小説を面白いって思ってくれた人たちだろうが!? 面白いって証拠がここに出揃ってるっていうのにッ、なんでつまらないなんて言うんだ!!」


「――ッ!」


 天宮部長はまたも俺に暴力を振るおうと、俺の顔めがけて拳を放ってきた。

 俺はその拳を――片手で受け止める。


「ぐ……っ!?」


 舐めるな。こっちは小学生の時に柔道をかじってたんだ。不意打ちじゃなけりゃ見切れるんだよ。


「天宮部長……あんただってわかってんだろ!? 自分を傷つければ傷つけるほど、この場にいる人間全員が傷つくってことを! 作者が作品をけなしたら、読者がどんな気持ちになるのかを!!」


「ぐ、ぐぅぅ……! 黙れ、黙れ黙れ黙れ!! こんなバカどもの気なんぞ知ったことあるか!! わたしは、わたしだ……!! わたしだけの人間だ……!」


「う、ぐおぉぉ……!?」


 天宮部長は混乱したようなセリフを吐いている。拳に込められた力は女子のものとは思えないほど強くなっていく。

 先日殴られたからその力は把握しているつもりだったが、まさかここまで腕力があるなんて……! デスクワークで鍛えられてんのか……!?

 俺は必死に天宮部長に喋りかける。


「あ、あんた……言ってたじゃないか! 大賞を取って他の作者たちに希望を与えたいって……! ファンタジーじゃなくてもなろうで人気を取れるって……! でも違うんだよ……あんたはもう希望を与えてたんだ……!」


「フン……なんだ? わたしを言いくるめようとするつもりか? 貴様なんぞに、このわたしが説得できるか!」


「俺のことなんてどうでもいいんだよ! そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだ……! あんた、まさかとは思うが見たことないのか……!? 『それでも僕らは諦めない』の感想欄を……!!」


「……感想欄がどうしたというのだ」


「『頑張ってください』って感想が、たくさんあったぜ……? 作品の受賞を願っていたコメントが、いっぱいあったんだ……!!」


「……っ!」


 天宮部長の表情に変化が現れた。

 文芸部員たちは息を呑む。俺だって同じなんだ。俺だって、天宮部長に戻ってほしいんだ。いつものようなプライドが高くて余裕があってイヤミを言うような、だけど誰よりも努力を重ねてきていて、誰よりも『好きな気持ち』が強い天宮部長に……戻ってほしいんだ。

 俺も、みんなと同じ――文芸部員だから!


「青春モノで15,000pt獲得したってことが既に希望だったんだよ!! それだけであいつらはすげぇ嬉しかったんだ! 書く事に希望を見出したんだ!!」


「うるさい……うるさい……!!」


「何諦めてんだよ! あとちょっとだろ!? あと少しだけ頑張れば、小説の見せ場が完成するんだろ!? そこさえできれば大賞は取れるんだろ!!? なぁ、答えろよ天宮部長!!」


「うるさい、うるさいうるさい……黙れ! 黙れ黙れ黙れェェェッ!!」


 天宮部長は、泣いていた。

 破裂した感情を目の端に浮かべて、もう片方の腕を振りかぶっていた。


「お前らに、お前らに何がわかる……!! 失敗を重ねてきた人間に、その傷の深さの何が……!!」


「わかるっつってんだよ!! あんたはその失敗を乗り越えて今を生きてんだろ!! だったら今回も乗り越えやがれ!! あんたはみんなの希望なんだから! あとちょっとだけ頑張れよ……」


「あとちょっと!? あとちょっとだけだと――ッ!!」


「!?」


 やはりお前らはバカばかりだ。

 わたしはいつだって一人で書いてきたんだ。

 何年『あとちょっとだけ』と己を騙してきたと思っているんだ。

 何回見えない光に踊らされたと思っているんだ。

 終わりの見えない闇と向き合い続ける辛さを、お前らにわかってたまるか。

 わたしはもう、限界なんだよ。

 わたしはもう、書きたくない。

 だって、やる気は――


「――やる気は、有限なんだよォッ!!」


 天宮部長は、俺の顔をぶん殴った。殴っている方が痛いくらいの、悲痛なストレートだった。

 伝わらなかった。

 伝えられなかった。

 俺の言葉は、みんなの言葉は――天宮部長には届かなかった。

 希望は、挫けた。


「ぐ、がぁあぁッ!」


 全力のストレートを顔に受け、俺は大きく吹き飛ばされた。

 天宮部長の表情は諦めに満ちていた。


「わたしの小説なんかで大賞を取れるか……! なろうで人気なのは結局ファンタジーだ……! 諦めろ……これが現実だ! わたしたちに希望はない……っ!!」


 捨て台詞にそう吐いて、天宮部長は部室から立ち去った。

 追いかけられる部員は誰ひとりとしていなかった。誰もが凍りついて動き出せなかった。

 俺も倒れたままの体制から動き出せない。誰にも合わせる顔がない。泣き出したいような、死にたいような、絶望した気持ちに囚われていた。

 部室には後味の悪い沈黙だけが残る。

 時間だけがゆっくりと過ぎていく。


「…………はぁ」


 天宮部長の最後のセリフ……やっぱり気にしていたのか、自分の小説の伸びが悪くなっていることを。

 そりゃそうだよな。天宮部長は証明のために青春モノを書き続けているんだ。ってことは書き続けているあいだずっと戦っていたってことだ。

 ファンタジー一強の時代を崩すために、青春モノでやってきた。二年以上ずっとそれだけを書いてきた。

 みんなの希望として戦う。それは最前線で絶望と戦うということ。

 天宮部長はずっと一人で戦っていたんだ。『それでも僕らは諦めない』の執筆もそうだし、それ以前の小説でも……永遠のように長い時間を一人だけで過ごしていたんだ。

 痛みを、孤独を、暗闇を知らないぽっと出の俺が何かを言ったところで振り向けさせられる人物じゃない……そんなことわかっていたじゃないか。

 わかっていた、としても……。


「加々崎くん」


「……ん」


 どれくらい時間が経ったかわからないが、天宮部長が退室してから突っ伏しっぱなしだった俺の元へ遠井が寄ってきた。


「大丈夫? 起きれる?」


「ああ、うん……起きれる」


 そういって俺はようやく起き上がった。床に尻をつけてあぐらをかく。

 見てみると、他の文芸部員たちも堰を切ったように各々すすり泣きだした。憧れの先輩が諦めの言葉とともに去っていったのだ。彼女たちのショックも計り知れないほど大きいだろう。

 軽薄なところがあった遠井でさえも今回ばかりは予想外の展開だったらしい。既に泣き止んでいるが、目の周りが赤くなっていることから号泣していた様子である。


「……すまねぇな。何の力にもなってやれなくて」


「仕方ないよ……あたしだってこんなことになるとは思ってなかった。どうしたらいいのかあたしにもわかんないよ……」


「本当に、どうしたらいいんだろうな……」


 どうしたら天宮部長を救ってやれる? 孤独の闇から救い出してやれる?

 俺には方法がわからない。いや誰であっても、天宮部長をを助けてやることなどできない。一番天宮部長を慕っている遠井でさえ悲嘆に暮れているのだ。俺の出る幕などどこにもない。

 ……くそ。なんて無力感なんだ。人のために何もできないことがこんなに苦しいことだなんて。

 天宮部長の笑顔は、もう見れないのだろうか? 放課後の廊下で俺に見せてくれたような、あんな笑顔はもう……。


「とりあえず加々崎くん。今日はもう帰ったほうがいいよ。文芸部のみんなも帰らせるから」


「……そうだな」


「加々崎くんのせいじゃないと思うから……」


「…………」


 その言葉が嘘か誠は俺にはもうわからなかった。何もかもがもうわからなくなった。

 なろう大賞の締切日は残り二週間。

 果たして俺は見せ場を書ききることができるのか。そして天宮部長も、見せ場を書ききることができるのか。文芸部に戻ってくるのか。この惨状から元通りになるのか。

 わからない。ぜんぜんわかんない。今の俺は、何も考えたくなかった。

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